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Studying 学生の本分

 文化祭まで、あと3週間。


 文化祭委員の忙しさですっかり忘れていたけど、これがあった……。



「明日から試験休みだけど、各自トレーニングはきっちりやっておくように。休み明けで体が鈍ってましたなんて言ったらぶっ飛ばすからね!」


 荻原先輩の喝を聞いてようやく期末試験の事を思い出したその事実に、ちょっとどこかへ旅立ちたくなった。



 更衣室へと向かう途中、1年生達が口々に試験の事を話題にする。


「やっべ、俺ノータッチだわ」

「俺も。まあ、1週間もあれば何とかなるんじゃね?」

「範囲広いけど、どうせ1週間以上しないよね」


 中間では可も無く不可も無く、を体現していた乃木と仲井と牧畑が投げやりな口調で言い合っている。試験も勉強も嫌だけどまあ仕方ない、といった所か。


「1週間で何とかなるって、俺は思えないなあ」

「私も。てか、私もう先週からちょっとずつやってるよ」

「でも進まなーい。何で試験前にならないと集中出来ないんだろうね、勉強って」

「火事場の馬鹿力ね」


 比較的高得点を押さえている裄原、館花、小東、大岐がそんな男子達をちょっと呆れた眼で見つつ、そんな会話を交わしていた。真面目に勉強してそれなりの結果を出している組だ。


「俺らは悪い点取らない事しか気にしてないし。良い点取ろうとしたら先週からやるしかないだろーな」

 乃木の的確な意見に、女子達が溜息をついた。そういえば、空手部は女子が皆成績優秀だ。いや、男子が悪い訳ではないけど。


 ちなみに、空手部に赤点を取るような馬鹿むぼうものはいない。何故か。


「お前ら、呑気なのは良いけど、点数悪かったら全員1ヶ月朝練だからな」

「分かってますって、ちゃんとやりますよ」


 北条先輩が苦笑気味に告げる言葉に、仲井達が慌てたように頷いた。そう、赤点なんか取ろうものなら、地獄の早朝練習メニューが待っているのだ。誰が赤点なんか取るものか、という暗黙の一致が全員に徹底されている。


 勿論、この鬼ルールを決めた人は、言うまでも無く荻原先輩だ。あの先輩はこういう発破が好きである。


「はーあ……試験かあ。私も上宮君みたいな頭が欲しいなあ……」


 言いながら小東が振り返った。さっきから思考がどこかへ逃避している私の顔を見て、怪訝な顔をする。


「あれ? どうしたの上宮くん。顔色悪いよ?」

「上宮君は試験大丈夫でしょ。あ、ねえ、もしよかったら教えて——」

「無理」


 大岐の言葉を遮るようにして断言する。未だ遠い目のまま、私はぼそりと呟いた。



「だって俺、今まで全く勉強してない」



 どうやら、今晩から死にものぐるいで勉強しないとやばそうだ。


 驚いたようなみんなの視線を浴びつつ、私は覚悟を決めた。






 帰宅後さっさとお風呂に入り夕食を済ませた私は、直ぐに部屋に籠もった。

 どれだけ後悔した所で、今更時間は戻らない。だったらやるべき事はただ1つ。単純に、ただひたすら勉強すべし、だ。


(さーて、と……)


 目の前に開いたノートと問題集に目を向け、1つ深呼吸をして気合いを入れる。シャーペンを手にとって、数学との格闘に取りかかった。



 勉強していないとカミングアウトした時、みんなの意見は二分された。


 1つは、素直に心配するタイプ。文化祭委員である忙しさで忘れてたという私に同情して、今日から頑張れと応援してくれた。


 もう1つは、余裕があるという見方。勿論冗談半分だろうけど、私が今から勉強したって十分学年トップを取れるだろうと言ったあの時は、結構本気に見えた。



(そんな愉快なのーみその持ち主がいるなら、是非お目にかかってみたいっての)



 なんか知らないけど全国トップクラスらしい私が断言してやる。そんなもの、創作上にしか存在しない。


(まあ、多少才能が左右するのは認めるけどさ)


 授業を1度聞いただけで、説明を理解出来る。理解したものは、大抵その場で覚えられる。小学校入学したてはほぼみんな当たり前だったそれが今でも通用するのは特別なんだと知ったのは、つい最近の事。


『……私だったからよかったけど、涁。それが当たり前じゃないの? なんて、他の人の前で絶対言っちゃ駄目だよ』


 澪に呆れ半分に言われて、自分の常識は他人の非常識なんて言葉をしみじみ実感したのはその時だ。


 理解力と、記憶力。それを人より持っている事が勉強で有利だという事は、私だって理解出来る。だから自分が周りよりも成績が良いというのも、まあ納得出来る。


 けど、だからって勉強せずとも良い成績を取れるかと言われれば、それは断じてない。仮に今のまま試験を受けてみよう、間違いなく平均点よりちょっと上、が限度だ。それでも十分凄いというか恵まれているんだろうけど、勉強しなくたってトップクラスでいられるような非常識さはない。


 多分、勉強も運動も同じだ。才能に恵まれただけでは、優勝なんて出来ない。才能をきちんと活かして伸ばす努力をしなければ、非才な努力家に負ける。それと同じだと思う。


 だから、私が学年トップの成績を取れているらしいのも、コツコツ勉強している結果。まあ、問題解いててもするすると理解出来るのだから、それだけでも才能があると言われても仕方ないと最近は思うけど。



 日付を超えるぎりぎりまで勉強した私は、寝ようとしたその時、ふと携帯が光っているのに気付いた。どうやら集中しすぎて、マナーモードにしていた携帯の着信をスルーしていたようだ。


 メールをチェックしてみれば、かの文化祭委員長の嵯峨先輩から。非常に嫌な予感を覚えつつ本文を見て、思わず目が点になった。



「……朝の仕事……?」



 私の目に間違いが無ければ、どうやら試験期間中は、朝7時から運営の仕事をするらしい。で、放課後も部活時間まできっちりやると。



 ……放課後の勉強時間は今までと同じ、そして睡眠時間は短くなる、か。



「……冗談、じゃないよなあ」



 溜息を漏らす。まあ、運営委員の仕事を受けたのは私だし、忙しいからって今までちゃんと勉強してこなかったのも私だ。


 今回の成績は自業自得と受け止めて、次回に活かすしかなさそうだ。この時の私は潔く腹をくくって、翌朝の為に早々に眠りについた。

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