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第4話 試練(アーサー第二王子視点)

学院の庭にある泉……そこは僕とアリア様の思い出の場所。

え~と、きっと僕の身勝手な記憶ではないと思うよ?じゃないとこんな時間に2人で行こうって言っても、アリア様は受けてくれないはず。


「きれい……」

そう、この学院の泉はとても綺麗なんだ。

なにせ透明度の高い澄んだ水に、学院内を循環する魔力が溶け込み淡く輝いている。

その水が穏やかに流れ、その周囲をこれまた美しい意匠が施された無数の照明が照らしている。

とてもロマンチックな場所。


だけどこの場には僕たち以外には誰もいない。


「きれいだね」

「はい……」

重たいながらも応えてくれる。

本当にきれいなのはアリア様だけどその言葉は飲み込む。今そんなことを言う雰囲気じゃないのはいくら僕でもわかるだろ?

今言うような軽い台詞じゃないよね。わかってる。つい言ってしまったら、自分の口を切り刻みたいくらいだよ。


無言の時間が流れる。

アリア様は昔を思い出しているだろうか?

隣に座っているけど、遥か彼方にいるんじゃないかと錯覚するくらいの隙間がある気がする。いや気のせいだ。


彼女はあのクズ兄と僕を混同することはないはず。

そこまで僕の信頼度は低くないはず。


ここに入ってくるまでも、入ってきてからもずっと僕は小柄なアリア様の肩に手を回し、アリア様は身を預けてくれている。

大丈夫だアーサー。今必要なのは自信と勇気だ!




「懐かしいですね。ここで私の愚痴につき合ってもらったのがもう1年以上前……」

「うん……」

しばらく静かな時間を過ごしていると、アリア様がぽつりと話し出した。


ここは大人しく聞くべきだろう。きっと大事なことだ。1年前の愚痴って言ったら、雨に打たれつつ泣きながら話していたやつしか思い浮かばない。


今だにあの件に関して僕の頭の中にあるのは感謝と申し訳なさ、自分の無力さだ。そして狂おしいくらいの彼女への哀愁。

なにせ聖女として禁忌というか行動規範に触れるようなことをさせてしまったのだ。アリア様に。


僕は無力感から酷い自己嫌悪に陥っていたし、アリア様は規範を破ったことで自己嫌悪に陥っていた。

そんな2人がこんなロマンティックな場所に並んでも何も言葉は出てこない。


出てきたのは嗚咽だけ。

ひたすら泣いた。2人で一緒に。


何をしたのかって?



当時は帝国が攻めて来ていて、僕らは防戦一方だった。

王国軍は歯が立たずに敗走を続けていた。

王族ということで後方に押し込められていた僕はその頃になってようやく合流が認められた。


そこで厳しい戦いを経験したんだ。


合流すると王国軍はある村から撤退を決めたところだった。

そこはあまり裕福ではないものの、多少の蓄えを何とか作り、冬を過ごしていた静かで穏やかな村だった。


その村は国境近くにある村で、王国軍はすでに砦や申し訳程度に作られていた拠点での戦いに敗れてその村まで後退していた。


ここで負けたらこの村は帝国に蹂躙される。

王国軍は必死に抗った。でもダメだった。


僕が合流する直前の戦いで指揮官である貴族は死に、騎士も半数が死んでいた。

そんな中で仕方なく村での戦闘を諦め、後退を決めていた。


合流して最初の戦いが撤退戦。

村を包囲しようとする敵を突破し、なんとか逃げた。逃げられたのは送り込まれた戦力のごくごく一部だった。



そして村は消えた。

帝国は蓄えを全て奪った後、女を犯し、子供を攫い、村に火をつけたらしい。


残忍な帝国軍。

他国から希に伝わってくるその噂を僕らは初めて体験した。


しかし話はそれで終わらなかった。

その村の怒りは大きな魔力の淀みを作り出したのだ。


それによって帝国は一時後退し、そこに聖女であるアリア様がやってきた。

アリア様の使命は淀みを消すこと。帝国軍がかなりの損害を受けて後退したことで実行可能と判断されたのだろう。


そこでアリア様は見てしまった。

帝国の所業を。


暴力の限りを尽くされた村の慣れ果てを。


おびただしい数の焼けた死体を。


彼女は静かだった。


悲しみに暮れながら……その悲しみの中で王国の未来を悟ったようだ。

このままだと王国全土がこうなると。


そして進言した。


魔力の淀みを動かし、帝国の大隊にぶつけると。

帝国は当時大軍で攻めて来て隣国を踏みつぶし、そこに布陣していた。

その場所から出撃した部隊が周辺を襲っていた。


その大軍の拠点に淀みを送り込んだ。



効果は絶大だった。

帝国は恨まれていたんだろうな。送り込んだ淀みがどんどん周囲の魔力を取り込んで巨大化し、やがて雲に届き、巨大な魔物が現れた。


その魔物に対して帝国は抗うすべもなく壊滅した。

あの帝国軍が。


アリア様はその後ゆっくりと魔物を浄化し、淀みを払った。泣きながら。


そしてここで語ってくれたんだ。

聖女としての使命がずっと泣いていたと。

結局自分も人であり、自らの陣営のために淀みすら利用して敵を殺した。ただの人殺しだって。


実行した時には聖女の力を失うことも覚悟していたらしい。


僕らは彼女に大きな恩ができた。


僕はこの時初めてアリア様を生涯守ろうと決めたんだ。

誓ったと言ってもいい。実際口にも出した。


決して自分には届かない、将来は王妃になる方だが、この方のためになら命をかけて仕えられると思ったんだ。

彼女の隣にクソ兄がいることすら、多少くらいにしか気にならなくなったんだ。


それでも、その後アリア様に付き従っていたら『手を出すな、それは俺のものだ』とか言われたときに剣を抜かなかったことだけは褒めてほしいけども。


「アーサー様」

彼女が僕の名前を呼んでくれるのが嬉しい。


これからが勝負。

僕は悪いけどあなたを逃さない。生まれて初めてのわがままを使わせてもらおう。

何を言われても否定して明日を僕にもらうだけ。


アリア様は優しいからきっと大丈夫。


「アリア様。付き合ってくれてありがとうございます」

頑張れアーサー!大事だから何度でも言うけどこれは一世一代の勝負だ!!

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