Dining 少女達の応酬
「……運営委員?」
「そう、運営委員」
頷いた涁が、横合いから伸びる、箸を持つ手をぴしゃりと叩いた。
「裕真、行儀悪い」
「だって姉ちゃん達、喋るばっかで食べてないじゃないか」
不満げに口を尖らせている裕真君は、もう既にご飯を2回もおかわりしている。あれで太らないんだから、男の子は良いなあ。
ちなみに涁は、太るのが怖いんだって言って、いつも抑えてる。もう男の子なんだから、大丈夫だと思うんだけど。
「涁、また大変そうな仕事を受けたわねえ」
おっとりとした口調は、涁のお母さん。涁は私のお母さんが変わってないって驚いていたけど、涁のお母さんだって変わっていない。
「まあ、成り行きというか、断りづらかったというか」
「……本当にそれだけ?」
涁が受けた理由として喋ったのは、荻原先輩の許可があった事、差し引きならない運営の状況。人の良い涁としては、それも十分な受ける理由かもしれない。
けど、涁は結構忙しいはずだ、今。
「確か涁、1週間後のインハイ予選、個人で出るんじゃなかったっけ?」
GW中にある、インハイ予選。涁は、個人戦の枠で出場する。「枠が大きいから、私も入った」なんて言っていたけれど、仲井君曰く「実力」だそうだ。
「……まあね」
「それでも受けたの?」
例え荻原先輩が頷いたって、そういう時には断るのが涁だと思うんだけど。
「……まあね」
曖昧な態度に、まだ何か隠していると分かった。
「涁、今直ぐホントの事言わないと、涁が幼稚園の頃に遠足で——」
「ストップ、澪! 話すからそれ以上言うな!」
慌てた顔で身を乗り出して私の口を塞ぐ涁。この話、よっぽど人に言われたくないみたい。裕真君は知らないのかな。
「え、何姉ちゃん」
「裕真は知らなくて良いのよ? 自分の過去を曝されたくなければね」
興味津々の裕真君ににこりと笑って釘を刺し、涁は渋々私の耳元に囁いた。
「いや、さ? 何かクラスの女子、「俺」を使って遊ぶ気満々だったし、雑用仕事は嫌いじゃないし、当日は忙しくてクラスの事何も出来ないって言うから……」
「やっぱばらそうかなあ」
「なんで!?」
自分で提案しておいて逃げた涁の過去、飯島君辺りにばらしておこうかな。さっきのじゃなくても、いろいろあるし。
「私はいろいろ着せ替え人形させられるのに、涁はしないんだー?」
「う……だって、姫の服着せるって案まであるらしいんだよ」
……思い出した。そういえば涁、幼稚園の頃からひらひらした服苦手だったな。男子の外見では、尚更嫌なのかもしれない。
ひとまず納得した空気を肌で感じたのか、涁はほっとした顔で言葉を続ける。
「荻原先輩に話を受けた事を言ったら、練習は手を抜くなって釘を刺されたから、大会までは部活優先。それが終わったら、上手く両立しなさいってさ。相変わらず無茶言うよね」
「それだけ期待されているんじゃない? 涁、インハイ予選はゴールデンウィーク中だっけ?」
運動部の女子が言っていた言葉を思い出して、聞いてみる。首肯が返ってきた。
「そ。後半の連休初日。おかげで前半は、相当絞られそう」
「場所は? 応援行って良い?」
涁の試合の様子を思い出しながら聞く。折角だから、また見てみたい。
けれど今度の返事は、否定だった。
「悪目立ちしたくない。ごめんけど、勘弁して?」
男子の試合を女子が応援に行けば、周りはそういう風にしか見ない。それは困ると、涁は目で訴えてきた。
仕方ないか。素直に頷く。
「じゃあ、ビデオとかあったら、見せて」
「……いや、そこまでして見る程のものじゃないし」
ちょっと恥ずかしそうな涁に、悪戯心がくすぐられた。
「どうして? 涁、格好いいのに。この間の仲井君との試合も、みんな夢中で見てたよ」
「あのねえ、澪。自分が大会出る時に、同姓に夢中で見られたい?」
からかっていると直ぐに察したらしい涁が、むくれた顔で言い返してきた。涼しい顔を作って返す。
「そんなに気にならないよ。涁、意識しすぎ」
「涁は変なところで恥ずかしがり屋よねえ」
と涁のお母さん。それを聞いた裕真君が、可笑しそうな表情を浮かべた。
「そうなの? 姉ちゃん、そんなんでよく学校行けるね。めっちゃ周りの目を集めるだろ」
「意識しなければ、別に。そこまで注目されているわけでもないし」
やや睨むような目で反論する涁は、どうやらまだ自覚が足りないみたい。あんなに女の子がきらきらした目で見てるのに。
……まあ、身近でアピールされても気付かないから、無理も無いか。
「へえ、涁はモテるのか」
「……父さん。女心は微妙だから、その辺りはスルーして欲しかったりする。私、父さん似だし」
じっとりした目で涁が睨むと、涁のお父さんは苦笑して手を振った。
「そうだな、悪かった。だけど、もし俺と同じなら、涁の認識は甘いと思うぞ」
なあ、とお父さんが振り返った先には、相変わらずにこにこと笑ったお母さん。
「そうねえ……あっちこっちで追い回されたり、いつも女の子に熱い視線を浴びていたり。中には、ファンクラブ作ろうとしてた子もいたわ」
それを聞いたお父さんと涁の顔が、同時に引き攣る。本当にそっくりな顔がそうしていると、何だか間違い探しみたい。
「ファンクラブ、って、本当にあるんだ……」
「……そんな事も、あったのか」
どこか遠い目をする2人の間違い探しの答えは、目の色でした。
「涁のファンクラブは、まだみたいだけど。いつか出来るかもね」
「……澪、それは他人事じゃないと思うから、身の回りには気を付けてよ」
更にちょっといじめてみたら、何故か凄く真剣な顔でそう言われた。小首を傾げる。
「うーん……気を付けるも何も、今まで何かされた事ないよ?」
実際、告白もされた事がない。涁も無いかもしれないけれど、あれは女子同士が牽制し合って協定結んでいるだけで、そういうのはきっと男子には適用されないと思う。
そう主張すると、涁はくるりと裕真君の方を向いた。
「さて裕真、純正健康男子の意見を聞こうか。さっきの澪の動作に萌えたか否か、嘘偽りなく答えなさい」
「……姉ちゃん、律儀に「純正」って付ける辺り、流石だよね」
視線を逸らした裕真君が、涁の質問に答えずぼやいた。構わず涁が迫る。
「要らないツッコミは欲しくないからね。で、答えは?」
裕真君はそうっと私の方に視線を向けると、小さい声で言った。
「……姉ちゃん以外の異性には、絶対しない方が良いと思う」
「異性言うな」
すかさず裕真君をしばきながら、涁は私に向き直る。
「というわけ。澪、理解できた? ちゃんと自覚しようね」
涁の方が、自覚は足りないと思うんだけど。
釈然としないけれど、とりあえず素直に頷く。涁はほっとした顔で、食事を再開した。
それで悟る。
「涁、話を逸らしたね……?」
小さく呟いた私の声を聞き流して、涁は涼しい顔で食べ続けていた。