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彼女を苦しめないで

 そんなお昼休みの作戦会議を受けて、私たちはすぐに行動開始! 文化祭の準備でクラスや部活の仕事がてんこ盛りだから、早速みんなで頑張ることに。

 かがりちゃんはクラスで喫茶店の準備の手伝い。テーブルの配置や飾りつけのデザインなんかを、みんなの意見をまとめながら進めるって。やっぱりバスケ部だけでなく、いろんなところで司令塔なんだなぁ。

 由香は弓道部で演舞のための練習。姿勢を何度も確認して、先輩からもアドバイスをもらっているのだとか。やっぱり、目標となる人が身近にいると、気持ちも引き締まるよね。

 舞先輩は……相変わらず何してるかわかんないけど、きっと何かやってる……と思う。たぶん。

 紗季はクラスの手伝いをしつつ、生徒会の動向を探るとか言ってた。こっちは舞先輩とは違う方向で私には追いきれないから……お任せしまーす!

 で、千夏はふたりいる生徒会の二年生のうちのひとりをどうにかするって言ってたけど……具体的な方法は謎。

 こんな感じで、みんな自分のやれることに取り組んでる。

 そして、私は――結構重要なポジションだ。なぜなら、副会長が同じクラスにいるから! クラス行事への貢献だけでなく、生徒会に向けた“真面目に模範的生徒やってます”アピールにもなる。これぞ一石二鳥ってやつだよねっ!

 これまでは放課後になるとすぐさま部室へ駆け込んでいたけれど、今日は残って教室を眺めてみる。すると――わぁ、本格的に準備は始まってたんだなぁ。

 私たちのクラスの出し物は演劇。演者側と裏方側に分かれて準備を進めている。まだ全体で合わせる段階じゃないから、演者たちは中庭や近所の公園で練習してるみたい。作業の邪魔にならないように、と配慮してくれているけれど……問題は裏方側だ。

 教室のあちこちで作業してる人たちを見てハッとした。アクセや衣装、小道具を作るコがほとんどで、大道具を作ってるのは高岸副会長ただひとり。これって……ちょっとバランス悪すぎない!?

 教室の隅には、未完成の大きな書き割りが立てかけてある。その横にはペンキやローラー、木材の切れ端が無造作に置かれていて、まさに制作真っ最中といった感じ。高岸さんはその前で真剣な表情をして、木枠を補強する作業に没頭している。細々とした手先の作業と違って体力もいるし時間もかかる。これをひとりでやってるなんて……!

 ……も、もしかして……大道具担当って、みんな部活重視組だったりする……? 私と由香が、実際そうだし。ひぇ~! こんな状況になる前に相談してくれれば良かったのに~……とは思ったものの……うーん……こういうのって、いわゆる『仲良しグループ』単位で動くからなぁ……。私も由香と一緒に、だし。てことは、高岸副会長さんは……あぁ……生徒会副会長の居場所は生徒会だけなのかも。

 だからといって! あんな大仕事をひとりに押し付けていいわけないでしょ。ああああ……なんか猛省!

「たたた……高岸さん……っ!」

 心の中で気合を入れて、私は恐る恐る声をかけた。窓から差し込まれた教室の明るさが、どこか冷たく感じられる。頭の中では『これでまた生徒会に睨まれるんじゃ』とか『話しかけても無視されたらどうしよう』とか、不安ばかりが駆け巡る。何しろ、生徒会室で散々追い詰められたあとだし、ストリップ部が生徒会にどう思われてるか……。逆に、副会長さんからしても、いま一番話しかけてほしくない相手かもしれない。

 けれど、この状況を変えるためには私がやるしかないんだ! そう信じて、ぎゅっと拳を握りしめる。

「え……えーと……?」

 ストリップ部側からの急接近に、副会長さんもビックリしてる。けど、私はやるって決めたんだから!

「私も手伝うよ。だって、大道具担当だからネ!」

 少し勇気を出して隣に座る。すると、高岸さんはちょっと驚いた顔をしてから、控えめに笑った。

「けど、部活の方は大丈夫なの? そっちで忙しいって聞いてたけど……」

 えええ、そういうこと言う!? だって、廃部って言い出したの生徒会じゃん! って思わず突っ込んじゃいそうになったところで――あれ? 高岸さんの表情に、悪意とか全然ないんだけど。むしろ本気で戸惑ってる感じ。というか、なーんかさっきから噛み合ってないなー……と思ってたら。

「もしかして……奏音(かのん)と間違えてる……?」

「え?」

「私……静音(しずね)だよ。生徒会やってる“かのちゃん”は、双子の妹……」

「えええええええええええええええっ!?」


 ……なんというか、私の緊張とか作戦とか、そういうのは一体何だったのー……みたいな話で。ビックリするやらガッカリするやら、そんな残念な一幕はあったけれど、私が大道具担当であることには変わらない。

 ということで改めて、教室の隅で一緒に作業! 静音ちゃんは大きな書き割りの準備を進めていて、私はそのサポートとしてペンキのローラーを用意したり、色塗りの下準備を手伝ったり。

