第5話 覚悟の結果(アーサー第二王子視点)
「アリア様。付き合ってくれてありがとうございます」
さぁ、勝負だ。そろそろこの時間が終わる。
アリア様が身じろぎをしたのでこの場に意識を戻したが、結構な時間がたっている。
少しだけ顔色が良くなったアリア様を見つめると、あまりの美しさに気絶しそうになる。
でも、まだだめだ。
僕はまだ何もなしていない。
このままだと彼女は逃げてしまう。
僕の腕から永遠に。
全くこんな時期に婚約破棄だなんて、クソ兄の迷惑さに呆れ返ってしまう。
自殺は勝手にやってくれたらいいけど、周りを巻き込むな!
明日には父が学院に来る。
今日のこの時間は学院生が子供として振る舞える最後の時間。言動には責任を伴うから好き勝手はできないが、それでも学院側は手を出してこない。
正直国難ともいえるこの状況くらい報告してくれと声を大にして言いたいが、そう言う決まりだから仕方ない。父上もあえて探らせたりしていないだろう。そもそもクソ兄が聖女様に婚約破棄を言い渡すなんて夢にも思っていないだろう。僕も思っていなかった。
まぁ、クソ兄はせいぜい今のひと時の生を謳歌すればいい。明日になれば死ぬ。少なくとも王子としては。
なにせ全く実績なく、才能なく、性格はクズで、未来を感じない。そんなクソ兄が国王になる可能性は本来ない。
ないものを有りに変えていたのは聖女であるアリア様の婚約者であり将来は夫になるという、ただこの一点だけだった。
それを自ら放棄したんだ。
できればその暴走の結末までゆっくり観覧してから、改めてアリア様にプロポーズしたい。でもあのクソ兄の弟としてそれは許されない。
なにせ婚約破棄の痛みは重い。
普通に考えたら次期国王からの婚約破棄なんて死刑宣告に等しいだろう。
今の国政について、聖女様は詳しいことは知らないだろう。だからきっと額面通りに捉えて気に病んでいる。本来、優れた聖女である立場は重いのに、きっと気付いてない。だから落ち込む。だから悩む。
できることなら、今それを指摘したい。あのクソ兄は放っておいて大丈夫。君の方が重要だって。でもきっと理解してもらえない。
こんなことは王族の恥であり、国王である父を始め全員でアリア様に謝罪すべき事案だ。
明日さえ乗り切って、大幅に未来を書き換えた後、僕も全力で謝ろう。
だから今だけは……。
「私はこれで失礼します。その、慰めてくださったこと、ありがとうございました」
ほら来た……勇気を出せアーサー。簡単だ。ただ一言、強引に押し切れ!!!
「ダメです、アリア様。明日を……あなたの明日を僕にください」
「えっ?」
よし言えた!そして、あえて話を聞かないために強引に抱きしめてキスをした。
やばい悶絶死しそう。可愛すぎる。すみません、アリア様。そしてこの魅力に耐えろ、頑張れ僕!
一世一代の大勝負だぞ!
なんとか上手く行った。
顔を真っ赤にしたアリア様からなんとか『はい』という言葉だけ引き出した。
ほかの言葉は全部無視したとも言う。
なんて不敬。聖女様に対する冒涜だ。その御言葉を聞かないなんて。
でもこれが。これこそが幸せへの道だ。
覚悟しろよ、クソ兄。そしてその取り巻きども。
僕は絶対に貴様らを許さない。
神の如きアリア様を思い悩ませ、悲しませた罪は重い。
もし王となればやることはいっぱいだ。
規律を取り戻し、威厳を取り戻し、そして聖女を僕の腕に取り戻す。
誰も許さない。
今まで粛々と実績を積んできた。
協力者は多いはずだ。
あのクソ兄どもを地獄に落とす……。
僕のすべてを使って……
やることが全くなかった……。
あれ?
おかしいな。
僕も騎士団や魔道士団には多少なりとも関わっていた。
だから例えば、なぜかクソ兄の取り巻きになってしまって一緒にバカをやってる現騎士団長や魔導師団長の息子たちの不正を暴いたりとかさぁ。
他にも学院で噂されている事件の真相を調査するとか。そういうのには協力できたんじゃないかなと思うんだ。
それにクソ兄の酷さ。そう、これだ。
婚約者であり、聖女であるアリア様への非礼の数々。浮気と思われる浪費の一端などを押さえるとか。
必要ない?
なぜ?
えっ?調べるまでもなく全く悪びれもせず主張した?自分とミラベルとかいう女との婚約を?
なに?バカなの?
ミラベルって誰?クソ兄の浮気相手?
あぁ、なるほど。取り巻きと思っていたのに、実は全員なんとか兄弟で、その女の人を取り合って自滅していったのか。
なに?その女の人、どこかの国の回し者?だとしたら上手い手だ。王国の内情が確実にバレている。警戒すべきだ。クソ兄はざまぁするとして、これから始まるアリア様と僕の晴れやかな未来にとっての懸念事項だ。
……えっ?ただの男好き?
バッカじゃねーの?
あぁ、すみません。言葉遣いが乱れました。
入学に当たっても、入学してからもたくさんの不正をしていたようで、即退学となったようだ。そんな女もうどうでもいい。
王国としては婚約破棄の損害賠償を負わせたが、当然払えきれずに実家に請求。実家も破産し、さらに残った分をクソ兄とミラベルを結婚させて彼らに負わせた。
2人は死ぬまで辺境で働いてお金を返すことになった。
父上、やるときはやるのですね。見直しました。
他にもアリア様の実家の侯爵家は正妻とその息子を優遇するあまりにアリア様を疎外していたらしく、神殿が侯爵領からの撤退を決めた。
さすがにそれは土地に住む者たちに申し訳が立たないので父が侯爵家を取り潰し、代わりに今回活躍した未来の神殿長妃であるルーネ殿の実家に与えた。
彼らは謙虚に土地を治め、さらには元侯爵邸のアリア様の部屋を残し、いつでも実家のように帰ってきて、と優しい言葉をかけていた。
これも父上、良い仕事でした。
さらには国王として父上自身がアリア様に全力の謝罪をしていた。
あの日和見で最大公約数を狙った政策ばかりしていた父が人が変わったようだった。
こうして王国は平和と未来を取り戻したんだ。