第一話 『プロローグ』
俺は、この世界が嫌いだ。
誰も助けてくれはしない。誰も手を伸ばそうとしない。
こんな世界は腐ってる。
「…こんな世界で生きていくのなら、いっその事死んだ方がマシだ」
その時、若い女性の声がした。
「キャーーーーー!引ったくりよ!誰か!捕まえて!」
すると、俺の横を男が通り過ぎて行った。
「誰か!誰か!」
その女性は抵抗しあったのか怪我をして、動けない様子だった。
周りを見回したが、誰も動く気配がないように見えた。
それどころか、逃げ出す人の方が多かった。
俺は只、疑問だった。
なんで誰も助けないんだ?
目の前に困っている人がいるのに、なんで誰も手を差し伸べないんだ?
なんで犯人が逃げ出すのを見ているだけなんだ?
理解できなかった。
俺は既に、身体が勝手に動いていた。
「あの男はまだそんな遠くへは言っていないはず…」
その時、先程の男を見つけた。
「いた…!」
すると男はこっちに気づいたのかさらに走り出した。
「…!待て!」
男は角を曲がった。俺もそれについて、曲がった。
その時だった。
男がそこで立ち止まってナイフを向けてきたのだ。
しかもこっちに向かってくる。
「ちょ…待っ…!」
俺は避ける事が出来なかった。
そのまま俺は倒れ込んでしまった。
「俺は悪くない…俺は悪くないんだ…」
その男がなにかを呟いていたが、俺は聞き取ることが出来なかった。
だんだん意識が朦朧としてきた。目眩がする。
男はまたどこかへ走り去ってしまった。
「ああ…クソ…」
下腹部を刺された。流石に助からない。
「俺の人生、こんな終わり方すんのかよ…」
俺は動かない身体で最後に言った。
「やっぱり… こんな世界はクソだ…」
俺はそのまま意識が途絶えてしまった。
「……ここは?」
目が覚めると、俺は何も無い空間に居た。
「お、目ェ覚ましたか」
「誰だ…?お前…?」
俺の前には謎の男が居た。
「どこから説明しようかなぁ」
その男は、何か事情を隠していそうに見えた。
「よし!じゃあまずは、お前が死んだところから話そうか!」
…この男は何を言っているんだ?
俺が死んだ?
確かにあの状況じゃ死んでもおかしくはなかったが、俺は生きている。
だって生きてなきゃ目の前にいるこの男と会話などできないのだから。
「お、信用してないな。まあ、当然か。死んだ後なんて、皆割と自覚ないもんな」
男は言う。
「自分の身体見てみろよ」
俺は言う通りに自分の身体を見ることにする。
「え…!」
俺の身体は実体が無くなって、幽霊の体のようになっていた。
「驚いたか?それはお前が死んだ何よりの証拠だよ」
驚いた… でも俺は信じたくなかった。
「う、嘘だ!ここ…こんなことがあるわけない!」
「気持ちは分かるけどよ、これが現実だぜ」
さらに、男は目を細めて言う。
「それにアンタ…死んだ方がマシだったんじゃないのか?」
「なぜそれを…!?」
「ま、とりあえず自己紹介から始めようぜ」
男は腕を広げて言った。
「俺は無黒慈。これでも神だぜ?」
「神…?」
「そ! 神」
本当にそんなのがいるのか…
今までは本や漫画の中だけの話だと思っていたが、まさか本当に実在するとは…
…しかし、こいつの神っぽくない感じは何なのだろう。
態度といい、話し方と言い神らしく見えない。
しかし、1番気になるのはその服装だ。
普通の服に黒いマントを羽織っただけの適当な服装だ。
しかもそのマントの襟が極端に高い。
首下から鼻辺りまである。
無黒慈は色々考えている俺を無視して続けた。
「俺の仕事は世界のバランスを保つことかな」
「世界のバランスゥ?」
驚いた、コイツは急に関係ない自分の仕事の話をしてきたのだ。
「まぁ、簡単に言えば、各世界が崩壊しないように保つことかな」
「各世界…?」
どういう事だろう。世界は1つじゃないのか?
俺は尋ねた。
「各世界って事は世界がいくつもあるってことか?」
「あぁ」
俺は更に聞く。
「どういうことなのか詳しく教えてくれないか?」
「そうだなぁ」
無黒慈は答える。
「例えば、①から③の3つの世界線があったとしよう」
「世界…線?」
「①の世界線にお前たちの生きている人間界があったとして、お前は1つのの世界線に存在している世界が1つだけだと思うか?」
「そうは…思わないが… あるのか?他に…世界が…」
「あぁ。1つの世界線には様々な世界が存在している」
「例えば…?」
「例えば、お前たちの住む人間界とか…魔界…天界…あと妖精界とかかな」
「妖精界…?」
魔界や天界は何となくわかるが…妖精界…?
妖精だけが住んでいるのか…?
っていうか他の世界線は何なの?
