第23話 霧の都のジャックさん
霧——
その日、王都は白い霧に包まれていた。
昨晩大量に降り注いだ雨が、朝日を浴び霧となり包んでいる。
一寸先さえ見えないような霧。
見通しの利かないこの街のとある路地に一人の青年が居た。
霧は、平等にすべての人々を白の世界へと引きずり込む。
彼もまた、その白の世界に迷いこんだ者の一人であった。
彼は、呟く。
「未来が見えない・・・。」
そう呟く彼の視界、未来ともに、霧はすべてを白く染め上げているのだ————
どうしよう。本気で未来が見えない。
そう思いながら俺は今とある路地裏の細道に、今回はあったゴミ箱(人が入れるサイズ)に隠れていた。
また迷い込んだのか・・・。そう思う方もいるだろう。だけど今回は迷い込むにしてもいつもと勝手が違うのだ。
今日、俺は朝からの濃霧でテンションがうなぎ上りだった。
ほんの10m先も見えない濃霧なんて現代じゃ見かけない地域に住んでいた俺は、アイゼルやメリカナさんの珍しい忠告を振り切って桔梗さんとともに朝の市場へ買い出しに出かけたんだ。
外へ出ればいつもは遠くまで見通せる表通りが霧で真っ白になっていて、こんな霧の深い中を歩くのが初めてな俺はうきうきとその中を突っ切っていった。
俺はこの時気付くべきだったんだ。というか、現代でも濃霧注意報とかあるのになんで俺は気付かなかったのかと言われると・・・。いや、ほんとテンション高くて、深く考えてなかったんす・・・。
ソレは、市場から後数10mという所で起きた。
俺がちらりと、路地裏に繋がる横道を見た瞬間の出来事だった。
突然、路地裏から誰かの腕が俺の首めがけてのびて来たんだ。
とっさの出来事で勿論俺は一切反応出来まへん。無理。俺、一般ピープル。
突然の非日常に今日の昼何に作って貰おうかなとか考えていた俺が反応出来るハズが無い。ちなみに料理係はアリアさん。アリアさんは以外と料理うまい・・・違う違う、現実逃避にはまだ早い。
そんな俺を助けたのは勿論、一緒について来てくれていた桔梗さんだ。
桔梗さんは俺に向かって来る腕を見るやいなや速攻でその手を掴み、俺でも知ってる柔道の技、背負い投げで一本を取ろうとしたのだ。
いつもなら、ソレで終わる。
俺だってこの物騒な世界で少しとはいえ生きて来たんだ。たまにそんな事態に出くわす事もある。
その度に桔梗さんの活躍によって九死に一生を受けていた。ほんと桔梗さんには頭上がらないっす。
しかし、その時は今までと違ったわけで。
あろうことか、投げ飛ばそうとした桔梗さんが逆に投げ飛ばされてしまったのだ。
詳しい事はわからないがとりあえず桔梗さんが表通りの道を挟んだ逆側に吹っ飛んでいったのを俺はただみていた。凄い音を立てて向こう側のレンガがボロボロと崩れ落ちていった。
なんなんだコレ。まさしく、なんてぇこった状態。・・・え、助けないのかって?っちょ、おま、俺をなんだと思ってるんだ。無理無理無理無理。今のこの出来事だって本当に一瞬の間だったんだ。そんなんに反応出来てぴんぴんしてる桔梗さんの人外さをあらためて思い知ったもんです。
桔梗さんを投げ飛ばした路地裏から出て来た謎の人物は俺に狙いを定め手を伸ばして来た。
わかりますよ。先に弱い奴を倒そうって言うんすね!RPG戦闘のお約束っすね!!!
それをみてようやく正気を取り戻した俺は大急ぎで逃げ出したのだった。入り組んでて逃げ道が多そうな路地裏に。
この時迷うといった事は一切考えて無かった。ソレ以前に俺がここにいてどうしろと、逃げないと、間違いなく死ぬ。という思いが強かった。今まで俺がこんな非日常の中で暮らせていたのは桔梗さんが護衛でついていてくれたからだろうな。本当に桔梗さんには頭が上がらないっす。えぇ。
一目散に逃げ出した俺をサポートするように背後では地面になにか金属製の物が当たる音がした。多分クナイとか手裏剣とかそんなんだろう。あれ、クナイって土掘る道具なんだっけ。
そんな事を確認する余裕も気力も無い俺は闇雲に路地裏を逃げ回ったんだった。
・・・まぁ、こんなわけで命からがら逃げ出した俺は今、たまたま見つけたゴミ箱の中に隠れているわけだ。
あの状況で逃げ出せた俺に拍手を送りたい。治安の良い日本で過ごして来た俺はケンカらしいケンカもした事が無いんだぞ。この世界に来てだいぶん神経が図太くなった気がする。
生ゴミやらの匂いが充満してとっても臭い。臭いが、外をのぞいた瞬間さっきの謎の人物が居ても嫌なのでおとなしく隠れている。
・・・桔梗さんは大丈夫だろうか。いや強いから大丈夫だと思うけども。多少はやっぱり不安なもので。
もう、もう二度と霧の深い日は外を出歩かんぞ!!
おとなしく皆の忠告を聞いて家で本でも読んでりゃよかったんだ。反省してます。反省してるから早く誰かこの状況をなんとかしてくれ!!
