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Preparation 試合、開始

 半年前、現役時代よりも入念に準備体操をする。今までもブランクを考えての事であると同時に、相手が男子である事も考えての事だ。ぎりぎりまで体を酷使しなければならないだろうから、きちんと筋を伸ばしておかないと怪我をするのは目に見えている。


 道場の片隅には、予想よりも遥かに多くの見学者がいたけれど、余り気にならない。正直、荻原先輩の眼光以外は、視界にすら入っていなかった。


 久々の実戦。わくわくしていないと言えば、嘘になる。中学の時から、組手は好きだった。試合前のぴりぴりした雰囲気も、高ぶる神経とは反対に静まり返っていく精神も。やっぱり空手は良いな、と素直に思う。

 この感覚をもう一度味わえたのだから、ギャラリーの目なんてどうでも良い。



「いよいよだな、上宮」

 仲井が声を掛けて来る。目を向けると、既に準備体操は終わったのか、防具を付け始めていた。

「俺はあの日以来、お前との再戦を心待ちにしていた。同じ高校だと知って、部活に入ればいつかやり合えると、嬉しかった。……まさか、こんな形で戦う事になるとは思わなかったけどな」


 小さく頷く。私も半年前には、まさかこんな戦いをするとは夢にも思わなかった。

「……楽しみにしている。全国を見て来た、お前を」


 闘気を剥き出しにしている仲井には悪いけど、期待に答える事は出来ない。「全国大会に出た上宮涁少年」なんて、どこにもいないのだから。


 けれど私は、それでも構わないという心境に至っていた。「全国大会に出た上宮涁少女」の全力をもって、彼と戦う。

 負ける事を前提になどしない。試合は試合だ、全力で勝ちを狙う。



 ようやく準備体操が終わった。側に置いておいた防具を順番に付けていく。1つ付けていく度に、気持ちが試合へと向いていくのを感じる。

 安心した。どうやら、まだ試合の勘は失われていなかったみたいだ。

 一通り防具を身に付け、私は戦いの場へと足を向けた。



******



 高ぶる鼓動を宥め、審判の元へと歩み寄る。審判―北条先輩が、俺達が近付くのを待って、試合のルールを説明してくれた。


「―試合形式は、6ポイント先取制。制限時間は2分。要するに、2分以内に6ポイントとった方が勝ち、制限時間が先に来たら、ポイントの多い方が勝ち。有効が1点、技ありが2点、1本が3点。あ、そうそう。仲井君が赤で、上宮君が青だ。良いかい?」


 北条先輩の言葉に、一寸戸惑った。

「……2分、ですか?」

 中学の試合は、男子が1分半、女子が1分だった。2分というのは、高校生のルールだ。中学を卒業したばかりの俺達にとって、2分という時間は未知の世界だった。


「ああ、俺も1分半にすべきだ、と言ったんだけどね……。荻原がもう高校生なんだからって。悪いな」


 北条先輩の苦笑気味の言葉に、思わず観客の方を見ると、荻原先輩が笑顔でこちらを―と言うよりも上宮を―見ていた。



 ……昨日上宮を追いつめている時にも思ったが、荻原先輩は空手の事になると後輩に情け容赦はないようだ。俺に対しては堂々と言い返して来た上宮が勝てないのも頷ける。



「……まあ、良いです。どうせこれからは2分ですし。良い経験です」

「そう思ってくれると、助かる。上宮も良いか?」

「構いません」

 静かな口調で短く答える上宮。今から殴る蹴るの戦いをするとはとても思えない程物静かな雰囲気だ。



 ……こいつ、本当にやる気があるのか?

 先程声を掛けたのも、その為だった。あまりに緊張した様子のない、悪く言えば熱意の感じない態度で準備体操をする上宮に、発破をかけた。闘志をぶつければ、少しは目も変わるのでは、そう考えた。

 だが、上宮の態度は少しも変わらない。見方によっては無気力に見えるその様子からは、とても全国区の選手だとは思えない。


 去年の夏、こいつはもっと……

 そこまで考えて、ふと違和感を覚えた。去年の上宮がどんな顔をして俺と向かい合っていたのか、思い出せない。ずっと雪辱を願って、その想いだけが先行してしまったようだ。よく考えてみると、試合をビデオで見直した記憶も曖昧だ。


 こんな事なら、もっとちゃんと戦略練って来るんだった……

 少し後悔したが、果たして今の上宮に、それだけの価値があるのかも怪しい。荻原先輩が一通りレクチャーしてくれたものの、それだけの強者にすら、見えなかった。


 はっと気付いた。昨日の上宮の言葉が甦る。



『どういう結果になっても、何も言うなよ』



 まさか上宮は、これを意味していたのだろうか。上宮が空手をやめるのは、戦いに熱意を持って臨めなくなってしまったからだとしたら。




「……仲井君、始めて良いかい?」

 戸惑った声が聞こえて、我に返る。思考に没頭していて動きを止めていたらしい俺を、北条先輩が心配げに覗き込んでいた。



「……はい、大丈夫です。すみません」

 1度深呼吸をして、気持ちを切り替えた。そうだ、今はそんな事はどうでも良い。俺は中学の空手に区切りをつけ、高校で気持ちを一新して取り組む為に、こいつに勝つ。

 ―例え上宮が、あの時と同じ強さを持っていないとしても。



「……じゃあ、始めようか。両者、礼」



 礼をしてから頭を上げた時、上宮と目が合った。何故か、ぞくりとした。

 あくまでも静かな上宮の目は、しかし、強い光を内包していた。

 無意識に、緩みかけていた意識が引き締まる。



「―始め!」



 突発的に高まった感情そのままに、俺は足を踏み出し、突きを繰り出した。


 いきなり仕掛けるとは思っていなかったのか、上宮の反応が遅れる。綺麗に突きが入り、残身をとった俺の耳に、北条先輩の声が届いた。



「止め!赤、上段突き、有効。勝負、始め!」



 気を抜く事無く、俺は再び上宮の元へと飛び込んでいった。


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