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Parents 上宮家の夜

「ただいまー」



 そのとき、落ち着いた女性の声が玄関から聞こえた。ちゃんと鍵はかけていたのだから、声の主は考えるまでも無い。…いやまあ、声で誰か位、分かるけどね。



「あ、母さん!お帰りなさい」

「お帰り、母さん」

「あら?随分遅い夕食ね。これならもう少し急いで帰れば良かったわ。ただいま、涁、裕真」



 私達の母親、上宮香奈恵。小さな顔に丸みの帯びた頬、柔らかな光のこもった茶色い瞳。可愛い印象を抱かせる顔立ちだけど、どことなく知性が漂っている。



「母さん、夕飯まだ?」

「ええ。仕事終わって、直ぐ帰ってきたから」


 そんな答えが返ってきたので、更によそってラップを掛けておいた夕食をテーブルに移す。


「さっき作ったばっかだから、すぐ食べられるよ」

「あら、ありがとう。ちょっと待ってね」



 嬉しそうな顔で頷いた後、母さんは一度奥にある部屋へ行って、荷物を起き、手を洗って戻ってきた。

 その間に、ご飯をよそり、飲み物を用意し、直ぐに食べられる準備を整える。



「いただきます」

 行儀よく手を合わせてそう言ってから、母さんは食事に手をつけた。私の食事のマナーの良さは、母親譲り。でも、母さん程綺麗に食べられないのが、ちょっと悔しい。


「相変わらず上手ね、涁。おいしいわよ」

「ありがとう。……そう言えば母さん、今日、澪に会った。」



 食べ終わった私と裕真の分の食器を洗いつつ、裕真同様、今日一連の出来事について話す。裕真が約束を守るという事で、挨拶の件については伏せてやる事にした。



「あらあら、青柳さん、驚いたでしょうねえ。それにしても涁、よく話す気になったわね」

「……まあ、澪の為だから」


 信じてくれたおじさんの懐の深さに感謝、と言ったところだ。


「で、母さんも久しぶりに会いたいでしょ?父さんもだけど、空いてる日の確認して、私に教えて。澪に伝えておくから」

「分かったわ。楽しみねえ。澪ちゃん、去年の年賀状を見た限り、凄く綺麗だったじゃない?」



 そう言って優しげに笑う母さん、凄く嬉しそうだ。澪はよく家に遊びに来てたし、懐かしいのだろう。



「うん、びっくりする位可愛かった。美樹も何か興奮してたし。裕真もどぎまぎしてた」

「えっ!?いや、別に俺は……」


 慌てた様子で否定する裕真。女2人相手にこの態度は、思うつぼだ。


「あら裕真、小学校卒業して、随分ませたわね。3つ上に手を出そうなんて、やるじゃない」

「手を出すって何!?母さん、違うって!そりゃ、可愛いなとは思ったけどさ……」


 慌てて言い訳しようとしてどつぼにはまり始める裕真。すかさず母さんに続く。


「緊張してたよねー、裕真。まあ分かるよ。澪は同性から見てもものすごく可愛いから。明日からきっと大変だろうね。裕真、ぼんやりしていると、取られちゃうよ?」

「姉ちゃんまで何言ってんだよ!?だから、そういうのじゃなくって……」

「あら、澪ちゃんも大変ねえ。涁、変なのからは守ってあげなさいよ?裕真の為にも」


 必死で否定しようとする裕真から私に注意を移して、母さんが私に向き直った。勿論、追及の手は緩めない。


「勿論。美樹にも協力させて、変な虫がつかないようにする。高校生にもなると、男は怖いらしいからね。その点裕真はまだ安心。どうせ手も握れないだろうし」

「ねえ2人とも!俺さっきから違うって言ってるよね?無視?無視なの?それから姉ちゃん、というか兄ちゃん!兄ちゃんが守るって、変じゃない?絶っ対誤解されるって!」


 顔を真っ赤にした裕真がムキになって私に食って掛かってきた。この逞しさは一体誰に似たのだろう。


「誤解?やだなあ。無理矢理澪に手を出そうって奴に言って聞かせるだけだよ。幼馴染なんだから、それ位は普通だって。普段は美樹にガードしてもらうし。……まあ最初の方は、女子に囲まれている可能性は高いな。あの可愛さは、女子にとっても十分魅力的だし」


