Amusement じゃれ合い
澪に全て話して、随分気持ちが軽くなった。知らず知らずのうちに、いろいろ溜め込んでいたらしい。澪が私の事を覚えていて、事情を知ってなお、私を受け容れてくれた。その事が、ずっと目を逸らしていた感情に気付かせてくれた。
ようやく涙が収まって、私は澪から離れた。人前で泣くのなんて、何年ぶりだろう。ちょっと恥ずかしい。
澪がハンカチを差し出してきた。私は俯いたまま、涙を拭った。
もう大丈夫だと分かってから、顔を上げ、ハンカチを返す。
「ごめん、ありがとう。……澪のおかげで、楽になった」
「どういたしまして。……うん、何だか涁らしくなった」
そう言って澪が、優しく笑った。
「……私ってそんなに、泣いてたっけ?」
きまり悪くて、わざとそんな言い方をしてしまった。
「そういう意味じゃないよ」
そう言って澪は、私の隣に腰掛けた。男の子の隣は嫌だろうと思って椅子を勧めたんだけど、澪は気にせず座ってくれた。その行動1つ1つに、ほっとする自分がいる。
ちょっと情けないなあと思いながら、澪の方を向いた。
「という訳で、澪。悪いけど高校では、話を合わせてもらっていい?今日みたいな感じで大丈夫だと思う」
「うん、いいよ。涁「ちゃん」って呼ぼうかと思ったんだけどね、最初」
「………よかった、思い直してくれて」
それを実行に移されてたら、どうなっていた事か。
「その代わり、ちょっとお願い聞いてもらっていい?」
突然いたずらっぽく笑う澪に、戸惑いながら頷いた。
「……私に出来る事ならね」
頼んでいるのは私の方なので、拒否権は無い。それに、ここまでしてもらった澪に、お礼をしたいという気持ちもある。
「あのね、卒業まで3年間、勉強見てほしいの」
「はい?」
思わぬ頼み事に、変な声を出してしまった。
「私、涁の名前、いっつもチェックしてたんだよ?高校に入ると勉強が難しくなるって聞いていたけど、涁に教えてもらえればすっごく安心。駄目?」
そう言って澪は、上目遣いに私を見つめてきた。夢見るような大きな瞳に、私が映っているのが見えた。
「……澪。私だからいいけど、それは男子の前でしない方が良いよ」
暴力的な可愛らしさだった。笑顔だけで男子には効果満点なのは江藤で実証済み。こんな事をされたら、理性を保てる男子はいまい。
「んー、涁に言われたくないなあ」
「え?」
「ううん、こっちの話。で、良いかな?」
謎めいたことを言った後、澪が首をちょっと傾げて、再び「お願い」してきた。明るい茶色の髪が、さらさらと音を立てて流れる。可愛い。同性から見ても可愛すぎる。成程、美樹の気持ちが少しわかった。
「まあ、それくらいなら良いよ。私が授業についていけるかどうかも分からないけどね」
頷くと、澪が輝かんばかりの笑顔になった。
「涁なら大丈夫だよ。ありがとう。で、もう1つなんだけど」
「……1個じゃないんだ」
「今のは秘密を守る条件、もう1つは話を合わせる条件」
「澪、ちゃっかりしてるね……」
まあ、私に断るという選択肢は無いけど。
「涁、もう少しこっち来て」
「え?」
今の私達の距離は、およそ30センチ。更に近づくとなると、体が触れそうなんだけど……
戸惑いながらも、ちょっとだけ澪の方に近づいた。澪がにこっと笑う。
「じゃあ、お願い。そのまま、動かないでね」
その言葉が終わると同時に、澪がいきなり近づいてきた。華奢な腕が首に巻き付く。ふわりと甘い香りがして、唇に何か柔らかいものが触れた。
……………………え?
「はい、涁君のファーストキス、もらいました」
頭が真っ白になって固まる私から離れて、元の場所に戻った澪が、にっこりと笑って言った。その言葉で、柔らかいものが澪の唇だったと、ようやく理解する。
「っ、な、な、な、な、な、……」
完全なパニック。壊れたように同じ音を発音する私に、澪がクスッと笑った。
「あれ?もしかして、文字通りのファーストキス?」
その言葉で、ようやく言語を取り戻した。
「み、澪!?何考えてんの!?自分が何をしたか、分かってる!?」
「分かってるよー。涁、何を慌てているの?」
大慌ての私を見て、澪は暢気に笑っている。
「いや、何をって!相手私だよ!?よく平気でそんな事……」
必死でそう言う私に、澪が笑顔のまま首を傾げて、爆弾を投下した。
「んー、でも、ホントに男の子とキスした訳だし。私もこんなカッコイイ男の子とキスできてラッキーっていうか……」
その言葉に、ようやく気付いた。そう、私は今男子で、澪は勿論女子。
つまり。私、「少年」上宮涁は、「少女」青柳澪と、たった今キスをしてしまった、という事になる。
音を立てて完全に固まる私に、澪が声を上げて笑った。
「あはは、涁が面白い。そんなにびっくりするとは思わなかった」
当たり前だよね!?びっくりっていうか、ショックなんですけど!
「バカ!もう、何考えてるの!」