第16話 俺様と忍者のお仕事
「・・・ふむ、薄暗いな。」
その建物の中は大変薄暗く私のすぐ先一寸の所も闇に飲まれていた。
私はすぐに術を唱え灯りをつける。
「むぅ。」
突然の灯りに私の隣から非難の声が聞こえる。私の知った事か、眩しいのなら早く目を慣らせ。
私の辞書に理不尽という言葉を書き込む馬鹿はいない。私はその建物の奥へと歩みを進めた。
そう、今の私の唯一の生きる意味であるその建物———【遺跡】へ————
「・・・むぅ。」
「手早く仕事を終わらせる。私はこの【遺跡】に【獣】退治に来たわけではない。私の興味は飽くまで【遺跡調査】だ。無駄な浪費は好まん。」
そう行って私は【遺跡】の奥へと足を進める。今回の仕事の相方——桔梗丸も黙って私の後について来た。
ふむ、やはり思った通りだ。桔梗丸ならばいつも何故か言われる小言に時間を取られる事なく仕事が進んで大変気分が良い。
小言の原因?・・・私が知るわけ無いだろう。
さて、それでは状況説明といこう。
今現在、私達はとある仕事によりこの【遺跡】に足を踏み入れている。
今回私達が請け負った仕事はこの【遺跡】にはびこる【獣】《ビースト》を退治せよというものだ。
本来このような遺跡は王家の騎士団により管理され何人たりとも中へ足を踏み入れる事は出来ない。しかし今回のような場合は別である。
まず、第一にこの遺跡が王都から遠過ぎる位置にある事だ。敵の多い王を守るのが騎士団の仕事であり、このように王都から遠い遺跡まで奴らは手を回す余裕等無い。
次に、この遺跡が【獣】《ビースト》の住処となってしまった事があげられよう。
そして、最後の理由はこの遺跡の近くに町がある、と言う事だ。
まぁ、この程度の説明では諸君等の脳では理解しきれなかったであろう。よってもう少し詳しい説明を私が行う。長文に仕上がるが貴殿等に拒否権は無い。
さて、まずは先程話に上がった【獣】《ビースト》の事から貴殿等に説明しなければなるまい。
ケイスケの言う世界では獣とは犬、猫等の事を言ったようだが私の世界で【獣】とは【人を襲う怪物】を意味する。
【怪物】と称してあるがその種類は様々あり、犬、熊のようなモノから人形、竜のような巨大なモノまである。共通事項は二つ、ほとんどの【獣】は人を襲う事を目的としている事、【獣】に致命傷を与えると煙のように消える事だ。
前者は紆余曲折あり審議はさだかではない。が、少なくとも私の今まで出会った【獣】は必ず人を襲っていた。後者は説明の仕様が無い。消えるのだ。霧の用に、煙の用に。
何故消えるのかについては不明だ。【獣】の生態系はまだ解明されておらず、この世界では【人を襲う怪物】としか認識されていない。
さて、ここまで言えば貴殿等でも理解出来るだろう。
【人を襲う怪物】の拠点が【町】の近くに有り【騎士団】が来ない。となれば私達のような傭兵の出番と言うわけだ。この世界に傭兵が居る理由、貴殿等にも理解で来たであろう?
