過去からつなぐ未来のステージ
桃ちゃんの一夜限定復活ライブの翌朝――私たちストリップ部は全員そろって生徒会室へ呼び出されていた。部屋に入ると、そこに満たされていたのは相変わらずの独特な緊張感。室内は静まり返り、サーバのファンの音だけがかすかに聞こえる。生徒会メンバーたちはタブレットに目を落としたまま、私たちがいるのに顔を上げようとしない。その視線の重さに、空気がぴんと張り詰めているのが肌で感じられた。部員ではない紗季がいないのが少し寂しいけど、きっともう大丈夫。
この人数ともなると、応接スペースには入り切らないので、私たちは入口前に立ったまま。奏音ちゃんも、今回は私たちの側にいてくれるのが嬉しい。
そんな私たちに向けて、会長さんが話し始める。
「宮條先輩が、我が校の存続に関して絶大なる功績を上げたことは、私たちの世代の生徒であれば誰もが存じていることです」
チラリと舞先輩のほうを見ると……うーん、いつもの様子。けど、大学前の喫茶店のときも知らなかったようなので……ああ、舞先輩……って感じだ。
「何らかの芸能活動に関わっていたことは我々の耳にも入っておりましたが……まさか、ストリップ・アイドルとは思いませんでした」
ここで一瞬、心臓が止まりそうになる。でも、会長さんは平然と話を続けた。
「我が校を救ってくださった方がストリッパーだったのにも関わらず――」
「ストリップ・アイドル」
「しっ!」
舞先輩が話の腰を折ろうとするので、私が即座に止めておいた。小声のやり取りだったので、会長さんは気づいてない。もしくは、気づいたうえで無視している。
「――ストリップ部を根拠なき風評に配慮して廃部とするのは、生徒会として仁義に反する行為と、私は考えます」
これに、生徒会側のほうは若干苦々しい空気が流れる。箝口令が敷かれているとはいえ、静音ちゃんの自白を受けていて、その本人がストリップ部にいるわけだから。これには静音ちゃん自身も反省していて、申し訳なさそうなんだけど――
「……ぴゃっ!?」
会長さんから“ニコリ”と睨まれては、静音ちゃんは小さな悲鳴を押し留めきれない。まー……あの件は、徹頭徹尾『証拠がないから取り合わない』という方針だったからなぁ。とはいえ、次何かやらかしたら、本当に許さない、という脅迫なのだろう。実際のところ、桃ちゃんとの再会によって、会長の中でのストリップに対する考え方は大きく変わっている。大切なストリップを汚すようなことがあれば……し、静音ちゃん……本当に自重してね……?
けれど……釘を刺すべきところに刺したところで、生徒会長から威圧感も消えた。これに、思わず肩の力が抜ける。ずっと味わってきたあの不安が、ふわっと消えていくようだ。
「……ということで、ストリップ部の廃部は撤回することにいたします」
その瞬間、部員全員が歓喜に瞳を輝かせた。この場で歓声をあげたいのを抑えて。
「反対する人はいませんね?」
会長さんが生徒会メンバーを見回すと――
「私は、反対します」
すっと一つの手が挙がる。
……えっ!?
「佳奈ちゃん、どうして……!?」
私は愕然として目を見開く。佳奈ちゃんは私たちを睥睨し、断固とした表情で会長さんに向き直った。息を整えるように小さく吸い込み、落ち着いた声を響かせる。その声は一見穏やかだが、言葉一つひとつに確かな信念が宿っているのがわかった。
「そうやって個人の気持ち次第で校則を蔑ろにしていては、生徒会に対する信頼そのものが危ぶまれます」
その言葉に、私は紗季が以前――私たちがアリバイを持って生徒会室へ赴き……そして、取り合ってもらえなかった朝のことを思い出す。『あまり情を移すものではないわ』――もしかして、こういう事態を見越していたの……?
「規則を感情で捻じ曲げてしまっては、校則そのものが成り立ちません」
佳奈ちゃんの正論は重くて鋭い。ここで終わりではない――むしろ、これが新たな始まりを告げているような、そんな気がした。
けれど――
『……めんどくさっ』――会長さんは、口には出していないけれど、そんな顔で――小さく舌打ちしたようにも聞こえた。そして、再びいつものニコニコ顔で。
「では、ストリップ部は廃部のままです」
えっ!? いきなり突き放されて、部員一同が固まる。でも、会長さんは平然と続けた。
「ですが、文化祭の出し物として、生徒会はストリップを披露します。その際に、経験者の協力を仰ぎたいのですが、よろしいでしょうか?」
「えっ、生徒会が?」
私はびっくりして会長さんを見る。
「もちろん、我ら生徒会は全国大会にも出場します」
全国大会!? それって私たちのことだよね? 一気に話がややこしくなってきた。つまり……ストリップ部は廃部で、生徒会にストリップが吸収されたってこと……!?
いきなりのことに私たちでさえ混乱してるのだから……巻き込まれた生徒会のメンバーは動揺どころかむしろドン引きしてる。
「私もやらなきゃダメですか……?」
恐る恐る手を挙げたのは……たぶん、広報のコ。いきなりストリップをやれって言われても、さすがにキツイよねぇ……
「もちろん付随業務ですので、希望者のみで構いません」
会長さんがさらっと答えると、書記のコもすかさず「私も無理です」と首を振った。けど、この様子だと……会長さんはやるつもり……なんだよね? ストリップを……。こ、これは……奏音ちゃん以上に……! ……あ、いや、会長さん、いつもにこやかだから、むしろ奏音ちゃんよりは意外とイメージしやすいかも。
そんな妙な納得をしたところで、ふいに空気が引き締まる。佳奈ちゃんが再び会長さんと向き合ったから。
「付随業務だからと誰もが辞退していては成り立ちません。私はやります」
か、佳奈ちゃんは一体どこまで……!? けれど、その声には強い意思が感じられる。
「ただ、それでしたら身支度が必要ですので、今日の放課後は早めに上がらせていただきますが、よろしいですね?」
佳奈ちゃんがそう付け加えると、会長さんは静かに頷いた。
さて。
生徒会がストリップに参戦――この噂は一気に広まり、校内はにわかにざわつき始めた。その影響は職員室にも及び、賛否が割れる事態に発展。私は小此木先生から午前中のうちにメッセージを受け取っていて……昼休みに職員室へ来てほしい、とのことだった。なので、午前の授業が終わると同時に大急ぎで向かっている。だって、ここでゆっくりしてたら、みんなとご飯食べる時間がなくなっちゃうからネ。
けど、職員室の前で――金切り声が扉を貫く! その怒号が廊下に反響し、まるでフロアの隅々まで空気を震わせるようだった。
「こんな無茶が理事会に知れたら、二年前の再来ですよ! もはや文化祭そのものを中止するしかありません!」
お、大塚先生!? 姿が見えなくても戦慄するような怒鳴り声に、私は思わず立ちすくんでしまったけれど――
『全校生徒に通達します! 本年度の文化祭は職員判断により中止となりました!』
……え? 私は思わずゴトッとお弁当箱を落としてしまった。てか……ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ!? 文化祭、明後日なんだよ!? それをいきなり、って……さすがにシャレにならないでしょ!
