新世紀の文化祭、開幕!
九月といえば、文化祭である。しかし、我ら蒼暁院女子高等学校にとって、文化祭とは授業の延長戦にすぎない地味なもの……というのは去年までの話! っつーか、それが原因で、夏休み明けの憂鬱に負けて学校に来なくなったコが出たり……さらには、あまりにつまらない文化祭の所為で、去年の入学希望者が激減したとかナンとか。それで、今年の一年生だけクラスがひとつ減ってしまったとの噂もある。
ということで……今年は一転して大開放! 法に触れなければ何をしてもいいよ! ってことになったのだ。千夏じゃないけど、『自己責任社会』、バンザイ! って言いたくなるね。
これにはもう、学校中が大盛りあがり! 一学期のうちから、何をやろうかと一部の生徒の間では勝手に話が進んでいたようだけど、申請を受けつけるのは二学期から。これ、去年の教訓を活かして『夏休み明けても楽しいことが待ってるから学校来いよ!』ってことなんだろうね。まあ、そういう催しが好きじゃないコもいそうだけど、そこはそれということで。
基本はクラスごとの出し物だけど、それとは別に、各部活も希望するなら何か出してもいいことになっている。なので、由香が所属している弓道部は、弓道場で演習のようなものを発表するらしい。そこで無様な射は見せられない、と由香は日々練習に励んでいる。
一方、かがりちゃんのバスケ部は特に何もしない、とのこと。元々緩い集まりなんで、むしろおもてなしして欲しい~って感じなんだとか。
さてさて、我ら蒼暁院女子高等学校は名前の通り、女子生徒一〇〇%の女子高である。しかし、文化祭ともなると、そこに一般男子を呼び込むことになるわけで……
「んふふ、んふふ♪ ナンパとかされちゃったらど~しよ~♪」
自分たちのクラスのことも、私たちの部活の出し物もそっちのけで、千夏はまた悪いウェブ誌を読んでるんだろうなぁ。日々コロコロと変わる髪型は、今日はハーフアップにまとめており、夏ミカンの飾りがついたヘアピンがきらりと光っている。ちなみに、ヘアアレンジ大好きな千夏が唯一ポニテだけはしないのは、私とかぶるのに配慮してくれているかららしい。なんかごめーん!
ボリュームのある千夏の胸元は制服のブラウスに収まりきらず、堂々とした姿勢でスマホを構えている。わざわざ画面を覗き込むまでもなく、どんな記事を読んでいるのかは何となくわかってしまうからこそ、由香の視線はすでに冷ややか。前髪パッツンのショートカットが、そんな目つきを際立たせている。
「ナニ? いよいよ水商売でも始める気? それともAVデビュー?」
これにノッてくるのは後輩のかがりちゃん。三つ編みにまとめた襟首近くの髪が揺れ、少しだけお茶目な印象を受ける。兼部しているバスケ部では、えーと……何だっけ? 司令塔みたいなポジションをしているからか、軽口を叩く姿にもどこか堂々とした自信が垣間見える。
「おっ、マジですか先輩! そーいや、バスケ部のほうでもそういう仕事始めた先輩おりまっせー」
厭らしい話をしているんだけど、関西弁だとどこか軽く聞こえるのはいいんだか悪いんだか。まあ、二十一世紀の頃ならともかく、いまの時代ともなれば高校生で水商売なんてよくある話だけれど。だからこそ、由香にも止める気はないらしい。
「正樹がね、中学卒業したら即行風俗で童貞捨ててくる、とか意気込んでるから、千夏、相手してくれる?」
「なんか、弟クンのほうが嫌がりそう」
ちょ……っ、紗季、それは扱いが酷すぎる……! と思いきや、さすがの千夏もコレに乗り気ではないらしい。
「むーん……アタシ的にも顔見知り相手はちょいキツイかもー」
そういう問題なんだー……。千夏、やっぱり強いなぁ……
「というより、そもそも姉がストリップやってるってどーなのよ」
