第18話 路地裏の十字角
「よいしょっと。重くないっすか桔梗さん。」
「むぅ。」
とある市場の帰り道。
太陽が天高く登る頃、俺は桔梗さんと共に家路についていた。
市場からの帰り道には少しばかり傾斜のついた上り坂がある。
そこを登りきった後、下り坂があり、その途中の道を曲がっていつも俺達は家路につくのだ。
しかし、この日は少し様子が違った。
この日、俺達は市場の大安売りキャンペーン中という事で大量の荷物を持っていた。
いや、まぁ、ほとんどを桔梗さんが持ってくれたんだがそこらへんは割合してだ。
俺の麻袋にはなんというか・・・。お約束のように丸い野菜を大量に詰めていたわけだ。
この上り坂と下り坂を初めて見た時なんかそんな気がしていたので俺はこの道を通る時にはいつも注意をしていたんだ。
が、まぁ人間の注意なんて日常の中で薄れていくもので。
ガッ!
「うぇ?」
俺は、見事にその丸い野菜を盛大にぶちまけた。
その事に驚いた俺は桔梗さんを放置し、おむすびころりんならぬ野菜との追いかけっこを始めたのだった。
ずっと野菜を見つめて走っていた俺は桔梗さんの声に気付かなかったわけで。
それでまぁ、お約束通りに————
「・・・こんな所にいるのだった。」
見渡す限りにおいて、これでもかという程の薄暗い路地裏に————
・・・まずい。まずいぞ。帰り方がさっぱりわからん。しかも怖い。超怖い。
俺は今、路地裏に居る。薄暗い路地裏の雰囲気に俺はもうたじたじだった。
路地裏に立ち尽くす俺。右をみても左をみても見えるのは細い迷路のような道と高い壁のみである。
俺はこんな路地裏に来た事は一度もない。何故かって?怖いからだ。現代の外国では路地裏なんかにいこうもんなら観光客なんてフルボッコだ。特に日本人。
そんなカモネギ条件にぴったりな俺がこの世界の路地裏なんぞに迷い込めば、なんというか終わりが見えた状態になるのだった。明確に言葉でいうと死亡フラグが立ちそうな気がするので思わないようにする。
後ろを向いてみた。無理だ。一切道がわからん。
俺の背後の道も同じように迷路のような入り組んでいて、そこをどう通って俺がここまでやって来たのかなんぞ一切わからない状態だった。
どこかに転がっていった野菜の果汁でもついてりゃ良かったのだが、俺が追いかけた野菜は現代でいうとこのキャベツで。まぁ、無理です。
さてどうしたものか。なんか走ってる間に桔梗さんが叫んでたし、待ってりゃそのうち桔梗さんが探しに来てくれるかもしれない。しれない、が。
ガタンッ・・・・!
・・・・!!・・・・・・・・・。・・・・!!!!!
シーン・・・・
・・・俺は、はたして助けが来るまで無事でいられるんだろうか・・・?
基本的に静かな路地なんだがたまに、物音や、人声や、何かを殴る音や・・・とまぁなんか想像したくない音が聞こえるもので。
・・・ここまでくるとやっぱりセオリー通りにゴミ箱に隠れるべきなんだろうか。
辺りを見回す。
・・・そんな都合良くゴミ箱なんかねぇよ!!!
そんな都合良く人が入れそうなゴミ箱があるわけが無い。
辺りに見えるのは路地が十字にクロスしている角とカーテンのかかっている窓くらいなモンである。あ、あと排水溝みたいなミゾと雨水用なんだろうか、なんかパイプみたいなのが壁沿いにある。
とことこ・・・
・・・・!あ、足音!?
足音が聞こえる。
一瞬、体を硬直させる俺。しかし良く聞いてみるとなんか微笑ましい擬音語がつきそうな足音のような・・・?