 ちなみに、言って聞かせるという言葉には、「手段を選ばず」と言葉に表されない注釈付きだ。流石は家族というか、言わなくても通じたらしい。


「いやそれ、絶対普通じゃないと思う!」

「そんな事ないわよ、裕真。高校生にもなると、変な奴に狙われる事、少なくないんだから。涁だって、こんな偶然、活かさない手は無いわよね。女の子には守りきれないところで、澪ちゃんを守ってあげなさいな」

 裕真の反論は母さんに取り下げられる。



 ……それにしても、今更ではあるけれど、娘が息子になった事を「偶然」で済ますか……


 そう言えば母さん、一番最初に事態に適応してたな。まあ、女同士通じるものがあったとはいえ、父さんが納得できたのは、母さんの貢献が大きいだろう。


 ……受け容れて最初に言った言葉が、「ああこれで、着飾って遊ぶ事が出来ないじゃない。これからどんどん女らしくなるって、楽しみにしてたのに……」だったのは、どうかと思うけれど。



「うーん、空手を習っていて良かったとは思うけど……、体格差がなあ」

「成長、去年の夏で止まっちゃったものねえ。男の子にしては小さいかしら」

「間違いなくね。まあその辺は、今後の裕真に期待しようか」

「だから、なんで俺!?いやそりゃあ、今から伸びるだろうけど……」



 ちなみに、現在の私の身長が162㎝、裕真が159㎝。高1女子にしては大きめな身長と、(多分)中1男子の平均的な身長。


 今日の夕食1つとっても、成長の終わった私はお茶碗1膳(と言っても男物サイズ。どういう訳か男になってから、少し食べる量が増えた。太る……)、育ち盛りの裕真は大盛り2膳。


 ……ああ、一年後が怖い……



「まあそれはさておき、私はお風呂にでも入ろうかな。裕真、入れてあるよね?」

「……入れたよ」


 食器の片付けが終わったところで、裕真に聞くと、ちょっと拗ねたような声で返事が返ってきた。流石にからかいすぎたか。


「ありがと。じゃあ入って来る。母さんも仕事お疲れ。ゆっくりしてね」

 そう言って私は、着替えを取りに2階へと上がった。





 私が風呂に入り、母さん、裕真の順で入った後、私は今日の日記を書いた。

 これは4ヶ月前から始めた習慣だ。意味は…特には無い。けれど、ただ何となく、つけたくなった。


 ……まああれだ、要するに私は、「私」である事にまだ拘っている。「女」である事を忘れたくなくって、今の「私」を記録に残しているのだろう。多分。


 今日はいろいろあったから、書きやすい。簡潔に書き上げてから時計を見ると、もう12時。そろそろ寝なければ。



 その前に水でも飲むかと下に降りると、丁度父さんが帰ってきた。

「父さん、お帰り。遅くまでお仕事お疲れ様」

「ただいま、涁。今日は入学式だったな。おめでとう」

 そう言って柔らかく笑う父さん。仕事の疲れを感じさせないのは、流石と言うべきか。



 実を言うと、今の私は父さん似だ。というか、男になって始めて、ああ私は父さん似だったのかと気付いた。文句のつけようの無い、整った顔立ち。その癖の少ないさらさらの黒髪と共に、私とそっくり。私が母さんから受け継いだのは、あの茶色の瞳だけだ。


 あ、裕真は母さん似。ちょっと童顔で、ふわっとした髪質。そしてどういう共通点だと言いたいけれど、目は父さんの真っ黒な瞳を受け継いでいる。



「ありがとう」

「あら、おかえりなさい」


 リビングに出てきた母さんが、父さんに気付いた。寝間着姿だから、私と同じく水でも飲みに来たのだろう。


「ただいま」

「あ、父さん。次の休み、何時?実は澪が帰ってきたんだ。会いたいでしょ?」


 ふと思い出して、父さんの予定を聞く。父さんは懐かしそうに答えた。

「へえ、澪ちゃん戻ってきたのか。そうだな、週末は空いてるぞ」

「あら、丁度私も空いてるわね。……涁、もう説明するのも面倒でしょうし、私が話すわ。もう寝なさい?明日も学校あるでしょう?」



 母さんの言葉に有り難く甘える事にする。今日は話してばかりで、いい加減疲れた。



「ん、分かった。ありがとう。じゃあ、お休みなさい」

「お休みなさい」

「お休み」



 挨拶を交わして、明日からの学校生活に思いを馳せながら、私は部屋に戻った。


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