紗季の標的が千夏から由香に移った!? というか、さっきから風当たり強い! 黒縁の眼鏡が知的な雰囲気を漂わせ、耳の下で二つに束ねた髪はきちんと整えられている。どこか冷静さを感じさせる紗季の佇まいは、冗談を言っていても冗談に聞こえないところがある。けど、由香も友人としてそんなところも理解しているから、このくらいで動じることはない。
「別に何も。そもそも『競技ストリップ』は男子禁制だから、弟には何も関係ないし」
「そうそう、競技ストリップは芸術であり、スポーツなんだって!」
と、私は由香に便乗してみるも。
「だったら、そろそろ練習したほうがいいんじゃない?」
ザックリと痛いところを突いてくるなぁ。私たちだって、そうしたいのは山々で、すでに体操服には着替え済み。けれど…………私はチラリと部屋の中央を見る。すると、そこには――フローリングに横たわる黒髪美女の姿が。放課後、私たちが部室にやってきたとき、部屋はすでにこの状態だったから、いつからこうだったのか、正確なところはわからない。あと、最初は安らかに目を閉じていたような気がするのだけど、いまはパッチリ開けている。こうなると、睡眠でも瞑想でもなく、ただぼーっとしているだけのような。一応、私たちと同じく体操服なので、練習する気はあるのだろうけれど。そんな、相変わらず何がしたいのかよくわからないのが如月舞先輩。黒髪ロングのストレートを床の上に扇のように広げ、その美しさはまるで絵画のよう。もうね、存在そのものが芸術作品。ミステリアスなオーラがすごい。そんな先輩が、部室に寝転んでる光景は、なんともシュールというか……ある意味、神々しい。
ちなみに、部室はというと、ちょっぴりレトロ。木の床はところどころギシギシ鳴るし、ホワイトボードには消しても消しきれない跡がある。でも、大きな窓から差し込む秋の日差しがいい感じに映えて、なんだかロマンチック。部活の荷物や小道具が無造作に置かれているのも、なんだか“青春の香り”ってやつ?
そんな雰囲気をふわっと感じながら、舞先輩の様子をぼんやりと見ていると――ふいに、ゆっくりと上体を起こして、無言のまま立ち上がる。“むくり”って音が聞こえるような感じで。そして、私たちの視線を一身に受けながら――無表情のままホワイトボードに背を向ける。その反対側の壁に、一面ミラーシートが貼ってあるから。
ただそれだけのことなのに――舞先輩のすべては不思議と絵になる。この立ち姿からしてめちゃくちゃカッコイイ! 『練習を始めるわ』――なんて言いたげな佇まい。まさに、『背中で語る』って感じだ。
けど、私は言葉で語る。
「練習ならみんなで合わせましょうよ~!」
一生懸命声をかけてみるけど、先輩は肩越しにちょっとこちらを見やるだけ。
「私は、ひとりでいいけれど」
そう言って、ちょっとだけ微笑む。
「そんなこと言わずに~。メンバー揃ってみんなで出演られるなんて最初で最後なんですから~!」
私たちは二年生。先輩は三年生。だから、文化祭のステージで一緒に立てるのは今年だけ。でも、舞先輩はそういうのはあまり気にしない。どこに立つか、誰と立つか――周囲を気にしないのは、それだけ自信があるということ。いざ本番となればダントツで目立つのはいつだって自分――そんな私と共演する覚悟があるのなら成長しなさい――先輩の背中は、そう言っているように見えた。
舞先輩も起きてくれたし……そろそろ練習開始かな。私が先陣切って立ち上がると、他のみんなも自然に続く。やっぱり、みんな踊りたかったよね!
部室には今日も少しだけ陽が差し込んで、レトロな木の床に金色の光が反射している。けど、ここから先は部外秘! ということで……シャッとカーテンを閉め切らせてもらった。
舞先輩はフロアの中央に立ち、まるで舞台女優のようなオーラを放ってる。隣に立っただけで、なんかもう、自分のひよっこ加減を思い知らされるんだけど……まごついてるなんてもったいないっ!