何ができるとかそんなの関係なしに、黙っていられなくなった私はノックもせずに職員室へ乗り込むと――
『いまのは誤報です! 文化祭は予定通り――』
部屋の中では大乱闘!? 大塚先生とマイクを取り合っているのは……小此木先生!
「大塚先生! いくら何でも、いまのはやりすぎです!」
「やりすぎなものですか! 今朝も三年生のクラスで如何わしい行為が――」
「きゃっ、キャバレーはれっきとしたお仕事です! 職業差別ですか!?」
この応酬に……他の先生は驚くやら呆れるやら。少なくとも、生徒には見せられない醜態だよなぁ……見ちゃってるけど。
先生方もこのふたりをどうにか宥めようとしているけれど……ここで、ようやく生徒の存在に気づいたみたい。みんな、『あーあ』って顔で私と教員ふたりを交互に見てる。大塚先生も、さすがに生徒の前でおとなげないことはできないみたい。掴みかかっていた手を離すと、小此木先生も静かにマイクを置いた。教室のほうではザワザワしていて……ちょっと離れた廊下のほうでは、様子を見に来た生徒の気配がチラホラと。あぁ……これ、どうやって収拾するの。
小此木先生は、もう一度私の方をチラリと見て――微笑んだ。けど、何だかいつもと違う。もう安心してほしい――そんな決意が感じられる。先生だって、やるときはやるんだから、みたく誇らしげに。うん、ビシっと言ってやって! ストリップ部顧問として!!
「大塚先生! 文化祭を懸けて……私と勝負してください」
え、えぇ……? 小此木先生は大真面目で、表情は毅然としているけれど……他の先生たちはもちろん、大塚先生も呆れ顔。
「……バカなのかしら?」
一蹴されても、小此木先生は動じていない。これが唯一の突破口だと確信しているようだ。気持ちは嬉しいんですけど……もう少しまともな案はなかったんですか……
進展しそうもない議論に、大塚先生はため息をつく。
「そもそも、何で勝負するのです?」
「えーと……その……飛んだり跳ねたり……走ったり……?」
何それ!? あまりの具体性のなさに、失笑が漏れる。私も部長として恥ずかしくなってきたよ……
けど、ここで場の空気を変えるように割って入ってきたのは――
「それでは、水泳勝負など如何です?」
す、杉田先生!? なお、先生の多くはすでに興味を失っていて、自分の席へと戻っていってる。残りの人たちにも一瞬動揺が広がったものの……この提案で完全に緊張は解れたようで、事実上の解散となった。なので、残った教員はこの三人のみ。
こんなバカバカしい話、大塚先生が一蹴するかと思ったら……
「ま、まあ……スポーツということであれば、健全でよろしいのではないかと」
えっ、受けちゃうの!?
「決まりですね。では、明日は水着を用意してきてくださいね!」
小此木先生も自信満々に宣戦布告!
そして、杉田先生は……私と目が合って表情を引き締めたけど、いま絶対デレデレしてた! あーもー……そーいうところなんだよねぇ……
何だかよくわからなくなってきたので、私も廊下に落としっぱなしのお弁当箱を拾いに戻って……
「鈴木さん、今日は、先生も部室でお昼をいただいてもいいかしら……」
そう言ってコンビニの袋を持って職員室から出てきた小此木先生。うん、先生の口からこの顛末をみんなに説明してほしい……
部室に着くと、生徒会を除くストリップ部の面々が先にランチタイムを始めていた。生徒会の人たちは昼休みも忙しいので別行動中。たぶん、日常の業務に加えて、文化祭の出し物について大急ぎで準備しているのだと思う。
さて、私と先生が部屋に入ると、当然のように目線が集まる。先生が一緒にいることには少し驚かれたけど、それよりもさっきの校内放送のほうがよっぽど衝撃だったし……何より、みんなも話を聞きたがってる。
ということで、先生も加わってお昼ごはん。事情はわかってもらえたんだけど……
「先生が水泳勝負……?」
千夏はすっかり呆れていた。今日は髪をサイドで編み込んでいて、いつもよりちょっと洒落た雰囲気。昨日の女子大生たちから何か刺激を受けたのかもしれない。
「いえ、それは、そのー……」
小此木先生がバツの悪そうな顔で口ごもる。いやいやいや、そんな誤魔化し方で済む話じゃない。
「こっちの得意なことじゃ、大塚先生だって乗るはずがないでしょ?」
それはまあ、そうなんだけど……物事には、限度ってものがある。
「先生、こないだのプールで泳いでましたよね?」
「…………」
犬かきで。いや、もうあれは浮いてるだけだったかもしれない。先生も泳ぎが苦手な自覚があるようで、みんなからの視線に申し訳なさそう。
あまりに可哀想に思ったのか、由香が珍しくフォローする。
「ただ、そんな先生個人の争いで、本当に文化祭が取りやめになるわけがないし」
そうなんだよね。こんな下らないことで学校行事がなくなったりするはずがない。
けれど――
「そうとも言えない……でしょう? 先生」
紗季が静かに問いかけると、小此木先生はしゅんと肩を落とす。
「実のところ、『自粛派』の先生方は、どっちでもいい、という雰囲気で……」
ああ、生徒の好きにさせるのも良くないけど、縛りすぎるのも良くない、っていう感じだったもんねぇ。
むむむ? ということは……
「これってもしかして……容認派と過激派の代表対決……?」
静音ちゃんが不安そうに尋ねると……先生のほうがいまさらビックリしてるし!
「せっ、先生が代表だなんて! そんなそんな……!」
全力で否定してるけど、紗季はため息をついている。たぶん、先生本人よりも生徒たちのほうが正しく認識してるっぽい。実際、一番生徒会に寄り添ってるのは小此木先生だし……たぶん、職員室内でもそういう扱いなんだろうな。
「この勝敗によっては、職員室内の勢力図が一気に変わる可能性がある?」
由香のひと言で、みんなの視線が先生に集まった。けれども、オロオロするばかりで何も言えない先生に代わって、紗季が状況を補足する。
「中止はなくとも、大幅な規模の縮小化はあり得るわね」
「そ、そんな……」
先生、自分で言い出しておきながらいまさら愕然としないでーっ!
「せ、先生……今日のうちに特訓しとく?」
「むしろ、余計なことはせずに体調を万全に整えたほうがいいんじゃない?」
私よりも由香の提案のほうが適切かも。
「そうは言っても、フォームひとつで結構変わりまっせ」
「うぁー! こんなことなら、こないだのプールで練習しとくんだったよー!」
かがりちゃんの助言に千夏が頭を抱えてる。
紗季はどうしたらいいと思う? と、視線を送るけど――意外なことに、取り乱している様子はない。ただ、冷静に。
「先生には、先生の思惑があるのでしょう……?」
その一言で、部室内の空気が変わった。先生は紗季を見つめ返して……決意の眼差しでしっかりと頷く。
ちなみにこの間、舞先輩はずっと無言でサンドイッチを食べていた。……いや、いまこの空気で?
その翌日――もう明日は文化祭だっていうのに、生徒の間では混乱が――というより、不安が広がっていた。一応、全校放送は誤報という形で締めていたので、予定通りに行われるはず――生徒からの問いに、容認派の先生は全力で首肯する一方、それ以外の先生は『状況によってはどうなるかわからない』とか脅してくるんだからタチが悪い。けど、これで確かにわかった。今日の水泳対決の結果によっては――開催日を減らされたり、開催時間を削られたり――先生の意にそぐわない一部の出し物が独断で中止させられたり――そんな酷いことになってしまうんだ……!