聞いてみることにした。
「え、じゃあ他の世界線には何があるんだ?」
「他の世界線かぁ。②の世界線にはお前たちの見ていた漫画やアニメなどの二次元の世界ばかりだな」
「え、じゃあ②の世界線へ行けば、漫画のキャラクターに会えるの?」
「会える会える」
無黒慈は突然声を低くして言った。
「でもな、それはやめておいた方がいい」
「何で?」
「それこそ、世界のバランスが崩壊するからだ。
でも、②の世界線にいるやつが②の世界線の中にあるほかの世界へ移動するとかなら問題は無いのだが…」
「何が違うんだ?」
「ハッキリ言うとな…世界線が分けられているのには理由がある」
「理由…?」
「それは、各世界線ごとに適応する環境が変わってしまうからだ」
「ダメなのか?それ」
「別の世界線から別の世界線に来た場合、空気から酸素が無くなって呼吸出来ず死んじまう様なもんかな」
なるほど。適応とはそういう事か。
つまりおれが適応できているここは、①の世界線の中の世界ということか。
「いや、少し違うな」
「…!?」
何も言っていないのに考えていたことを当てた…?
「あ、神は思考読み取れるんだ」
無黒慈はアッサリと答えた。
「ホントに神なんだな…」
「だからそう言ってるだろ?それより…この世界は①の世界線の中にある世界という訳では無い」
「じゃあここはどこなんだ?」
「ここが③の世界線の中の世界……神界さ」
「神…界…?」
「神界は少し特殊でな?1つの世界線に1つしか世界が存在していない。それと…神界はどの世界の者でも適応出来る場所になっている」
どういうことだ…?
この何も無い場所が世界…?
「あー…そうか。よし!ちょっと見てな」
無黒慈は手を突き出した。
すると、何も無かった空間が一瞬にして大絶景の街になった。
「…!?…なんだ…ここ」
「これがここ神界の真の姿さ」
マジか…
俺は驚いて声が出なかった。
だって急に何も無い空間が街に変わるんだよ?
驚くだろ普通…。
「ここにはお前のような死者の魂が多く流れてくるから今みたいな白い空間を使って、死者の選別をしてるんだ」
俺は言う。
「そんな事、俺に教えていいのか?」
無黒慈は軽そうに
「いいって、いいって。どうせ今後いらない知識なんだし」
と言った。
俺は、神はこんなものでいいのかと思った。
なんで、他の神はコイツを止めないんだろう…
コイツほど神に相応しくないやつは、いないと思うのだが…
「さて、そろそろ本題を話そうか。アンタには話があってここに呼んだんだ」
無黒慈は突然そう言った。
でも、俺はブレなかった。
何故なら…
「今更かよ!!!」
そう、ホントに今更なのだ。
だって普通、神と話す機会があったとしたら、何か用がある方が正しいだろ?
それなのにコイツは仕事の話とか、世界の話とかして来やがって…
…まぁ、質問をした俺も俺だけど…
というか、今更話ってなんだ?
もう気分冷めちゃったんだけど。
「あー…神も暇なんだ…許してくれ…」
「お前の話の内容で考えてやる」
すると無黒慈は話し始めた。
「死んだお前を転生させてやろうかって話だ」
…転生?
そう聞いた俺は震えた…
何故なら…
キターーーーーーーーーー!
転生する展開キターーー!
という風に大盛り上がりだったからである。
もちろん、転生には興味が無いわけじゃない。
何なら、してみたいと思っていたくらいだ。
でも…
「俺は人間の世界に戻りたくは無い」
そう、俺は自分を含め、人間が嫌いだった。
理由は色々あるが、人間は他のどんな者よりもクズだからである。
すると、無黒慈は言った。
「俺はまだ何も言ってないぞ?それに、そもそもお前を人間の世界に転生させる気は毛頭無い。」
え?じゃあ俺何になるの?
鳥?ゴキブリ?
そんなのごめんだ。
せめて人型がいい。
…猿がいい訳では無いけど
無黒慈は呆れたように言う。
「神である俺が全く関係の無い話をすると思うのか?今までした話は全部関係してるんだよ」
そして、無黒慈は静かに言った。
「俺は…お前を妖精界に転生させる」
「……マジか」
「マジ。つっても人間じゃなく、「妖精」としてな!どうだ?いい提案だろ?」
俺は疑わしかった。
「目的は何だ?」
無黒慈は俺がノータイムで頷くと思っていたようだ。
すごく驚いてる。
あまり俺を舐めるなよって事だ。
でも、無黒慈はすぐに
「お前に普通の人生を歩ませてやりたいのさ。人間が嫌なんだろ?それで俺は「じゃあ、道をやるから生きてみろ」って話だ」
無黒慈は自信あり気に
「どうだ?」
と言った。
まだ俺は信じ切ることが出来なかった。
でも…もし「普通」の人生を歩めるのなら…
「やる」
俺の答えは1つだ。
「よぅし、決まり!お前は今から妖精だ!なんだかんだお前との会話面白かったぜ!」
俺は最後に1つ尋ねた。
「向こうに行ったあとのルールは?」
「そんなの、向こうで教えてくれるだろ」
無黒慈は思い出したように言う。
「…もし、平穏に生きる事が難しいと思っても、俺の事を恨むなよ?」
それは、何か裏のある言い方だった。
「っつーわけで、いくぞ!ほんじゃーな!」
無黒慈が手を上げると、突如、穴のようなものが頭上に現れた。
「え…ちょ…!」
俺はその穴に吸い込まれていったのだ。
吸い込まれた時に無黒慈が少しだけ寂しそうな顔をしているように見えた。
まぁ、何はともあれ…
「いくか!」
こうして、俺の妖精としての新たな人生が始まったのだった。