第3話 希望(聖女アリア視点)
「アリア様」
「……」
婚約破棄をされて落ち込む私を慰めてくれるのはアーサー様。彼は私の婚約者……いえ、元婚約者のエリオット王子の弟です。
次期国王として社交や信頼できるものたちとの関係性の構築に力を入れているのか、エリオット王子は主に学院で自由に暮らしていらっしゃいます。
一方でこのアーサー王子は非常に優れた魔法と剣の腕を持っており、幼い頃から騎士団や魔導師団に出入りし、その力を高めてこられました。
ちなみに私は、実家では正妻や異母兄に疎まれつつも、聖女として魔力の淀みを払う能力を示したことで、アーサー王子と同じく幼い頃から神殿に関わってきました。
今では学院生でありながらも聖女として国内に発生した魔力の淀みに対応するために王国中を駆けずり回っています。
そんな私やアーサー王子が毎日学院に出席できるわけもなく、私たちは学年は違いますが補習授業の常連となっています。
補習仲間ですわね。
彼は背は高いものの少し幼さの残る顔つきをしています。髪はナチュラルに散らしていて見方によっては少しその……だらしない感じにしています。
ただ非常に強いので、当然ながら王国の貴族の女性に人気があります。
そんな彼が仲良くしてくれることだけは聖女という仕事の役得かなと思ったりします。
なにせ聖女の仕事は忙しく、辛いの。
魔力の淀みはあまり印象の良くない思念を伴っていることが多く、それを払う仕事には不快感がつきものです。
聖女として一刻も早く払い、浄化させるのが一番です。そう信じられるからこそ耐えられる仕事です。
彼……アーサー王子はこんな聖女の仕事にも理解があり、感謝もしてくれます。
元婚約者とはそれこそ雲泥の違いです。
私は婚約を破棄されてから少しだけ時間が経ったこともあり、ようやく頭が考えられるくらいに回復したようです。
今いるのは学院の庭園の泉。
切ない思い出と暖かい思い出がセットになった場所。
今は切ないことを思い出したくないけど、暖かさはアーサー様がくれたもの。
隣にぴったりと寄り添ってくれるアーサー様は相変わらず私の肩に手を回したままで、正直戸惑いもあります。
でも、彼の優しさはわかっています。今はそれに縋ってもいいのでしょうか?
彼は口を開けば優しく聞いてくれます。
私を気遣ってくれて、慰めてくれます。
今も会話は続かない。
でも構わない。そばにいて貰えるだけで心は安らぐの。
「懐かしいですね。ここで私の愚痴につき合ってもらったのがもう1年以上前……」
「うん……」
彼には涙も見せましたし、愚痴も言いましたし、辛い気持ちを吐き出させてもらいました。
そして今は悲しい心を慰めてくれているのでしょう。
なんど彼が婚約者だったらと思ったことか。
そんな役得を超えた自分勝手な話はないと戒めながらも、何度も考えてしまう。
ダメよね。
いずれ国王になる王子に婚約破棄された女が、その弟の王子様にすり寄るなんて、迷惑以外の何物でもない。
アーサー様の将来を暗いものにしてしまう。
アーサー様は優しいけど、それに寄りかかってはいけない。
明日、私は出て行こう。
ここにいてもきっと迷惑だ。
今はその最後の思い出。
最後くらいは……少しくらい良い思い出を貰ってもいいかな?
アーサー様。
「アリア様」
「はい」
アーサー様は私を優しくなでながら名前を呼んでくれます。
その暖かさが切ない。
彼は2人きりのときだけは少しお調子者のように振る舞ってくれたりします。
きっと私が緊張しないようにしてくれているんだと思います。
そしてきっと私がのめり込まないように線を引いてくれます。
優しい人。
愛しい人。
今だけはその優しさが辛い。
縋りたい。
でも……。
それはできない。
私の気持ちだけで未来を壊すわけにはいかない。
かつて帝国兵を殺した私。あんなに苦しい思いをしてまで帝国兵を殺した私は、自分のことが聖女だとは思えない。
この状況はきっと私の業。
浅ましい私の。
聖女の力を戦争に使うなんて。
消えるべきなの。
もう嫌なの。
もしここにいても、私は想いに振り回されて生きていくだけになる。
私を捨てた人を王と仰ぎながら平然と聖女を続けられるとも思えない。
これは最後の思い出。
この国では辛く悲しいことばっかりだったけど、そんな中でも暖かかった方との大切な時間。
一言二言の会話。
でもそれだけでいいの。
いまだにお顔をしっかりと見つめるのは恥ずかしいけど……でも、そろそろ行かなくては。
心の中にある聖女の力は何も言ってくれません。
それは私が去ることも織り込み済みということなのでしょうか?
「アーサー様……」
「アリア様。付き合ってくれてありがとうございます」
私が立ち上がろうとすると、アーサー様はこんな言葉をかけてくれました。
お礼を言うのは私の方なのに。
「私の方こそ、ありがとうございました」
でもそんな陳腐な言葉しか出てきません。
こんなことならもっと社交の場に出たり、詩や物語を読んでおくべきだったかしら。
いえ、何を考えているの?
もう出ていく私には必要ない。
お礼を言って、部屋に帰って準備して、明日の夜が開ける前に去るの。
それだけよ。それだけでは終わらせられるの。
寂しさなんて一瞬のもの。
聖女の力を失えばきっと淀みは私を許さない。
ただその魔力の中に消えるだけ。それで自由。
「私はこれで失礼します。その、慰めてくださったこと、ありがとうございました」
「ダメです、アリア様。明日を……あなたの明日を僕にください」
「えっ?」
突然の言葉に驚いていると、肩を抱いてくれていたアーサー王子の腕が私の頭に添えられ……キスをされていました。
とても優しく、暖かいキスを……。