Acquisition 捕獲
講堂で活動を行う部活は、バドミントンと、卓球。どちらも活気があって、見ていて楽しかった。
特にバドミントンの見学が出来たのは、有意義だった。部活の雰囲気も良く、練習の緊張感も心地いい。体操服に着替え、少しだけ参加させてもらったけれど、教えるのも丁寧でやりやすかった。
弦楽でチェロをいじらせてもらった時も面白いと思ったけれど、バドミントンは今までで一番興味を持てた部活、と言っていい。
「良ければ明日もまた来てね。上宮君、筋が良いし大歓迎だよ」
「ありがとうございます。考えてみます」
一応返事は保留して、講堂を後にした。
そろそろ見学終了の時間なので、私達は校門へ向かう道へ足を向けた。
「4人とも、付き合わせて悪かったな。ありがとう」
私に付き合って体験に参加してもらった4人にお礼を言うと、4人とも首を振った。
「さっきまではこっちが付き合ってもらっていたんだし、当たり前よ。……涁君、バドやるの?」
麻菜の質問にどこか消極的な雰囲気を感じて、返答に迷う。
昨日の言葉から判断しても、麻菜が私に空手を続けて欲しいと思っているのは明らかだ。……何故なのかは、よく分からないけれど。
「うーん、そうだな……」
どう答えようか迷いながら口を開いたとき、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。
「涁、はっけーん!」
その声を聞くや否や、私はくるりと踵を返して、一目散に走り出した。無論、声の聞こえた方から遠ざかる方向へ。
走り出してから、ふと気付く。今の私は、上宮涁「君」だ。彼女の獲物は女子のみだった筈。だったら、別に逃げなくても……
けれど次の瞬間、私はその考えが甘かった事を思い知った。
「涁、久しぶりー!」
声と共に、勢いよく後ろから抱きつかれたからだ。
助走を使って飛びついたのか、かなりの衝撃だ。危うく吹っ飛びそうになるのを、両足に力を込めて堪える。それでも大きくつんのめった。
……結構距離があったし、一応男子になったんだから、少しは足が速くなった筈。どうして追いつかれたんだろう……
不気味に思いながら、振りほどく前に、とりあえず疑問をぶつける。
「……萩原先輩、1つお尋ねしてもよろしいですか」
「なあに?」
相変わらず抱きついたままの少女―荻原七海に、感情を抑えた声で問いかける。
「確か先輩がタ……こういう事をする対象は、女子生徒だけだったと記憶するのですが。何故俺にまで?」
「涁だからに決まってるでしょ?」
何を当たり前を、と言わんばかりの返答に、溜息を禁じ得なかった。
これで、「覚えているのか?」と不安にならないのは、この先輩の人徳(?)だろう。
「高校生にもなって、気安く異性に抱きつかないで下さい。……何時までそうしているのですか。いいかげん離れて下さい」
「ええ?良いじゃない、もう少し。1年以上ぶりの再会なんだし」
一向に離れようとする気配が無いので、強引に腕を外して数歩離れた。
「うわー、つれないなあ……」
つまらなさそうに漏らされた呟きを無視して、丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです、荻原先輩。相変わらずのようですね」
荻原先輩は、空手部でお世話になった1つ上の先輩だ。後輩にも気さくで指導も的確。同級生達にも信頼されていた。良い先輩だ。
……ただ1つ、後輩を見つけると相手場所状況を考えずに抱きついて来る事を除いて。
「うん、まあね。涁も相変わらずかな?」
私の皮肉をさらっと流した荻原先輩が視線を向けた先には、苦笑している元弥丘中のメンバと、目を丸くして固まっている澪がいた。
そのとき気付いた。周囲の視線がものすっごく痛い。
……まあ、2年女子が新入生の男子生徒に飛びつくってのは、誤解されても文句を言えないよね。
「今日の見学はもう終わりのようですから俺達はこの辺で失礼します」
口を挟ませる隙を与えずに一息でそう言って、私は4人の元へ戻った。