さて、長話はここまでとして本題——【遺跡】の方へ視点を移すとしよう。
この遺跡は大きな建物としてこの場所に立っていたようだ。しかし今はその巨大な建物の内半分は崩れ落ちてしまっている。
崩れ落ちた付近は小さな小石が上からパラパラと時折落ちている。近づくのは危険であろう。
上の階も同様。この建物は4階建てとなっているが、半壊したこの様子だと上の階の床は既にボロボロだろうな。今回はあまり遺跡に衝撃を与える事なく遂行したいものだが、さて・・・。
「桔梗丸。貴殿はこの遺跡内の何処に【獣】が居ると思う?」
「む?」
問題は今回討伐するべき【獣】の位置だ。建物内を一瞥するがめぼしいものは見つからん、ので桔梗丸に問うてみた。
突然の問いではあったが桔梗丸はすぐさま考えを巡らし【獣】の所在を探るべく行動に移す。むろん私も所在を探すべく作業へ移る。
うむ、実に迅速で良い判断だ。どこかの先人や騎士等にも見習わせたいものだ。今頃盛大なクシャミでもしているに違いない。
自分を棚に上げて——そんな言葉も私の辞書には勿論無い。
「・・・む。」
桔梗丸が何か見つけたようだ。
常にこのような返答しかせんので何を言いたいのかはわからんが。桔梗丸の指し示す方へ顔を向ける。
「ふむ、これは・・・。」
それは、犬にも似た【足跡】であった。
むろんそれは犬の足跡ではない。私のつけた足跡と同様、いやそれ以上の大きさの足跡だ。経験上このような足跡を付ける【生き物】を私は一つしか知らない。
勿論、【獣】である——
「桔梗丸のお手柄のようだ。それではさっそくこの足跡の主の元へと向かうとするか。」
「むぅ。」
私は背中の【槍】を右手に取る。準備は良し、さて何があるものか。
私と桔梗丸は足跡の続く——1階奥、崩壊の起きた場所とは逆方向へと足を進める。
私達が足を進める方向は先程の場所ー入り口よりもさらに闇が濃くなっている。
すぐ手元に浮かぶ灯りーー私の術によって構成された【cd】《カンデラ》の光を少し強めた。
少し歩いた先に広い部屋があった。
いや部屋と言うには語弊がある。正しく言えば廊下の幅が極端に大きくなったのだ。
大きく視界が開けたその場所には——
・・・・ルルウルルゥゥゥゥ・・・
一つの殺意が渦巻いている———
・・・ウルシァァァアアッ!!!!!
視界の開けたその場に陣取るは狼のような風貌をした一匹の【獣】であった。
私達の姿を確認するやいなや、突然の唸り声とともに私達の元へと突進して来る。
直ぐさま、私達はその場を離れ【獣】の突進を避ける。
ガアアアン・・・・
【獣】が壁に突進した音だ。
ふむ、これは少々不味いな。
【獣】が激突した壁を見やり私はそう考える。
思ったより強烈な突進だったようだ。【獣】の頭は壁に埋まり必死に抜こうともがいている。
壁は、頭上へ続いている——つまり。
「・・・早めに勝負を決めんとこのまま【獣】と共に遺跡に潰されてお陀仏となるな。」
冗談では無い。世界の中心たるこの私がこのような場所で、【遺跡】と言う名のお宝を目の前に人生を終える等言語道断である。
【獣】はもうすぐ自身の頭を抜き、もう一度こちらへ先程の突進を見合わせにくるであろう。
あの突進は遺跡を傷つけ、私の生死をも危ぶませる——ん?桔梗丸?何故私が他人の心配をせねばならんのだ?そんな事より——
「桔梗丸!」
私は桔梗丸の名を呼ぶ。
姿が見えた。私とは逆方向へ逃げていたらしい。その手には既に奴の肩にあった刀が握られている。
私は右手に握っていた【槍】—ハルバートを構え直す。
「私が仕掛ける、援護せよ。あの突進はさせるな、全力で阻止だ。」
「むぅ。」
桔梗丸が頷く。直ぐさま言葉の意味を理解した桔梗丸は刀を一旦鞘に収め、懐より鎖がまを取り出し構えた。
【獣】はまだ完全に動ける状態では無いようだ——ならば、今が勝負時。
そう確信した私は【獣】へと近づくーー桔梗丸も少し距離を置きつつ私の後ろへついて来る。
一撃目は尾へ———
一撃目、ハルバートを上へ振りかぶる。【獣】に気付かれる前にそのまま上から下へとハルバートを振り下ろした——。
ウルルアアアアッ!!!
やかましい。もう少し静かに叫べんのか。
一撃の元に【獣】の尾を刈り取ることは叶わなかったがそこそこの手傷は負わせれたらしい。
完全に埋まっていた頭を抜いた【獣】は尾へ傷を負わせた私に狙いを定め、突進すべしと構えを取った。
が、むろんその攻撃は未遂に終わる。
「・・・むっ!」
【獣】が私へ突進を繰り出さんとするその時、桔梗丸の操る鎖がまの分銅が【獣】の足下へと直撃した。
私しか見えていない【獣】は予想だにしない攻撃に一瞬怯む。その隙に私は【獣】の無防備な【目】へとハルバートを振った。
ルルルルゥゥゥウゥウアアアアアッ!!!!