とこと・・・
「あ。」
「ほえ?」
足音の主は俺のすぐ目の前にある十字角から出て来た。
その足音の主は俺の上げた声に気付いてこちらを見る。
少女だ。弓矢のクラムと同じくらいの年の女の子がそこにいた。髪を結って短いポニーテールにしているその子は穏やかな雰囲気を醸し出していて、この路地裏の雰囲気に似合わず浮いている。
上品そうな服を着た少女はこちらを見ると少し驚いたような表情で話しかけて来た。
「・・・お兄ちゃん。だぁれ?」
「え、っと・・・・。ヤマウチ、ケイスケ?」
質問に疑問符で返してしまった。冷静さのない混乱しやすいお兄ちゃんの頭を許しておくれ。
俺がそう答えると、また少女は少し驚いたような表情を見せた。
・・・なんだろう。なんか顔についてたりするんだろうか。
いや、俺もどことなく見当違いな事を考えてた気はしたんだがそこはあれだ。混乱すると俺の脳は完全に活動を放棄してしまうらしく。要するに頭がまっちろでした。うん。
ダダダダダ・・・
その時、また十字路の奥から誰かが走って来る音が聞こえた。
今度は少女のような微笑ましい擬音語ではない。この足音だと男の足音じゃないだろうか。
・・・そして、桔梗さんでも無い。桔梗さんは忍者だ。たとえ焦っていたとしても足音を立てずに気付いたら後ろに居るような人だ。ならば、誰なのか。
俺は少女をかばうようにして立つ。俺がかばった所でどうにもならないと思うがこんな小さい子の前でかっこわるい事は出来ない。と、格好つけてみる。足が震えてるのは見なかった事にする。武者震いです。多分。
しかし、ゴロツキとかだったらどうしようか。この世界にマフィアみたいな人っているんだろうかなー・・・。・・・勝ち目、ないよなー・・・。
半泣き状態でポニーテールの少女の前に立つ。顔は見えないので安心だ。足の震えはバレてるような気はするけど。
音がこちらに近づいて来る・・・。
薄暗い路地裏で性別がわかる所まで近づいて来た。その人物と目があう。いや、目元は黒髪で覆われていて顔は判別出来ないが男性のようだった。アイゼルさんよりも年上だろう。
その人物は俺と目が合った瞬間、急に足を止めた。俺を警戒しているのかカモネギだと喜んでいるのか判別はつかないが・・・相手は特に武器等は持っていないようだ、とりあえず手には。・・・持っていないと願いたい。
俺とその前髪で表情の見えない黒髪の男性との間に緊迫した空気が流れる———
「あー!バシエルくんだぁー!」
「だがら離れるとアブねぇってゆうどろうがぁー!!!」
「・・・アレ?もしかして俺お邪魔位置?」
———破れるのだった。
「ずまんがったな。この馬鹿お嬢が世話になっだ。」
「いや、それほどでも・・・?」
「いたいー・・・。バシエルくんが先に行っちゃうから悪いのにー。」
「先にいっだのはおめぇだろうや!!」
黒髪の男性——バシエルさんと女の子がもめている。
先程の緊迫した空気が破られた後、まっさきに黒髪の男性——バシエルさんが行った事は少女への見事なまでのげんこつだった。
なんでもバシエルさんが路地裏に用事があって、この女の子は勝手について来てしまったらしい。
バシエルさんが危ないので帰れと言ったらしいのだが何を思ったか少女はソレを振り切り、路地裏の奥へと走り去っていってしまったらしい。
慌てたバシエルさんが大急ぎで追いかけた所、女の子の前を陣取る不信な俺に出会ったと。この方便みたいな話方を理解出来たな俺。頑張ったよ俺。濁点多いよバシエルさん。
女の子は先程より安心した風な表情を見せていた。
きっと一人で走り出したのはバシエルさんと離れたくなかったからなんだろうなと思った。だからって路地裏について来るのはどうかと思うけどな。
空気の読める日本人な俺はこの程度のやり取りですでに彼等の人間関係を把握したのだった。日本人って素晴らしいね。
「あ、じごしょうかいがまだだった。おりゃはバシエル。こっちがアルガレータ。」
「アルだよー。」
「あ、ども。ヤマウチケイスケっす。」
自己紹介。今更ながら言ってみる。ついでに気になったので質問。
「バシエルさんはアルちゃんの護衛の方かなにかなんですか?」
「・・・なのだが。」
バシエルさんは実に微妙そうな顔をしていた。アレ?違うのだろうか。でも言葉は肯定してるみたいだし・・・?
俺がそう思ったのはアルちゃんの上品そうな格好と、バシエルさんの屈強そうな、強者のような雰囲気を感じたからだった。
上品そうな女の子+強そうな人=良いとこのお嬢様+護衛の傭兵?
といった式が俺の頭に浮かんだんだ。たいていこういう俺の感は外れる事は無くて。
その証拠に、アルガレータ——アルちゃんはバシエルさんと反対になんだかとっても嬉しそうな顔をしている。
と、その時。アルちゃんが言葉を発した。
「バシエルくん。そろそろお家帰らないとパパ怒るよね?」
「だあ!本当だ主人様におごられる!」
突然、アルちゃんの言葉を聞いたバシエルさんが驚いて声を上げる。何か重要な事のようだ。
俺もバシエルさんの声にびっくりして驚く。アルちゃんの様子を見るとこの辺の反応はいつも通りらしい。
主人様——バシエルさんの雇い主だろうかなんだか怖い人のようだ。バシエルさんの焦り具合が尋常じゃない。
「ずまんが時間がありゃせん。たずけて貰ったのにもうじわけない・・・。ちがいうちに礼にうかがうのでぞれまで待ってくれ。」
「いや・・・良いっすよ。俺結局なにもしてないし・・・。勘違いしただけですし。」
「やー!アルね、お兄ちゃんにお返しするの!」
アルちゃんに言い切られてしまった。アルちゃんが下から俺を見上げてくる。
日本人の謙遜の心の天敵は小さい子供の瞳ではないだろうか。無理です。断れません。
うまいこと策略にのせられたような気もするが、その後俺はしっかりとアイゼルのアパートの住所を喋らされたのだった。
去っていく二人を見送りつつ。呆然と立ち尽くす俺。
—————————って、アレ?
「っちょ、っちょっと待ってー!!俺を出口までつれってってぇー!!!!」
忘れてたけど俺って迷子だったんだよ!!!
その後俺はバシエルさんとアルちゃんとともに無事路地裏の出口までつれって貰ったのでした。めでたしめでたし。
「・・・むぅ?」
その日とある路地裏の一角で麻袋を片手に首を傾げる。ゴロツキ共をなぎ倒す和服の男性が居たのはまた別のお話。
最後の方が投げやりっぽく・・・ん、いつものことか。
上品なお嬢様アルガレータ、その護衛バシエルが登場です。
バシエルの方言に元ネタはありません。適当に自分の思う方言っぽい言葉で喋らしてます。