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Controversial Opinions 現実逃避と紛糾

 ……何だろう、この状況は。



「……雨、降りそうだな。傘持ってきておいて良かった」

「……準備良いね上宮君。僕は忘れたから、降らないでほしいなあ」

「……天気予報、夕方の降水確率70パーセントって言ってたぞ、安藤」

「30パーセントに望みをかけときゃ良いだろ。つーか2人とも、何現実逃避してるんだ」



 せっかく安藤と2人で現実逃避していたところを、飯島が口を挟んできた。全く、空気の読めない。

 ジト目で見上げてやると、飯島がやや引きつった顔をした。



「おい上宮、お前そういう目つきしてると女っぽいぞ」

「悪かったな、女顔で」



 ばっさりと切り捨て(野郎っぽいって言われた方がショックだもんね)、仕方なく現実に復帰して、逃避していたものに目を向ける。



 そこには、睨み合う生徒達と、間に挟まれおろおろする仲井と美樹という、経過さえ知らなければ謎すぎる光景が広がっていた。


  


 時は6限、LHR。澪の言ったとおり、内容は文化祭準備。


 嵯峨先輩から、原案は今週中に出さなければ予算を一切出さないという恐怖のお達しがあった為、この一限で文化祭運営委員を選出し、クラス展示の内容を決めなければならない。


 運営委員長は速攻で決まった。無論、早﨑だ。全員一致の推薦で、当人もやる気満々だった。平和で何より。


 で、立候補で美樹とその友達、鈴﨑(すずさき)絢音(あやね)さんが、早﨑の権限による選抜(拒否権無し)によって仲井と小和(こより)周吾(しゅうご)が同じく運営委員となった。



「おい早﨑!小和や鈴﨑、松井は分かるぞ。だが、何で俺までやるんだよ!」

「いや待て仲井、俺だって納得いかないぞ」

 男子2人のクレームは、クラス全員からスルーされていた。ちょっと哀れ。



(……何だかんだ言って人が良くって、扱いやすいからだろうなあ)

 あと、2人は中学からの付き合いらしい。



 心の中で合掌。自分が選ばれなかったから良し。



 そこまでは実に順調に決まった。問題は、その後だ。



「じゃあ早速、クラス展示の内容を決めよう。誰か希望あるか?」



 早﨑が教卓に手を付いて聞くと、「喫茶店!」「劇!」「迷路!」なんて定番の出し物が次々と上がる。美樹と鈴﨑さんが手分けしてそれを机に置かれた端末に打ち込んで、前のスクリーンにアップしていく。


 ここまではまあ、普通。


 迷路とか楽しそうだなー、と自分の意見と一致するものが出ていたので、後は多数決で手を挙げるだけだと、窓の外をぼんやりと見ている間に、スクリーンの列記は随分楽しいことになっていた。



1.メイド喫茶

2執事喫茶

3男装喫茶

4女装喫茶

5ロミオとジュリエット

6異世界迷路



 ……って、おい。

 何故まともな選択肢がこうなるんだ。


 隣の飯島に目で尋ねると、私の様子に気付いていたらしい飯島は、小声で説明してきた。



「テンプレなものやったってGOサイン出るはずがねえから何かインパクトのあるものを言えって早﨑が言ったら、ああなった」

「……予想以上にぶっ飛んでるな、このクラス」



 変態だろうか。飯島のように、呆れ顔で済ます事ではない気がする。

 もう1度スクリーンに目を向ける。一部の方々に受けそうな趣味と、ロマンチック主義の劇、ラノベ好きを前面に押し出した展示。



「へえ、涁、ラノベとか知ってるんだ」

「……澪、俺は澪の中でどうなってる?」



 あと、心の声をどうやって読んだ?


 後ろの澪にジト目を送ると、澪は笑顔で誤魔化した。まあ良いけどね。


 ああ、それにしても、迷路良いと思ったのに……



「よし、この中から選ぶぞ。多数決で良いよな?無投票は無しだぞ」



 早﨑はそう言うけど、どれを選んでも何だか負けた気がする。常識に。


 しばし考えて、女装喫茶に決める。このクラスには安藤始め、可愛い男の子が沢山いるのだ。さぞかし魅力的な男の娘になってくれるだろう。

 え?私?……服を着るのは抵抗がありませんが、この外見には似合わないのでご遠慮申し上げます。


 匿名性の投票(仲井が早﨑に進言した。常識人は苦労するよね)という事で、紙に希望の番号を書いて折りたたみ、教卓に置く。中を透かし見ようとするバカは、仲井と小和が追い払う。小和は水泳部で、細い外見に似合わない力で男子を引っぺがしていた。お疲れ様です。


