第17話 お祭り騒ぎ
「商品は此これで全部よ。」
色っぽいお姉さんが何やら麻袋に野菜を詰めて行く。
「ありがとうっす。なんだか忙しそうな時にすいません。」
お姉さんから麻袋を受け取った青年は申し訳なさそうに辺りを見回す。
何処か騒々しい雰囲気は朝の市場に似合わぬ情景であった。
「いいや。毎年の事だもの。それに祭りは夜なのだから心配はいらないよ坊や。」
そう返すお姉さんはどこか憂いに満ちた瞳で青年を見る。その瞳に見つめられればたいていの男はその瞳に欲望するであろう。
「へぇ、お祭りっすか。楽しそうですね!」
そう言うと青年はお姉さんの誘惑を振り切り、市場の出口へと向かって行った。
その後ろ姿を少々悔しそうに見送るお姉さん。お姉さんが悪いわけではないのだろうが。
青年は女や年上に興味が無い、といったわけではない。
今回のお祭りについて全く事前に情報を手に入れていなかった事。そして・・・
「お祭りかー。いや、あのお姉さんはいっつも良い事教えてくれるよなー。」
素晴らしいまでに、鈍感なのであった———
「何故、私が此処にいるのだ。」
夜———
空に満天の星が降る頃。俺達は夜の祭りへと繰り出していた。
メンバーは俺、アイゼル、桔梗さん、マグ兄弟、アリアさんの計5人だ。メリカナさんは騎士団でお祭りの警護しなくちゃいけないらしく外れている。
今朝、市場から帰った俺は早速アイゼルに祭りについて話した。この世界にも祭りがあると聞いて絶対見に行こうと決めていた。
皆で祭りに行こうという言葉にアイゼルは大反対したが、俺と桔梗さんとアリアさんの3人から責め立てられ同行を許可したのだった。
いや、個人的にアイゼルは来ない方が楽しめた気がしたんだけど、アリアさんはきっと一緒に祭りに行きたいだろうという理由があった。
俺としてはアイゼルにアリアさんとか勿体ないにも程があるのだが、やっぱりアリアさんの為と思ってそういう行動に出てしまうのだった。
・・・まさか祭り会場までの道のりでまさかマグ兄弟に出会うとは思わなかったです。そんなにきっつい表情でこっちを見ないでー・・・。
そう、うっかりマグ兄弟に出会ったのである。出会った瞬間のアイゼルは凄かった。第一に投げ飛ばそうとしてたしなー。
それを俺と、事情の知らない桔梗さんとアリアさんが止めて、それを見たマグ兄弟が何故か「祭りに行くんだろ?俺等も一緒に行くぜ」なんて火に油を笑顔で注いでくれたのだった。
「なーアイゼル。このりんご飴やるよ飴食い終わったから。」
「この金魚あげますよ。僕飼い方知らないし。」
先を歩く俺、桔梗さん、アリアさんの3人の背後からマグ兄弟がアイゼルにちょっかいをかけている声が聞こえる。
アイゼルは無視しているようだがその機嫌の悪さは背中で感じ取れる程だ。振り向きたく無い。本当に。
しかし地味に嫌な嫌がらせばっかり行ってるな・・・。
この世界にも同じように夜店というものがあるらしく、今俺達の歩いてる道の左右に夜店がずらりと並んでいる。
ちらっと見ただけだが現代の夜店とあまり変わらないらしく、マグ兄弟の兄、メークが持っているような【りんご飴】のように俺の良く知っているものもあるようだ。
・・・味も同じなら、本当に地味な嫌がらせしてるな、こいつ等・・・。
アリアさんが心配そうにちらちら後ろを振り返っている。見なくて良いよ。本当に。
桔梗さんは我関せぬといった所だ。さすが忍者。いや忍者関係ないか。
「あ、ケイスケさん!」
呼ばれた方へぱっと振り向く。
振り向いた先にはいつもの白い看護服ではない私服を着たシリアさんが居た。
気付いた俺はシリアさんへ向かって手を振る。
「シリアさ———
スシャッ
「こりねぇな。あんた。」
————いや、お前も、な————。
ほんの一センチ先をかすめていった矢に俺は腰を抜かしながらそう答えつつ。
俺は先程の言葉をシリアさん——から、シリアさん一家と訂正するのだった。
「すみません!本当にすみません!」
シリアさんが俺に向かって頭を下げている。大丈夫、シリアさんは全然悪くないんす。ただ人混みのまっただ中に弓で矢を射るこの小僧が悪いんです。
その張本人——弟のクラムは知らん顔で姉のシリアさんの隣に立っている。
この人混みの中誰にも当てずに俺の横を狙って弓を射るその技術は凄いんだけど使い方を凄い間違えている。この集中力が俺を射る時のみに使用されるのは凄くもったいない。
「あ、すみません自己紹介が遅れました。私はシリアです。こっちは弟のクラム。こっちが父のシェパです。」
「・・・アリアよ。」
「あぁ。俺はマグ=メークだ。面白い事やるな坊主。」
「全くだね。僕はマグ=キーク。宜しく。」
「・・・むぅ。」
皆自己紹介を始めてしまった。始めたのは良いんだけど誰もさっきの矢についてつっこまないのはなんでだ。
というかマグ兄弟は何を言ってるんだ。誰か弓矢の事を咎めようぜ。っは!まさかこれってこの世界のデフォルト!?嫌過ぎる!!