私たち後輩がそれぞれ定位置に着くと、紗季がスマホでPAを操作する。静かな部室に……ダララララッと景気の良いイントロが流れ始めた。おおおお……っ、何度聴いてもやっぱりテンション上がる! 『今だけのドレス・フリー』――舞先輩のコネで文化祭のために作ってもらった、私たちだけの専用曲だもんね。
最初のパートは、全員で一丸となった振り付け。リズムに合わせて軽やかに足を動かし、手を広げる。それでも、各メンバーのアピールポイントは用意してあったり。
「ちょっと自慢な胸の谷間♪」
おっと、きたきた! 千夏がニッと笑いながら、シャツの襟をちょいちょいっと下げて、自慢な谷間を強調。その仕草は堂々としていて、見てるこっちがちょっと照れるくらい。
「ポンと弾けるピップライン♪」
由香がくるっと背を向け、スカートをひらり。ちょっとだけお尻を強調して、腰を左右に振る。由香っていつも冷静なのに、やると決めたら大胆なんだよね。ああ、もうみんなすごすぎる……!
「この先の未来なんてわからないけど~♪」
「いましかないこの瞬間を輝かせるために~♪」
千夏と由香をクローズアップしながらも、私たちは曲に合わせてステージの上を縦横無尽! 息遣いも、視線も、すべてが一体になって、なんだか『私たち、やれてる!』って気分になる。
だけど、一番が終わったところで――間奏が始まれば個人の勝負! だって、みんなそれぞれ合わせられない個性があるからね。千夏は正面向きで、由香は後ろを向いて。そして、私のアピールポイントは……背中っ! やっぱり、舞先輩の後ろ姿に憧れていたところがあるから……。いまはまだ全然だけど、いつかは少しでも追いつきたい。自分なりの魅せ方を……! そんな思いを込めて、私はシャツを捲りあげながら、背筋や、肩甲骨を見せていく。
けれど、二番が始まれば再び一体感。それでも、魅せるところは魅せるわけで。
「ウチが歩けば世界が揺れる♪」
かがりちゃんのパートは関西弁で歌詞を書いてもらったんだよね。すらりと伸びた長い足をガッシリと広げて構えていると……何だかパンツも水着かユニフォームに見えてくる。
「抑えられない美しさが~♪」
舞先輩のパートは……うぅ……やっぱりヤバイ……! 完全に他のメンバーの余韻を持っていってる……! そもそも発声からして違うし、ダンスも優雅で蠱惑的。以前、先輩のチャームポイントを尋ねたことがある。そしたら、『全部』というあまりにも力強い返答が。けれど、この踊りを見せられたら認めざるを得ない。今日は練習ってことでみんないつもの下着なのに、ひとりだけ舞台衣装みたいに輝いてるもん。舞先輩……やっぱり異次元すぎる……!
こんな感じで、二回目のサビの頃には下着になっているのがセオリーといえばセオリーなんだけど……今回は公式大会ではなく文化祭だから、ちょっとだけはっちゃけちゃってる。胸で魅せたい千夏は、この時点でトップレスに。わおー……なんか、残されたスカートがハワイアンみたいというか、上半身にあるべきものがない感がすごい。これを違和感と受け取るか、独創的と受け取るかは観る人次第なんだろうなー。
そういう意味では、由香はブラを着けてる分、よりハワイアン。けど……実は代わりに、パンツを先に脱いでるんだよね。だから、ふわっふわっと腰を振るたびに、スカートの中がすごく危うい。ストリップだから最終的には全部脱ぐんだけど……チラリズムの強化版というか、こういうところ、由香が思うフェティシズムってやつみたい。
こんな感じで二番のサビが終われば、あとは大サビに向けて一直線! 千夏も由香も、かがりちゃんも舞先輩も、当然、私も――これぞ、ストリップ・アイドルの大一番! 私たちの“覚悟”が試される瞬間だ。
『総合』――競技ストリップの全国大会における花形種目――スポットライトを浴びながら、歌って踊って、そして脱ぐ――そのスタイルはまさに“アイドル”のライブ――大会では各チームから代表のひとりを選抜して競い合うこのポジションを、今回は五人一斉に並べちゃうんだから、これはもう、迫力満点!