 美樹と仲井が集計した結果。



「……女装喫茶と執事喫茶が同数だから、この2つでもう1度集計し直——」

『ちょっと待ったあ!』



 一部(私含む)を除く男子が、美樹の言葉にストップをかける。



「何か男子の羞恥プレイでしかない気がするんだが!」

「ていうか、女子することがねえだろう!」



 目立ちたくない……というか、女子の可愛い姿が見たい野郎どもが、激しく異議を唱える。



「どうせ料理は女子の仕事だし、ちょうど良いじゃない」

「そうそう。多数決に文句言わないでよね」



 女子2人(2人とも田辺派)が、鼻で笑わんばかりの態度で言い返す。いやまあ、下心丸見えだし、お気持ちは分かりますが。



 小さく溜息をつきながら、そっと後ろを見る。澪が苦笑して頷き返してきた。


 勿論この結果には訳がある。


 一言で言うと、女子の団結力なめんな、だ。


 要するに、メイド服も男装もクラスの男子を相手にしてのジュリエットも異界迷路もごめんだった女子達が、みんなで示し合わせて女装喫茶と執事喫茶に入れたって訳。2つに分かれたのは……趣味だろう。


 男子は素直に、趣味(と欲望)に従って投票したから、ばらけた。それだけの話だ。


 まあ、こうなるだろうなあと思ってたけど、見事だなあ。


(個人的には、男装なら嫌がらないんだけど)

 あくまで一時的なら、害もないんだし。


 他人事のようにきわどいことを考えていると、男子と女子で見事に意見が分かれて、クラスは紛糾し始めていた。



「ざっけんな!こんなの、狙ったとしか思えねえだろ!やり直しだやり直し!」

「何言ってるのよ。全く、ルールの守れない奴はこれだから」

「はあ?公正な投票じゃないんだ、やり直すのは当たり前だ!」

「お、おいお前ら、ちょっと落ち着いて——」

「早﨑!お前、女装なんかしたいのか!?俺は嫌だ!このままだと女子、ぜっっったい女装に入れるぞ!」

「はあ?あんたの女装なんか、見たくもないわよ」

「そうそう、選ぶに決まってるでしょ。似合う子いっぱいいるんだから」



(……それは嬉しくないんじゃないだろうか)

 女子の目は大半が安藤か三辺か東埜(クラス3大「可愛い男の子」)に向いている。当の3人は、ハンターの目をした女子の視線の槍に顔を引きつらせている。気の毒に。


 ……直ぐ側に座る安藤に向けられる視線が、時々方向違いなのは、気のせいという事にする。絶対に目だけは合わせない。



「(……ねえねえ涁、女装はともかく、執事喫茶ってそんなに嫌?)」


 小声で話しかけてきた澪に、同じく小声で答える。


「(それは俺もさっきから思ってた。スーツと大して変わらないし、目くじらたてることじゃないと思う)」

「(……上宮、それはずれてるぞ。俺は嫌だからな、絶対)」


 飯島が小声で参戦してきた。男心って複雑だなあ。良いじゃん、別に。



「お、落ち着けみんな!1度落ち着いてくれ!」



 仲井が必死で叫ぶと、クラスは1度静まりかえった。けれどその静けさが、かえって緊張感を煽る。



「……確かに、お前らのいう事にも一理ある」



 とはいえ、1度は沈静化した火を、再び煽る真似をしたのは、何と早﨑。

 仲井と小和が早﨑に目を剥く中、早﨑はゆっくりと言葉を紡いでいく。



「文化祭当日、文化部は忙しく見て回っていられない。文化部には女子が多い。そして、ヤローは女装喫茶なんて欠片も興味が無い」



 だろうなあ。

 あれは、可愛い男の娘にときめく女子が集客の鍵だし。

(……でも、安藤辺りなら、女子と勘違いした男子が来そうだけど)



「ならばどうするか。文化祭では盛り上げるしか能の無い運動部男子を思いっきり集める出し物でなければならない!」

 ばん!と教卓を叩く早﨑。

「となればだ!この選択肢では、成功は夢のまた夢だ!」



 女性諸君、と口調まで変わって呼びかける早﨑を誰か止めて下さい。

 熱くなっている彼は、女子からの冷たい視線に気づけていません。



「ここは1つ特例として、再投票を行おうではないか」



 途端に上がるブーイングと歓声。

「良いぞ、それでこそ運営委員!」

「ふざけんな!私利私欲に塗れた意見で、権力を乱用するな!」



 口々に湧き上がる意見はだんだんとヒートアップして、みんな立ち上がり始めた。



「ちょ、ちょっと待って!分かったから一旦鎮まって!」

 美樹が叫び、仲井が掴み掛からんばかりの男女の群れに割って入った。

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