んで、その肝心の水泳勝負なんだけど……まー……もし男子生徒がいたなら、女性教員が水着姿を披露するわけだから、もうちょい盛り上がったのかもしれない。けど、ほら、うち、女子高だから。誰もが冷静に見守るこの空気感よ。しかも、大塚先生だし。下手に騒ぎ立てると雷が落ちそう、ということで、基本的に結果待ち。ただ……噂によると、大塚先生ってジムにも通ってて結構運動得意っぽい。昨日の様子だと……小此木先生、大塚先生を勝負に乗せるために、わざとスポーツで挑んだんだろうなぁ……。ということは……勝つための裏技を用意してる……ってことなんだよね……? そうだよね、先生!?
昨日から、紗季はどこか先生の意図を理解しているような素振りを見せていた。けど、何も教えてくれないんだよね。ただ、昼休みになったら走ってプールのほうに来るよう言われてたから、私は走って行った。どっちにせよ、みんなで小此木先生の応援のためにプールサイドに集まるつもりだったんだけど、それより早く来い、ってことだったから。
で、プールのところまで来ると、更衣室の扉を塞ぐように紗季が待っていた。私の姿を見てその中に入ったのだから、室内まで来い、ということなのだろう。
紗季を追うように更衣室の中に入ると、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。壁に沿って並んでいるのが扉付きのロッカーではなく木製の棚だからか、何となく旅館の浴場のような雰囲気を感じる。授業や部活の時間しか使われない場所で、いまは誰もいない。静寂が支配する中、滑り止めのためざらついたタイルの床にはいくつか水の跡が残っているけど、それもずいぶん前のものみたい。水泳の授業はなかったようだし、たぶん最後に使われたのは部活の練習のときだろう。ロッカーがない所為か、全体的にがらんとしていて、薄暗い室内に並ぶ棚がやけに広く感じられた。
何をするのかな、と思ったら、紗季は隅にあった掃除用具入れを開く。けど……あれ? こんなところにこんなものあったかな? というか、中、空っぽなんだけど。
「少々きついけど我慢しなさい」
と言って内壁に寄り掛かるように足を踏み入れる紗季。……えええ!? ナニ考えてんの!?
……と驚いたものの、黙って紗季に続く私。たぶん、この掃除用具入れ自体、紗季が事前に用意していたものなのだろうし……それなら、これは必要なことだろうから。
まあ、何とかふたりくらいなら入れるサイズで、内側から扉を閉めてみると……なるほど、扉のスリットから部屋の中の様子はそれなりに見える。けど、こんな覗きみたいなことしなくても……なんて考えていると……ガチャリ、と扉が開く音が聞こえてきた。
「小此木先生が水泳に自信がおありとは、存じませんでした」
そう言いながら先に入ってきたのは大塚先生。というか、言ってる本人のほうが自信満々だよ! 先生の服装ってピッチリしてるからこれまで気づかなかったけど、何気に姿勢がいいんだよね。これまで、それを規律の正しさ、としか感じてなかったけど……しっかりとした運動を続けてきた証拠なのだと思う。
一方、小此木先生の身体はよーく見てるからねぇ……ふわふわというか、ぷよぷよというか。大塚先生に続いて入ってくる様子も頼りなさげ。……やっぱり、普通にやったら勝ち目ない。どうするの? 先生、どうするの!? てか、こんなところで隠れてる場合なの!? 私たち!
ふたりの先生が着替え始めようとしたそのとき――んんん? スマホから音楽が流れ始めた……? きっと、これに一番眉をひそめたのは大塚先生だろう。けれど、私には小此木先生の意図がすぐにわかった。だって、流れてきたのは『My Gambit』――舞先輩の代表曲であり、そして――先生が、私に見せてくれたストリップのときの伴奏だったから。
「……小此木先生、あなた、一体どういうつもりで……?」
隣で同僚にこうも踊り始められては、さすがに無視もできなかったらしい。
「こうでもしないと……見てもらえないかと……!」
先生の動きはやっぱりゆったりしていて――たぶん、アレンジしてもらった際に、半分の刻みにしてもらったのだろう。だからこそ、本家である舞先輩より優雅な雰囲気で――綺麗で――うぁー……ブラを取ると……大塚先生もビクッとしたのが掃除用具入れの中まで伝わってきた。
うん、うん……そうだよね。ストリップの良さを理解してもらうには、実際に見てもらうしかない。けど、大塚先生くらいになると、見ることさえも拒否しそう。その状況に持っていくだけでも至難の業だ。
それで小此木先生が行き着いたのは――更衣室で踊ること。なにしろ、服を脱ぎながら踊れる場所なんて、ここくらいしかない。……そうか、スポーツ勝負を持ちかけたのにはそういう意味もあったんだ。大塚先生を更衣室へ引っ張り込むために――!
音楽が止まり、小此木先生もポーズをキメる。だけど――そこに感動の空気はない。大塚先生は、小此木先生を黙って見下ろしている。そして、つまらなそうに呟いた。
「……見ましたけれども?」
うわ、生徒会長ばりの塩対応! そ、そりゃあ、舞先輩クラスになればともかく、小此木先生くらいじゃ、ストリップに前向きな人でないと響くものはないかも……
けれど、それを一番肌で感じているのは小此木先生で……きっと、こんな反応になるのは自分でもわかっていたのだろう。だから、そんな冷たい反応に臆するところはない。
「いえ、水泳では勝てないかもしれませんけど、ダンスであれば……ほら、わたし、ストリップ部の顧問ですし」
このとき――ビキリ、と大塚先生から殺気が放たれたのを確かに感じた。鉄の箱の外のことなのに、その中まで伝わってくるのだから恐ろしい。小此木先生の言葉のどこが琴線に触れたのか、私にはわからない。けれど――大塚先生を相当苛立たせたようだ。私は思わず紗季に抱きつきそうになったけど、下手に動くと扉が開きそうだから膝をガクガクさせながら見守るしかない。
「……まあ、ここは更衣室ですし、着替える過程の一部として許容しましょうか」
え、待って、もしかして大塚先生、乗る気!? けど、その口調は……何となく、これまでのお説教に近い。だからまるで、『これからあなたに“本当のストリップ”というものを見せてあげましょう』みたいな威圧感がある。
大塚先生がスマホを操作して、流れてきた曲は……おっと! 結構可愛らしくてポップな感じ。ボーカルが始まって、リリちゃんの歌だってわかったけど。やっぱり幅広い層に人気なんだなぁ。
私たちの世代は、歌手としてのリリちゃんをあまり見たことがなかったんだけど、当時を知る人からはダンスも上手だった、と聞いている。というか……うん、さっき、姿勢が綺麗ってところからも何となく察してたけど……大塚先生、ダンスできるんだ。床の滑りやすさを気にしてか、少し足下を確かめるようなステップにはなっているけれど、リズム感はあるし、指先までピシっと決まってる。
