Leaving School 親交
放課後、私は涁と一緒に帰る事になった。涁の家に、招待されたから。
きっとそこで、説明してくれるはず。そう思って、今日はずっと話を合わせてきた。でも、もう我慢の限界。早く、早く聞きたい。
「涁……」
「あっ、上宮君、澪!一緒に帰ろー!!」
声を掛けようとしたその時、美樹が声を掛けてきた。
「あ、美樹。じゃあ私も」
「私もー」
「んじゃ、俺も」
続いて、廊下から、さっき涁と一緒にいた3人が顔を覗かせた。
「ああ、構わないよ。さっき紹介し損ねちゃったしな。
富永、佐々木、江藤。青柳澪、俺の幼馴染だ。県外から来たし、仲良くしてやって。澪、富永麻菜、佐々木香奈、江藤一馬。中3のときに、クラスが一緒だったんだ。ああそう言えば、江藤以外は1年から一緒だな」
「青柳澪です。よろしくお願いします」
「富永麻菜です。麻菜って呼んで。よろしくね、青柳さん」
「佐々木香奈。香奈で良いから。よろしくお願いします」
「麻菜、香奈ね。分かった。私の事は、澪って呼んでね」
気さくに私を受け止めてくれた麻菜と香奈に、笑顔を向けた。
「江藤。よろしくな。つーか上宮、何気に俺を仲間はずれ扱いしたな?」
「まさか。そんな訳無いだろ」
軽く睨む江藤君に、涁は笑って首を振った。
「江藤君も、よろしく」
今日一日で、たくさんの子と話が出来た。それに、彼らとは仲良くなれそうだ。嬉しさも一塩で、江藤君にもにっこりと笑ってみせた。
すると、何故か慌てた様子で目を逸らす江藤君。どうしたのかな?
涁に目で聞いてみたけれど、やれやれという顔をされただけだった。
「さて、帰るか。と言っても、大通りの終わりで別れるけどな」
「上宮お前、わざわざそういう事を言うか。そんなに青柳さんと2人になりたい訳?それなら邪魔はしないぜ?」
半眼の江藤君に、涁は顔を顰めた。
「お前、まだそれを引き摺っていたのか……。澪とは、単なる幼馴染だって言ってるだろ」
「ジョークジョーク。そんなムキになるなって」
ひらひらと手を振る江藤君。あくまでからかっているだけみたい。まあ実際、私もそれは否定したい所だ。はっきり言って、あり得ない。
「ねえ、上宮君。澪の事名前で呼ぶなら、私達も名前で呼んでよ」
「え?」
突然の麻菜の言葉に、涁が戸惑った顔をした。
「あ、いいねー、それ」
「私達も3年間一緒だったんだし、問題ないよね」
美樹と香奈もそれに頷く。
「俺はそういう話無しかよ……」
「だって、江藤君が誰かを名前で呼ぶとこ、見た事無ーい」
江藤君のぼやきに、美樹が言い返す。涁は相変わらず困惑顔だ。
「澪は小さい頃からそう呼んでたから違和感無いけど……、高校にもなって、男子に下の名前で呼ばれるの、嫌じゃないのか?」
「別に。気にならないよ」
「あ、じゃあ、あたし達も涁君って呼べば良いのかなー?」
「ああ、それいいかも」
麻菜、美樹、香奈に口々に構わないと言われ、涁はしばらく迷ったのち、ゆっくりと口を開いた。
「麻菜、美樹、香奈。良いのか、これで?」
「うん!じゃあ、……涁君で!」
「涁君。おー、男の子を下の名前で呼ぶの、新鮮」
「改めてよろしく、涁君」
「……別に呼び捨てでも良いぞ。よろしく」
にこにこと名前を呼ばれ、涁も控えめに笑顔を返した。…けど。
「そろそろ行かない?邪魔になってるよ」
私の提案に、皆が気付いたらしい。廊下で立ち止まってて、交通をせき止めている事に。
「わ、マズい。行こうか」と麻菜。
「そうね」と香奈も歩き出す。
「江藤君、いつまでそうしてるのー?」
「……うるせえ。くそ、上宮め……」
美樹の問い掛けに唸る、廊下の隅で肩を落として項垂れている江藤君。その肩に、涁が手を乗せた。……涁、それは逆効果だと思う。ほら、背中震えてるし。
