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魔法使いと"社会見学"  作者: buenaarbol
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第二話 ~14歳の社会見学~ ②

「キミの言う"魔法"・・・それは私たちの間では "鎖術"(さじゅつ)と呼ばれることの方が多い。」


「"鎖"を操る術って書いてな。」



「・・・くさり?」

 ユキは首をかしげた。



「そう、世の中には俺たちの行動を縛る"鎖"があふれてるんだ。一番簡単な例は、例えば牢屋に入れられた囚人かな。牢屋に閉じ込められた囚人は、その檻をぶち破らない限りその外の世界で行動することは出来ない。牢屋という"鎖"によってその囚人は自由な移動を縛られているんだよ。牢屋だけじゃない。今このWizards'Cafeの四方を覆っている壁だって、一種の"鎖"さ。この壁のせいで俺たちはこんな狭い空間に閉じ込められているんだから。」


「・・・・」


「"鎖"は壁のように物理的に実際の体の自由を奪うこともあれば、ときとしては目に見えないまま、私たちの意志そのものを束縛することだってある。今コージが言った囚人の例でいえば、たとえその囚人が牢屋を物理的にぶち破る腕力を持っていたところで、彼はめったなことでは牢屋を破ろうとは思わないだろう。なぜなら仮に牢屋を破ったところで、結局は看守たちに見つかって捕まり、さらに重い刑罰が待っていることを彼は知っているからだ。その時囚人を縛っているのは物理的な"鎖"ではない。看守が"彼を見ている"という事実や、更なる罰への恐怖、無駄な抵抗になることへの虚無感だったりするんだ。」


「囚人だけじゃなく、世の中の多くの人たちがこのような見えない"鎖"に縛られている。ユキちゃんだって、自分の思うまま日々を送っているわけじゃあないでしょ?」


「"鎖術"は、そんな我々の自由を制約する"鎖"を見極め、ひいては自由に操る技術体系のことをいうんだ。私たち"鎖術使い"は、"鎖術"を修めた技術集団なのさ。」



「・・・でも・・・」

 ユキは不満そうに言った。


「わたしたちの自由を制限するものが全部『鎖』だなんて・・・ただの比喩じゃないですか。ありもしない『鎖』を操れるだなんて・・・意味が分かりません。」


「ふ~む・・・」

 マスターは少し考えてから言った。


「少し小難しい話になるけど・・・ユキちゃんは"名前"にはどんな役割があると思うかい?」


「名前・・・ですか。なんかこう、モノを指し示す役目、としか・・・」


「そうだね。名前はモノや事象を指し示すラベルの役割を果たしている。では、どうしてそんなラベルが必要かというと、人間は言葉で世界を捉えているからだ。モノや事象それ自体を頭の中に思い浮かべて概念化することは確かにできる。でもそれに名前を付けて、"言語"という人間が頭の中で最も扱いやすい次元に落とし込むことで、人は世界をより抽象的に捉える事が出来るんだ。」


「それでね、もしその名前がなかったとすると・・・」

 コージが受けた。


「そう、人はそのモノや事象を認識することがはるかに難しくなる。生まれたての赤ん坊のようにね。イヌに"犬"という名前がついてないばかりに、人は別のイヌを先ほど見たイヌと同一化することができない。コロコロに太ったマルチーズも、スラッと痩せたダックスフントも全く別のモノとして認識し、多くの情報を見落としてしまう。名前がないばかりに、人は盲目になってしまう。」


「名前をつけるってのは、今まで知らなかった新しいモノを理解するための第一歩なんだ。そして、新しいことを理解するってのは、身近なモノに置き換えて比喩としてとらえることと言われている。確かに俺たちのいう"鎖"は目には見えないし、それを操るといってもユキちゃんにはピンと来ないかもしれない。だけれども、俺たちは『それ』があることを感じている。そしてそれをどうにか理解したいと思っている。だから俺たちは『それ』に"鎖"という身近な名前を付けて、この頭で理解できるようにしたんだ。それって本当に意味のないことだと思うかい?」