 書き割りは、舞台の背景を飾るための大きなボードだ。

「桜ちゃん、これ一緒に運んでくれる?」

 静音ちゃんが示したのは、ドーンとした木の板。

「もちろん! これくらいお安い御用だよ!」

 私は慌てて反対側に周り、いっせーのーせ、で持ち上げる。こんな力仕事をこれまで静音ちゃんひとりに押し付けてたなんて……本当に頭の下がる思いだ。

 そして、準備が終わったら作画本番。こんな石の壁を一つひとつ綺麗に描いていくなんて……。静音ちゃん、絵、上手なんだなぁ。

 そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎていく。文化祭といえば、夜遅くまで学校に残って――というのが定番のお約束みたいなものだけど、そんなのを一ヶ月も続けられては教員側としてはたまったもんじゃない。ってことで、本番前夜を除いて基本的に下校時刻は変わらないのだとか。まー……去年はそんなの気にするほど打ち込んだクラスはなかったけれど。

「桜ちゃん、ありがとう。今日はこのくらいにしとこうか」

 静音ちゃんが私に微笑みながら声をかける。けど、いまはまだ下校の二〇分前、結構早めに切り上げようとしてるみたいだけど、まだいけるんじゃ? と思わなくもない。だからといって、ようやく手伝い始めた私がいきなりやる気出すってのも変な話だし。きっと、静音ちゃんには静音ちゃんなりの事情があるのだろう。

「ありがとうって……私も大道具担当だよ。むしろ、これまでサボっててごめん」

 そう謝ると、静音ちゃんは一瞬キョトン。

「サボっててって……部活の方が忙しかったんじゃ……あ」

 言いかけたところで、静音ちゃんは表情を暗くする。作業をしながらストリップ部を取り巻く状況については話してたから。自分の双子の妹が私たちの廃部に深く関わっているのだから、さすがに無関心ではいられないよね。とはいえ、この件について私から『気にしないで』とは口が避けても言えない。気にしてほしい、とも言えないけれど。

 ちょっと気まずい空気になって、私たちは何も言えないままパレットやペンキのローラーを洗いに廊下へ出る。水道の蛇口をひねると、ジャバジャバと水が流れる音が心地よい。周囲の教室から聞こえてくる文化祭準備の賑やかな声も、なんだか嬉しい。みんなまだまだ頑張ってるんだなぁ。……うーん、やっぱり気になってしまう。

「静音ちゃん、作業切り上げるのちょっと早かったんじゃない? 私は少々遅くなっても大丈夫だから」

 これまでの不参加を挽回したい思いもあるし。けど、静音ちゃんはちょっと申し訳なさそうに肩をすくめる。

「それはね、一〇分前くらいになると先生が――」

「――そろそろ終わる準備しておけよーっ!」

 静音ちゃんの言葉を遮るように、下の階から元気いっぱいの低い声が響く。こちらへ迫ってくる足音――杉田先生だ!

 二階に到着すると、先生はあちこちの教室に顔を出して回る。

「おいおい、お前ら終わらせる気ねーじゃねーか!」

「キリのいいところまで~!」

 生徒たちは口々にそう答えるけど、これが普通の光景らしい。

「このくらい早く片付けておいたほうが、怒られないから……」

 静音ちゃんの言葉に私は小さく頷いた。まあ、それはわかるけど……あれは怒られてるっていうより、楽しそうにやり取りしてるだけじゃない?

 だって、ほら。

「杉田先生、暇なの~?」

 生徒の誰かが叩く軽口に、先生だって笑いながら応えてるし。

「うっせ、これから忙しくなるんだよ!」

 え……? その言葉を聞いた瞬間、私の手が止まる。バスケ部顧問の杉田先生が忙しくなるって……まさか、かがりちゃんをまた部長にして全国大会を狙ってるんじゃ……!?

「……桜ちゃん、どうしたの?」

 静音ちゃんが心配そうに顔を覗き込んできたので、私は慌てて笑顔を作る。

「ううん、杉田先生厳しいなーって」

 こういう誤魔化し、苦手なんだけど……静音ちゃんはそれ以上探るようなことはしなかった。

「だよね。先生だって早く帰りたいのはわかるんだけど……」

 そう言いながら、静音ちゃんは私にそっと顔を近づける。

「だからね……実は私、こっそり残ってて」

「えっ?」

 静音ちゃんのいたずらっぽい笑みを見て、私は思わず声を上げてしまった。

「三〇分くらい過ぎれば、先生たちもいなくなるから……その頃、こっそり教室に戻って、ネ?」

 静音ちゃんって大人しそうな雰囲気に反して、実はこんな一面もあったんだなぁ。『お主も悪よのぅ』なんて茶化したくなるけど……この状況を作った原因は私のサボタージュだったんだよねぇ……ホントごめーん!

「すごいなぁ……どのくらいやってたの?」

 敬意と申し訳なさで、私は静音ちゃんの告白を真摯に受け取る。

「むしろ、ここからが本番って感じ。教室も静かになるから集中できるし……三時間とか四時間とか?」

 聞いて、私は本気で驚いた。そんなに? そんなに頑張ってたの? だけど、やっぱり胸の奥がチクチクする。だって、その負担を全部静音ちゃんに押し付けてたんだもん。

「……これからは、そんなに残させないから」

 私が真剣な声で言うと、静音ちゃんは少し驚いたような顔をして、それから小さく微笑んだ。

「うん……ありがとう」

 洗い物を終えて教室に戻ると、小道具組はまだまだ終わる気配がない。そんな中、声掛け第二陣がやってきた。

「あらあら、まだ終わってないの?」

 現れたのは、小此木先生! 相変わらず、生徒たちとの距離が近い感じ。

「のぎっち、ごめん! もう少しだけ!」

 生徒たちは懸命に謝るけど、どこか楽しそう。

「もー……仕方ないわねー。けど、六時一〇分には本当に下校してね」

 先生のその言葉に、教室中から「はーい!」という元気な声が返ってきた。

 そんなやり取りを見て、なんだかちょっとだけ得意な気分になる。私たちはちゃんと、下校時刻ピッタリに終わらせて帰ろうとしてるもんね!