「そんな訳ありません。」
祭りの賑やかさの中でもひときわ通る声——メリカナさんがいつの間にか側まで来ていた。どうやら警備配置がこの辺りだったらしい。
きちんと騎士の格好をするメリカナさんはピチっとしていてなんだかかっこよかった。
メリカナさんがクラムの弓を取り上げる。
「あ!なにするんだよ返せ!」
「危険人物に武器を持たせっぱなしにするわけが無いでしょう。コレは祭りが終わるまで没収です。それと監視を兼ねてつけさせてもらいますので。」
「あぁ・・・。ご迷惑をかけて本当にすみません!ほら、クラムごめんなさいって!」
またシリアさんが頭を下げ始めた。勿論クラムに詫びる気持ちはひとかけらも無い用で弓を取り返そうと頑張っている。頑張ってはいるが現役騎士に勝てるわけが無くことごとく遊ばれていた。
「元気が良いってのはいいもんだね。」
「むぅ。」
「そうなのかしら。・・・アイゼルさんはどう思うの?」
「知らん。興味無い。」
そう返す人達。上からシェパ先生、桔梗さん、アリアさん、アイゼルの順番だ。シェパ先生あんたクラムの親なんだからなんとかしてくださいよ。後同意しないで桔梗さん・・・。
ふと、マグ兄弟が発言していない事に気付く。というか、何処だ?
きょろきょろと周りを見渡す。いない。人が多いせいではぐれたんだろうか。・・・いや、違うな。
俺は横目でまだもめているメリカナさんを見る。間違いない。逃げたな。
マグ兄弟はメリカナさんに追いかけ回される前にとっとと退散したらしい。さすが【空翔】。逃げる早さが段違いだ。
そんな失礼な事を思いつつ俺達は移動する。
元々、俺達には目的地があり。マグ兄弟も同じ目的だった為ついて来た、という理由もあったのだ。逃げたけど。
左右の夜店を眺めつつ、俺達は先へと足を進める。
夜店の道を素早く移動する事は出来ないけど、きっと時間には間に合うだろう。
本日のメインイベント、俺はコレを見る為にこの祭りに来たと言っても過言じゃないのだ。
「ここか・・・。」
目的の場所。大きな湖に面している波止場にたどり着いた。そこにはもうたくさんの見物人がいて、皆どことなく何かを楽しみにしているようだった。
「どこか座る場所を探す?」
アリアさんがそう提案する。
「この様子じゃ座る所等無いのではないでしょうか。」
「むぅ。」
「待て、この先少し行った所に人の少ない場所がある。そこへ移動する。」
「では、案内お願いします。」
アリアさんの提案にそう返したアイゼルは波止場の奥へと移動する。
林のようなその場所には少し高くなっている場所があり、そこは広場のようになっていた。
空を仰ぐと満天の星空が、少し視点を落とすと波止場を上から一望出来た。
「へぇ、ここからなら良く見えそうだな。なぁ姉ちゃん。」
「そうだねぇクラム。傾斜になってるから落ちないようにしてくれな?」
「姉ちゃんじゃあるめぇし落ちねえよ。」
「落ちません!」
「・・・むぅ。」
シリアさん一家と桔梗さんの会話が聞こえる。なんだかんだ良いながら楽しそうだ。
俺はその会話を聞きながらも少し離れた位置に座り。いまかいまかとその時を待った。
・・・ヒュ〜ー・・・・・・
あ。
ドォォオオオンッ・・・・
その音を聞き、波止場に居た人々全員が一斉に空を仰いだ。
人々が仰ぐその空には、満天の星と、火で彩られた美しい花々が咲いては散っていく———
「花火———」
懐かしいその花火に、俺は現代の面影を見た。
俺の目の前には花火と、ここで知り合った人々と。後ろには俺を助けてくれた変わった二人組がいて。
少しくらい落ちるかと思った涙は溢れず。ただ——
ただ、幸せな気持ちで、俺はその花火を見続けたのだった———————
「メリカナ。貴殿の仕事は危険人物の監視であったのか?」
「いいえ、配置場所の警備でしたが何か?」
「・・・そうか、気にするな。花火を楽しめ。」
「?そうですか。」
以上。前々から書きたかった祭りの話でした。昨日更新が無かったのはアレです。朝からにこにこしてました。
明日は研究発表の日です。更新は未定。
今回の登場人物の多さにさばききれてない感がもの凄くする。マグ兄弟途中退場ですみません。スペックが足りない。
メリカナさんは配置場所の警備が仕事でしたが上司がかったるい奴の為適当な理由を見つけて逃げてきました。皆さんはこんな理由で仕事を放棄しないでくださいね。駄目、絶対。