Greeting 友人関係
住宅街を出て、商店街を通り、広々とした大通りの先に清条高校はある。バスの駅も地下鉄の駅もこの通りの入り口にあるから、ほぼ全ての生徒がこの道を通って登校する。勿論私も例外じゃない。
真新しい制服を着た男女が、緊張した足取りで大通りを通っていく。緊張のせいかゆっくり歩く新しい同級生達に合わせながら歩を進めていた私は、聞き慣れた声に名前を呼ばれ、振り返った。
「上宮君!おはよう!!」
「おはよう、富永」
冬休みに私を打ちのめしてくれた麻菜だった。とはいえ、彼女のおかげで学校に行っても大丈夫だと分かったから、その点は感謝している。
「やっぱ似合うねえ、ブレザ。なかなか似合う子少ないと思うよ、このデザイン」
にこにこと私を見つめる麻菜。だから、似合うと言われても嬉しくないってば。
清条高校の女子の制服は、ブレザの色が男子より少し明るく、黒っぽいネクタイの代わりに落ち着いた色の赤いリボンを締める。高校生らしい落ち着いた雰囲気と可愛らしさを両方演出するデザインで、女子中高生の憧れの的だ。
私も着るはずだったブレザ。下手すると顔負けするこのブレザを、けれど麻菜は見事に着こなしている。
やや茶味がかったセミショートの黒髪、綺麗な曲線を描く輪郭。なかなか人目を引く外見だ。
「そうかな、ありがとう。富永も似合ってるよ」
そう言ってにっこりしてみせた。すると、麻菜は何故か顔を赤くしつつ、笑い返してきた。
「ありがと。上宮君に言われると、何だか嬉しい」
それはそれは。12月まで彼女は、ことあるごとに組み付いたり、飛びかかったりしていたのだけど、随分と可愛らしい。
……まあ、男の子にそんな事をする訳も無く。私が女だという事実と共に忘れてしまったのだろう。
「あ、上宮君だー」
「あ、ホント。久しぶり〜」
そんな私達2人に、松井美樹、佐々木香奈が加わった。
美樹は肩にかかる程度のくるくるの茶髪で、童顔。その明るい性格そのままの外見だ。香奈は細面の和風美人。真面目な優等生という雰囲気が滲み出ている。それでも嫌みな印象が全くないのが、香奈の凄い所。
麻菜と美樹と香奈と私。中学では、仲良くつるんでいた4人組だった。
とはいえ。
「おはよう、松井、佐々木。久しぶり……かは微妙じゃないか?」
「おはよー」
「そうかなあ?まあそっか。何か、中学で毎日会ってたから久しぶりに感じるけど、合格発表から2週間位しか経ってないんだよね、そう言えば」
彼女らは今、あくまで私の事を「割と親しく話す男子」としか認識していない。12月までのように、じゃれ合ったり、行動を一緒にする事は無くなった。「あたし達は仲良し3人組」…その言葉が、少し寂しい。
「おーおー。相変わらずだな、上宮」
野太い声が聞こえたかと思うと、首に腕が巻き付いた。振りほどきながら声の方を見ると、がたいの大きい、癖の強い黒髪の男がにやにや笑いを浮かべていた。
「おはよう、江藤。そっちも変わりないみたいだな」
江藤一馬。ラグビー部に所属していた彼は、有り余るエネルギーを部活だけではなく、生徒会にも回していた。体育委員長があれほど働くのも珍しいだろう。
「おう、元気元気。けど、俺の言いたかったのは、相変わらずハーレムだなってことさ」
麻菜達に聞こえないような声で私に囁く江藤。頼むからそんなに近づかないで欲しい。
「ハーレムって、何だそれ。登校中にたまたま会っただけだよ」
ついでに言うと今の状況、実際には江藤がハーレムだから。
「ヘー。まあ、そういう事にしておこうか」
そう言って、江藤はようやく体を離してくれた。ひそかにほっとする。