「ふふ、最初は六時にはー、だったんだよ? それが五分に延びて、今日は一〇分かー」

 静音ちゃんが小声で笑う。その笑顔にホッとしたけど……ああ、のぎっち先生、やっぱり甘いなぁ。

 そんなこんなで時間通りに帰り支度を終えた私たち。優良生徒計画は滞りなく進行中! ……静音ちゃんというタイムキーパーのおかげでもあるけれど。

 ということで胸を張って廊下を歩く私たち。あ、いや、静音ちゃんはいつものことなので普通な感じだけど。だから、先生とすれ違っても、後ろめたいことはなにもない。

「先生、さようなら」

「はい、気をつけて帰るのよー」

 小此木先生に見送られて、私たちは家路に就く。けれど、そのとき――

「この後、部室来て」

「えっ?」

 と振り向いたときには、すでに小此木先生は何事もなかったように教室の声掛けに戻っていた。もしかして、私の聞き間違い? とさえ思える。けれど、“いま”は状況が状況だから――

 なるべく動揺を顔に出さないようにしながら、私たちは靴に履き替え校門のところまでやってくる。

「桜ちゃん、家どっち? 私は……」

 静音ちゃんが駅のほうを指差す。当然、一緒に帰れるコースだ。けれど……

「私もそっちなんだけど、今日はこっちに用事があって」

 言って、私は逆を指差した。これに、静音ちゃんは寂しそうにはにかむ。

「そっかー……それじゃ、今日は本当にありがとう……お疲れ様」

 静音ちゃんの目元が少し伏せられる。その姿に胸がキュッとなるけれど、私は笑顔を作って見送った。

 そして、お互い背を向けて歩き出す。私は、後ろの気配をチラチラと窺いながら。そして……適当な角で曲がって、手近なマンションの駐輪場にそっと忍び込む。これは、ただの時間稼ぎだ。もう少し経ったら学校に戻るつもりで。

 雨除けの屋根から伸びる柱に軽く寄りかかり、私はふと空を見上げる。肩の力を抜くように一度深呼吸をしてみた。遠くに広がるのは少しくすんだオレンジ色。陽が落ちる直前の静かな時間帯。風が微かに吹いて、木々の葉を揺らしている音だけが響いている。夕暮れの温かさがほんのりと残る空気が、少しだけ私の緊張をほぐしてくれる気がした。

 念のため、私はスマホを確認してみる。特にメッセージは入っていない。それを見て、少しだけホッとした自分がいることに気づく。同時に、これから大変な情報がなだれ込んでくるかも、という漠然とした不安で気分が重い。まだ何も起きていないだけで、嵐の前の静けさなのではないか……。ひとりでいると、どうしても悪いほうばかりに思考が巡ってしまう。

 改めて思うと……こんなにコソコソする必要はなかったのかも。静音ちゃんにだって普通に、これから部室に用事がある、って言えば。

 けれど。

 ストリップ部の廃部に、双子の妹である生徒会副会長さんが絡んでいる――それを気負わせたくない、という気持ちもないこともない。けれど、私は無意識のうちに、静音ちゃんを“生徒会副会長さんの双子の姉”と見ていたのかもしれない。

 さっきの小此木先生の様子はただ事な感じじゃなかった。そもそも、スマホを経由せず口頭だけで、ってこと自体、物々しい予感を拭いきれない。だからといって、それを言い訳にするつもりもないのだけれど。

「はぁ……私って……意外と後ろめたい女なのかも」

 熱を少し残した夕方の風に、私の小さなつぶやきは吸い込まれていった。ホントに、何もなければいいんだけど……


 気乗りしない足取りで再び学校へと戻ると、時刻は六時一五分を少し過ぎた頃だった。校内にはまだ人の気配が残っているけれど、さすがに帰宅準備をしている生徒がほとんど。これ以上長居するのは気まずい感じだ。

 私はひと気を避けるように古い北校舎へと向かい、ストリップ部の部室へと足を運んだ。文化祭に申請している部活は私たちだけじゃないけど、この時間まで残っている他の部の人たちはいないみたい。

 部室の扉を引くと、鍵は開いている。その手応えのなさに、胸がわずかにざわついた。廊下の窓から差し込む夕暮れ時の薄暗い光が、向き合う部室の中の静けさを際立たせている。まるで、何かが起きる前触れのようだ。みんな……いるんだよね……? 心の中で呟きながら、私は足を踏み入れる。

 すると――

 紗季を筆頭に、部のメンバー全員が揃っていた。もちろん、呼び出した本人である小此木先生も。思わず目を見開く私に、紗季がニヤリと笑みを浮かべる。

「静音さんは、ちゃんと撒いてきたようね」

「撒くって……」

 確かに、静音ちゃんには誤魔化しちゃったけど……やっぱりなんだか後ろめたさがあるなぁ……

「生徒会の妹さんのほうだし、静音ちゃん自身は協力的かもしれないし……」

 と私が言いかけると、千夏がニッと笑顔を向ける。今日の髪はちょっと高めの位置でふたつのお団子にまとめられていて、なんだかやる気が充実してるなー、なんて、こっちまで元気になってくる。

