Bet 選択肢
「……さて、俺はそろそろ帰りますね。これ以上は練習の邪魔になりそうですし」
適当な理由をつけて逃げることにする。試合が終わって、見学の生徒の視線にいたたまれなくなってきた。私は動物園の猿かと。
「え?帰るって?」
きょとん、とした顔で首を傾げる荻原先輩。そんな可愛い仕草して、何を恍けているのか。
「試合はきちんと本気を出して望みました。やるべき事は果たしましたから、これで失礼させていただきます」
きっぱりそう言うと、荻原先輩は笑顔でとんでもないことを言った。
「何言ってるの?涁は空手部に入るんだよ?」
「……は?」
昨日のやりとりはいったい……
「そっか、言ってなかったね。今日の試合、事情を説明した上で、各部の部長と賭けてたの。どっちが勝つかって。凄い倍率だったよ。全部で50人いたんだけど、涁に賭けたの、何人だと思う?」
「……10人、位ですか?」
何て事をしているんだこの先輩はと思いつつ、適当な数字を口にする。
「残念。やめる方が負けるでしょーって、ほぼ全員仲井君に賭けてた。涁に賭けたのは、弓道部の飯島部長だけね」
……ひどい。皆、ホントの事情も知らないのに……
「で、勝負師の私としては、高倍率であればあるほど燃えるんで、涁に賭けさせてもらったんだよね。大もうけ♪」
その言葉にギャラリーをちらっと見ると、上級生らしき人たち(主に女子。どうして?)が実に悔しげな顔をしていた。
「……それはよかったですね。で、それが俺の部活選びとどう関係があるんですか?」
「賭けたのは、涁の勧誘権だったんだよ。飯島部長は、涁が望まない限りは良いって言ってたから、空手部がゲットするのは決定事項って訳」
「……俺の意思は?」
「え?何か言った?」
北条先輩や仲井の気の毒そうな視線を感じつつ、ささやかな抵抗をした。
「俺の希望は聞き入れられないんですか?」
「じゃあさ、涁。返事聞かせて?なんでやめるのか。さっきの試合からは、私には分からなかったんだけど」
やられた。荻原先輩、この様子だと察してるな……
やめる理由。男子とやり合うなんて無理だから。誤魔化し込みで言うと、力不足だから。
けど、言えないよね。勝っちゃったし。私自身、何とかやっていけそうとか、思っちゃってるし。
「それが言えないなら、じゃあどこに行くつもりなのか、でもいいよ」
笑顔で追撃してくる荻原先輩。誰か助けて……
「……バドミントン部を考えてます」
「うん、そこは大きく張り込んでたね。でも、賭に負けたから駄目」
駄目って……
「……それ、事実上、ここか弓道部かって事ですか」
「うん。でも、弓道部を選ぶなら、もう一つ条件ね」
「……何ですか」
「私と試合して、勝つこと」
……詰んだ。
「……敵いませんね、先輩には…………」
溜息混じりに、ホールドアップして見せた。
まあ、いいだろう。去年引退したときには、もちろん高校でも続ける気でいた。何とかなるのならば、やってみるのもありだ。——というか、やりたい。
あれだけ断っておいて今更やりたいとは言い出し辛いという状況を考えると、荻原先輩に感謝すべきなの、かもしれない。…どうも釈然としないけれど。
「あれ?やらないの?」
「勝ち目が無いです」
分かっててそんな事を言う荻原先輩に言い切ると、わざとらしく顔を顰めてきた。
「こら、男子。女子に負けてどうする」
「荻原先輩は例外です」
「どういう意味よ、それ」
荻原先輩の抗議を無視して、北条先輩に向き直る。
「ということらしいので、これからよろしくお願いします」
「……うん、宜しく。なんだか悪いね」
苦笑と同情を同時に顔に浮かべて、北条先輩が頷いた。
「そう思うなら、止めてください」
「無理。止められる人がいると思う?」
思わない。心の中で即答したのが分かったらしく、北条先輩が頷いた。
「さて、前座も終わったことだし、練習を始めようか」
がらりと声音を変えて、荻原先輩がよく通る声で周りに声をかけた。全員がさっと自主練をやめ、こっちに近づいてきた。
「紹介します。上宮涁。中学で全国出てるから、期待は出来るよ」
「上宮涁です。宜しくお願いします」
「さあ、始めるよ。アップは出来てるよね?基礎練から始めます」
仲居の紹介は既に終わっているのか、そのまま練習が始まった。