第2話 美しき聖女(アーサー第二王子視点)
「はっ?婚約破棄?誰と誰が?」
「はっ。つい先程、学院の夜会において、エリオット王子がアリア様に婚約破棄を言い渡したそうです……。私はルーネ様とジクス様の指示でアーサー王子にお伝えしに……」
「そうか、感謝する」
あのバカ兄……今晩は卒業前の夜会だぞ?
卒業していく最終学年の皆がそれぞれ相手を定め、卒業に向けての準備を固める日だぞ?
そんな日に婚約破棄だと?
どれだけ相手の気持ちや未来を無視したクズな行動なんだ?
いや、今はあんなやつどうでもいい。自ら破滅に足を踏み込んだだけだ。アリよりも軽そうな頭ではそんなことは全く想像もつかないだろうけど、無自覚での自殺志願をしただけだ。
勝手に死んでくれ。
僕はもうあなたに何も期待しないし、関わりたくないし、顔も見たくないし、声も聴きたくない。
そう考えながら一生耐えるのかと思っていたが、自分で放棄してくれた。
そして今、僕がやるべきことは聖なる方を僕のものに……いや、傷ついたであろう彼女の心を慰め、落ち着かせること。そして求婚する……のは気が早いかな?
でも、なんとかしてこの国に留めなくては。
そしてその心を掴まなくては。
こんな酷い仕打ちを受けた国なんか、僕が彼女の立場ならあっさりと捨てる。
なにせ周辺国はこぞって大歓迎するだろう。
魔力の淀みを払える正真正銘の聖女なのだ。
もしかしたら他国から見た時、この国の中で唯一価値がある相手なのだ。
僕の話を聞いてくれるような心境なのかはわからない。
それでもジクス神殿長とルーネさんが使いをくれるのだから、可能性はあるはず。あると信じて僕は突き進むよ。
彼女がいる場所はきっと……。
「王子どちらへ?」
「僕は彼女を探す!見つけて、まずは慰めないと」
気が逸る僕を使いのものが止める。止めないでくれ。僕は行かなくてはならないんだ!
「あっ、すみません。アリア様はジクス神殿長とルーネ様と一緒におられます。その……アーサー様を呼んできてほしいという指示でしたので……」
それを早く言ってほしい。
申し訳なさそうに話してくれているから怒らないけど、思わずあの約束の泉に向かって全速力で走りだすところだったよ。
「……わかった。場所は?」
その使いは3人がいる場所をしっかり教えてくれたので僕は急いで向かった。
「アリア様」
「アーサー様……その、すみません。お呼び立てしてしまい……」
そこにいたのは明らかに意気消沈した聖女アリア様だった。
美しいシルバーブロンドの長髪も、普段なら花が咲いたように明るい表情も、天上のハープが鳴り響いたかのような美しい声も、何もかもが陰っていた。
許せん……。
この美しい、素晴らしい女性をこんな風にしてしまうなんて。
許せんぞ、クソ兄。
「兄がとてつもない失礼をしたと伺いました。この通り謝罪します」
僕は深く頭を下げる。
この場にジクス神殿長とルーネ殿がいないのはある程度慰めたからなのか、失敗したからなのかはわからない。
ルーネ殿はアリア様のよい友人で、ジクス神殿長の婚約者だ。そんな彼女が僕に使いを送ってくれたのは救援なのか、援護なのか、それとも任せられたのか?それはわからない。
でも、アリア様は明らかに憔悴している。
まずは謝罪からだ。
兄が酷いことを言ったのは間違いない。あのクソ兄が婚約破棄を自分の責任にするわけがない。きっとアリア様のせいにしているはずだ。
「そんな……アーサー様の責任ではありません」
しかし僕の謝罪に対して帰ってきたのはそんな言葉だった。
難しいな。
これなら一度思いっきり王家に対する不満でも叫んでくれた方が落ち着くかもしれないくらいだ。
きっとアリア様の心の中にあるのは、自己嫌悪、自己犠牲、自信喪失だ。
ご自分を卑下しているかもしれない。
彼女は信じられないくらい頑張って来た。
そのことを僕は知っている。
そんな彼女に待っていた未来がこれでは悲しすぎるし、許せない。
彼女は多くの人を救ってきた。
彼女は多くの魔物を倒してきた。
彼女は多くの魔力の淀みを払ってきた。
彼女は王国を助けて来た。
それをなんだ。
王家の怠惰で招いた事態を解決してもらっておいて、今度は王家が彼女の顔を曇らせるのか?
もう許せない。
父の意向など知らない。
王妃の希望など知らない。
貴族の思惑など知らない。
クソ兄の欲望などクソ喰らえ。
「失礼……」
「えっ?アーサー様???」
謝罪に対して卑下で返すと言うことは、怒りには染まっていないはず。
きっとそれは既にルーネ殿が解消していると判断した。
なら僕がやることは1つだ。
そしてこれは役得だ!
僕は自身の恵まれた体格を活かし、年上であるアリア様を優しく抱擁する。
意表を突かれたのか、特に抵抗なく僕の腕に収まったアリア様。
やばいな……美しすぎて気絶しそうだよ。
「いけません、アーサー様」
「だめ?」
「いや、そんな……私なんか……」
きっとこの純粋な聖女様はなぜ僕が彼女への心配と、謝罪と、羞恥心と、独占欲とを漲らせて彼女を抱き寄せているのかは理解していないだろう。
全てただの愛情なのだが。
って言えたら楽だけど、理解されないだろうから、ちゃんと僕は段階を踏むよ。
「庭園の泉を見に行きませんか?」
「はい……」
よし、ちゃんと逢瀬に誘ったよ!そして了承を得た!!