ピスキュアは今日もキレ気味〜毎回悪態をついてやり返しながら婚約者を邪魔する従妹とその弟達を精神的にボコボコにする〜
「ピスキュア、そろそろ時間だよ。準備はできたかい?」
優しい声でそう言ったのは、婚約者であるハーミ様。
はっきり言って、この世界のイケメン基準をぶっちぎる美しさ。
完璧な金髪に青い瞳、育ちの良さが滲み出る立ち振る舞い。
前世で平凡な社会人だった自分。
まさか、こんな貴族のお嬢様に転生して、しかもこんなハイスペ婚約者までゲットできるなんて、夢にも思わなかった。
そう、この数ヶ月前までは。
「ああ、ハーミ様!ピスキュア姉様ったら、まだ着替えも終わってないんですって。私がお手伝いしましょうか?」
ハーミ様の隣で、にこやかにそう言ったのは、ハーミ様の従妹であるセシーリア。
ふわふわの亜麻色の髪に、大きな琥珀色の瞳。
まるでお人形さんみたいに可憐な容姿で、ハーミ様もメロメロ。
「セシーリアは優しいね。ありがとう。でも、ピスキュアももう大人だから、自分でできるよ」
そう言いながら、ハーミ様はセシーリアの頭を優しく撫でた。
いや、だから。
ハーミ様、あなたセシーリアを甘やかしすぎ。
こっちには、そんな優しい眼差し、滅多に向かないくせに。
ピスキュアはムカつきすぎて、口元がピクピクしているのを必死で抑えた。
前世ならば「あら、セシーリアちゃんありがとう。でも大丈夫よ」なんて上品に返してたんだろうけど。
生憎、今の己は違う。
「マジでいちいち絡んでくんなって。アンタがいると、こっちの気分が台無しなんだよ。あと、ハーミ様のその甘やかし、セクハラまがいだからやめてくんない?私の婚約者でしょ、アンタ」
ハーミ様は「ピスキュア!?」と驚き、セシーリアは目に涙をいっぱいに溜めて、今にも泣き出しそうな顔になった。
「ひ、ひどい……私、ハーミ様のことが心配で……」
「心配?どの口が言ってんの?アンタがいつもハーミ様にベタベタしてるせいで、婚約者の私がどれだけ肩身の狭い思いしてるか分かんないの?私の気持ちも考えろっつーの!」
「ピスキュア!言いすぎだ!セシーリアは君の妹のようなものじゃないか!」
ハーミ様がセシーリアを庇って、私のことをキッと睨んだ。
出たよ、その言葉。
私のことになると途端に冷たくなるハーミ様。
もう慣れたけど、やっぱムカつく!
「妹のようなもの?どの口が言ってんの?私にそんな言葉、聞いたこともないくせに!言っとくけど、私がアンタの婚約者なんだからね!ハッちゃんじゃないから!」
ずんずんハーミ様とセシーリアに近づいていく。
セシーリアはビクッと体を震わせ、ハーミ様の背中に隠れた。
「それに、妹がいるなら、そりゃ私だ。覚えとけ、ハッちゃん。アンタは、ただのイトコ。勘違いすんな!」
私の言葉に、セシーリアは完全に顔面蒼白になった。
そして、ハーミ様をギッと睨みつけ、言い放つ。
「あんたさ、いつまでそのふわふわ従妹に振り回されてんの?いい加減、現実見ろ。あんたの婚約者は私なんだからね!ちゃんと私のこと、見て!」
そう言い放つと、ハーミ様の腕を掴み、そのまま自分の部屋へと引きずっていった。
セシーリアは悔しそうにその場に立ち尽くしていた。
今日も勝ち。
「ピスキュア!なんだって君はいつもそうなんだ!セシーリアにそんな言い方をするなんて!」
部屋に引きずり込まれたハーミ様は、怒りで顔を赤くしていた。はぁ、また始まった。
いつものお説教コース。
「はぁ?どの口が言ってんの?あんたこそ、自分の婚約者が目の前で邪魔されてんのに、なんであんなベタベタ甘やかしてんのさ!私がどんな気持ちになるか、少しは考えなさいよ!」
仁王立ちになって、ハーミ様を睨みつける。
ハーミ様は剣幕に一瞬ひるんだものの、すぐに顔をしかめた。
「セシーリアは幼い頃から私を慕ってくれている、大切な従妹だ。それに、ピスキュアはもっと大人として、寛容な心を持つべきだ」
「ははっ、寛容?ハーミ様、あんたに言われたくないね。自分の婚約者に冷たくしといて、他の女にはデレデレしてる男のどこが大人で寛容だって言うんだよ?マジでふざけんな!」
怒鳴り声に、ハーミ様は目を見開いた。
普段のお嬢様のピスキュアなら絶対に使わないような言葉遣い。
そう、これが転生者の私。
