Persuasion 理解と新たな仮説
泣き止んだ澪を連れて、私は部屋に戻った。私がこれから取る行動については、澪に話してある。最初は反対されたけど、やがて頷いてくれた。
リビングに戻ると、おじさん達はソファに座ったままだった。黙って、私と澪を見比べている。
「……お父さん、お母さん。いきなり取り乱して、ごめんなさい」
澪がまず、先程の事を謝った。
「構わないわよ。大丈夫?」
「うん」
母親が笑みを作って優しく言った。父親は、何も言わない。黙って私に説明を促した。
……そう言えば、後でするって言ってたっけ。
ゆっくりと深呼吸をした。流石に緊張していた。
「お父さん、お母さん。……話が、あります」
「……まず、座りなさい。それからだ」
おじさんが、静かにそう言った。頷いて、澪と並んで座る。
「それで?話とは、何だ。先程の事と、関係があるのか?」
「はい」
そこで、もう一度深呼吸をした。さあ、ここからは賭けだ。
「……「私」は、去年の冬、男になりました」
そこからは一気に説明した。澪に話した内容を、より簡潔に、分かりやすく。分からない事、分かっている事、洗いざらい告白した。
話の間、おじさんは一言も口をきかなかった。おばさんが何度か口を開いたけれど、おじさんがそれを止めた。
時間にして約5分。リビングに、私の声だけが響いていた。
「……何故か、澪は私の事を覚えていました。他に覚えているのは両親と弟だけです。私も未だに信じられない話ですが、事実です」
「お父さん、これは私も保証する。私の記憶では、涁は確かに女の子だった。弟の裕真君も、姉ちゃんって言ってた。だから……」
私が話を締めくくった後に続いた、澪の必死の説得を、おじさんは片手で制した。そのまま目を閉じ、何事か考え込む。重苦しい沈黙がしばらく続いた。
永遠とも思われる時間の後、おじさんは目を開き、私を見据えた。
「……本来なら、君の事を両親に話し、病院を紹介するのが常識的な判断だろう。いや、家族ごと医師に見てもらえるよう、澪を連れて相談するべきかもしれない」
「もっともな判断でしょう。私でもそう考えます」
正直な話、よく両親が私の言う事を信じたものだと、今でも思っている。
「だが、だ。どう見ても君はまともだ。そして、話も、突拍子も無いながらも、筋が通っている。……何より、私は澪を信じている。そして、先程私に澪のもとに行かせるよう願った、そして、今私を見ている君の目は、嘘をついているものの目ではない。……信じがたいが、どうやら事実のようだな」
そう言って、おじさんは溜息をついた。
「言われてみれば、君に関する記憶に、性別に関わるものは一切残っていない。写真が無ければ、どちらかは分からない」
「でも、写真はどうして?」
おばさんは、未だ半信半疑の顔で言った。
「分かりません。私も、あれはずっと不思議でした。……ただ」
少し迷って、私は制服のポケットからあるものを取り出した。
「大掃除の時に、弟の部屋から出てきました。数年前に、私への嫌がらせで隠したまま、忘れていたそうです」
小さな写真立てだ。写真を入れるべき場所に、幼い字が並んでいる。
『わたしたちがずっとしんゆうであることを、ここにちかいます。あきら、だいすきだよ。わたしのこと、わすれないでね。みお』
澪達親子は、それを食い入るように見つめていた。
「引っ越す前に、澪がくれたものです。そこには「わたしたち」とあります。私が女であった証拠が何もかも無くなってしまった中、存在しないものと見なされていたせいか、これだけは残りました。……随分と曖昧な証拠ですが」
隠したまま忘れていたという事実に思いっきり怒ったけれど、同時に凄く嬉しかった。私の記憶が正しかったことが、証明された気がした。
「信じてもらおうにも、お二人が覚えていませんから、難しいのは分かっています。でも私は、澪が覚えている限り、お二人にそれを知ってもらいたい。澪にはこれから、随分大きな隠し事をして学校に通ってもらうことになってしまいました。ですから、せめて家の中だけでも、言葉を選ぶこと無く、私の事を話して欲しいんです」
私のせいで澪は余計な苦労を背負うことになる。だから、その荷物を少しでも軽くするのは、私の義務だ。
「……最後に1つだけ。君が、つまり、女の上宮涁が、何らかの事情で、その体に憑依したということは、ありえないのかね?」
「……その手がありましたか」
とりあえず私の中身が女だということは理解してもらえたらしい。そう分かっただけに、返答は感嘆となってしまった。
確かにそれなら、癖が残ってもおかしくない。記憶の修正も写真も、私が元からこの姿だという事にする為と考えれば、筋は通る。
「ですが、それならどこかに体があるはずです。新聞に、そういう話はありません。同い年の少年が失踪したという話も、聞いたことがありません」
「入れ替わって、どこかで君と同じような事をしている子がいるかもしれない」
「成程……」
それならあり得る。というか、それなら私も元に戻れる可能性があるし、体が女から男に変わるなんてちょっと怖い(あ、いや、医療はそうは思わないけど。手術の跡とか、無いからね……)事態を否定できる。