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出発と小さな出会い


                   ☆


 

 高速道路は首都高を抜けたあたりから突然スムーズに流れはじめた。これから東名高速に乗って名古屋まで行き、それから関西方面に向かう。目的地に着くのはたぶん明日の九時か十時くらいになるだろう。


 三時間ほど運転を続けると、さすがに疲れてきたので、目に付いた高速のサービスエリアに入って休憩を取ることにした。


 いつ間にか日は傾きはじめていて、空の上層部に残っている僅かな青空も、空の下層部から膨張するようにゆっくりと広がっていく夕暮れの光のなかにもうすぐ飲み込まれようとしていた。


 サービスエリアは平日だというのに、夏休みのせいか、混雑していた。食堂で食券を購入し、ラーメンを食べる。食べたラーメンはひどい味だったが、それでも腹が膨れたおかけで、ひと心地ついた。


 自動販売機で缶コーヒーを買うと、わたしはそれを持って駐車場に止めてある車まで戻った。車に戻ると、とりあえずという感じで窓を少し開けた。車のなかは駐車しているあいだにかなり熱くなっているだろうと予想していたが、思ったほどではなかった。日が傾いたせいだろう。窓をあけると、涼しい風が入り込んできて、クーラーをつけなくてもちょうど良い感じになった。


 ふと窓の外に視線を向けると、一日の終わりの美しい光が山の稜線のあいだに消えていこうとするのが見えた。わたしはそんな夕暮れの光を見つめながらさっき買ったばかりの缶コーヒーをゆっくりと飲んだ。


 そういえば、ずっと昔にも一度、こんなふうに車の窓から、山の向こうに沈んでいく夕陽を見たことがあるな、と、わたしはふと思い出した。季節は夏。確か海に行った帰りだ。  


 あれは専門学校を卒業した最初の年のことで、どちらから言い出したのか、わたしと田畑のふたりで海に行ったのだ。


 そして、海で泳いで帰る途中、ちょうどこんなふうにドライブインに入って休憩した。そのときに、車のなかから田畑とふたりで窓の外に広がる夕闇を観のだ。


 そのとき、わたしは田畑とどんな話をしたのだろう。思い出そうとしたが、全く思い出せなかった。今度のライブの予定でも話したのかもしれない。


 田畑は今頃どこでどうしているのだろうな、と、とわたしは思った。田畑のことを思い出すと、懐かしくなるのと同時に、心が鈍く疼いた。


 わたしは田畑に出会った瞬間から田畑に憧れていた。好きだった。とても。その笑ったときの少年のような笑顔や、ふとした仕草や、声が好きだった。


 何度か、わたしは田畑にそんな自分の想いを告げようと思ったことがある。でも、どうしても、できなかった。田畑が自分のことを女として見ていないのがわかっていたし、自分の思いを告げることで、田畑との心地の良い関係が壊れてしまうのが、怖かったのだ。それに、田畑にはわたし以外にべつに好きなひとがいることもわかっていた。



 食事を取ったせいか、車のシートに身体をもたせかけていると、急速に瞼が重くなってくのを感じた。目を閉じると、わたしの意識はそのまま闇に飲み込まれるようにしてプツリと消滅した。



                 ☆




 コンコン、と窓を軽く叩く音でわたし目を覚ました。窓の方を見てみると、若い女の子が車の外からこちらを覗き込むようにしている。


 わたしが彼女の存在に気がついたことを確認すると、

「すみません」

 と、彼女は車の外で言った。


 わたしは少しだけ空けていた窓を全開にした。車の外に立っているのは二十歳前後の女の子だった。


「どうしたの?」

 と、わたしが尋ねると、彼女はわたしがどこまで行く予定かと尋ねきた。わたしは関西方面に向かう予定だと答えた。すると、彼女は安堵したような表情を浮かべて、

「もし良かったら途中まで乗せていってもらえませんか?」

 と、唐突に言った。


 わたしはまさか自分がヒッチハイクされるとは思っていなかったので少しびっくりしたけれど、すぐにいいよと答えた。見たところ、彼女を自分の車に乗せても問題はなさそうに思えた。