「あのコ、ノリいいよねっ。前にさ、アタシ、身体にひまわり描いてもらったことあるんだよ!」

「えっ……あれって静音ちゃんだったの?」

 一学期の終わりに、千夏が提案してた『ストリップとボディペイントを組み合わせるアイデア』かぁ……。あの後、全国大会のルールを見直してみたら、身体に直接何かを描くのは『衣装』の種目限定だったんだよね。千夏は元々『衣装』狙いだったから、どんなの柄にするかでずっと由香と話してたっけ。

 そっかー、静音ちゃん、ストリップに対して前向きなタイプだったんだなぁ。だったら、もっと協力を仰いでも良かったかも、と思う反面、精神的に負担かけちゃうかも……という心配も。

 一方、由香は冷たい。

「ノリは合ってても、生徒会の親族だから」

 その言い方には少し引っかかるものを感じるけど、由香らしいといえば、由香らしい。けれど、舞先輩は私にふっと微笑むと――

「桜のことだから、生徒会に取り込まれないか、心配」

 えええええ!? 静音ちゃんはそんなことしないよー! だって、あんなに真面目でいいコだし! ……というのは、一緒に作業をした私しか知らないことなんだよなー……

 これ以上擁護すると、それこそ取り込まれたと思われちゃう。なので、私は何も言えずにいると……紗季の視線がすごく冷たい。ただし、私に向けてではなく。

「それは、桜が生徒会に迎合してストリップ部を諦める、という意味でしょうか?」

 あわわわわ……舞先輩だって本気で言ってるんじゃないから、そんな怖い顔しないでー!

 紗季の語気は驚くほど強く、部屋全体の空気は笑えないほどピリピリ。こ、こんな状況で話し合いなんてできるの……?

「えーと、ここからは声を控えめに……いえ、ここまでも控えめでお願いしたかったのだけど……」

 ああ、小此木先生、やっぱり先生なんだなぁ……。紗季たちをやんわりと宥め、話を先に進めてくれた。

「下校時刻も過ぎてるし、とにかく用件だけ。職員室での動きも共有しておこうと思って」

 先生が少しだけ真剣な表情になった。その目に、部員全員が自然と集中する。

「まずね、えーと……キャバクラ?」

 キャバクラ!? 何の話するの!?

「二年A組と、三年生のCとDだったかしら」

 ああ、文化祭の出し物ね。……って三クラスも!? 二年A組は紗季のクラスだから知ってたけど、三年生のほうは……ん? C組って舞先輩のクラスじゃん! 舞先輩がキャバクラ……? 無表情でお酒を注ぐ姿はあまりに似つかわしくなくて、私はつい笑いそうになる。でも……急に歌って踊りながら脱ぎ始めて……ってところまで想像できてしまい……ぐぅ、さすがに笑えない……

「これについても、職員室内で意見が割れていてねぇ」

 小此木先生がため息をつきながら続ける。もちろん、問題は舞先輩の接客ではなく、キャバクラそのもの。どうやらアルコールを解禁した途端、こんなに多くのクラスから申請があるとは思わなかったらしい。小此木先生が言葉を紡ぐたびに、私たちの周りの空気が少しずつ変わっていく。文化祭の方針を巡る教師たちの意見の分裂――それがどれほどこの学校の内部に渦巻いているのか、少しだけその緊張感が伝わってくるようだ。

「いま、職員室内は大きく三つに分かれてるの。ひとつは容認派。法律と校則に違反しない限り、生徒の自主性を重んじる、という考えね」

 お~、まさに『自己責任社会』の申し子って感じだ。小此木先生の声は穏やかだけど、その裏にある葛藤も感じ取れる。職員室の中で生徒たちの文化祭案を見ながら頭を抱える先生たちの姿が。

「先生は、もちろん?」

 紗季が当然のように問いかける。小此木先生は少し気圧されしたようだけど、ふわりと笑って軽やかに応じた。

「容認派のつもりよ。せっかくの学校生活なんだし、みんなにも全力で楽しかった思い出にしてほしいし」

 小此木先生のその言葉に、私は少しだけ肩の力を抜くことができた。けれど――紗季の目はまだ鋭いままなのがなんか怖い。もう少し先生を信用してあげようよー。

 けれど――三つに分かれてるうちの最初に出てきたのが容認派ってことは……うぅ、残りを聞くのが怖い……!

「そして、ふたつめは自粛派。もう少しルールを改めたほうがいいんじゃ、って考え方ね」

「ぎぇー! 今年も『管理社会』!?」

 千夏がわざとらしく叫ぶ。これはフリだとわかっているのか、かがりちゃんが即座に反応。

「去年、何かあったんです?」

「そりゃあねー、まー……あったよねー」

 答えながら、私は遠い目。

「少なくとも一昨年は盛り上がったらしいから、去年だけのことみたいだけど」

 由香が淡々とフォローを入れる。小此木先生は去年配属されたばかりだったので、その印象は特に強いらしい。

「先生にとっては初めての蒼暁院の文化祭だったから、毎年そういうものなのだと思っていたのだけど……」

 そんなもんであってたまるか! 三年生の舞先輩、バシっと言ってやってください!