「・・・いえ・・・でも・・・」


「でも?」


「ちょっとがっかりです・・・」


「俺たちの使う"魔法"だって捨てたもんじゃないんだぜ!」

 コージが鼻の穴をふくらませていった。


「キミは森君の"鎖術"をみたんだろう?どんなだった?」


「・・・えっと」


 ユキは先週のこの時間に目の前で起きた出来事をできるだけ詳しく二人に話した。


・・・・・・


「やっぱり森さん、すっげえなぁ~」

 ユキの説明が一通り終わると、コージが再びニヒィッとうっとうしいような笑顔を浮かべていた。


「ふ~む・・・それはいわゆる"胆"だな。」


「胆?」


「肝っ玉のことさ。ユキちゃんだって得体の知れないものに出会ったりしたら尻込みしたりするだろ?森はそのチンピラたちの"恐怖の鎖"を巧みに操って、彼らをまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくしたのさ。」


「そんなことが本当にできるんですか?」


「そりゃあ相手の動きを止めるほどの未知の恐怖を意図して与えるのはなかなか簡単じゃないよ。ただ恐怖をあたえただけじゃ動物的な本能に負けて相手が逃げ出しちゃうからね。」


「チンピラ達がどのような精神状態にあるかを見抜く。相手の目を常に見続けることで、彼らの心の中に自分の存在を植え付ける。彼らの理解を超える言動で自分の存在をさらに大きく見せる。自分だけが相手の名前つまり存在そのものを掌握することで、完全に相手を管理下に置く。ユキちゃんには一見森君が激昂しているだけのように見えたかもしれないけど、森君は恐らく高度な読み合いによってあの状況を作り出し、チンピラ達に制裁を加えたんだろう。自分とその教え子に二度と近づくなってね。これは言葉で言うのは簡単でもなかなか一朝一夕にできることじゃあない。豊富な人生経験と修練があってこそのたまものだ。」


「"鎖術"を極めるってのはすごく難しいことなんだけど、一度極めればその力は絶大なんだ。事実、今も昔も、この国のいたるところで、"鎖術使い"は活躍してきたんだよ。」


「世の"鎖"を見抜く者はときに賢者として、"鎖"を操り人々の行動を制限することに長けた者はときに支配者として、がんじがらめに縛られ身動きがとれなくなった者の"鎖"を解く者はときに癒しを与えるものとして・・・"鎖術使い"は、決してその存在は光にあたることはなくとも、常にこの国の中枢に絶大な影響を与えてきた。」


「でもまるっきり日蔭者ってわけでもない。事実どっからか"30歳"と"童貞"ていうキーワードが漏れちゃって、『魔法使い』なんてスラングができたりしてるしね。」


「え?それじゃあ鎖術使いの方の"魔法使い"になるにも・・・?」


「そうだな。"鎖術使い"になるには30歳以上で童貞である条件が必要な場合が多い。まぁ全員がってわけじゃないが。」


 ユキはまじまじとコージを見た。一見街で普通に遊んでいそうなこの男も、『魔法使い』の一人だと思うと不思議な気分だった。


「な、なに見てんだよ!ああそうさ、俺だって今年で31になる童貞さ!まだ"魔法使い"になって一年だし。」


「でも・・・」


 とユキは再び疑問にぶつかった。


「どうしてそんな条件が必要なんですか?」


「さ、さあね。さっきも言ったけど豊富な人生経験とかが必要なんじゃねえの?俺もそこまでは良く知らない。」


 コージは両手を広げてわからないといった風に見せた。




 ユキは、先日ちょうどこの場所でユキを襲った感覚を思い出した。


 店内中の意識がユキに集中させられている感覚。どうにもならなくて、逃げ出したくなるような感覚。それでいて体中を圧迫されるような、縛りあげられるような感覚。


 (あれも魔法だったのだろうか・・・)


 

「マスターさん。」


「ん?『マスター』でいいよ。」


「それじゃマスター。森先生は今日もここへきますか?」


「そうだなー。森君は神出鬼没だからねぇー。他の客は来る曜日も時間帯も大体決まっているんだけどね・・・」



 ユキと二人との会話は、突然の来訪者によって不意に途切れた。大きな音とともに入口の扉が壊されたのだ。扉についた大きな鈴が空しく音を立てて転がっていく。


「ほら、こんなふうにね。」

 マスターがうんざりした顔で入口の方を見やった。


 そこには先週ユキを襲った男たちの姿があった。




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