Each Opinion 感謝
大声を上げた時、ドアが開いた。
「……姉ちゃん、としか呼べない……。本当に騒音公害だから、静かにして」
裕真だった。疲れ切った顔をして私を睨んでいる。
「澪、ちょっとそれ取って」
「はい」
それの説明をする前に注文通りのものを手渡して来る澪。心は同じだ。
私は、枕を思いっきり馬鹿に投げつけた。うん、なかなかいい音がした。
「っ、痛い!何するんだ兄ちゃん!」
「はい、涁」
何か言う前に澪が手渡してくれた人形を、もう一度投げつける。
「部屋に来るなって言ったよね?」
「ごめんなさい!」
にっこり笑って優しい声で叱ったら、引きつった顔で謝ってきた。うん、ようやく少し学んだらしい。
「でも兄ちゃん、少しは手加減して」
「十分したけど?」
弟の抗議に反論する。実際、この距離があるのだから問題ないはずだ。
「4ヶ月前とは違う!」
「あ、そっか」
……と思ったけど、そうか、忘れてた。どうも澪と話していて、元に戻った気でいた。これは学校で気をつけねば。
「ふーん、力も増したのか……」
何となく、手を開いたり閉じたりする。試した事は無かったんだけど。
「これなら部活も大丈夫じゃない?」
澪の言葉に、首を振った。
「そこまでは増してないし、何より体格差がね。1回男子と遊びで試合した事あるんだけど、全然勝負にならなかったんだ。動きの速さとかも全然違うし」
「……でも、拒否権無しだよね」
「……やっぱ、無理かなあ」
こんな事なら、大会なんて出るんじゃなかった。というか、記憶を消すくらいなら、記録も消して欲しかった……
「俺無視!?しかも兄ちゃん、言葉!」
「裕真君は今いちゃ駄目って言われていたでしょう?言葉遣いは、私が良いよっていったの。裕真君が文句を言う筋合いは無いよ?」
裕真の文句は、(裕真にとって)思わぬ澪の言葉によって切り捨てられた。
澪って小さい頃から、怒ると怖いんだよね……
裕真が騒音公害と言った時から既に怒っていた澪は、ここに来て限界に達したらしい。その人形のような可愛らしい外見から漂う冷気(麻菜達4人あわせたより遥かに強力)に、裕真が凍り付いた。
「裕真君、悪いけど女同士の話し中なの。出てってくれるかな?」
澪のとどめの一言に、裕真が瞬時に消え去った。逃げ足早いな、あいつ。
「澪、ありがとう」
本気で怒ってくれた澪にお礼を言って、頭を撫でた。
「涁は優しすぎ。怒って良いのに」
澪の言葉に、苦笑する。
「……実際、あいつには感謝してるから。いきなり姉貴が兄貴になったっていうのに、全く変わらず接してきてくれてるからね。口ではああ言うけど、戸惑ったり、本気で気味悪がったりした事無いんだよ」
「でも……」
「……まあ、こう思えるようになったのも、澪のおかげかな。昨日までなら、黙って頷いてた」
頭で納得して、状況に適応する為に、無理矢理感情に蓋をしていたら、いつの間にか感情が麻痺していた。余裕が出てきたせいか、どうも今日は学校でもいろいろ考えていたけれど、中学の時はそれこそ何も感じなかった。……皆が、「私」の事を忘れていたにもかかわらず。
それを澪に気付かせてもらったおかげで、言い返す事が出来るまでになった。もう大丈夫だ、と思う。
「とはいえ、あいつも調子に乗ってたからね。澪に怒られて、少しは反省したと思う。だから、ありがとう」
いたずらっぽく笑うと、澪は溜息をついた。
「……もう、涁のお人好し」
ちょっと不機嫌な声でそう言って、澪は立ち上がった。
「そろそろ帰る。お母さん達には、また今度会わせて」
「うん、休みの日にでも。2人の予定を確認しておく。……送るよ」
外を見ると、日が傾きかけていた。それほど時間のかかる説明でもないのにこうなっちゃったのは…まあ、間違いなく私のせいだ。
「うーん……。別に良いのに」
「女の子の一人歩きは危ないよ?」
言ってから、自分の言葉に笑ってしまった。つられて澪も笑い出す。
「分かった。じゃあお願い。ついでにお母さんとお父さんに会っていって」
「……事情説明をしてからの方が、良いと思う」
またうちの両親の時のような騒ぎはごめんだ。特に澪はとっても可愛いし、確かお父さん甘甘だったから、掴み掛かられかねない。
けれど澪は、首を振った。
「口で言って信じると思う?」
……無理でしょうね。私だったら信じない。
「また今度、じゃ駄目?」
「涁に会うと思うって言っちゃったの。話聞かれた時に困る」
「……分かった」
どうやら、腹をくくるしか無いらしい。
今日はまだまだ終わらないようだ。