「…………?」

 みんなからの視線を受けても、無表情で首を傾げるだけ。……あー……舞先輩、文化祭自体に興味なさそうだもんなぁ……

 ということで、紗季が去年の惨状を解説。

「三分の一が休憩室で、三分の一が授業の課題展示。残りの半分が粉もの屋」

「ははぁ……」

 かがりちゃんの反応は、納得というより、呆れた感じ。

「生徒がハメを外しすぎないよう、出し物は学校側で決めたものから選ぶ、というもので」

 小此木先生が説明する。私だってホントに、何じゃそりゃー、って思ったもん。

「合唱部の歌も、教科書の中からだけー、だったよねー」

「そんなんで人、来てくれはるんですか」

「来たわよ。帰るのも早かったけど」

 かがりちゃんの問いに、紗季が答える。これに、由香がさらに追い打ち。

「特に一般公開二日目の日曜日はね。悪評も広がってたし」

 近年稀に見るやる気のなさ、と近所でも話題になってて、ちょっと冷やかしに行こう、と怖いもの見たさでやって来て、予想以上だ、と帰っていったケースが多発。粉ものの屋台出してたクラスは、ほとんど自分たちで食べたらしい。たこ焼きパーティーみたいなもんだから、ある意味楽しかったみたいだけど。

 そんなわけで。

「あまりにも酷かったので今年は緩めたら、途端にコレ、と」

「ストリップは悪くないよ!」

 紗季がため息混じりに言うので、つい反論。こっちだって生半可な覚悟で脱いでるんじゃないんだから! けど、小此木先生はわりと本気で困っているみたい。別の理由で。

「どちらかというと、飲み屋さんの方が問題みたいだけど。アルコールを含む飲食店が半数くらいを占めるから」

 高校が飲み屋街みたいになったらさすがにねー。

「自己責任社会、バンザイ!」

「やめなさい」

 千夏が茶化すので、由香が嗜める。職員室側ではホントに問題になってるみたいなんだからー……と心配してみるも、小此木先生は少しだけ表情を緩める。

「ただね、ベテランの先生方の中には本物の『管理社会』を経験してきている人もいて」

 あ、そっか。終わったのってせいぜい三〇年前くらいだし。

「そういう先生方からすると、あまり強く制限する、とは言えず……この考え方の人はそんなに多くはないの」

 むむむ? てっきり自粛派の件が悪い知らせだと思ったけど。だったらもしかして、残りの人は中立派とか……?

「で、最後のひとつだけど……そもそも、文化祭自体を潰してしまえ、という……」

「はぁ!?」

 さらに過激だったー!? これには千夏からも驚きの声があがる。先生から見ても、やりすぎだと感じているらしい。

「教員からすれば負担も増えるし、授業や勉強と関係なく、受験にも役に立たない文化祭なんて、この際だから廃止してしまえ、と」

「さすがに無茶苦茶ね……」

 由香が呆れたように言う。

「そして、その代表格になっているのが……赤城さんの前では言いづらいのだけど……」

 小此木先生がためらいながら言葉を続ける。

「杉田センセですね」

 部屋に来たときからずっと暗かったかがりちゃんが小さく呟く。どうやらこれが原因のようだ。

「『休み明けたら体育館使えなくなるんだからなー』が口癖でしたから、杉田センセ」

 おそらく、夏休みの練習の際のことだろう。

「あっ、でも勘違いしないでね。廃部のことは、過激派が直接関係しているとは言い切れないから」

 小此木先生が慌ててフォローする。

「文化祭を潰したいのなら、言いがかりをつけるためにもストリップ部は存続させておいたほうが、都合がいい。もし廃部にするとしても、文化祭を潰すのとセットよね」

 紗季が冷静に推測を述べる。けれども――それを聞いていた舞先輩は、いつもの無表情が崩れ、わずかに眉が寄っている。その目に宿る鋭い光は、普段の穏やかさを感じさせない。

「いずれにせよ、ストリップを良く思っていないことには違いないだろうけれど」

 珍しく、舞先輩の言葉に苛立ちが含まれている。低く吐き出された言葉には、舞先輩の内に渦巻く怒りが隠しきれない。それは、先輩がいままでどれほどの偏見や中傷を乗り越えてきたのかを物語っているようだ。プロとして舞台に立ち、自分の表現を追求する道のりで、いくつもの壁にぶつかり、それを乗り越えてきた舞先輩。だからこそ、ストリップに向けられる理不尽な評価や不当な扱いには我慢がならないのだろう。私は先輩の背中に、かつてないほどの重みを感じた。それは、私たちを守ろうとする意志であり、自身の表現への誇りなのだろう。

 そんな先輩をなだめるように、小此木先生はちょっと肩をすくめながら説明してくれる。

「現在、容認派と過激派で分裂していて、その間を取り持っているのが自粛派、というのが文化祭を巡る教員内の意見ってところね」

 けれど、由香は首を傾げる。

「ところで、肝心の、誰がどこに所属しているかのリストがないと、我々としても誰を信じていいのかわからないんですが」

 その指摘に、小此木先生はドキリとしたらしい。彼女の細い肩がぴくりと震え、視線がおどおどと部屋の隅をさまよう。

「そっ、そんな……! 他の先生方を勝手に分類するなんて恐れ多いこと……っ!」

 声にはわずかな上ずりがあり、普段の穏やかな雰囲気が崩れているのがわかる。まあ……先生は先生になってまだ二年目だしね……。先輩も同然の人たちに向かって『あの先生は過激派です~』なんてラベリング、できないだろうなぁ。

「何となくの印象で判断するしかないでしょうね。軍隊みたいに所属が決まってるわけじゃあるまいし」

 紗季が淡々と言い切る。確かに……案外先生同士で、誰と誰は仲が良いから、みたいな理由で派閥が決まってそう。

 そんなことを考えていた私だけど、小此木先生は何だかしょんぼりしてる。

「先生にできることはあまりないし、生徒と直接談合してるところを知られると、あんまり良い印象もないから……」

 そう言われて、私は思わず背筋を伸ばしてお礼を言う。

「はい……ありがとうございました!」

 小此木先生は、少し寂しそうに微笑む。

「けど、やっぱり力にはなりたいから……。困ったことあったら相談してね」

 その言葉に、私はちょっと安心した。先生が味方でいてくれるって大きいよね……!

