Solution クラス分けと真相
そうこうしている間に、校門にたどり着いた。校庭の真ん中辺りに掲示板があり、そこに人だかりが出来ていた。
「合格発表と同じ所で、クラス割りの発表するんだねー」
美樹が呟く。何となく感慨深げな顔をしているのは、5人とも同じ。あの受験戦争を勝ち抜き、合格発表で自分の番号を見つけてから、まだ2週間なのだから、思う所があるのは当たり前。
「見てみようよ、皆がどこのクラスか」
麻菜の提案に、全員が頷いた。
クラス割りの紙は、男女別に名前があいうえお順に書かれ、それぞれの名前の横にAからJまでのアルファベットが書かれていた。それが自分のクラスということらしい。
変わった書き方だな、と思ったけれど、まあ誰がどのクラスか一目瞭然なのよりは、良いのかもしれない。
名前を探す。こういうのって、何だかわくわくする。
「誰か一緒になるかなあ」と美樹。
「全員一緒かもよ」香奈がわくわくと言った。
「……流石に厳しいんじゃないか?」私がそう言うと、
「うるさいな、上宮君。良いじゃない、夢見たって」と香奈に言い返された。
……こういう会話は、変わらない。こうして、香奈に余計な突っ込みを入れて、「夢を壊すな」と軽く睨まれて。
違うのは、私の言葉遣いだけだ。
少し感傷的になっている間に、残りの4人は全員のクラスを見つけ出したらしい。
「富永と佐々木がA組、上宮と松井がD組で……俺だけ1人、F組かよ」
江藤がそう言って、ちょっと悲しそうな顔をしてみせた。勿論演技だろうけれど。
「残念だねー、江藤君」
「大根役者は黙ってろ」
全く心のこもっていない美樹の言葉に、江藤がわざとらしく睨んだ。まるで漫才だな、と思った。……口には出さないでおこう。
その時、麻菜の表情が随分冴えない事に気が付いた。掲示板を見に行こうと言ったときの上気した顔が嘘のようだ。
どうしたのか聞きたい所だけど、異性に聞かれても答えづらいはず。そう思って、盛り上がる3人に声を掛けた。
「じゃあ、移動しようか。いつまでもここにいると、他の人の邪魔だし」
「あ、そうだねー。上宮君は気が回るなあ。江藤君とは大違い」
真っ先に食いついた美樹は、定型句のように江藤をからかう言葉を入れる。
それに言い返すのももはやお決まり……
「何だと、コ―」
「上宮君?上宮君、いるんですか!?」
……だったんだけど、切羽詰まったような声が江藤の言葉を遮った。
声の主は、ポニーテールにした長い髪を振り、必死の形相をした少女。ブレザの左腕に腕章を付けている所を見ると、生徒会役員らしい。
どうして私をそんなに必死で探しているのか分からないけど、鬼気迫るその表情にたじたじとなりながら、答えた。
「えっと、はい。僕が上宮ですけど」
「上宮涁君!?」
頭1つ背の低い少女に詰め寄られ、面食らいながらも頷く。
「体調でも悪かったの?上宮君、新入生総代の挨拶をするんだから、8時には来て下さいって連絡したはずよ?今まで何をしてたの?」
少女の言葉に、ぽかんとなった。
「……挨拶?」
「そうよ!まさか忘れてたの!?」
背後から冷気が漂ってきた。
「……上宮君、忘れてたんだ……」
「良い根性してるねー……」
「普通忘れる?あり得ない」
「上宮…お前……」
「……いや、待ってくれ」
4人からどろどろというBGMを付けたくなるような声音でそう言われたけれど、断言しよう。私は無実だ。
大急ぎで記憶をひっくり返したけれど、そんな事を聞いた覚えは絶対に無い。入学書類は全て隈無く目を通したが、挨拶のあの字も書いてなかった。郵便だって、高校から何か手紙が来た事は無かった。
記憶喪失もあり得ない。いや、男になった時の前後の記憶をきれいさっぱり失っている私が言うと説得力が無いと思われるかもしれないけれど、これはその経験があるからこそ言い切れる。この2週間の生活を日記に書けと言われれば、全て余す事無く書けると、自信を持って言えるくらいだ。
「あの、連絡はどういう手段でしたか?」
「電話よ!1週間前の朝に!貴方、分かりましたって言ったじゃない!」
背後の冷気がますます強くなったけれど、既に私は全貌を掴んでいた。
「……あの、もしかして、「分かりました、伝えておきます」、ではありませんでしたか?」
「……え?あ、そう言えば……」
やはり。携帯を取り出し、裕真に電話を掛ける。ワンコールで繋がった。
「はい、上宮です」
「裕真、涁」
『………』
「裕真?」
『……あ、そっか。うん、何?ね……兄ちゃん』
慣れたんじゃなかったのかと言いたいけど、人の目があるので我慢した。
「裕真。お前、1週間前、電話をとらなかったか?」
『電話?1週間前?』
「俺が、ばあちゃん達の所に行ってた時」
『……あ』
「……………」
『……ごめん、兄ちゃん』
それだけ行って、電話はぶつりと切れた。うん、裕真。君にはこれから1週間、掃除当番を代わってもらおう。
少女に向き直る。呆然としている相手に、丁寧に頭を下げた。
「家庭内の連絡ミスがあったようです、申し訳ありません」
「……もしかして、弟さんだったんですか?」
黙って頷く。少女が顔を赤らめた。
「ごめんなさい、上宮君には何の落ち度も無いのに、怒鳴っちゃって……」
「いや、伝え忘れた弟の責任ですから。家族ですし、僕にも責任がありますよ」
項垂れて落ち込む少女に、そう声を掛けた。そう、これは裕真のせいだ。が、あいつの性格を知っていて、連絡の有無を聞かなかった私も悪い。
「……そう。でも困ったわ、式までもう40分も無いのに………」
そう呟くと、少女はがばっと顔を上げた。怖い位真剣な目で私を見つめる。
……何故だろう。嫌な予感がする。
「行きましょう、上宮君!」
そう言って少女は、私の腕をがしっと掴み、歩き出した。
「え?」
引っ張られるままに歩きながら聞き返した私の耳に、信じられない言葉が届いた。
「だから、講堂!挨拶、よろしくね!!」
「な、ええっ!」
無茶にも程がある。リハーサルどころか、原稿も書いていない。
「代わりの子もいないのよ。大丈夫、何とかなるから!というかさせなさい!!」
そう言って少女は、それ以上耳を貸さず、呆然と突っ立つ私を半ば引き摺っていった。私は、混乱する頭を必死に動かして、挨拶とはどんな事を言うものだったかと考えながら、止めるどころか笑顔で見送る友人達を恨んだ。