そして――やっぱりセンスある人だからか、何となく要領は掴んでいるらしい。二番で下着になる、っていう手順についても。ただ、ここについては……ふふ、これまでのキレに対して、ただ脱いでる、って感じだなぁ。脱ぐことで魅せるってことには無頓着みたいだけど、それがむしろ大塚先生らしい。その下着は……あぁ……人に見せる前提じゃないよねぇ……って感じの、ベージュの。機能性一〇〇%。けど、腕も足も、もちろんお腹も引き締まってるから、黒のレースのを着けたら綺麗だったんじゃないかなぁ、と思う。
そして、それらも外していく。あくまで、水着に着替えるための一環として。おぉ……これぞ、“標準的”な大人の色気、って感じする~……。けど、やっぱり裸を魅せる、というところが意識できてないから、普通のダンスを裸でこなしてるだけ……みたいな。とはいえ、ダンス自体が素敵だから、やっぱりシルエットはキマってるんだよね。だからこそ逆に、見えちゃってるところに無頓着、というか。このチグハグ感――そんな危うさにドキドキしてしまう。
そして、大塚先生のダンスも終わり、更衣室内がシンと静まり返る。
「どうかしら?」
一息ついた大塚先生が、小此木先生のほうを向いている。その口調からも堂々たるものを感じさせるようだ。確かに、ダンスそのものは大塚先生のほうが上手い。けど、ストリップとしての魅せ方とか、そういうのは、やっぱり小此木先生なんだよねぇ。むむむ、これはジャッジが難しい。
とはいえ……うん、わかってる。これは、ダンスで優劣を付けるものではない。ストリップの良さを知ってもらうためのもので、大塚先生に納得してもらおうってことだもんね。
だからこそ、小此木先生だってバチバチにはやらない。
「いやー……大塚先生、ダンスもお得意なんですねぇ」
ここで、踊りきった間柄として友情とか芽生えてくれれば良かったんだけど……
「顧問がその程度では、生徒会に“妙な催し”などさせられませんね」
いやいやー! 小此木先生のダンスだって良かったよ! 魅せ方の幅が広いところも、ストリップの良さなんだって! うぅ~……言いたい! 抗議したい! けど、そんな私の気持ちを察知してか、紗季がぎゅっと私の腕を掴んでいる。まだ出るときじゃないってことかー……。うぐぐ。
「まったく。こちらは学生のころの記憶を頼りに踊っただけだというのに、現役のあなたがその程度とは……ストリップ部というのも、どうやらやる気がないようで」
違うって! 踊るのは私たちなんだから、先生は踊れなくてもいいの! ……いや、踊れたほうがいいに決まってるけど、私たちだってそこまでは要求しないし! というか、学生のころの記憶を頼りにあれだけ踊れるって、大塚先生すごすぎない!?
お説教モードに入っている上、一対一ともなれば、小此木先生はすっかり萎縮させられてしまう。
「現役と言われましても……現在、コーチ不在でして……」
ああもう! またそういうことを! そんなこと言ったら、やっぱりやる気ない、って思われちゃうじゃん! 確かに、コーチってポジションの人はいないけど、私たちには舞先輩がいるんだよ! プロ・ストリップ・アイドルの舞先輩の背中を追って、私たちは頑張ってるんだよ! だから……!
けど――
「……え?」
ん? 何故かここで大塚先生の空気が変わった……?
「コーチ不在って……どういうことです?」
大塚先生不思議そうなんだけど……何があった?
「わたしは、そのー……一学期のころ、桑空先生に教わったっきりで……」
そうそう、実習生の。実はプロのストリップ・アイドルとしても活躍していて、部を作るときにもお世話になったんだよね。
けど、大塚先生は何故か納得していない。
「そうではなく、体育担当といえば……」
杉田先生だよね。
けど、ここで――今度は小此木先生が慌てだした!?
「いえっ、いえっ、そのー……杉田先生には、そのー……頼みづらい、というか……」
んんんん? 何やら変な空気に……? すぐ傍で、何やら紗季も苛つき始めてるし。
「だって、あなたたち……」
と言いかけた大塚先生の言葉を、
「そっ、それは去年までの話ですーっ!」
慌てて遮る小此木先生。声の調子も少し裏返っていて、その動揺ぶりが隠しきれていない。これに――プルプルと震える紗季。スカートをギュっと握り締める指先で裾が千切れそう。怒りで鼻息も熱くなってる気がするし。そんな機嫌の悪さとは反比例するように、大塚先生の口調は明らかに高揚していく。
「あらあら、そうなの! ま、まあ……教員同士がそういう関係というのも、生徒には何かと悪影響ですしねっ!」
明るく励ましながら、何故か足取りもウキウキしている。こんなに上機嫌な大塚先生、初めて見たかも……
「もう過去のことですし、あまり触れないでください~……」
脱ぐものを脱いだふたりは、あとは着るだけ。競泳用のワンピースに身を包んだ先生たちは、何やら楽しげに更衣室を出て、プールのほうへと向かっていった……
その声が聞こえなくなったところで――ガクリ、と膝を突くように紗季が掃除用具入れからこぼれ落ちる。それに続いて私も。ぷはー、狭かったー! この開放感に一息つきたいところなんだけど……紗季がうなだれたまま震えているので何とも言えない。
「えーと……紗季?」
私には、うまくいったように見えたんだけど……
これに紗季がどうにか絞り出した言葉は――
「……バカなの?」
そ、それは酷いんじゃ……
紗季はしばらく頭の中を整理するように沈黙していたけれど……
「というか、いい歳して“アレ”はないんじゃない!?」
考えがまとまり、現実を受け入れたからこそ、怒りが一気に沸騰したようだ。私も、まー……もし、“あんな理由”で文化祭をメチャメチャにされたら怒ったと思う。けど、あの様子なら穏便にまとまりそうだし。
「……桜、何がそんなに楽しいの」
顔を上げて、紗季が睨む。
「ん? そりゃーもちろん、文化祭が無事開催されそうだから♪」
なーんて、私は最初から思ってたんだよねー。結局、文化祭に対する先生たちの派閥って、“誰と誰の仲がいいから”、みたいな理由で分かれてるんじゃないか、ってさ!
掃除用具入れは、北校舎の廊下から持ってきたものらしい。それを紗季と一緒に元の場所へと戻しながら――
「てっきり、紗季は全部知ってると思ってたけど」
「買いかぶらないで。知ってることしか知らないわ」
まだ苛立ちが収まらないのか、あたり前のことを語気強めで紗季は言う。
「ストリップを披露するために水泳を選んだんでしょうけど、そこから先は先生には荷が重そうだったから」
それで、いざというときにフォローするために隠れてたってこと?
