運命の時
屋敷に着いたアリア。早速結婚式の準備に取り掛かるが……
やがて屋敷の大きな門が見えてきた。黒い森を背に、どっしりと構える石造りの館。窓は高く、屋根には翼を広げた鷲の装飾がこちらを睨むように飾られている。
「……ここに噂のお方が住んでいるのね」
喉がきゅっと締め付けられる。ここが噂に聞く恐ろしい侯爵の住まい。どんな方が待っているのだろう……
もし本当に人を喰らうような怪物だったら?
(落ち着くのよ、アリア。あれはただの噂……ただの噂)
余計なことは考えない。私はアリア・リリオーネ、伯爵家の娘。家のため、母のために嫁ぐのだ。
母に言われた通り、ただ頷くだけで私の人生はうまくいくのだから……
深く息を吸い、固く唇を結ぶ。
「お嬢様、どうぞ」
御者に手を取られ、私は一歩ずつ石畳に足を下ろした。
背後で馬車の扉が閉じると、もう戻れないのだとひどく冷たい風が頬を打った。
* * *
館の扉が開かれると、すぐに侍女たちが出迎えに現れた。
みんな整った制服を着て、礼儀正しく私を囲むように案内していく。
「花嫁様のお支度をいたします。どうぞこちらへ」
淡々とした声なのに、どこか優しさがにじんでいた。
案内された部屋に入ると、すぐに何人もの侍女が身の回りに集まり、ドレスを花嫁衣装に取り替え、髪に櫛を入れていく。
「まあ、なんて美しい銀髪なんでしょう!」
ふいに侍女の一人がぽつりと呟いた。その声に、私は肩を震わせた。
「そ、そうですか?」
「光を受けて、まるで星の糸のよう。羨ましいです。本当に……私、こんな髪を見たことありません」
笑顔で言われるその言葉が言じられなかった。
だってこの髪は、この銀髪は……お母様にとっては忌まわしく、呪いの象徴だったから。
「それにその白い瞳も、とても美しいわ。吸い込まれそうです」
「……//」
何と返せばよいのか分からなかった。ただ頬がじわりと熱を帯びていく。
胸の奥がくすぐったくて、どこか痛くて、でも少しだけあたたかい。
(人に褒められたのなんて、生まれて初めてだわ……)
私はただ、鏡に映る自分を見つめていた。
そこには、ほんの少し頬を染めた花嫁が一人ーー怯えと、胸の奥で小さく灯る希望を抱いて、運命の時を迎えようとしていた。
褒められてよかったねアリア!
ここまでお読みくださってありがとうございました。