「ピスキュア、君は一体、どうしてしまったんだ。以前の君は、もっと穏やかで……」
「あーもう、その『以前の私』ってやつ、マジでやめてくんない?私がどれだけ我慢してたと思ってんの?あんたのその、従妹への異常なまでの甘やかしに、何度キレそうになったか!」
ハーミ様の胸ぐらを掴んだ。
ハーミ様は驚いた顔で見ている。
「いいかげんにして!私が婚約者なんだろ!あんたのそばにいるのは私なの!あの子じゃないの!いつになったらそのアワアワ脳みそを理解すんの?」
「ピスキュア……!」
ハーミ様の顔から、血の気が引いていく。
構わず続けた。
「私がアンタと結婚すんだよ!あんたがあのふわふわ従妹にうつつを抜かしてる間に、私がどれだけこの縁談を勝ち取るために努力したと思ってんの!?」
いや、努力なんてしてないけど、それは内緒だ。
前世の社会人時代に培った、相手を言いくるめるスキルを最大限に発揮する。
「この縁談、私にとって、マジで大事なんだからね!邪魔は許さねぇぞ!分かったな、ハーミ様!」
ハーミ様は、まるで憑き物が落ちたかのように、ぼう然と私を見つめていた。
少しだけ気分が晴れた気がして、フン、と鼻を鳴らす。
「分かったなら、もう行くぞ。遅れると、またあのふわふわが騒ぎ出すからね」
ハーミ様の腕を引っ張り、再び部屋を出ようとする。
ハーミ様はまだ少し呆然としているようだったけれど、抵抗することなく私についてきた。
セシーリアはまだ廊下に立っていたが、ハーミ様の顔を見て、何かを察したのか、さっと顔を青くして逃げるように去っていく。
今日もまた、私の勝利だ。
あの日の午後。
ハーミ様はいつもより大人しかった。
いや、大人しいどころか、時折私をチラチラと見ては、何か言いたげな顔をしている。
睨みつけると、ビクッと体を震わせて視線を逸らす。
「……ねぇ、ハーミ様」
呼びかけると、ハーミ様は肩を震わせた。
「は、はい、ピスキュア」
「あんた、まさかまだふわふわちゃんのことでモヤモヤしてんの?」
ハーミ様はハッとしたように顔を上げ、焦ったように首を横に振った。
「い、いや、滅相もございません!そのようなことは決して……」
「フン。だとしても、今日のあんたはなんか変だよ。いつもなら私のこと、あれこれ説教してるのに」
ハーミ様は視線を足元に落とし、もごもごと口を開いた。
「……その、ピスキュアの言う通りだと、改めて、思いまして」
「はぁ?何が?」
訝しげに尋ねると、ハーミ様は深呼吸をして、ようやくこちらの目を見た。
「君は、私の婚約者だ。セシーリアは、確かに大切な従妹だが、君の気持ちを慮るべきだった。君に、冷たくあたってしまったことを、深く反省している」
ハーミ様の言葉に、思わず目を丸くした。
まさか、あのハーミ様がこんなことを言うなんて。私の脳内では「え、マジで?こいつ、反省してんの?」という言葉がぐるぐる回っていた。
「……ふーん。で?」
私が素っ気なく返すと、ハーミ様は少し困ったように眉を下げた。
「その……これからは、君を最優先に考え、君の気持ちを尊重したい」
そう言って、ハーミ様は私の手を取り、そっと指を絡めてきた。
普段なら紳士的なハーミ様だけど、このタイミングでこんなことされると、なんだか調子が狂う。
「……へぇ。口だけならいくらでも言えるけど、どうせまたあの子が出てきたら手のひら返すんでしょ?」
ハーミ様は首を横に振った。
「いや、もう二度としない。私は、君という大切な婚約者を傷つけたくない。……むしろ、君がいなければ、私の人生は味気ないものになってしまうと、そう、気付かされたんだ」
ハーミ様の言葉は、まるで真実を語っているかのように響いた。
彼の瞳は真剣そのもので、そこに嘘偽りはないように見える。
一瞬、呆れてものが言えなかった。こんなイケメンが、私ごときにここまで言うなんて。
前世の私なら、きっとここでデレデレしてたんだろうな。
私は転生者ピスキュア。
そう簡単に乗せられるわけにはいかない。
「……ふぅん。まあ、とりあえず様子見ってことで。次、またハッちゃんにデレデレしたら、今度はマジでボコボコにするから覚悟しとけよ、ハーミ様」
ニヤリと笑うと、ハーミ様は少し怯んだものの、すぐに優しい笑顔を浮かべた。