「一瞬を……一瞬を輝かせるために――♪」
曲の終わりに合わせてポーズを決める。みんな裸で。こんなの、絶対他じゃ見れない。まさに、絵画の中だけの世界を、私たちは体現しているんだ……!
せっかくの文化祭だし、体育館のステージでドーンとできたら良かったんだけどねー……。ほら、いくら撮影禁止ー、といっても、あの広さときたら、さすがにチェックしきれないというか。それと、競技ストリップは男子禁制で行われるんだけど……初日はともかく、二日目以降は校外の人たちも招き入れるとなると、女性客だけ集めるのもなかなか難しい。
ということで、校内の生徒だけで楽しむ一日目限定で、ステージもこの部室となった。というか、ここまでの条件で、ようやく紗季が納得してくれた。けど、よくよく考えたら、部員でもない紗季がどうしてここまで発言権を持ってるんだろう? ってのは私たち自身よくわかってない。だけど……まあ、何というか、言ってることに異論はないし、今日もこうして私たちの活動をバックアップしてくれている。ただ、全裸の集団に混じってひとりだけ着衣のこの状況、紗季の存在って、外からは一体どういう立場に見えてるんだろうなー……と時々思う。マネージャーかな?
それにしても、まー……テンション高く賑やかな間はいいけど、音楽が終わって一息ついてると……やっぱりちょっと恥ずかしい……。脱いで床に散らばっている体操服とか下着とかを掻き集めて着直す私たち。というか、そうしないと次の合わせもできないし。
「あー、ごめーん、ちょっと前で脱ぎすぎたわー」
と、拾いながら謝る千夏。さすがに着てるもの一式五人分ともなると、どの位置で脱ぐかも重要になってくる。前すぎると床に落ちた衣装が危ないし、かといって、後ろすぎると目立たないし。舞先輩たちストリップ・アイドルのライブがひとりずつ出演する理由がよくわかるよー!
紗季が撮ってくれた動画で確認しながら、私たちは個々の振り付けだけでなく、ポジション取りなんかも話し合う。アレコレ反省したり、アドバイスを送り合ったり。
「ウチ、最後んとこ、もたついてますなー……」
「ちょっと振り付け凝りすぎたかもね。簡略化してみる?」
そう、いまがそれぞれ成長するための時間。
思えば、私はこれまで何をやっても長続きしなかった。きっと、この先も何にもならないだろう、と諦観して。
けれど、ストリップは――決して完成しない。ううん、自分の身体はずっと変化し続ける。来年には来年の、その先にはその先の自分があり、そのシルエットをどうすれば最大限に活かすことができるか――だから、面白い。
それに、そんなみんなと、こうして一緒に練習していけることも幸せだ。由香やかがりちゃんは兼部しているから毎回全員揃って合わせられるとは限らないし、千夏はクラスの出し物のほうもやらなきゃみたいだし。……そういう意味だと、私と由香も、クラスの出し物もあるんだけど。確か、『ピーピング・トムの伝説』ってタイトルで、歴史上の話をアレンジした演劇を発表するはず。私は部活のほうに注力したかったから、由香と一緒にあまり負担にならないような作業を担当することになったけど……それを差し引いても、ほとんど協力できてないよね……ごめん、クラスのみんな! 舞先輩と一緒に舞台に上がれる最初で最後の機会だから……!