 けど――紗季の目はまだ鋭いまま。

「では、もうひとつ洗って欲しいことがあります」

 紗季の発言で、部屋の空気がピンと張り詰める。え、まだ何か聞くの!? 追求の視線は小此木先生にしっかりと据えられ、普段の鋭さに磨きがかかっている。まるで小此木先生の内心まで見透かそうとしているようだ。

 小此木先生は、その視線に耐えきれず、一歩後ずさりするような仕草を見せる。視線は泳いでおり、作られた笑みもぎこちない。紗季の言及は、後ろめたいことがなくてもキツいんだよぅ……

「な、何かしら……?」

 先生の怯えっぷりに、私は思わず同情しちゃう。なんか、生徒と先生が完全に逆転してる気がするんだけど……がんばれ先生! なんてちょっと応援しちゃったり。だって、紗季の表情、真剣そのものだから。こんなの、さらに緊張感が高まっちゃうよ。

 そして、そんな紗季の真意は――

「噂ではありますが……どうやら、学校内で交際している教師がいるとのことなのですが」

「えっ!?」

 小此木先生が両手を頬に当てて赤くなっている。額にはじんわりと汗が滲み、視線は落ち着かず、あっちを見たりこっちを見たり――まるで少女漫画のワンシーンのよう。そんな彼女を見ていると、不覚にも私のテンションはバク上がり!

「小此木先生、ひょっとして、何か思い当たることがあるんですかぁ?」

 私がニヤニヤしながら問いかけると、先生はバッと手を振って全力で否定する。

「い、いいえ! 何もありません! 先生はそんな、教員らしからぬ関係なんて、ありえないですから!」

 あたふたする様子があまりに正直で、こちらまで笑いそうになってしまう。でも、あまりに必死な小此木先生に由香が呆れた声で言う。

「で、それ、今回の件と関係あるの?」

「学校の近くでわいせつ事件があったから」

 まあ、紗季だからね。興味本位で変な話を振ったりはしない。

「そういうクレームが来ているのよ。教師が関与している可能性だって否定はできないでしょう?」

 けれど、そんな冷静な口調が、先生の動揺をさらに加速させる。

「そそそっ、そんなこと、先生がするわけないじゃないですか! うちの学校に限って!」

 紗季からのひと言に、小此木先生の顔はさらに真っ赤にしていく。

「先生は断言します! 少なくとも、近所の公園で…………だなんて……そんな教師、うちにはいませんっ!」

 いやいや、その動揺っぷりが説得力ゼロなんですが……

 結局、小此木先生の話はそれ以上進展せず、「もう時間も遅いし帰りなさーいっ!」と半ば強引に会議は打ち切られてしまった。

 そんな感じで学校から追い出された私たち。かがりちゃんは徒歩で、千夏と由香はバスで。舞先輩はいつの間にかいなくなっていた。

 そして、私と紗季は蒼暁院駅にいる。時間が少し遅くなったからか、いつもの帰りより心なしか人も多い。電車がホームに滑り込む音が、ふたりの静けさに割り込んでくる。ここまでの道中、私はなんとなく紗季と無言を共有していた。もしかしたら、小此木先生や過激派の教師たちのことを考えすぎて、話題を見つけられなかったのかもしれない。

 そのまま、安坂(あさか)駅へ到着。車内から外へ出ると、夜風がそっと頬を撫でた。その瞬間、さっきまでの緊張がふっと和らいでいくのがわかる。ここは私たちの地元。ホームグラウンドに帰ってきた安心感が、全身にじんわりと染み渡っていった。

 改札を通り過ぎたあたりで、私は思い出したようにぽつりと漏らす。

「小此木先生、意外だったねぇ……」

 これに、小さくため息で応える紗季。

「まったく、面倒な先生よ」

「うん?」

「あの人なら、他人の交際でも、自分の恋愛みたいに反応しそうだから」

「ん? あ、あー……」

 たしかに、小此木先生ならそういう感じだなぁ、と納得。誰と誰がつき合ってる、なんてコイバナで必要以上に盛り上がっちゃうような。そういうところ、どこか人懐っこくて憎めないんだよね。

 けれど、紗季が真剣な目で私を見つめる。

「ところで、桜は教員同士の恋愛だと思ってるみたいだけど……」

「うん?」

 そりゃそうだけど。

「もし教員同士なら、ホテルでも自宅でも行けばいいでしょ。けれど、教師が生徒をそういうところに連れ込んでいたら……」

 紗季の言葉が意味するところに気づいて、私は一瞬背筋が凍る。

「こっ、高校生はもう成人ですーっ!」

 慌てて声を上げるけど、紗季はまったく表情を変えない。

「教師っていうのは、生徒を評する立場にあるのよ。その関係を利用されたら、どうするの?」

 うぅ……そう言われてしまうと――男性教員が、成績を約束に女子生徒を誘っている――そんな光景が頭をよぎってしまった。

 そして、紗季は――ここから核心に触れる。

「あのとき、部室では言わなかったけれど……その教師って、杉田先生のことだったのよ」

「ええっ!?」

 どゆこと!?

