その魔法は誰にも知られずに世界から消えた
数えきれないほどの本が積み上げられて出来た壁を崩しながら独りの騎士が怒声をあげていた。
騎士となって二十数年。
王より勅命を受けてから十数年。
彼は遂に『必ず殺せ』と命じられた魔女の住処を発見したのだ。
「魔女め! どこにいる!」
かすれた笑いが漏れ出てしまうほどに巨大な大図書館。
そこには本棚なんて存在しない。
何故なら、この場所に住む魔女は本を一度読んだだけで全て理解してしまうから。
故に本は自然と積み重なり、それが壁となって魔女と世界を隔てていたのだ。
しかし、今日。
その防壁が破られてしまった。
「見つけたぞ、愚かな魔女め!」
文字で出来た壁の最奥に黒い髪の毛を振り乱し、自らの肌を火傷で飾った魔女が居た。
彼女は騎士を一瞥するとすぐさま視線を下に向ける。
その先には巨大な本が開かれており、騎士には見たこともない言語で何かが綴られていた。
「貴様!」
魔女の口から音が漏れている。
騎士には聞き取れなかったが、それが魔法の詠唱であることだけは確かだった。
何故なら、騎士は王より『その魔法を決して使わせるな』と命じられていたから。
故に騎士の動きは速かった。
剣を抜き、僅かな言葉も躊躇も投げかけずに魔女の首を刎ねる。
「あっ」
自らの首が宙に舞うのに気づいた魔女は驚愕の視線を騎士に向けて、死んだ。
魔女の体から流れ出た血は開かれていた巨大な本さえも赤く染め、元々そこに何が書かれていたかを知ることなど出来なくなった。
もっとも、旧き時代の文字を読める者など最早片手で数えられるほどしかいないだろう。
つまり、この魔法が使われることはもうないのだ。
そう理解していたにも関わらず、騎士はその場所に火をつけた。
ため息でさえ消えてしまいそうな火は一瞬の内に力強くなり、誰にも止められないような炎へと成長し文字と紙で築かれた世界を燃やし尽くす。
騎士はその光景を見てようやく安堵して愛馬に乗って帰路につく。
彼は王より命じられていた。
『魔女が人間の歩みを止めようとしている。故に魔女を討て。人間のために』
騎士はそれを見事に果たした。
背後で燃え広がる炎がまるで彼の凱旋を祝っているようでさえあった。
騎士は魔女がどのような魔法を唱えようとしていたか知らない。
そして、騎士が念入りにその魔法を消し去ったため、その魔法を知る者は誰もいない。
けれど、もし現代の言葉で魔女が唱えようとした魔法に名前をつけるとしたら以下のようになる。
『世界を平和にする魔法』