「ああ、肝に銘じておくよ、ピスキュア」
ハーミ様の手のひらから伝わる体温は、以前よりも温かい気がした。
ハーミ様が「反省」を口にしてから数日。
周りの空気は、明らかに変わった。
以前は、ハーミ様がセシーリアを甘やかすたびに、周りの貴族たちも。
「まあ、セシーリア様は可愛いから」
「ピスキュア様は少々きついからね」
なんて目で私を見ていた。
だけど、今は違う。
ハーミ様は、本当にセシーリアを避けるようになった。
初めてそれを目撃したのは、王城での定例会合の日。
ハーミ様と私が連れ立って歩いていると、前からセシーリアが駆け寄ってきた。
いつものように「ハーミ様!」と声を上げ、抱きつこうとする。
「ハーミ様!今日も素敵ですわ!私、ハーミ様にお会いしたくて、ずっと待っていましたの!」
その瞬間、ハーミ様はスッと身をかわした。
セシーリアはバランスを崩し、危うく転びそうになる。
「セシーリア、無闇に人に飛びかかるのはやめなさい。ここは王城だ、品位を保ちなさい」
ハーミ様の声は、かつてないほど冷たかった。
セシーリアは目を丸くして、呆然とハーミ様を見上げている。
私の手を取り、そのまま何事もなかったかのように歩き出した。
その日の会合中も、ハーミ様は常に隣にいて。
他の貴族が私に話しかけてくると、私よりも先に答えるなど、まるで護衛騎士のように振る舞った。
以前なら、セシーリアが近くにいると、すぐにそちらに気を取られていたのに。
夜、自室に戻ってベッドに倒れ込んだ私は、天井を見上げてニヤリと笑う。
「ふん、やるじゃんハーミ様。やれば、できるじゃん」
あの頑固なハーミ様が、まさかここまで言うことを聞くとは。
前世の社会人時代に培った、相手を手のひらで転がすスキルが。
まさか、こんな貴族の世界で役立つとはね。
翌日以降も、ハーミ様は私の言葉通り、婚約者を最優先に扱った。
セシーリアが何かと理由をつけてハーミ様に近づこうとすれば、ハーミ様は明確にそれを拒絶。
「セシーリア、私はピスキュアと話をしている。邪魔をするな」
「セシーリア、君に渡す手紙は、ピスキュアに確認してからにする」
最初は泣きわめいていたセシーリアも、ハーミ様の徹底した態度に、やがて顔色をなくしていった。
ついには、ハーミ様と私がいる場所には、近寄ってこなくなった。
ざまあみろ、セシーリア。
あんたの負けだよ。
ハーミ様の変化に満足しつつあった。
でも、どこかで心の準備はしていた。
きっと、このままで終わるはずがない。
平和な日々は、長くは続かないだろうと。
だって、物語ってそういうものだもん。
セシーリアがハーミ様の周りから姿を消して、もうひと月が経とうとしていた。
ハーミ様は、本当に変わった。
朝食の席でも、舞踏会の会場でも、常に私の隣にいて、私にばかり話しかける。
以前のセシーリアにするように、私にだけ優しい眼差しを向けているのだ。
以前は、ハーミ様をチラチラ見ていた貴族たちも、今では「ハーミ様とピスキュア様は本当に仲睦まじい」と囁き合うようになった。
平和だ。
いや、平和すぎる。
どこか物足りなさを感じていた。
前世の社会人時代、何かトラブルがないと逆に「え、今日何も起きないの?つまんない」と思ってしまう性分。
この平和は、まるで嵐の前の静けさのよう。
そんなある日。
ハーミ様と庭を散歩していると、私の前に突然、見知らぬ少年が飛び出してきた。
「ピスキュア姉様!」
少年は私に飛びついてきた。
は?
誰だこいつ?
混乱していると、ハーミ様が少年の肩を掴んで引き離した。
「ジニアス!なんだ、いきなり!」
ハーミ様の言葉に、少年はジニアスという名前らしい。
年の頃はセシーリアと同じくらいか、もう少し幼いか。
セシーリアと同じ、琥珀色の瞳と亜麻色の髪をしていた。
「ハーミ兄様!ピスキュア姉様!僕、ずっと会いたかったんです!」
そう言って、ジニアスは私にニコニコと笑いかけた。
純粋な笑顔。
だが、勘が告げている。
こいつは、セシーリアと同類だ、と。
「誰、あんた?」
私は、できるだけ冷たい声で尋ねた。
ジニアスは目を丸くする。
「え?ピスキュア姉様、僕のこと忘れちゃったんですか?僕、ジニアスですよ!セシーリア姉様の弟です!」
弟ぉ!?