「小此木先生があからさまにうろたえ始めたから、そこから先まで突っ込めなくて」

 紗季の口調は淡々としているけれど、その瞳には厳しさが宿っている。

 私が嫌な予感を抑えながら続きを待っていると、紗季はほんの一瞬視線を伏せた後、言葉をつなげた。

「もし、杉田先生の交際相手が小此木先生だとしたら……」

 そんなはずない! と思った瞬間、私の頭がフル回転。けど、それが意味するところを想像してしまい――ええ……っ!?

「まさか、深夜の公園の件は……!?」

 杉田先生と――

「小此木先生なら合宿に同伴してたでしょ」

「あ、そうだった」

 紗季の呆れ顔がこちらを向く。おかげで、頭の中でポンと記憶がつながった。つまり、先生もアリバイあり!

 だったら、紗季は何を疑っているのかと思えば――

「けど、杉田先生が絡んでいる可能性は捨てきれなくて。女子高内で恋愛関係なんて教師とくらいしかないから」

 まー……他の学校の男子とー、って話ならちらほら聞いたことがあるけど、学校の中ともなればねぇ。

「ということは……?」

 それって、つまり……杉田先生が小此木先生とお付き合いしながら、生徒にも手を出してるってこと? そんなの……絶対許せない! 立場を利用して生徒に迫るってだけでも酷いのに、本来つき合っている相手がいるとなったらなおさらだ。それを知った小此木先生のことを思うと、私までつらくなってくるよ……

 拳をぎゅっと握りしめる私を宥めるように、紗季は落ち着いて言い聞かせる。

「あくまで、仮定の話だからね?」

 それはそうなんだけど……。てか、そんな様子を簡単に思い描けてしまったあたり、我ながら……ご、ごめんなさい、杉田先生……

「ただ、そうなったとき、小此木先生は杉田先生を一貫してかばうだろうし……」

 うぅ……確かに……あの人なら、最後まで彼氏のことを信じようとするだろうなぁ。

「というか、小此木先生が無関係だったとしても、杉田先生と別の誰かの交際をはしゃいで擁護しそうだし」

「はしゃいで、って……」

 紗季の指摘に思わず想像してしまう。恋愛相談に乗った小此木先生が全力で応援している光景――うん、なんかありそうだなぁ。

 ここまで説明してもらって、紗季が何に悩んでいるのかようやくわかった。やっぱり、小此木先生みたいな天然が一番苦手なタイプなのかも。どう動くか予測できないから。

「ともかくこの件については、小此木先生も全面的には信用しないで。それを言いたかったの」

 紗季はそう言うけれど……やっぱり、私は小此木先生を信じていたい。先生は、私たちの味方だって。けど……お人好しだけに、誰もの味方……ともいえるし……

 そんな私の決意をヨソに、紗季の嫌疑の目は続いていく。

「あと、もし教師と生徒の間で密会があるとしたら、当然夜遅くよね」

「そりゃ、夕方まで学校あるし」

 私がそう返すと、紗季は小さく頷く。

「だから、深夜帯に不自然にうろついている生徒の噂を聞いたら、私に教えて」

 えっ……。その言葉に胸がズキリと痛む。夜遅くまで残って作業をしていた生徒といえば――

「知っているのね?」

「うっ、ううんっ!」

 私は大慌てで首を振っていた。これに、紗季はため息をついて言葉を続ける。

「……まあ、いいわ。貴女も状況はわかってるだろうし」

 ご、ごめん……。もし、私ひとりじゃどうにもならなくなったら、そのときはちゃんと相談するから……

「ともかく、この件については、アリバイのある貴女たちを除いてすべてを疑ってかかること」

 その声には冷たさがありながらも、どこか自虐的な響きが混じっていた。そして、紗季は静かに笑ってみせる。

「私も含めて、ね」

 その言葉が空気に沈み込むように響いた。その裏に宿る冷たさに、私は何も言えなくなる。私が紗季を疑うことなんて絶対にない! だけど――その言葉は、むしろ疑えと言っているようにも聞こえる。一番疑いたくない相手を疑わせることで、その他すべての人を疑え、と――そんな悲痛な思いが伝わってきて、私の胸は締め付けられるようだ。本当に、誰も疑いたくなんてないのに――


 そんな翌日――帰り道での紗季の言葉がどうしても気になってしまう私。深夜帯にうろつく生徒――そんなことないよね? 私は静音ちゃんを信じたい。

 ということで、お昼休みになると私は静音ちゃんに声をかけた。一緒にお弁当でもどう? って。せっかく仲良くなれたんだし、昨日、一緒に帰れなかった埋め合わせもあるし。

 けど。

「あ、私、いつもかのちゃんと一緒に食べてるから……」

 静音ちゃんがそう言うので、今日は奏音ちゃんのいるC組にお邪魔して、一緒にご飯を食べることにした。C組って千夏と同じクラスなんだよね。ということは――

「あー……千夏の言ってた生徒会の二年生って、奏音ちゃんだったんだ……」

 いまさら納得したところでクラスに向かう。C組の教室を覗いてみると、そこにいたのは静音ちゃん……じゃない! 生徒会室で見た顔をした高岸さん、つまり副会長の奏音ちゃんである。ちなみに、千夏はストリップ部のほうで食べているはずなので姿は見えない。いつかはみんなで仲良くご飯を食べられるといいな。

 私の顔を見ると、奏音ちゃんはちょっと驚いて……どこか気不味そう。自分でいうのもなんだけど、こっちのこと廃部にしてるんだから、やっぱり少しは気にしてほしい。ずっとニコニコを崩さない会長さんのほうがおかしいんだよ!