「ありがとうございます!」

 と、彼女はわたしの返事がよほど嬉しかったのか、大きな声で言った。





                      ☆



 わたしたちはお互いに簡単に自己紹介を交わした。


 彼女の名前は佐藤可奈といい、年齢は二十一歳で、京都に住んでいるらしかった。


 彼女は一週間ほど前から東京で一人暮らしをしている恋人のもとに夏休みを利用して遊びにきていたようだった。そして、今日は恋人と一緒に静岡方面にドライブに出かけていたらしいのだが、でも、そのドライブの途中で大喧嘩をしてしまった彼女は、途中で恋人の車を降りると、こうしてヒッチハイクをして地元の京都まで戻ることにしたという話だった。


「恋人と喧嘩して地元に戻ることにしたのはわかるけど、でも、だからってなにもヒッチハイクして帰ることにしなくても良かったんじゃない?」

 わたしは彼女の話を聞き終えると、驚いて言った。

「だって、女の子ひとりじゃ色々危ないでしょ」


「でも、仕方なかったんです」

 と、佐藤可奈はわたしの言葉を遮るように言った。


「彼氏と口論になったのって高速に入ってからだったし、だから、わたし、高速のドライブインに入ったとき、彼氏にここで降ろしてって言ったんです。アイツの顔なんて二度とみたくないって思ったし、もう一緒に居るのも嫌だったから・・・」


「それで、佐藤さんの彼氏は、あっさりとあなたのことを降ろしたわけ?」

 わたしは佐藤可奈の無謀さに呆れながら、一方で彼女の恋人の無責任さにも疑問を覚えた。彼は自分の恋人を高速のサービスエリアに置き去りにすることになんの抵抗も感じなかったのだろうか。


 わたしの問かけに、佐藤可奈は弱く首を振った。

「一応、アイツは引き止めてくれました。実家に帰るのはいいけど、でも、一度一緒に東京に帰ってからにすればって」


「だったらどうして」

 と、わたしが口を開きかけたところで、佐藤可奈は少し早く口に言った。

「でも、もうとにかく、アイツと一緒の空間に居るのは嫌だったんです。だから・・・」


「だから、あなたは恋人の制止ふりきって、ヒッチハイクをすることにした」

 と、わたしが佐藤可奈の言葉を引き継ぐと、彼女はそうだというようにこくりと頷いた。


「そっか」

 と、わたしは頷いた。そして心のなかで若いなぁと微笑するように思った。


「それで?」

 と、わたしは少しの沈黙のあとでなんとなく気になって尋ねてみた。

「わたしはヒッチハイクをはじめてから、何人目の人間なの?」


 佐藤可奈は一瞬わたしの問の意味がわかなかったようで、ぼんやりとわたしの顔に視線を彷徨わせた。そして、やや間をおいてから、

「大塚さんがはじめてです」

と、慌てたように答えた。

「大塚さんに声をかけてやっと成功したんです」

と、彼女は言った。


「彼氏に降ろしてもらったサービスエリアがここで、そのあとすぐに誰かに乗せてもらおうと思ったんだけど、なかなか乗せてくれるひとが見つからなかったんです。男のひとだと何かあったら怖いし、できれば女の人がいいなとか思って選り好みしてたら、なかなか思うようにいかなくて」


「そしたら、上手い具合にわたしが車のなかでひとりで寝てたわけね?」

 わたしは軽く笑って言った。


 佐藤可奈はわたしにつられるようにして口元を笑みの形に変えると、頷いた。


「でも、わたしに声をかけて正解だよ」

 と、わたしは微笑んで言った。

「わたしは自分で言うのもなんだけど、結構まともな人間だし、レズビアンでもないし。だから、間違ってもあなたのことを襲ったりはしないから」


 佐藤可奈はそう言ったわたしの顔を、いくらか不思議そうに見つめたあと、すぐに噴出すような明るい表情で頷いた。




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