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Solicitation 心の天秤

 翌日、昼休み。

 重い足を引きずって、生徒会室へと向かう。


「ちょっと用事」と誤魔化してきたあいつらが、一体どこまで勘付く事やら。

 今夜うちで夕食を食べる——両親が早く帰ってくるから——澪には、隠すつもりは全くないけど。


 人目を気にしつつ、生徒会室へと繋がる廊下を歩いて行くと、目指す部屋の扉がいきなり開いた。

 出てきた人を見て、頭を下げる。



「こんにちは。お久しぶりですね、岩瀬先輩」

 巌のような、他を圧倒する空気を纏った、生徒会議長の岩瀬先輩だった。


「上宮か。久しぶりだな。高校は慣れたか?」

「ええ、なんとか。いろいろ忙しいですが」



 気をつけなくとも、丁寧な口調になる。この先輩の威圧感というか、威厳は、とにかく迫力がある。好みだから、緊張するし。

(え? 前に会った時は結構ざっくりした物言いだった? 気のせいじゃない?)



「入るか?」

「はい」



 「生徒会室に」という言葉を補い、頷いた。この様子だと、私が呼び出されていることは知っているようだ。何の用か聞きたいけれど、どうせこの後相沢先輩から説明があるだろうから、やめた。


 大きな背中の後ろについて、呼び出し場所へと足を踏み入れる。


 部屋の中は、思っていたよりもシンプルなものだった。空き教室に、必要な物だけ置きました、って感じ。

 職員室に置かれているような、学生机よりも大きい机がいくつか。大きな書棚に沢山の資料。書棚隣のある棚には、無線機とか腕章が置いてある。文化祭とかで使うのだろう。あとは、パソコンが1台。

 いくつかの机にちょっとした小物が置かれているけれど、部屋全体での装飾は無いと言って良い。

 今は、相沢先輩しかいないみたいだ。


 部屋を見回していた私は、声をかけられて視線を部屋の奥に向けた。



「いらっしゃい、上宮君。いきなり呼び出してごめんね。しかも、人伝で」



 相沢先輩は、1番奥の机に座って、私に小さく手を振っている。軽く頭を下げた。



「気にしていませんよ。お久しぶりです、相沢先輩」

「そう? なら良かった」


 ほっとした顔を見せ、相沢先輩は手招きした。

「入ってきて。何も無い場所だけど」

「失礼します」



 相沢先輩の机まで歩いて行く。流石というかやはりというか、先輩の机の上は書類で山積みだった。



「文化祭の準備も始まり、やはりお忙しいのですね」

「え? ……ああ、これ? ううん、まだそれほどでもないよ」

「……そうですか」



 これでそれほどでもないなんて……

 文化祭前にここに近付かないように、気を付けなくては。きっと、切羽詰まった空気で窒息する。



「……それで、俺に何の用でしょうか?」



 昼休みはそう長くない。何の話かは分からないけれど、世間話をしている時間は無いだろう。そう思って促すと、相沢先輩は姿勢を正して私に向き直った。



「上宮君に、お願いがあって」



 その言葉に激しく嫌な予感がしたのは、間違いじゃないと思う。

 どうも、この先輩と関わると、ろくな目に遭わない。


 ……ああ、荻原先輩よりはましか。

 そこまで考えて、この件が彼女から回された話だと思い出し、改めて身構えた。



「何でしょう?」

 そう聞き返すと、先輩はいつぞやのように両手を合わせて拝むような姿勢と取って、爆弾を落とした。



「上宮君、文化祭運営委員になって下さい」

「お断りします」

「え、即答!?」


 ショックを受けた様子の相沢先輩。当たり前だろう。


「俺はクラスの出し物に参加するだけでいっぱいいっぱいですよ。それに空手部は、兼部や、生徒会活動や学校行事への参加を禁止しています」



 インハイを目指す部活が、練習時間を削るような活動を許すはずもない。ましてや空手部は、あの荻原先輩が牛耳っているのだ。ここで首を縦に振ろうものなら、どんな目に遭うか。



「あ、それは大丈夫。荻原さんに話は通してあるから」

「……え?」


 そう思った矢先のこの言葉に驚く。聞き違い……?


「事情を話したら、じゃあしょうがないねって納得してくれたよ。後は上宮君次第だけど」


 相沢先輩の言葉に、さっきのは聞き違いでない事が分かった。相沢先輩、どうやって荻原先輩を説得したんだろう……


「……事情、とは?」

 疑問の答えは、多分ここにかかっているだろう。そう思って聞いてみると、相沢先輩は気まずげに視線を彷徨わせた。



 ……聞くんじゃなかった。

 見覚えのある態度に強く後悔したけれど、もう後の祭り。



「上宮君、嵯峨さんは知ってる?」

「文化祭運営委員長ですよね」


 今彼女を知らない人はいないだろう。

 そう思って確認すると、相沢先輩はゆっくりと頷いた。


「彼女、この文化祭に凄く思い入れを持っているの。妥協は一切許さない、やる気の無い奴なんて要らないって言って、何人かの運営委員希望者を追い返しちゃって。後1人までは、嵯峨さんの満足する子が集まったんだけど、どうしても後1人、見つからなくて」



 内心でうんうんと頷く。そういう厳しさに付き合える人って、兼部や生徒会活動を禁止している部活に多いのよね。寧ろ、良くそれだけ集まったと思う。



「でね? 嵯峨さん、知り合いの子に片っ端から相談して、誰かいないかって訊いたらしいの。で、出てきた答えが——」

「俺ですか。ちなみに誰の推薦です?」

「弓道部の河井さん」



 ……ここでその名前が出てくるとは。



「どう? やってくれると嬉しいな」

「お断りします。さっきも言いましたが、俺はクラスの出し物だけで十分です」


 もう1度断る。荻原先輩の許可っていうのは驚いたけど、どのみち私に興味は無い。ただでさえやる気は無いのに、上が厳しそうだし。

「嵯峨先輩も、やる気の無い人は嫌なのでしょう? だったら俺は、どのみち不向きです」



 私の答えを聞いた相沢先輩は、大きな溜息をついた。そして、独り言のように呟く。



「そっかー……運営委員は忙しすぎて、クラスの方には一切参加出来ないものね、しょうがないか」


 ……うん?


「上宮君のクラス、コスプレ喫茶、だっけ。そうだよね、上宮君は何着ても似合いそうだし。庶務に入ってくれた子も、何を着るのか今から楽しみにしているもんなあ」


 …………え。


「上宮君だったら、王子服か騎士服が良いかなあ。奇をてらって、お姫様の格好も良いよね。後……」

「先輩」

「何?」


 相沢先輩の独白を遮ると、それはそれはわざとらしい笑顔が返ってきた。


「……わざとですか?」

「何が?」


 溜息がこぼれる。抜けてるって言っても、生徒会長か……



 実のところ、運営の仕事自体は嫌いじゃない。クラスの委員みたいに、みんなの前に立つのは向いていないけど、細かな作業とか、下準備とかは好きだ。

 加えて、コスプレ免除、と言う条件。今の顔が人目を引く事は分かっているし、目立つのは嫌だ。もう本当に、これ以上は勘弁して欲しい。


 と、いうわけで。心の天秤は、一気に傾いた。



「……重要な役職、とかは勘弁して下さいね。あくまで下働き程度ですよ」

「1年生にそんな事させないよ。じゃあ、上宮君……」


 期待を込めた眼差しに、私は苦笑して頷いた。


「俺で良ければ」

「ありがとう!」



 何故か背後で、岩瀬先輩が苦笑するのが見えた気がした。


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