そんなことを心の中で呟きながら――もう一回くらい合わせられるかな? なんて部屋の時計を見上げる。するとそこに――コンコン――部屋の扉がノックされた。こんなときは、まずはみんなの服装を確認。……うん、全員着衣オッケー! ということで――
「はーい!」
扉を開くと、そこに立っていたのは、顧問の小此木先生だった。
先生はまだ二〇代中盤の小柄な女性。ふわりとしたセミロングの茶髪が肩口で揺れ、優しげな目元が印象的だ。少しだけタレ目気味で、困ったように眉が下がることが多い。その所為で、どこかおっとりとして頼りなさそうに見える。いつも着ている白のブラウスに紺色のカーディガンは、なんだか保健室の先生っぽい雰囲気。でも、スカートの丈は意外と短めで、絶妙な大人の色気を漂わせている。
――だけど! 私は一度だけ、先生のストリップを見せてもらったことがある。あのときの先生は、普段とはまったく別人だった。柔らかい雰囲気はそのままに、しなやかな動きと色っぽさが相まって、まるで魔法にかかったみたい。あれはもう、伝説級の衝撃だったなぁ……
とはいえ、いま目の前にいる先生は、いつもの“おっとり小此木先生”で、何故か少しだけ緊張しているみたい。
「あ、先生! どうしたんですか?」
小此木先生は、控えめな笑顔を浮かべながら、どこか探るような口調でおずおずと。
「え、えーと……強化合宿、今日……だったわよね……?」
それを聞いて――みんな一斉に思い出したかのように笑顔が弾ける。そう、舞先輩のコネで、とあるスタジオを借りられることになったのだ! しかも、明日は土曜日だから夜通しで練習できちゃう。
「本物のレッスンルーム……! 床も、音響も、全部プロ仕様ってことでしょ!? うわぁ~~~!」
私たちはもう、ワクテカが止まらない! でも、小此木先生はちょっと落ち着かない様子。初めての合宿引率、責任者としてのプレッシャーがあるみたい。
「え、えーと……本日の流れというか、最終確認? みたいなものを……」
そんな先生を見て、私たちは思わずクスッと笑ってしまった。そういうところは、なるようになれ、だよ。だって、私たちにやらなきゃいけないことはいっぱいある。そういうのを一つひとつやっていったら、あっという間に朝になっちゃいそう。
けれど――ここで紗季が、すっと立ち上がる。
「そういうことなら、部員ではない私は退席しておくわ」
「ええっ!? 紗季も一緒に行こうよ!」
そのほうが練習も色々捗るだろうし。
「私は部外者だから」
こういうところはいつだって冷静で、どこか一歩引いた立場にいる。でも、私たちを見守ってくれていることは、ちゃんとわかってるよ。
それはもちろん、小此木先生も。
「椎名さんも入部すればいいのに」
ポツリとした呟きに、紗季は呆れ顔。
「生徒にストリップを勧める教員というのも、どうかと思いますよ」
「……あ、そうね。ごめんなさい……」
先生、しょんぼりしてる……。そういうところ、カワイイなぁ……!
紗季が出ていってしまったので……何となく、部室での練習はここまでかな、という雰囲気になった。なので、私たちはそのまま出発準備を。
「先輩、これから合宿やさかい、体操服のままでええんとちゃいます?」
「あ、そっか」
「遊びに行くんじゃないんだからね」
制服に着替えようとしていた千夏は、かがりちゃんに指摘されて、由香から窘められてる。かくいう私も……おおっと、危うくジャージをしまっちゃうところだったよー!
千夏のおかげで何となく場の雰囲気が明るくなったところで、舞先輩からサプライズ!
「今日は、スペシャルゲストが来る」
「え? もしかして……」
桑空先生!? 桑空操先生といえば、ストリップ部設立の立役者である。小此木先生を顧問に据えてくれたのも桑空先生だし。当時は教育実習生だったので、夏休み前には会えなくなっちゃったんだよね。また会いたいなー、と思ってたところだよ!
