赤い侯爵と白い花嫁
いよいよ結婚式の準備が整い、アリアはカリスの待つ礼拝堂に赴く。
「花嫁様、準備が整いました」
鏡の前に立っていた私の背後から、侍女が静かに告げた。
胸の鼓動がひときわ強く鳴る。ここから先は、もう後戻りできない。私は深く息を吸い、花嫁衣装の裾をそっと両手で持ち上げた。
純白の布地が月光のように淡く揺れる。
(ついに、噂のあのお方の元へ行くのね)
胸の鼓動は一気に早くなり、痛いほどだった。侍女たちに導かれ、長い回廊を進む。厚い石の壁を伝って、微かに鐘の音が響いた。
それは、まるで私の不安を計るようなゆっくりとした調べだった。
やがて、礼拝堂の扉の前にたどり着く。
木製の扉には蔦の彫刻が施され、幾代もの祈りを受け止めてきたような、重みと静けさがあった。
扉が静かに開かれる。
中は、ひんやりとした空気に満ちていた。高い天井、色硝子から差し込む光の帯。その奥一一祭壇の前に、ひとりの男が立っていた。
(……黒い……影?)
目に映ったのは、夜のような黒だった。黒衣に包まれた高い背。
肩幅は広く、指先にまで無駄のない気配。その姿だけで、空気が張りつめる。ゆっくりとこちらを振り向く影。
その瞬間、光が彼の横顔を照らした。
「……っ!」
思わず息をのんだ。
(黒い衣服に、赤い瞳……確かに不気味だけど、でも……)
深く、夜の底のような赤。けれどその奥に、微かな温かさが灯っていた。炎ではなく、燭台の火のような、静かな熱。
「アリア・リリオーネ嬢ですね」
低く、よく響く声だった。
思っていたよりもずっと穏やかで、まるで雪を包む毛布のように柔らかい。
「は、はい……カリス・ヴァレンティ侯爵……」
声が震えてしまった。
けれど、彼はわずかに眉を和らげ、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
(え……今、笑った?なんて柔らかい、優しい微笑み)
この方、怖いのは見た目だけかしら?噂とは程遠い感じがする、とても夜な夜な人を喰っているようには見えない。
「……っ、足が……」
私の足は止まっていた。変だな、怖くはないのに足が震えてる。
私がもたついていると、カリス様がゆっくり近づいてくる。
「……アリア嬢、手を出して。私の手を握って」
「す、すみません……私、私緊張して……」
カリス様はふっと短く息を漏らして笑った。
「ちょっとだけ我慢して」
次の瞬間、カリス様は私の体を軽々と抱き上げていた。
「……???」
一瞬何が起こったのかわからなかったけど、しばらくして私の体が抱き上げられているという事に気付いた。
「……ごめんね。遠くまで来てもらったのに……これ以上歩かせて、疲れさせるわけにはいかないから……」
「へっ?」
私を抱き抱えたままカリス様は祭壇へと歩を進めた。
カリス様……
私はもう心臓が飛び出しそうになっていた。何もかもが私の知らない世界で頭が混乱していた。
祭壇で下ろされた時には私は全身が震えていて、立つ事もできないでいた。
(恥ずかしい……いくら殿方の体に触れるのも、抱き寄せられるのも初めてだったとはいえこんな……)
その様子を見てカリス様が私をずっと支えてくれた。
チラリとカリス様の方を見る。
赤い瞳……不思議と怖くはない……それに先程の優しい声と言葉……この人は、噂ほど怖くはないの?
ふと目が合う。カリス様が微笑んだ。その精悍な瞳と口元に、私の頬に熱が集まるのがわかって、慌てて目を逸らす。
礼拝堂の空気が静かに変わった。
黒と白。
赤い瞳と白い瞳。
夜と光。
遠くで鐘が鳴り始めた。
まるで二人の運命が動き出す合図のようにーー
おお…これはお姫様抱っこというやつでは…(ゴクリ)
優しそうな人だけど果たして!?
ここまでお読みくださってありがとうございました。