「私からすれば、大塚先生がストリップに乗ってくれたこと自体が意外だったなぁ」
あのお堅い先生相手じゃ、相手にされなくても無理もないのに。
「それは、大塚先生が小此木先生に何かとマウント取ろうとしてたから。本人だって、それに気づかないほど愚かではないはずよ」
愚かって……さっきから、紗季の先生たちに対する風当たりが氷点下になってる気がする……
ここで、紗季の足がピタリと止まり――ふたりで箱を運んでたのでちょっと引っ張られたけど、紗季もそれに気づいてすぐに歩き出す。けど、その歩調は力強くて――今度はこっちが引っ張られそう。
「小此木先生……大塚先生から妬まれてる理由、自覚あったのね……! それで……くっ、伊達に社会人はやってないってこと……ッ!?」
どうやら紗季にとって今回の件は、斜め上をいったり、下をいったりで複雑な心境らしい。一方、私といえば――先生たちの可愛らしい一面が見れて、ほっこりしてたんだけど。
ちなみに、プールサイドで待機していた千夏たちの話によると……一応、水泳勝負という形で始まったものの、小此木先生の泳ぎがあまりにも拙すぎて、途中から大塚先生による水泳指導に変更されたとか。ということで、杉田先生も、すぐに大塚先生に追い返されたらしい。
由香曰く『大塚先生が妙に張り切っていて気味が悪かった』……ああ……由香も紗季寄りの感想かー……
この仲良し水泳指導が意味するところは――つまり、容認派と過激派の間に『歴史的な和解』が成立した――ということ。加えて、元々自粛派ってのは事なかれ主義なところがあったから。過激派急先鋒の大塚先生が態度を軟化させたことで……だったら、少なくとも今年度はそのまま進めたほうが無難なんじゃー、ってところに着地した模様。
このあたりのことは、私たちのような深入りした生徒以外はあまり状況がよくわかっていない。続報もないし、明日は予定通り開催されるだろう、という雰囲気で落ち着いている。
とはいえ……いや、だからこそ、私たちのクラスの大道具は大ピンチ! 昨日も一応進めたけれど、まだ完成してないんだよー!
ということで、泊まり込み可の最終日を使って一気に完成させなくちゃ!
「ご、ごめんね……。明日のために練習しなきゃなのに……」
なんて、静音ちゃんは控えめなことを言うけど。
「私だって大道具係なんだから!」
由香も私も、明日の朝まで付き合うよ! むしろ、これまでサボってた分、静音ちゃんのほうこそダンスの練習に当ててほしいくらい。……前にジムで見せてもらった感じだと、昨日今日に始めた感じはしなかったけど。たぶん、ストリップ部に興味を持ったころから密かに練習してたんじゃないかなぁ、とは思いつつも、この話題には突っ込まないことにしておく。奏音ちゃんの気持ちがちょっとわかったかも。
とにかく、そんな感じで頑張っている私たちのところに――
「ご、ごめん……まだ終わってなかったんだ……」
「私たち、ずっとサボってて……徹夜で手伝うから!」
あ、前山さんと野上さん。んー……ああ! ふたりも大道具担当だったっけ。きっと、私と一緒で、静音ちゃんに『大丈夫だよ』って言われてたのを真に受けてたんだろうなぁ……。そんな私だから、ふたりを責めることなんてできるはずがない。けど、本来の大道具担当が集結したんだから、いまこそ本気出すとき!
……なんて、意気込みだけは燃やしてみたところで、やっぱり静音ちゃんが中心で。私たちは細々としたサポートやら、お夜食の買い出しやら……そんなことしかできない。それでも――これなら本番のころには何とか乾くだろう、って明け方にギリギリ完成! 良かったー!
とはいえ、さすがにいまから帰って、一休みして、遅刻せずに登校できる自信もなかったので……前山さん、野上さんが部室で寝てくる、って言うので、その手があったか! なんて納得してしまった私。由香は――弓道場のほうが寝やすいようなので、そちらへ行く、とのこと。というわけで、私はストリップ部の部屋を使わせてもらおうっと。
そんなわけで、静音ちゃんと一緒に向かってたんだけど……
「いやいや、静音ちゃんは家近所じゃん!」
何で一緒に来てるの!?
「え、えーと……ひとりだけ家で寝るのは申し訳ないというか……」
かといって全員揃ってお呼ばれするのはさすがに無理だもんねぇ。
「静音ちゃんはまだ慣れてないんだから、少しでもコンディション良くしておかないと!」
私につき合うことはないんだよ! と昇降口のほうに背中をグイグイ押し出す。それでやっと静音ちゃんもわかってくれたものの。
「じ、実はね、桜ちゃんに話しておきたいことがあって……」
「え?」
静音ちゃんは少し頬を赤らめる。言葉に詰まる様子が、何か大事な話を抱えていることを感じさせた。一緒に部室へ行きたがっていたのは、むしろそういう理由だったらしい。静音ちゃんは、照れたようにちょっと目を泳がせ、指をもじもじさせながら……驚愕の真実を口にする。
「そのー……本当は、ひとつだけ、まだできてない大道具があって……」
「えぇっ!?」
しかし、静音ちゃんに慌てる様子はない。何故ならば――
そして、朝――いや、寝たのは日の出の後なんだけど、本来の登校時間って意味で。みんなそれなりに寝やすいところで寝たからか、それなりに元気は回復している。もちろん、私も。なにより、これからついに本番なんだから、ぐったりなんてしてられないよ!
みんな、各々教室で準備中。二年B組でも、きっと本番前の最終確認とかをしてるんだろうなぁ、と思う。私たちがいるのはストリップ部の部室だけど。
部室では、開演に向けた準備を進めている。紗季や千夏、かがりちゃんは前日からステージの確認や機器を調整してくれてたみたい。ホントにありがとうー!
いまも、椅子の配置を整えたり、照明の角度を微調整したりと、細かい作業が続いている。音響チェックも忘れずに。スピーカーから流れる音楽に合わせて、奏音ちゃんが簡単なステップを踏んで確認していた。静音ちゃんは衣装のチェック。紗季は出番ごとに必要な音源がきちんと用意されているか最後の点検をしている。そんな中、私は衣装のストラップがちゃんと外れるかを確認しながら、本番直前の空気を感じていた。
そして――
『九時になりました。これより、蒼暁院女子高等学校文化祭・一日目を開催いたします』
生徒会室より全校にアナウンスされると、学校中からわーっと拍手が巻き起こる。去年と違って、心からの歓声だ。なんかこう、初めての文化祭……って気持ちになってくるよ。もはや『生徒の皆さんは、学生としての自覚をもって――』なんて会長さんのお話は続いてるのに、誰も聞いてない感じ。かくいう私たちも、すでに頭は本番でいっぱい。会長さん、ごめんなさーい!
とりあえず、午前中に一回と、入りによっては夕方にもう一回やっておこうかー、なんて予定だったんだけど……
「ちょっ、ちょっ、ちょ……っ!? まだ開演まで三〇分以上あるよね!?」
千夏の声が跳ね上がった。今日はステージ本番だからか、髪も普段よりも気合が入っている。高めのハーフアップに巻いて、華やかに仕上がっていた。ゆるく流れるカールがいつも以上に大人っぽくて、いつもの元気な雰囲気とはまた違う、ちょっと艶っぽい感じ。そんな千夏が扉の隙間から廊下の向こうを指差して、目をぱちくりと瞬かせていた。唖然とした表情のまま、私の袖を軽く引っ張るので、一緒になって覗いてみたけれど……ひぇっ!? 階段の方まで列続いてるよ!? なんでこんなに並んでるの!?
「……列整理しないと、他の部に迷惑かからない?」
落ち着いてるんだか呑気なんだかわからない由香の声。うぅ……女子高なのに、みんなこんなにストリップに興味あるの……? 私たちが部を立ち上げようってときは全然集まらなかったのにー!