「ガッカリされそうだから先に言っておくと、ミサちゃん先生じゃない」
「あーーー……」
一気にガッカリしてしまった。けど、舞先輩がスペシャルって言うんだからきっとスペシャルに違いない。そう期待しておこう、ウン。
さて。
新宿――と聞くと新歌舞伎町のキラキラしたネオンやガヤガヤしたオトナの夜の街! ってイメージがあるけれど、私たちが向かったのはそんな場所じゃなくて……そこから少し離れた場所にある『カラサワ・アイドル・ダンス・スクール』、通称『KIDS』。略しちゃうと子供向けのダンススクールっぽいけど、しっかりした本格派のスタジオだ。舞先輩の話では、ここの責任者・唐沢さんはストリップに理解のある人で、多くのストリッパーたちがここで腕を磨いているとのこと。ちなみに――舞先輩は自宅に帰らず、いろんな場所を転々としてる、という話を前に聞いたことがある。同僚の部屋や、スタジオに……ってことらしいので、もしかしたら、ここもその寝泊まりスポットのひとつなのかもしれない。
これまで新宿といえば、桑空先生にタクシーで連れてきてもらうことが多かったけれど、今日は普通に電車移動。駅から一〇分少々歩いて、私たちは『KIDS』の建物の前に立った。細い路地にひっそりと佇むそのビルは、華やかな新宿のメインストリートとは違い、どこか落ち着いた空気をまとっている。
建物の外壁は少し年季の入ったグレー色。派手さはないけれど、どことなく温かみを感じさせる印象だ。縦長の窓が規則的に並んでいて、そのうち三階部分には『カラサワ・アイドル・ダンス・スクール』と白いウィンドウステッカーが貼られている。
ビルの横には鉄製の非常階段がジグザグに伸びていて、無機質ながらどこか懐かしいような、頼もしさを感じさせる。壁には看板こそ少ないものの、窓越しにダンスの練習風景らしき影がちらりと見える。夜の到来を告げるぬるい風が頬を撫でる中、ぽつぽつと明かりを灯し始めているこのビルだけが、私たちを迎えてくれているようだ。
今日は普通に開いている正面玄関から堂々と入場。エレベーターで三階へ上がると、すぐにスタジオの扉が目に入る。中からはリズム感たっぷりの音楽と、何人かのかけ声や足音が聞こえてきて、いままさに練習中って感じだ。
「お邪魔しまーす!」
重い防音扉を引いて中に入ると、そこには広々としたスタジオが! 大きな鏡が壁一面に貼られていて、天井からは明るい照明が降り注いでいる。音響もすごいし、何より……ダンサーたちの動きがめちゃくちゃ綺麗!
「あの真ん中にいる人が唐沢さんかな……?」
真っ直ぐ背筋を伸ばし、軽やかにステップを踏むその人は、まさに『プロ』と呼ぶにふさわしい。ダンスの動き一つひとつがピタッと決まっていて目を奪われる。
「あの人の動き、ヤバすぎる……!」
私たちが普段部室でやっている練習は、ぶっちゃけ自己流だ。私も中学時代に一年間だけダンス部にいたことがあるけど……あとは体育の授業で踊った程度。それでも、一応『なんとか踊れているかな?』ってレベル。
だからこそ――
「おおおお……ストレッチの仕方からして、なんか違う!」
「わっ! 身体の動かし方がめちゃくちゃキレイ!」
私たちはスタジオの端っこで、見よう見まねでアップを始める。教わっているわけじゃないのに、ただ周りの人たちを見ているだけで『上手くなりたい!』って触発されちゃうというか。
しかも、ここは『アイドル』と名前がつくだけあって、ボイスレッスンも行われている。
「あー……なんか懐かしいなぁ。私、合唱部も一年だけ入ってたんだよねー」
そう――踊りながら歌うって、めちゃくちゃ難しい! 息が上がるし、音程も安定しない。私たちが文化祭でやろうとしている『総合』は、その両方をやらなきゃいけないから……