「行こうか、涁」
「え?ああ、うん」
涁が頷いて江藤君から離れ、私と並んで歩き出す。その顔には既に、さっきまでの影は無い。ほっとした。
校舎を出て、門までの一本道を歩く。たくさんの上級生から、ビラを手に押し付けられるように渡された。
「……ああ、部活勧誘かあー」
門を出た所で、ビラに目をやった美樹が納得したように頷く。
「本格化するのは明日からって書いてあったな。今日のうちに目を通してもらおうってことだろう」
涁も頷く。涁の事だ、パンフレットとか全部目を通しているのだろう。そんな所まで普通は覚えていない。
「どこに入る?私は吹奏楽続けるつもりだけど」
麻菜が美樹に尋ねる。
「んー、バレーを続けるか弓道をやってみるか、かな。江藤君は?相変わらずラグビー?」
「何だよ、相変わらずって。当たり前だろ。上宮だって、空手続けるんだろ?」
江藤君が美樹に言い返してから、涁に振った。
「いや、考え中。何か新しい事を始めるのも良いかなって」
「……おい、冗談だろう?」
首を振る涁に、驚いて江藤君が聞き返す。
「いや、冗談じゃない」
「……まあ多分、無理でしょうね。涁君、先輩達に狙われてるだろうから」
今度は麻菜だ。涁が首を傾げる。……涁、忘れてるよ。
「何で?」
「涁君ったら、全中出ておいて狙われない訳無いよー」
美樹が笑いながら手をひらひらと振った。そう、手紙にも書いてあった。
「いや、中学の空手の大会って、出場者が少ないからなあ……。まあいいか。それより、そういうのって、知られているものなのか?」
「……うん、涁君はもう少し自分に関しての情報とか噂に、耳を傾けた方がいいと思う」
香奈が疲れたように言った。
「う……。覚えておく」
何故か言葉に詰まった様子で頷く涁。
「澪は?美術部か?」
無理に会話を逸らそうとしているのが見え見えの涁に、内心苦笑しながら答えた。
「うん。それと、コーラス部にも入るつもり」
高校からは、複数の部活に入る事が出来る。私はずっと絵を描いてきたけれど、歌も大好き。だから、この高校にコーラス部があるって聞いて、本当に嬉しかった。
「ああ、いいなそれ。澪は音楽好きだったもんな」
涁が笑みをこぼす。昔と変わらない無邪気なそれは、けれど今は女の子を夢中にさせるものになった。それを見た麻菜達女子が顔を赤くしているんだけど、涁は気付かない。
「そ、そう言えば、担任の先生どういう感じだった?Aは―」
麻菜の言葉を皮切りに、担任の先生の情報交換になった。もしかしたら授業担当になるかもしれないから、そういう情報は大事だ。
あっという間に大通りの終わりにたどり着いた。
「あ、もう着いちゃった。あっという間」
麻菜が感慨深げに呟いた。手を振って、そのままバス停へと向かう。彼女はバス通学らしい。
「楽しい時は早く過ぎるってねー。じゃあまた。ほら行くぞ、江藤君」
「お前とってのが、テンション下がる……。俺も青柳さんみたいな……」
「何か言ったー?」
「いーや。じゃあな、上宮、佐々木、青柳さん」
美樹と江藤君が仲良く言い合いながら、道路を右に曲がって去っていった。
「それじゃあね、涁君、澪。また明日」
香奈が自転車置き場に向かった。
涁と私は皆を手を振って見送った後、並んで歩き出した。向かうのは、懐かしの涁の家。昔はよく遊んだ、大きな家。お母さんが優しげで、お父さんは無口だけど、私が来るとお菓子を出してくれて。まだ小さかった弟君は、ニコニコしながら片言で話しかけてくれたのを覚えている。
涁の家に着くまでに掛かった時間は、およそ5分。それまで私達は、一言も口をきかなかった。