「そりゃあ、“あの”生徒会長が脱ぐっていうんだから、見てみたくもなるでしょうよ」
「あ、なるほど」
紗季に言われて私も納得。生徒会長といえば、真面目の塊――あと、知る人によっては校則指導の鬼。その会長さんが裸になって踊るとなれば、怖いもの見たさ以上のものがありそう。
「整理券作っておいたから、それだけ配って一旦帰ってもらいなさい。公演一回増やすつもりで作ってきたけど、必要かしら?」
わーい、さすが紗季! 頼りになるー!
なんて喜んでいたところで、生徒会組も合流。
「……皆さん、軽音部や文芸部の方々から、列が出入り口を占拠しているとクレームが来ているのですが」
「はーい! ただいまどうにかしますーっ!」
会長さんのニコニコは何度も見てきてるから、これは苛立ち(弱)だってのは何となくわかる。そして、紗季の事前準備のおかげで(中)に移行する前に解決できた。
ということで、ようやく一息つく。
「じゃ、みんなで最終確認しとこっか」
リハーサルみたいな感じで。初期メンバー五人は予定通りに。これに加えて、高岸姉妹のペアと、会長さんと佳奈ちゃんはそれぞれソロ、ということになった。
一番手は静音ちゃん・奏音ちゃん。曲調もポップだし、完成度も結構高い。どうやら、おそろいのドレスもあるようで、ふたりが並ぶと、同じお人形が並んでるみたい。どうやら、静音ちゃんが奏音ちゃんとお揃いの服を着たがるので、奏音ちゃんのほうから静音ちゃんが着たがるであろう服を提案する……という、高校入試と同じパターンで同じ物が結構あるらしい。でも、それも下着にまでは及ばないから、そっちでは結構個性が出る。でもでも、それも脱いだらまた一緒。これって、まさにストリップならではだよねっ。ちなみに静音ちゃんは、今日のために奏音ちゃんとお揃いの下着を用意したがってたみたいだけど、さすがにそれは断ったらしい。服ならともかく、静音ちゃん好みの可愛い下着を普段遣いにする勇気はない、とのこと。
二番手は佳奈ちゃん。これは、本人たっての希望で。曰く、自分が一番拙いので、盛り下げてしまったら次の人に立て直してほしい、とのこと。
「私、ブサイクだし、胸はないし、寸胴だし」
そう前置きしてから、最終確認としてストリップを披露しようとする佳奈ちゃん。実は、会長さんのもだけど、見せてもらうのは今日が初めてだったりする。当日なのに。
いわゆる初期メンバーは夏休みのうちから衣装を用意してたし、高岸さんたちや会長さんも自前でドレスを用意してくれていた。にも関わらず、佳奈ちゃんは……まさかの制服ブレザー。これについては、昨日までずっと悩んでいたらしい。私服でも、華やかなのは持っていないらしくて。
そんな相談を受けた私は『長所も短所も、未完成なところまでひっくるめて、いまの自分を見せていくのがストリップなんだよ!』って力説した。その答えが、ブレザー、ということらしい。
しかも、選んだ楽曲は、まさかの校歌……! あー……私もやったなぁ……校歌ストリップ。けど、佳奈ちゃんの振り付けは、軽やかというより体操みたい。まさに、授業の課題って感じ。けど、そこから――急に脱ぎ始めるもんだから、ギャップがすごい! 演奏時間が短いこともあり、結構テキパキと脱いでいく。ひ、ひぇ~……下着も普通の白だからか、日常感にあふれている。それが校歌ってこともあり、なんという背徳感。私がやらかしたときも、みんなこんな感じだったのかなぁ……? ……いやいや、私はできる限りポップに踊ったもん! 重厚な曲調、重厚な振り付けの中で裸になっていくから、この破壊力なんだ……!
「……この程度ですが、ご容赦ください」
曲が終わると、佳奈ちゃんは一礼するけれど――
「すごかったよぉ……まさに、学校公認ストリップって感じ……!」
ドキドキしながら、私は全力で手を叩いていた。受け止め方は色々ありそうだけど……私は完全に恐れ入ったわ。佳奈ちゃんの動きは決して洗練されているわけじゃない。けれど、その一生懸命さと覚悟が、観る者の心に深く刻まれるような気がした。ストリップとは単に服を脱ぐことじゃない――その人自身を表現し、さらけ出すものなんだと、改めて実感した。
で、トリを私たちに譲る関係で、三番目は会長さん。白を基調としたドレスは、生徒会長らしく清楚な感じ。
「やると決めたのですから……宮條先輩に見せても恥ずかしくないステージを目指すべきかと」
そっかー、そういえば会長さんは、ストリップ・アイドルのステージを見てるもんね。だからこそ、それがどういうものかもよく知っている。
そして、会長さんの選曲は――
「さぁ恥ずかしがらないで♪」
うわーお、まさかの歌付き! しかも、優しい曲調なんだけど……やっぱり、そのニコニコがなんか怖い感じなんだよねぇ。
とはいえ、さすが生徒会長というべきか、歌もダンスも結構上手い。ただ……裸になることを『無防備』と表現することもあるけれど、会長さんの場合……全然無防備に見えないんですけどー! あの優雅な微笑みも、ゆったりとした仕草も、すべて計算され尽くしている気がする。視線の動きひとつ取っても、まるで観客を意図的に誘導しているような精密さがある。下着になれば、カップの裏にナイフとか仕込んでそうだし、全裸になっても髪の中に毒針とか潜ませてそうな隙の無さ……! 可愛らしい曲調が、もはや罠にしか聞こえないのがヤバイ感じ。これもこれで、会長さんらしい、ってことだと思う……!
そして、最後は私たち。廃部騒ぎでゴタついてたけど、練習は欠かさなかったから……! いや、さすがに昨日は無理だったけど、それまでは、ずっと。
おかげで、完璧! ……とは言い難い。まだまだ直したいところ、もっと練習したいところもある。だけど――これが、いまできる精一杯だってのは胸を張って言える。そして、来月も、来年も――そのときの身体で、そのときの技術で、そのときの一番を踊っていきたい。それが――ストリップなんだから!
紗季の提案で一回増やしたから、本当に休みなくフル回転だったよー! 入場整理とか紗季にお願いできなかったら、本当に回らなかったかも……。紗季、自分の合唱部のほうは、今日は私たちのために欠席してくれたって……。ストリップ部は一日目しかステージないから、って。ごめーん……そして、ありがとう!
おかげで、ステージは毎回大盛況! 脱いでいくたびに『おぉ……っ』って感嘆の声が上がるのが……気持ちよかったー!