「これは……うん、すごく勉強になる!」
なんて感心しながら、私たちは練習風景見学。講師陣も充実しており、レッスンごとに生徒と一緒に入れ代わり立ち代わり。その度に、『スペシャルゲストさんかな……?』と舞先輩の方をチラリと窺うも、当の先輩はひとり淡々と練習中。背中がガッツリ見えるところまでガバっとイクもんだから、私たちはちょっとアセアセしたり。もちろん、脱がないよ!? いくら舞先輩だからって、一般の人がいる前で脱いだりはしないけど、脱いでもおかしくない、って感じさせるのは……それだけ本気で打ち込んでるってことなのかもね。
そんな舞先輩に続いて、私たちも練習したり、休んだり。合間に近所のスーパーで夕飯(と、少しのおやつ)を調達したりして……合宿に来てるんだなぁ、って実感。
そして、時刻は二十二時すぎ。さすがにここから先にレッスンは入っていないようだ。生徒たちも、講師たちも、唐沢さんさえも帰宅していった。つまり――
ガチャン――一階の正面玄関はロックされているから、誰かが非常階段のほうから入ってきたのだろう。大きな鉄扉の音が練習フロアに響くと、否応なしに私たちの間に緊張が走る。そう、ここからが私たちの本当のレッスンの始まり――それを告げる『スペシャルゲスト』がやって来るんだ……!
エレベーターホールはカーペット敷きだから、ここまで足音は届かない。それでも誰かが近づいてきていることはわかる。
そしてついに、部屋の扉が開かれて――
「ど、どーもー……」
扉の向こうから、ひょっこりと顔を出したその人は、なんとも頼りなさそうに小さく手を振っている。おっとりとした瞳に、ゆるっと外ハネしたミディアムヘア。薄手のブラウスに、膝上丈のフレアスカート。そして足元はシンプルなバレエシューズ。軽やかに揺れるスカートが、彼女のふんわりとした雰囲気とぴったりマッチしている。ふわりとした雰囲気で、まるで風に舞うタンポポの綿毛みたい。
でも……誰!?
私は脳内の記憶フォルダを超高速で検索開始! 以前、ステージを観たはずの踊り娘さんに気づかなかった痛恨のミスがあったばかりなので、ここは絶対に失敗できない……! でも……でも……!
「はじめましてー。MI-YA-COという名前で活動している、さすらいのピアノ弾きですー……」
あー……はじめましてかー……。よかったー……。けど……さすらい!? いや、ギターとかならわかるんだけど。肩に担げるから。けど、ピアノを弾きながらさすらい……さすらっちゃう……!?
「えっ!? MI-YA-COさんゆーたら、あの伝説の……!」
私の困惑を吹き飛ばすように、かがりちゃんが驚きの声をあげる。
「知ってるの? かがりちゃん」
すぐさま私が解説を求めると――
「さ、『サザン・トライアングル』の件は、忘れてくださいー……!」
MI-YA-COさんは大慌て。たぶん、かがりちゃんが口にした『伝説』にまつわることだと思うんだけど……本人がそう言うのなら、触れちゃいけないんだろうな。
「基本、ネットで弾いてみた動画を公開してる弾き手さんですわー。コラボやイベント出演をすべてお断りしとることで有名なんですけど、唯一出演したというのが『サザン』でして……」
「そこで伝説を残した」
「ですから、その件は忘れてー!」
かがりちゃんの説明に、事情を知っていると思われる舞先輩がかぶせる。こういう悪ふざけ、好きなタイプだからなぁ……。けど、それ以上は言わせない、とMI-YA-COさんはほっぺをぷくっと膨らませる。あ、なんかカワイイ。
「紹介するなら、文化祭の作曲者、って言ってくださいよー」
「えっ!? そうだったんですか!?」
コクンと頷く舞先輩。ホント、そういうことは最初に言ってください!
