Trouble 口論
「ふーん。上宮君って、大人しそうな顔して、言うときは言うのね。ちょっとびっくり」
やや気取ったような口調の声が降ってきて、内心またかと思いながら顔を上げた。
目鼻立ちのはっきりした、一目で性格に難ありと分かる女子が、私を品定めするように見下ろしていた。
「でも流石は学年1位ね。理路整然としているっていうか。あれじゃ、感情的になっているだけの仲井君は相手にならないよねえ」
「相手になるとか、そういう問題じゃないと思うんだけど……。それより、君は?」
正直私の苦手なタイプだけど、友好的な態度を心がけて、自己紹介を促した。
「ああ、名乗ってなかったね。私の名前は田辺美春。瀬奈中出身よ。上宮君の事は知っているわ。弥丘中出身、上宮涁君。中学の模試では負け無し。その上、今の話を聞いた限りでは、文武両道なのね。凄いわ」
「……ありがとう、田辺さん」
他にどう答えようも無いので、とりあえず礼を言っておく。プライドの高そうな子なので、勿論さんつき。
「それにしても、仲井君、かっこわるいわね。自分が負けたからって僻んじゃってさ。つまらない事で上宮君に絡んだりして、余計みっともないって、気付かないのかしら」
「……仲井は空手が大好きなんだよ。だから、俺が空手を軽く見ているように見えて腹が立ったんだろう。半分は俺の責任だ」
田辺のあからさまな陰口に、それ以上言うなと釘を刺す。正直、聞きたくもない。今の田辺の方が、余程みっともないと思う。
「でもさあ、それって彼の勝手じゃない?新しい事を始めようとした上宮君に絡む理由にはならないし。馬鹿よねえ」
明らかに見下した口調に、内心眉をひそめた。
ああ、この態度、この口調。明らかに、学年1位に媚を売ろうとしている。私に喧嘩を売った奴の悪口を言う事で、私の関心を惹こうとしているのは間違いない。
この手のタイプは、始めは媚びている振りをして、自分の思い通りに相手が動かないとなると、途端に敵意を剥き出しにする。相手が女子ならば、いじめの対象にする。自分がリーダにならなければ満足できない、周りが自分に従わなければ気が済まない性格。
「私」の、一番嫌いなタイプだ。
「あのさー、田辺さん。ごめんけど私達、食事中に、人の悪口とか聞きたくないんだよねー。涁君だって、困ってるよ?」
不意に美樹が口を挟んだ。表面上はにこやかだが、明らかに対戦モードだ。
田辺は一瞬笑みを消したが、直ぐに美樹と同じ笑顔を張り付けた。
「悪口?そんなつもりは無かったのだけど。だって上宮君、勝手な嫉妬であんな風に言われて、可哀想じゃない」
「可哀想って……。もう解決したんだから良いじゃない。謝っちゃいないけど、多分この先、何か言って来る事もないだろうしねー」
美樹が直ぐに言い返す。ここからは女子の領域なので、あえて傍観を貫かせてもらった。
「松井さん、上宮君と中学同じなんですってね。名前で呼び合ったりして仲が良いみたいだけれど、腹が立たないの?あんな失礼な事言う奴の事を弁護するなんて、松井さんは友人に冷たいのね」
やや笑みの薄れた顔で田辺が美樹に冷笑のこもった言葉を浴びせた。
「んー、涁君が気にしていないのに、私が勝手に怒るのも、涁君に迷惑だから。不満があるなら、陰口なんてみっともない事しないで、直接仲井君に言うしねー」
美樹の言葉にひやりとした。ほぼあからさまに、美樹は田辺を批判した。
美樹、2日目でそれは不味いんじゃ……
案の定、田辺の顔から笑みが消えた。
「松井さん、何が言いたいの?」
「言ったでしょー、私達、まだお昼中。人の悪口聞きながらご飯食べたら美味しくないからさー、悪口言うのやめて欲しいんだよー」
美樹の言葉に、飯島、安藤でさえも肝を冷やした顔をした。それはそうだろう、ここまであからさまな挑発、男子だって滅多にしない。
「……松井さん。貴方、私に喧嘩売ってるの?」
「まっさかー。そんな馬鹿な事しないよ。単にお昼を平和に食べたいって言ってるんだよ」
「……2人とも、もうよせ」
限界だ。これ以上は、見逃せない。
「田辺さん、さっき言ったように、俺は仲井の事は気にしていない。だから、余り彼を貶すような事を言わないで欲しい。それから美樹も、ちょっと言い過ぎだぞ。田辺さんだって、俺に気を使っていってくれたんだ。そうだろう?」
本音も事実も大きく異なるけれど、そういう事にしておいて欲しい。私のせいで美樹がクラスで孤立するのは嫌だったし、入学早々クラスの雰囲気がギスギスするのもごめんだった。
「……そうだね。ごめん、田辺さん、言い過ぎた」
「いいえ、構わないわ。それから上宮君がそう言うなら、もう言わないわ」
美樹は私の意図を察して、田辺は私の最後の言葉に気を良くして、矛を納めてくれた。
「うん、そうしてくれると嬉しい。ちょっとしたすれ違いだからさ」
そう言って、軽く笑みを浮かべてみせた。何やら満足げな笑みを浮かべて美樹に視線を遣り、田辺はその場を去っていった。
「……涁君、ごめん。ちょっといらっとしちゃって」
「いや、気にして無い。俺もああいうの、好きじゃないし」
美樹は、ああいうのが嫌いでバレーをやめようかと考えているのだ。我慢できるはずもなかった。それを分かっていたから、あえてあそこまで止めなかったのだから。
それに。……ちょっとすかっとしたのも事実だ。
「……上宮、俺は松井の言っていた事が理解できたぞ。怖えな、女って……」
飯島がこっそりと囁いて来た。その通りだ。女は力がない分、怖い。男の子は、高校生になってようやくそれを知り始めるらしい。
「……さて。そろそろ食べ終わらないと、間に合わないな」
15分後には、午後の部が始まる。食べる時間は、後5分くらいしかなかった。
「……おい……。俺、食い終わらねえぞ……」
何だか絶望したような声を上げる飯島。んな大げさな……
「後で食べればいいじゃないか」
「持たねえだろうが!上宮、お前もだろ!!半分以上残っているくせに!!」
「……いや、とりあえずオリエンティションが終わる位までは持つよ」
「……上宮君、燃費良すぎ。羨ましいなあ」
……安藤、そんなに悲しそうな顔でお弁当を見なくたっていいでしょう?
「あー、何気に澪が食べ終わっているというちゃっかりさー」
「私の出る幕無かったんだもん」
美樹の突っ込み。澪……拗ねたような口調でそんな事を言わないの。
それ以上は何も言わずに、私達は可能な限りご飯を食べて、講堂へと急いだ。