そうか、セシーリアに弟がいたのか。
確かに、セシーリアがハーミ様を慕っている理由を考えれば、弟がいてもおかしくない。
ハーミ様、本当にセシーリア一家に甘いんだな。
「で、用は何?」
キツイ言葉に、ジニアスは少ししょんぼりした顔になった。
そして、ハーミ様を見上げた。
「ハーミ兄様、セシーリア姉様が、最近ずっと塞ぎ込んでいるんです。元気がないんです」
その言葉に、ハーミ様の顔が、ほんの少しだけ曇ったように見えた。
「セシーリアが?」
「はい。ピスキュア姉様とハーミ兄様が、仲良くなったからって」
ジニアスは、まるで私を責めるかのような、上目遣いでハーミ様を見た。
その仕草は、セシーリアとそっくり。
ああ、やっぱりだ。
こいつも厄介なヤツだ。
内心で舌打ちしていると、ハーミ様が口を開いた。
「そうか。だが、セシーリアが塞ぎ込んでいるのは、私の責任ではない。ピスキュアと私が仲睦まじいのは、当然のことだ」
ハーミ様の言葉に、ジニアスは驚いたように目を見開いた。
私をギッと睨みつける。
「ピスキュア姉様が、セシーリア姉様をいじめるからだ!」
「はぁ?!」
キレそうになった。
今までずっとハーミ様を独占してたくせに、今度は弟まで使ってくるとは。
このセシーリア、どこまでも私を邪魔したいわけね。
「おい、ちびっこ。いきなり何言ってんだ?てめぇ、何か吹き込まれてきたんだろうが、私は何もやってねぇよ。勘違いすんな」
一歩踏み出すと、ジニアスはビクッと体を震わせた。
ハーミ様が慌てて私の腕を掴んだ。
「ピスキュア!落ち着いて!」
「落ち着いてられるか!このガキ、いきなり私を悪者扱いしやがったんだぞ!」
私はジニアスを睨みつけた。
ジニアスは、ハーミ様の背中に隠れるように、顔を青くしていた。
「いいか、ちびっこ。私はな、あんたの姉ちゃんの邪魔が入らなければ、ハーミ様と平和に暮らしていきたいんだよ。だから、これ以上、邪魔するんじゃねぇぞ。もし、また変なこと企んだら」
ニヤリと笑った。
「あんたも、お姉ちゃんと同じ目に遭わせてやるからな」
ジニアスの顔から、完全に血の気が引いた。
ハーミ様は困ったように私とジニアスを見比べている。
脅し文句に、ジニアスは顔を真っ青にしてハーミ様の背中に隠れたまま、震えていた。
ハーミ様は困ったように眉を下げ、私を見る。
「ピスキュア、そこまで言わなくても、ジニアスはまだ幼いのだから」
「幼い?どの口が言ってんだよ。このガキ、あの上目遣いとセリフ、絶対に仕込まれてるからな。甘やかしてたら、また図に乗るだけだろ」
ハーミ様の言葉を一蹴し、まだ震えているジニアスに冷たい視線を向けた。
「いいか、ちびっこ。私が言ってること、ちゃんと分かったか?分かったなら、もう二度と私の前に現れんじゃねぇぞ。もし次あったら、今度はマジで容赦しないからな」
ジニアスはコクコクと力なく頷くと、ハーミ様にしがみついていた腕を離し、一目散に庭を駆け去っていった。
その姿は、まるで幽霊でも見たかのよう。
「やりすぎじゃないか、ピスキュア?」
去っていくジニアスの背中を見つめながら、ため息交じりに言った。
「やりすぎ?あれくらいでちょうどいいんだよ。ヘタに優しくしてたら、またつけ上がるだけだ。ハーミ様だって、昔、ハッちゃんを甘やかしすぎて、散々苦労したでしょ」
ハーミ様は何も言い返せなかった。顔には「ぐうの音も出ない」と書いてある。
「ほらな?私のやり方が一番効果的なんだよ。ていうか、あんた、ジニアスが来た時、一瞬あの子の心配しただろ?」
ジト目でハーミ様を見つめると、はハッと顔を上げ、慌てて首を横に振った。
「そ、そんなことは!私はただ、君の怒りがジニアスに向かうのを危惧しただけで」
「嘘つけ。顔に書いてあんだよ、『セシーリアが不憫でならない』って」
ズバリと言い放つと、ハーミ様はばつが悪そうに視線を逸らした。
本当にこの男は、従妹のこととなると、いまだに腑抜けになる。
「いいか、ハーミ様。あんたは私の婚約者なんだからね。これから先、どんなにあの子の身内が泣きついてきたとしても、私を優先しろ。わかったな?」
ハーミ様の顔を両手で挟み、無理やりこちらを向かせた。
ハーミ様は少し困ったような、しかし諦めたような顔で頷く。
「……分かった。君の言う通りにしよう」
そう言って、ハーミ様は私の手の甲にそっとキスを落とした。
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