・・・とてつもない雑音だ。聞くに堪えん。
振るった一撃は見事【獣】の右目へと直撃した。【獣】はその痛みに耐えかねてその場を暴れ回る。
私は一旦桔梗丸の位置まで下がり、桔梗丸へ目で合図を送る——頷いた。
桔梗丸の返答を確認した後私達はこの空間の入り口である、少し狭まった廊下へと足を向ける。
ルルゥウゥウ・・・・
【獣】が私達の元へと顔を向けた。
どうやら目をやられたのが相当頭にきたらしい。先程よりも心地よい殺気を私達に向かって放っている。
しかし、もう既に貴様は策の内にある。後は私達の力量があの【獣】に勝か劣るか——だ。
凄まじい咆哮と共に【獣】は私達の方へ力強い歩みを進める。
次第にそれは早さを増し、私達を殺す【弾丸】へとその身を変えて行く———。
「・・・むぅ!」
ッシュ!
桔梗丸の放つ飛び道具が【獣】の体に突き刺さる。が、【獣】は一向に歩みを止める様子は無い。
このまま、何もせねば私達は【獣】の突進により先程の壁の二の舞になるのだが———
さて、今の状況を少し整理しようではないか。
私達は薄暗い廊下の幅が大きく広がった空間に居た。
その空間に灯りは無く唯一の光源は私の術による灯り【cd】《カンデラ》のみである。
現在私達は先程より少し位置を移動しており、今はこの少し廊下の幅が広まった空間の入り口—先程より狭い廊下に立っている。
私達の立っている場所へ【突進】する為には必ず私達の【真正面】から突進する事になる。
さらに言うのならば先程私が攻撃した目は視力を低下させるに至ったものの、光は感じ取れるようで———
『ふむ、そろそろ終わりの時が来たようだ。』
!?・・・ッウュッルアアア!!!!
【獣】の眼前に最高光度の【cd】《カンデラ》を灯す。
突然の眩しい光に目が眩んだ【獣】はその場に急停止する形となる。
むろん、その隙を逃す理由等私の策には無い。
『貴様との勝負は有意義では無い。』
『そろそろ飽いた。此れにて命の終焉と幕を降ろせ。』
私の【言霊】がその空間に響き渡る。
その響きと同調するように淡い青の光が私を、ハルバートを包み込む。
私は術が込められたハルバートを【獣】へと構える。【言霊】は後二言。
未だ悶える【獣】を一瞥し、私は必殺の構えを取り——
『終焉に相応しい輝きと熱を、
———貴様に、くれてやろうではないか−———————』
必殺の一撃を、放った———
『【EV】《エレクトリック・ヴォルタ》———
空間が、青き光に染まった—————
「・・・ふむ、少しやり過ぎたか。」
「・・・むぅ。」
またもや隣から避難の声があがる。が、私は最初に発言した通りだ。再び説明するまでもない。
私の眼前には壁も床も黒焦げた空間が広がっている。その中心には先程まで私の雷に打たれた【獣】が転がっていた。が、今は地面に黒い焦げ後を残すのみでそこには何も無い。
これが【獣】を倒した証拠だ。後は何も残らず、ただ戦いの後だけがその場に残される。
私は一歩、その黒焦げた空間に足を踏み入れた。
ふむ、なかなか良い素材の壁、床のようだ。私の繰り出した【雷】に耐えうるとは流石は先人の【遺跡】と言った所だろうか。
さぁ、関心している場合ではない。私の知識欲がうずいている。
私は進んだ一歩をそのままに振り返る。
「仕事は済んだ。次は私の個人的な探究心にお付き合い願おう。」
さぁ、さっそく本題へと入ろうか————
「願おう」とか言ってますが拒否権は勿論ないのがアイゼルです。久々のアイゼル視点で偉い長くなりました。
前回と繋がった話になってます。前回の仕事に行ったアイゼルと桔梗丸の話です。
アイゼルは貴殿と貴様を地味に使い分けてます。存在を認めてるの奴には「貴殿」その他は「貴様」と呼びます。
さて、今回初めて【術】と【獣】が真面目に出てきました。今まではちょろっと名前が出ただけでした。
【獣】は本編でアイゼルが説明した通りです。
【術】についてですが・・・術の名前にセンスが無くて済みません。一応アイゼルは【雷】と言う事で【cd】や【EV】のように電気や光の単位を術名にしてみました。【EV】は二つの記号をくっ付けた物で本来は両方【V】《ボルト》という単位なのですが、技名としてどうかと思ったので少々変更。【cd】は本当にそう言う光度の単位のようです。
術の詳しい説明はまた次回で。