Cross 小さな衝突
「涁君はどうすんのー?空手部の勧誘、受けるの?」
「どうしようかな……」
正直、断りたい。けれど、飯塚の話を聞く限りでは、断るのは大変そうだ。
「え?上宮君、もう勧誘されてるの?」
安藤の驚いたような言葉に、首を振る。
「いや」
「でも、時間の問題だよね」
澪の言葉に、溜息をついた。
「受ければ良いのにー。強いんだし」
「ん?上宮、昨日言ったのと矛盾してねえ?」
……ああそう言えば、飯島には「そんなに強くない」って言っちゃったな。
「いや……。空手人口って、中学はそこまで多くないんだ。俺が勝ったの、まぐれみたいなもんだし。高校では通用しないと思ってな」
とりあえず誤魔化すと、横合いから声が割り込んで来た。
「まぐれ?上宮、それ嫌味?」
顔を上げると、どこかで見た顔が私を睨んでいた。どこで会ったんだっけ……
「準決勝でお前が俺に勝ったのが、まぐれだって?ふざけんなよ、ストレート勝ちしておいて」
……あー、もしかして。
「仲井、同じクラスだったのか……」
阪手中出身、仲井淳季。私が出ていた大会で、準決勝敗退した少年だ。阪手中と弥丘中は交流試合をよくしていた為、顔に見覚えがあった。仲井は阪手中の男子空手部部長で、かなり強かった。
そうか、彼と戦った事になっているのか……
確かに私、準決勝はストレート勝ちだったけど。組み合わせが良くて、優勝候補同士が潰し合っていたため、偶然勝ち残ったような子が相手だったからね。
仲井が戦っていた相手は……
……覚えていない。どうやら、私も多少は記憶をいじられているようだ。もう1つの準決勝で弥丘中の部長だった金手が勝っていたから、どちらが勝つか、試合を見ていたはずなんだけど、何対何で仲井が負けたのかさえ覚えていなかった。
「俺は空手を続けるぜ、上宮。お前、勝ち逃げする気か?案外臆病者なんだな」
むかっとしたので、なるべく言葉が尖らないようにして言い返した。
「あのなあ。新しい事を始めたいと思う事の、どこが臆病なんだよ」
「高校では負けるかもしれないから、空手をやめるんだろ。臆病どころか卑怯じゃないか。それとも何か、天才上宮君は、やってみるまでも無く勝てるに決まってるから、そんなつまらないものに興味は無いってか?」
……何こいつ。マジでムカつく。
「誰がそんな事言ったんだよ。負けるからとか、そういう理由でやめようと思っている訳じゃない」
こちらの事情も知らないで、好き勝手言わないで欲しい。私だって、空手を続けたいんだ。
「仲井、確かにまぐれとか言ったのは、お前に失礼だった。それは悪かった、ごめん。だけど、そこまで言われる筋合いは無い。俺は俺なりの理由があって、空手を続けるか迷っているんだ。臆病者とか卑怯とか、勝手に言うな」
可能な限り言葉を選んだ私の言葉に、仲井が僅かにひるんだ顔をした。少し語調を緩めて続ける。
「仲井が空手を好きなのは分かってる。俺だって嫌いな訳でも、軽く見ている訳でもない。ただ、他にもやってみたい事があるだけなんだ」
「……分かったよ」
顔を背けて不機嫌な口調でそう言うと、仲井は足早に去っていった。
ずっと黙って事の成り行きを見ていた4人に向き直り、謝る。
「悪い、折角の食事の時間を台無しにしたな」
4人は笑顔で許してくれた。
「気にして無いよー」
「大丈夫だよ、涁」
「うん、気にしないで上宮君」
「まあ、不可抗力だな、今のは。上宮も、謙遜は程々にした方が良いぜ」
「……そうだな」
飯島の言葉に素直に頷いておく。実際は謙遜じゃないんだけどね……