ゴミ箱のなかで一切動かずじっとしている俺。少なくとも霧が晴れるまでは動かない方が良いだろうと思う。
いったいいつになったら霧は晴れるものなのか知らないけど、そう長くはないハズ。
・・・早く晴れて!それと桔梗さん探しに来てくれないかなー・・・。メリカナさんは仕事だし。アイゼルが助けに来るとは思えないし。
一見俺は落ち着いているように見えるかもしれないが、そんなわけが無い。
この時の俺は考えてないと何かに押しつぶされそうな気がしたもので。そんなわけで、とりあえず何か絶えず考えていた。
ふと、先程の路地裏からの謎の人物を思い出す。
フードを被ったみるからに不審者という不審者だった。何処の霧の都のジャックさんだ。RPGなら間違いなく敵だろう、俺に仲間になってくれそうなフラグ立てた人とか居ないし。
・・・俺に向かって腕を伸ばして来たんだよな。・・・・・俺に、用、だったんだろうか。
・・・謎の人物については深く考えないようにした。考えても始まらないし、とりあえず今の目標は安全を確保することにある。
覚悟を決めて、そろっとゴミ箱の蓋を開ける。もうそろそろ霧が晴れても良い頃のハズ・・・。
蓋の隙間から見える景色は先程と変わって、白の世界に包まれてはいなかった。
「・・・?」
白の霧が晴れた事で、俺はさっきは気付かなかったとある店の存在を知った。
「骨董品店」と書かれたその店の看板を見る。どうやらこのゴミ箱はこの店のゴミを集めるものだったらしい。
辺りに誰もいない事を確認してから、俺はゴミ箱からはい出した。
ツーンとゴミの匂いが鼻をかすめる。が、気にしない。気にしたら負けだ。なにより俺の興味は目の前の「骨董品店」に注がれていて。
不安と寂しさとで誰かと会話したかった俺は、やっぱり何も考えずに、迷う事無くその店の扉を開いたんだった。
カラン
心地よい鐘の音が鳴る。
「・・・しつれいしまーす・・・。」
静かなその雰囲気に押されてかやや声が小さくなった。アレだ。初めての喫茶店に一人で入る気分だ。アレは気が重い。
一歩店の中へ足を踏み入れる。背後で扉がしまる音と、また鐘の音が聞こえた。
店内を一通り見渡す。骨董品店と銘うってるがそこは、俺からすればアンティーク店というより電気屋と言った方がしっくり来る品揃えの店だった。
とりあえず店内を物色する。品揃えは洗濯機、掃除機、携帯、電子辞書、パソコン等俺にとって身近な物ばかりだった。ただし、壊れていて使い物にならないけど。
と、思わず足を止める。棚に気になる物があったので手に取った。・・・何かの設計図のようだ。
工業系の学校に行っていた俺は一応図面なんてものも読めるのだ。みたところ間接やらギアやらあって・・・。どうやら何かのロボットの設計図のようだ。
この設計図、なんでか「屋敷見取り図」という名前で売られている。こんな家には住みたくないよ、俺。
その設計図を眺めていると奥から一人の男性がやって来た。この店の店主のようだ。
俺の方へ一度顔を向けて、こんな路地裏に来るにしては珍しい客なんだろうな、なんとも言えない顔をしていた。
とりあえず。興味がわいたのでこの図面について聞いてみる。
「あのー。この図面なんですけど。」
「200V。」
・・・値段を答えられてしまった。しかも安いな。
その安さに思わず心が揺らいで・・・見た所、複雑なパーツだが、なんというか、俺が作れない事も無い素材と組み立て方だったもんで・・・。
つまるところ、買ってしまった。
・・・まぁ、どうせチップやらなんやら無いから外見だけしか作れないんだけどね。
思ったより可愛らしい外見に出来上がりそうなそのロボットの設計図を見る。丸い所はドラ◯もんに似てるかもしれない。ポケットないけど。
骨董店から出て来た俺はふらふらと歩き出す。
コレを組み立てたらどんなものになるんだろうか。久々にもの作りに対する好奇心とか、興味、楽しさで胸がいっぱいになる。
ガン◯ラとか、プラモデルを組み立てるなんてのは一度は男ならやった事が有るはずだ。多分。俺はその時に他の人より感動が大きかったもんで工業の道なんて進んだんだけども。
わくわく感で心がときめく、散歩の途中で思わず衝動買いをした子供みたいな気分だ。
いつもより足取りが軽くなった俺は真っ直ぐに家に帰る為に歩き出す。
・・・歩き出す、が
「・・・こんな事してる場合じゃなかったんだった!!!帰り道どっちだよ!!!!!」
現実に気付いて頭を抱えながら右往左往する俺。アホの子って言うな!ちょっと頭回ってなかったんだよ!!色々有り過ぎて!!
結局俺は探しに来てくれた桔梗さんに見つかるまでゴミ箱の中に逆戻り。
見つけてもらった時にちょっと桔梗さんがしかめっ面だった事に情けなさとか感じてたり。
とりあえずもう一度あの謎のフードに出会う事はなかった。桔梗さんに聞くと「・・・めっそうもない」と言ってたので・・・逃げられたんだろうか。なんだか気を落としてたので昼は桔梗さんの好きな魚料理にしてもらおうと思った。
その後俺はアパートに戻り、アイゼルに「買い物は?」と聞かれて、当初の予定もままならない自分にもうなんだかやってられなくなるのだった。
今回は少々暗めのお話?どうしても霧の話をすると某霧の都のジャックさんが頭を過る性かいつもと違ったお話に。ザ・リッパーと続けて読むと誰のことか一目瞭然。
霧は本当になるときは5m先が見えないです。かつてその状況で突然電柱柱が現れたりと、かなり心臓に悪い通学をした覚えがあります。
道の傍らにいる犬が、寝てるのか死んでるのか判別出来ないんですよ。アレは怖かった。一種のホラー状態でした。
でも未だに霧の日は心躍ります。なんか楽しい。