「ってことはアタシたち、作曲者自身の生演奏で踊れるの!?」
千夏が目を輝かせる。確かに、それってものすごいことじゃない!? けど、そういうレベルの話ではなく。
「それより、『即興』の練習やないです?」
かがりちゃんが鋭い指摘。舞先輩はふっと微笑んで、無言で頷いた。
『即興』――競技ストリップ四種目のひとつ。『総合』がアイドルライブのように、歌とダンスで魅せるなら、『即興』はまさに一瞬一瞬のきらめき。その場で流される曲に合わせて踊る。だからこそ――ピアニストがいるのは超重要!
「舞さんからは、適当に弾いてくれ、と言われているので適当に合わせてくださいねー。まあ、すべては練習、ということで」
MI-YA-COさんは適当な感じで言うけれど……それってつまり、どんな曲でも踊らなきゃいけないってことだよね!? きゃー! 緊張するー!
ということで……即興の練習スタート! 隅においてあった電子ピアノの前に、MI-YA-COさんは裸足になってどっしりと構える。
この競技、本番では一対一で向き合って踊り合う方式なんだけど、初めてなので、とりあえず全員揃って。静かな旋律に合わせて、私たちは思い思いの振り付けで踊っていくけれど……お、お、なんか溜めて……ここからペースアップしそうな予感……!
ジャンジャンジャンっ! 一応構えてはいたけれど、テンポだけでなく明るい曲調も意識しなきゃだからこれは大変だ!
しかも――
「……ぁ」
舞先輩、しっかりシャツ脱いでる……。そうだった。これはストリップだから、ちゃんとそういうのも組み込まなきゃなんだよね。けど、私たちは音楽についていくので精一杯だー!
「きゃー! これ、どこで止まればいいのー!?」
テンポアップからさらにテンポアップする演奏に、千夏が思わず声を上げる。私はというと、舞先輩の様子を窺いながら、パンツの方を下ろしていって――ああ、スカートの中からショーツを先に抜くスタイルでここまで練習してきた由香は、この時点でちょっとぎこちない。
一方、かがりちゃんは案外器用についてきている。どうやら、私と同じく舞先輩を追うようなスタイルみたいだけど……こういう瞬発力は、さすがバスケリーダーって感じ。
MI-YA-COさんのピアノは、本当に『自由』そのものだった。まるで風のように、ときに柔らかく、ときに激しく――そして、私たちはその音に合わせて踊り続けた。
初めての『即興』の練習に、しばらくは緊張感があったけど……MI-YA-COさんのおかげでみんな吹っ切れた。最初は驚いたけど、すぐに慣れたというか。これが彼女のスタイルよ、と舞先輩に言われれば、そう納得せざるを得ない。それに、開き直れば楽しさのほうが勝ってきたり。
「きょ~お~の~、おかずはハンバ~グ~♪」
千夏なんて、即興の演奏に合わせて即興で歌い始めてるし。なんかもう、練習というよりパーティーみたいな! それでも、ちゃんと練習になってるのが面白い。どんな曲でも合わせられるようになってきたし。……それにしても、これだけ色んな曲を弾けるMI-YA-COさん、すごすぎでしょ……どんだけ引き出しいっぱいあるの……
ときには休憩や雑談を挟みつつ、あっという間に時は流れ――
「……わ、朝だ」
「マジで……?」
カーテンの隙間から差し込む陽の光に気づき、 私たちはお互いの顔を見合わせて苦笑する。最後はMI-YA-COさんの生演奏による文化祭の曲をみんなで合わせて――
「お疲れさまでしたー!」
「ありがとうございましたー!」
MI-YA-COさんのおかげで、これまでにないほど濃厚な練習ができたよー!
そして、ちゃんと床は綺麗にモップ掛けして……荷物をまとめると、次々とスタジオを後にする。そのときは、ただただ『楽しかった!』という余韻だけが残っていた。
でも――週の明けた月曜日――想像し得ないとんでもないことが待ち受けていることを、このときの私たちはまだ知る由もなかった――