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Concentration 本気

「涁君達、置いていかないでよー」

「……松井、席、奥の方の割にゃ、追いつくの早えな」


 呆れた様子で飯島君が美樹に言葉をかける。美樹が半眼になって問いかける。


「ん、もしかしてわざと置いてったー?」

「……わざわざ待つ理由もねえだろうが。それより、そっちは部活良いんか?入るっつっといて顔出さねえで、文句言われねえ?」

「平気平気ー。弓道部は、見学期間は参加させてもらえないんだってー。だから、それまでは自由よって、河井副部長が言ってたー」

「……何時そんな話をしたの、美樹?」

 思わず疑問を口にすると、美樹があっさりと答えた。

「昨日だよー。昼休みにたまたま会ったんだー」

 納得して頷く。


「それより、2人こそ大丈夫なのー?」

「おう、説明しておいた。なんか、新入生が空手の試合するって、結構噂になってんぞ。先輩も、マネージャとかは見に行こうかとかいう話がでてるみてえだ」

「僕の所も、似た感じかな」


 ……だんだん涁が気の毒になって来た。


「だってさー。人気者だね、涁君」

「……大方荻原先輩が言いふらしたんだろ、俺が逃げ出さないように。どうも信用されていないみたいだな」

 涁が顔を前に向けたまま答えた。

「……まあ、入るものと思っていた後輩が、見学にも来なかったらそうなるんじゃねえ?」

「そうかもな」

 飯島の言葉に、涁が肩をすくめた。


「……ねえねえ、涁君、何か変じゃない?」

 美樹がこっそりと聞いて来た。同じ印象を感じていたので、頷く。



 テストが終わってからというものの、涁の口数が妙に少ない。別に無愛想っていう訳でもないけれど、こっちが話しかけない限り、会話に参加しない。受け答えがずれる事はないから、上の空って訳では無さそうだけど…。

 気が進まないのは、分かっている。家に行ったときも言っていたように、涁の実力は、あくまで「女子として」全国で通用するレベル。今の涁に、仲井君との試合は荷が重い筈。期待しているだろう荻原先輩、真剣に雪辱を誓う仲井君に対して応えられない事、続けたいのに事情が事情で続けられない事、そのどちらもが涁の気を重くしているのだろうと思う。

 ……けど。今の涁の様子は、それが理由って訳でもないような気がする。



 違和感を抱えたまま、私達は涁について武道場へと向かった。




「来たのね、涁。仲井君ももう来てるよ。奥に更衣室があるから、着替えて来なさい。場所は……北条君、お願い」



 道場の前で、荻原先輩が待っていた。もう道着に着替えている。明るい色の髪を後ろで1つにくくった荻原先輩は、心無しか昨日とは表情が違った。

 ……涁の言葉は本当だった。荻原先輩、朝とはまるで別人。



「了解。えっと、上宮だったな。2年の北条宏太だ。今日の試合、期待してるぞ。…折角だから、入ってくれると嬉しいけどな」

「……上宮涁です。それで、更衣室は?」

 北条先輩の申し出には答えず、涁が案内を促す。北条先輩がやや戸惑い気味の顔で頷く。

「ああ、こっち。防具も用意してあるから、好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」

 小さく頭を下げ、涁が北条先輩について奥に去っていった。



「皆来たのね。先客もいるし、どうぞ入って」

『失礼します』



 荻原先輩に言われて、私達は道場に上がらせてもらった。既に道着姿の男女が、あちこちで練習している。仲井君はいない。更衣室で着替えているのかな。


 荻原先輩の言う「先客」の意味は、直ぐに分かった。道場の隅に、制服のままの生徒の集団が出来ていた。そこには同級生らしき女の子や、先輩方が小さな声で会話している。

 その中に江藤君、麻菜、香奈を見つけて、隣まで行って座った。



「涁、様子はどうだった?」

 私の直ぐ隣に腰を下ろして、荻原先輩が問いかけて来た。どう答えるべきか、ちょっと迷う。


「……なんだか、いつもと違いました」

「それは、俺も思いました。上宮、妙に無口っつーか、俺達と話してても心ここにあらずで」

「緊張してるのかなーって、思いましたけど」


 私の答えに、飯島君、美樹が続く。安藤君も頷いていた。それを聞いた江藤君、麻菜、香奈が戸惑った顔をする。


「それ、マジ?上宮って、いつでも会話には積極的に参加してたろ?」

「うん、らしくないわね、涁君」

「体調でも悪いのかな……」

 江藤君、香奈の言葉に続いた麻菜は、どことなく心配そうだ。


 けれど、私達の言葉を聞いた荻原先輩は、満足そうに頷いた。


「……そう。昨日は、何だか随分情けない事を仲井君に言っていたから心配していたけど、涁もちゃんと分かっているのね。安心した」

「どういう意味ですか?」

 独り言のような言葉に問い返すと、荻原先輩は笑顔で答えてくれた。



「別に涁は、体調が悪い訳ではないよ。見た事なかった?涁って、普段は誰が相手でも愛想良く話すけど、試合前は口数が極端に減るの。緊張しているんじゃない。自分の意識を試合に集中させて、本番で全力を出し切れるように、自分を最高の状態まで持っていくの。つまり、彬は本気って事よ。……1年間の練習の成果、この目で確認させてもらいましょう」


 最後の言葉には、どこか舌なめずりするような響きがあった。目には強い輝きが宿っている。



 荻原先輩の言葉や表情に触発されたのか、誰もが神妙な顔で更衣室に目を向けた。



 その時、丁度更衣室のドアが開いた。仲井君に続いて、涁が出て来た。2人とも道着姿で、防具を脇に抱えている。


 初めて見た涁の道着姿は、凄く格好良かった。見た目、と言う意味ではなくて、涁が身に纏う静けさに、道着姿がよく似合っていた。


 その静まり返った表情を見て、事情を知っている筈なのに、この試合で涁は負けるだろうと分かっている筈なのに、私は胸が高まった。


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