三回目のステージが終わったところで時刻は二時過ぎ。けれども、私には休んでいる暇なんてない。だって、これから……私たちのクラスの出し物があるから! さすがに、それを見届けないのは薄情すぎる……というのはあるんだけど……
舞台裏に着くと、案の定ざわついている。スタッフや出演者たちが慌ただしく行き交い、道具の最終確認をする声が飛び交っていた。衣装を直す手が震えているコもいれば、深呼吸を繰り返して緊張をほぐそうとしているコもいる。そんな中、私たちの姿を見つけるなり、前山さんが駆け寄ってきた。
「高岸さん! ラストのシーンで使う――」
それを聞いても、静音ちゃんが慌てることはない。むしろ、静音ちゃんの提案を聞いたとき――驚愕したのは、クラスのみんなのほうだった――
演劇のタイトルは『ピーピング・トムの伝説』――民を重税から救う条件として、裸で街を一周するように強要されたゴディバ婦人。けれど、そんな気高き精神に感動した住民たちは、みんな窓を閉ざして応じたという――トムという少年ひとりを除いては。それが、『出歯亀』という言葉の由来である。
私たちの劇は、そんなトムにスポットライトを当てたもの。覗きたいという葛藤、そして、挫かれる悪知恵の数々――最終的には、客席のほうにトムが混ざっていて『見ているな!』とスポットライトを当てる、というメタオチだったりする。
けど、裏テーマとして――去年、学校内で盗撮騒ぎがあったんだよね。それっぽい痕跡はいくつもあったのに、結局犯人は捕まらなかったという。ということで、その手口をここで暴露することで、注意喚起&とっくにバレてるから、次やったらマジ捕まえる! という警告も込められている社会派(?)作品なのだ。
で、みんなが慌てていた理由は――肝心のゴディバ婦人の人型がない、というもの。これも書き割りで作る予定で、下塗りまでは終わっているものの、とてもではないけれど、本番に出せるような状態ではない。
実はコレ、間に合わなかった……のではなく、静音ちゃんは、わざと間に合わせなかったのである。学校内の女子生徒しかいない一日目限定の演出をするために――
ラストの婦人が街に出るシーン――ここで――これは、ストリップ部以上のどよめきだったかもしれない。けど……いや、ほぼほぼ女子生徒一〇〇%だけどね? とはいえ、男性教員もいるからね? 何というか……むしろ、過激なものを見せてごめんなさい、って気もする……
一応、腕で隠してるし、その下も絆創膏でガードしてるといえばしてるんだけど。けど……ひぇ~……静音ちゃん、ホントにやるか、ゴディバ婦人役……!
これには色々と物議は醸したけれど……やりきった静音ちゃんには清々しい笑顔が浮かんでいた。自分も、ゴディバ婦人のように強い女性になりたい――ワンシーンだけでも憧れの役を演じることができたのが、静音ちゃんの誇りとなったようだ。
ともあれ、ざわつきながらもおおむね滞りなく舞台は進行し、締めくくりは軽音部! 部室でも演奏してたけど、最後は派手に盛り上がりたいもんね。ようやく自分たちの出番の終わった私たちは、今度こそ完全にお客さん。ストリップ部総出で鑑賞中!
教科書の曲しかできなかった去年と違って、今年は昨今の流行歌をバリバリにカバー。未兎ちゃんの『ブラザー・コンプレックス』が流れたときにはみんなで合唱するくらいの勢いだったよ!
けど――二番に入ったあたりでみんなの中に動揺が広がり始める。だって……
「大人になって、別の道を歩いても~♪」
スピーカーから流れてくるのは、これまで歌ってた軽音部の人とは異なる生歌。けど、異様に上手い。もはや、モノマネの次元を超えてるレベル。これには、ここまでノリノリだった手拍子も戸惑いの中でスーっと引いていく。いや、これは、まさか……!?
「新しい人に出会っても、構わない~♪」
一瞬の静寂を挟んだ後、会場は悲鳴のような歓声に包まれた。あのポニーテールは……ええええええええ!? ウソでしょ!? まさかの……本人登場!?
さらには――
「でも時々、思い出してほしい~♪」
もうひとつの声がユニゾンで。こちらもこちらで上手いんだけど、さすがに明らかに別人。けど、どこかで聞いたことがあるような……?
そんなざわつきの中、ステージ逆サイドから入ってきたのは、なんと……リリちゃん――水裏理々ちゃん!! どういうこと!? 本物のアイドルがふたりも!? 興奮の渦が広がり、誰もが信じられないといった様子で隣の生徒と顔を見合わせる。会場の空気が一気に熱を帯び、歓声のボルテージは急上昇。これには隣で観ていた千夏は大感激! 由香は感激を通り越して放心。飛び入りにしても、豪華すぎるでしょ! ギターも兼ねていたボーカルも後ろに下がり、ゲストのための演奏に切り替えている。未兎ちゃん本人との共演なんて……一生の思い出になるだろうなぁ……羨ましい。
一曲終わったところで、未兎ちゃんが私たちに呼びかける。
「三年生のみんなー、“二年ぶり”ー!」
えっ!? 一昨年も来たの!? 舞先輩なら知ってるはず……と目で訴えかけるも、壇上を見ながらウンウンと頷くだけ。いや、そーではなく。
「……起死回生の、女子高ライブ……の、つもりだったんですけどね……」
そう呟くのは、もうひとりの三年生である砂橋会長。ニコニコだけど、これまで見たことのない辛そうな笑顔だ。
「思ったように寄付は集まらず……当時の生徒会は、自分たちで学校にトドメを刺してしまった、と絶望したものです」
二年前――学校の財政を支えていた理事会がなくなって、とにかくお金を集めようとしていた――そのために、未兎ちゃんを呼んだんだ……。けど、うまくいかなくて……それが、『学校行事では何も変えられない』ってことだったんだね。そして、そんな失敗をもカバーしてくれたのが桃ちゃん、ということかー……。そりゃー、尊敬もしちゃうよなー。
ステージでは、未兎ちゃんとリリちゃんが軽くMCみたいなことをしている。
「そうそう、この学校ってストリップ部があるんだってねー」
えっ? ここで唐突にストリップ!?
「はい、リリたちも苦しかったとき、ストリップ劇場にお世話になりました!」
まさかのストリップ応援コメント! これ、どうなってんの!?
ストリップといえば、舞先輩だけど……またドヤ顔で頷くだけ……と思ったら、他の観客を掻き分けてこの場から抜けようとしてるよ。そして、こちらにちょっと振り向いて――ついて来い、ってことなんだと思う。
なんだかよくわからないけれど……舞台上のMCは続いていく。
「それじゃあ、せっかくだから、久々に……やっちゃう?」
わざとらしい未兎ちゃんのセリフに「この流れはもしかして~?」なんて、リリちゃんも合わせる。そして、ふたり声をそろえて――
「「ストリップ・ライブ!」」
ええええええええ!? ふたりしてナンかすごいこと言ってるんですけど!
「いやぁ~……リリの歳で脱いでも……って、十七歳ですけど!」
出たっ、十八番の十七歳ギャグ! ここは、リリちゃんが止めるところだよね……と思ったら。
「と、いうことでぇ……男性職員の皆さんはご退場をお願いしま~す。あ、どうしても見たいのなら見ていってもいいけど?」
これには会場大爆笑! けど……え? これって、マジだからこその笑い……だよねぇ……? 逆に、男性教員たちは笑えない雰囲気。仕方なく、すごすごと退席していく。ここで無駄な抵抗してたら、それこそ、明日から『トム先生』とか呼ばれるところだったんだろうなぁ。
最初はちょっと渋り気味だったリリちゃんも、結局は未兎ちゃんに乗ってくる。
「まー……ここでちゃんとやらないと、舞さんに怒られそうですしねー」
って、舞先輩!? 事情を尋ねようにも相変わらず無言でドヤ顔なので……すぐに私たちの視線は話が通じそうな会長さんに向く。歩きながら。
「古竹さんのほうから出演の打診が来た際には驚きました。如月さんからの依頼だと聞きましたが……」
また舞先輩!? ホント、どういうコネクションしてるの!? けれど、会長さんはちょっと苛立ち気味。
「……ストリップの件は聞いておりませんでした。……やらかす気でしたね? 如月さん」
ああああ……やっとわかったー! 舞先輩、私たちの知らないところで未兎ちゃんとリリちゃんにオファーしてたんだ! ストリップ部の存続を訴えるために! 気持ちは嬉しいんだけど……やることのスケールが大きすぎてついていけないよー! てか、訴えるのがこのタイミングじゃ、文化祭に間に合わなかったんですけどーっ! いくら興味ないからって酷くない!?