「……生徒会の私とお昼なんて、食が進まないんじゃない?」

 低めのトーンでそう言う奏音ちゃん。うーん、ちょっと怖い。

「そうでもないよ!」

 なんて明るく返したけど、私、お腹が空いてるだけだったり。

「だとしたら、よほど肝が座ってるのね」

「えへへ……たまに言われるかも」

 ストリップの世界に足を踏み入れるくらいだから、肝っ玉はあるほうなんだろうなぁ、と自分でも思う。

 傍の空き机をお借りして……静音ちゃんだけでなく、奇しくも奏音ちゃんとも一緒にご飯を食べることになった。静音ちゃんとはこれから一緒に作業していく仲だし、友だちとしてもっとよく知っておきたいし。それに、ふたりが姉妹の前でどんな様子なのか、ってのも気になるしね。

 なにより、どんなお弁当なのかも気になる! 静音ちゃんと奏音ちゃん、全然タイプが違うから、食の好みも全然違うんじゃ、なんて勝手に思ってしまう。けれど、蓋を開ければ……

「わぁ、静音ちゃんたちのお弁当、可愛いねぇ!」

 私は机に広げられたお弁当に目を輝かせる。これ、完全に静音ちゃん寄りだ! 卵焼きはハート型だし、ウィンナーはうさぎの形をしてる。ほんのりピンク色のご飯には桜えびが混ぜ込んであって、見た目からして美味しそう。野菜も鮮やかで、見ているだけで心が明るくなってくる!

「“シズ”がね。……もっと手抜きでいいって言ってるんだけど」

 奏音ちゃんが少し照れたように静音ちゃんを見やる。そこに普段の生徒会副会長としての厳しさはない。これが、妹としての奏音ちゃんの顔なんだなぁ。

「疲れてるときは手を抜いてるよ。今朝は早く起きられたから」

 言って、静音がふっと私を見て微笑んだ。その表情は優しいけれど、どこか寂しそうで、口元の柔らかい曲線が少しだけぎこちない。

「桜ちゃんのお陰で」

 その声は本当に感謝しているようだったけれど、同時に胸の奥にしまい込まれた複雑な思いを隠そうとしているようにも聞こえる。何か言い足りないような、あるいは“言えないナニカ”があるような――そんな複雑な間があった。

 静音ちゃん、喜んでくれてるんだよね……? 早く帰れるようになったことを。

「ああ、そういえばシズ、最近帰るの遅かったものね。健全になって何よりだわ」

 奏音ちゃんの言葉に、私は内心ホッとする。もし静音ちゃんが杉田先生と深夜に密会するような間柄だったら、作業がなくても帰りが遅くなるはずだもん。

 けれど、その『健全』って言い回しにはシュンとしてしまう。ストリップ部が『不健全』だ、という当てこすりだってことくらい、私にもわかるから。

「奏音ちゃんは……ストリップ、嫌い?」

 私は、勇気を出して聞いてみた。すると。

「どっちでも」

 あれ? 意外な答え。もっと否定的なのかと思ってたのに。

「ただ、私の意見は会長と同じ。生徒会として、近隣住民と揉め事を起こしたくないだけ」

 うーん、それって職員室の派閥争いでいうと、自粛派って感じかな。穏便に過ごしたいっていう気持ちはわかるけど……

 ――みたいな討論や探り合いを続けるつもりは私にはない。だって、楽しいランチタイムだからネ! その後の会話は学校や先生、授業のことが中心だった。奏音ちゃん、家でも基本的に勉強してるんだって。すごいなぁ。

「息抜きとかどうしてるの?」

 興味が湧いて聞いてみると。

「必要ないわ」

 即答。勉強のストレスを勉強で解消するタイプ?

「もしかして、勉強大好き?」

「いえ、息抜きするほど努力してないだけよ」

 このとき、静音ちゃんが何か言いたそうだったけど……結局何も言わなかった。静音ちゃんって、奏音ちゃんの前ではちょっと口数が少なくなるのかも。

 そろそろ昼休みが終わる時間になって、私たちは席を立った。すると、扉のところで静音ちゃんがちょっとはにかむ。

「あ、私、お手洗い寄っていくから、先戻ってて」

 そう言うので、私はひとりで教室のほうへ。けど――廊下を歩き出してから、ほんの数歩のところで――まるで背中に突き刺さるような視線を感じて――

 ――ギュッ。

 誰かが私の手首を掴む。驚いて振り向くと、そこには奏音ちゃんがいた。いつもの冷静な顔とは違い、眉間に深い皺を寄せて、目は鋭く光っている。その表情は、明らかに怒りと苛立ちに満ちていた。

「えっ……?」

 痛みと恐怖に声を漏らす私に、奏音ちゃんはそのまま低い声で告げる。


「これ以上、シズを苦しめないで……ッ!」


 奏音ちゃんのその言葉と、痛いほど強く握られた手。放された瞬間、私は呆然として立ち尽くしていた。

 だって、あんなに『ありがとう』って喜んでくれていたのに――私は一体、何をしちゃったんだろう……?


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