Training 校歌練習
部活動勧誘週間が終わった、翌日。
平和に(ああ、この言葉に感動を覚える……)1日の授業を終えた、放課後。
「それでは、今日から校歌の練習を始めます」
異様な程広い音楽室(どうして一学年+指導役の上級生が入って、まだ余裕があるの?)に、河合先輩の声が響いた。
飯島の言葉は本当で、今日から7日間、放課後は校歌の練習だそうだ。
「始めに言っておきますが、ただ何となく7日間をやり過ごそう、とは考えないで下さい。一定以上のレベルに達しなかった場合、期間の延長が認められています。放課後の時間を無駄に削らないよう、しっかり取り組んで下さい」
との事。それを聞いた一年生の雰囲気が、一気に引き締まった。
それを肌で感じ取ったのか、河合先輩が満足げな表情を浮かべた。
「それでは、まずは一番の全体合唱から始めます。事前に通知しておきましたから、歌詞は覚えていることと思います。数フレーズずつ区切って練習していきますから、音程の把握は今の時点では心配ありませんが、今この場で覚えて下さい」
さりげなく最後にプレッシャーをかけられ、私達の校歌練習(一部では「特訓」と言われている)が始まった。
フレーズで区切りながら、コーラス部の月瀬先輩が特に気をつけることとかを説明してくれるのを一生懸命覚えて(中には楽譜に書き込んでいる人も居た)、先輩方全員のOKを貰うまで繰り返し歌う、を続けること、1時間。とりあえず一通り終わった。
「——では、一度通してみます。今までに言われたことを、忘れないように」
河合先輩の指示に続いて、月瀬先輩が伴奏を始める。一年生が、結構真剣な表情で歌った。
……いくら中学の時に音楽はいい加減にしていたとしても、これだけダメ出し続きの練習をしていれば、誰だって真面目になる。終わらないもん……
一通り、私からすれば、割ときちんとした合唱が終わった。で、先輩方の感想は。
「——まるで駄目ね。今まで言った事、忘れたの?」
だった。
「まず、声が小さい。やる気がないとしか思えない。次に、ブレスが浅い。何で関係ない所で区切るのよ。更に、腹式呼吸も出来てない。今まで小中の音楽で、何を学んできたのよ」
河合先輩の容赦ないお言葉に、数人の生徒が首をすくめていた。弓道部所属者(美樹含む)は、条件反射になりかかっているのか、引き締まった表情になっていた。
「もう一回。せめて声をもっと出しなさい。次声が小さかったら、部活動時間いっぱいまで続けるからね」
部活動生にとって致命的な脅し文句が効を為したか、合唱の声はかなり大きくなり、音楽室に響き渡った。女子も男子も、結構必死で息継ぎに気を遣っている。
「……まあ、良いでしょう。出来るなら初めからやりなさい。明日、同じ注意をされないように。あと、楽譜に目を通して、自分のパートがどこか、考えてきなさい。じゃあ、今日はこれで、解散」
まだまだ不満げな表情の河合先輩の言葉で、今日の練習は終わった。
「喉がいてえ……」
「お腹から出さないからよ」
江藤のぼやきを、香奈が切り捨てる。手厳しい。
「澪、声綺麗だねー」
「そう?ありがとう。美樹も上手だよ」
美樹の賛辞に、澪は素直に喜んでいた。
「……上宮は何で平気そうな顔をしてるかね」
「弥丘中の音楽は、厳しかったからな。慣れだよ」
飯島を軽くあしらうと、麻菜が笑いながら会話に加わった。
「霧島先生、ホント厳しかったよね。特に男子に。江藤君、大変そうだったもんね」
「言ってくれるな……」
顔を顰める江藤に、麻菜、香奈、美樹が笑った。私も俯いて、ちょっと笑った。
「……上宮、気付いてるからな?」
低い声に顔を上げると、江藤に思いっきり睨まれた。肩をすくめる。
「まだ目も付けられてないし、あの頃よりましなんじゃないか?」
「上宮君、誤魔化したね……」
安藤の予想外のツッコミ。目を向けると、なんか疲れた顔。ん?もしかして……
「……安藤も、歌、苦手とか?」
「うん、苦手。大きな声を出すのがそもそも苦手だから」
なんか可愛いことを言い出した。すかさず美樹が絡む。
「わー、なんかカワイー。ねえ、涁君もそう思わない?」
「……俺に聞くなよ」
男の子に、女の子の感じる「可愛い」に、同意を求めないで欲しい。同感だけど、同感って言えるわけない。
「ん?そうだねえ。じゃあ澪、どう?」
「……本人の前でそれを聞くの?」
澪の指摘に安藤に視線を戻すと、困った顔で笑っていた。
「女々しい、かな」
「違うって!」
美樹が慌てた様子で否定する。江藤が間に入った。
「気にすんなよ安藤、こいつの言う事なんて。歌なんて下手でも、困らないよなあ」
「……だな」
ほっとしたように頷いているけど、少なくともここから7日間は困るだろう。……言わないけど。
「ま、何とか乗り切ろうな。じゃ、俺部活だから」
「ああ。お疲れ、飯島」
「上宮もな」
手を振って、私も道場へと足を向けた。