そして、舞先輩は……平然と舞台脇の階段からステージへと登っていく……! いや、いや、さすがに未兎ちゃんたちのいるステージにそう軽々とは……と、尻込みしていると、舞先輩は足を止めて、こちらへ少し振り向く。例によって、ついて来い、って雰囲気で。どうしようどうしよう……とまごまごしてて気づいたんだけど……さり気なくみんな、私の後ろに隠れてない? そりゃ、私が舞先輩の隣を歩いてたからなんだけど。う、う、うぅ……私がイクしかないかー……。み、みんなぁ……ちゃんとついてきてよねー……っ!
そんな感じで、ビクビクしながらストリップ部8人は未兎ちゃんたちの待つ壇上へ……。ひ、ひゃ~……未兎ちゃん、リリちゃん、本物だぁ……! あとでサインもらっていいかなぁ……?
未兎ちゃんは、黒を基調としたレザーのスーツ姿。ライブでよく見る、バチバチにキマったスタイルで、キリッとした目元がさらに鋭く見える。同じポニーテールでも、私とは威厳が全然違う……。ステージのライトを浴びるたびに、レザーの光沢が艶やかに揺れて、彼女の存在感をさらに際立たせている。
一方のリリちゃんは、もうちょっと正統派アイドルっぽい衣装。ブレザーをアレンジしたジャケットにプリーツスカートという、私たちの制服とも似たデザインだけど、ステージ仕様の装飾が施されていて、華やかさが全然違う。何より、この童顔とふわふわのツインテール……! 生で見たら、あれ、本当に十七歳なんじゃないの……? って思っちゃうくらい、可愛い!
「で、そのコたちが、舞の後輩?」
うわぁ、未兎ちゃんと舞先輩、普通に会話してる! 本当に知り合いなんだ……。感激のあまりもじもじしていたら……舞先輩が私の腰にグっと腕を回して……!
「鈴木桜」
うわっ、スピーカーから流れる大音量で紹介されちゃったよ。舞先輩、いつの間にかピンマイク着けてる! ってことは、私たちが舞台に上がるのは予定調和だったんだ。けど……こんなすごいイベント用意してるんだったら、事前に言ってくれないと……心の準備ができてませーんっ!
「舞から話は聞いてるよ。自慢の後輩だって」
「動画も見せてもらいました。確かに、真に迫るものがありましたねー」
う、うわぁ……プロふたりからこんなに褒めてもらえるなんて……! というか、舞先輩も“プロ”・ストリップ・アイドルだったっけ。つまり、この未兎ちゃんたちもストリップ劇場のお世話になってたプロ・ストリップ・アイドルで、そのころのつながりなんだろうなぁ。
「せっかくの機会だし……一緒に歌わない?」
え……?
ええええええええ!?
そんな夢みたいな話に、思考が一瞬フリーズしちゃったけど……未兎ちゃんと同じステージで!? そんなの、光栄すぎるというか……てか、何を歌ったらいいのか……!
なんて、混乱しているうちに、袖から未兎ちゃんのスタッフの人たちが、私たちにピンマイクを配り始める。舞先輩をよく見てみたら、リボンをブラウスの襟から外して、チョーカーみたいにしてる。つまり、これって……脱ぐ気満々ってこと!? こここ……こんな、全校生徒が集まるステージで!? そりゃ、さっき男の先生には出てもらったけどー!?
私たちが準備をしている間、リリちゃんが最終勧告。
「あ、ここから先は本気で撮影禁止ですからねー」
「もし、ネット上に流出してるのが見つかったら……」
「黒服の人たちが来る」
せっかく未兎ちゃんがぼかしてくれたのに、舞先輩はボソっと答えを言ってしまう。マジトーンの恐怖空間に否応なしに巻き込まれてしまった会場は、一気にお通夜状態。
「とっ、ともかくー、みんなー、スマホの電源は落としたかなー? ……って映画館ですかっ!」
リリさん、渾身のひとりボケツッコミで壇上も客席もみんな苦笑。場は盛り返せてないけど……それでも、歌えば盛り返せるって知ってるから!
「みんな行ける?」
壇上を見回す未兎ちゃんに――ピンマイクをセットすると、鼓動がやけに大きく聞こえる。足が少し震えてる……でも、こんな機会、二度とない。私はゆっくりと深呼吸して、未兎ちゃんの目をしっかりと見つめ、力強く頷いた。周りのみんなも。
そして、流れてきたのは……うわっ、まさかの……『今だけのドレス・フリー』! そういえばさっき、舞先輩から動画を見せてもらったって言ってたっけ。
「型には~はまれない私たちだけど~♪」
う、うわぁ……未兎ちゃんに、歌ってもらえるなんて、感激すぎるよぉ……。……ハッ!? ここまで先輩の思惑だったってことは……最初から部室じゃなくて、この舞台で演るつもりだったんだ……! 文化祭のことを忘れてなかったどころか、もっと大きな舞台を用意してくれてたなんて……けど、そういうことはひと言相談してくださいーーーっ!!
けど、始まってみたら……まるで、舞先輩が三人いるみたいな迫力。未兎ちゃんたちは、私たちに遠慮してメンバーパートではなく、全員であわせるサビのみの参加。けど……これまでは、私たち四人で舞先輩ひとりに太刀打ちしていたようなもの。それが三人に増えちゃったら、もはやバックコーラス状態。そして、本人たちも『ストリップ劇場でお世話になった』と言っていたように――脱ぎ方も完璧。ひ、ひぇ~……すぐ傍に、裸の未兎ちゃんとリリちゃんが~……。温泉とかでバッタリ、ってことでもすごいのに、こんな場所で、歌って踊りながらなんて~。
それどころか、ふたりとも“集団で脱ぐ”のに慣れてる……!? 私たちは位置取りだけでも四苦八苦だったのに……。そっか……私たちは舞先輩ひとりを追いかけてきたけど、舞先輩は、こんな人たちの中で歌って、踊って、脱いできたんだ。私も――まだまだ、もっともっと頑張らなくちゃ。まさにいま、未来の舞台がすぐそこにあるように感じる。そして、その未来へと飛び込みたい――心から、そう思えたのだった。
***
その頃――
客席最後尾で、六人の生徒が静かにステージへと背を向ける。
「……わざわざ制服まで用意してもらって潜り込んでみれば」
「やっぱり、相手になるのは如月舞だけじゃない」
「全国大会は団体戦。私たちの敵ではない」
「“あのコ”が“こっち”に来たがるのも分かるわ」
「もう行きましょう。制服は貴女のほうで返しておいてね」
「承りましたわ。もう、必要はないでしょうし」
熱気の冷めやらない会場から人知れず、彼女たちは去っていく――