第13話 乙女心は天秤ばかりじゃ図れない
高い天井。
ずらりと並ぶ本棚。
天井まで届く本棚には所狭しと書物が並び、古き教えを今に残さんと手に取られるのを待っている。
石畳の床、天井も同じく石で作られている。壁に窓はない。
書物は火の光を嫌い火の灯りを好む為であろう。
今、一つの書物がその役目を果たさんとしている。
黒髪の女性———————
彼女は豊満なその胸に何を宿し書物を手に取るのだろうか。
知識を求める者に本は平等に知恵を与える。しかし間違える事勿れ。
その知識を、知恵を読み取り扱うのはあくまで【あなた】である事を—————
「・・・・むぅ。」
「お、それそれ。見つけてくれてありがと桔梗さん。」
「・・めっそうもない。」
国立王都大図書館【ヘルスギア】————
この国、アセレスティアの中でも一番の質、量を併せ持つ巨大図書館だ。
俺と桔梗——桔梗丸さんは今この図書館の地下にいる。
桔梗さんはまだここに来た時あった傷がまだ治ってなのだが・・・。俺が図書館に行くというと何故か自分も図書館に行きたいと言い出した。なんで?
俺としてはあんまり図書館って好きなイメージないんだけどな・・・。この世界に来てからはよく利用してるけど。
桔梗さんのお目当ての本も俺と同じ物———つまり【遺跡】関連の物らしく、今一緒にカビ臭い地下に降りて来ているのだった。
地下のが安全ってのはわかるけどカビくらいなんとかしたほうが良いんじゃないのか?
「桔梗さんはどんな本を探しに来たんですか?探してもらったし俺手伝いますよ。」
ちなみに俺はアイゼルの手伝いで本を探しに来た事になっている。ありがたいけどなんかありがたくない。
「・・・めっそうもない。」
「いやいや、お手伝いしますって。」
最初の頃から桔梗さんは何故か「むぅ。(肯定)」と「めっそうもない。(否定)」しか言わない。異常なまでの無口らしい。
特に会話が困るわけでもないから別に良いんだけど気になる。なんか忍者のようだけど忍者ってそういう決まりでもあるんだろうか。
更に日本人である俺よりも遠慮深いのが桔梗さんの特徴だ。無理矢理にとか強引に手伝おうとしない限りずっと否定の言葉しか行ってくれないのでちょっと心配になる。・・・日本人も他の国の人からみたらこう思われるんだろうか。
「コレ関係の遺跡の資料ですか?」
桔梗さんの手元の資料を勝手にのぞく。コレくらいしないと本当になにも言ってくれないので困る。
「・・・・・・むぅ。」
肯定らしい。簡潔で実にわかりやすい返答だ。
「確かこれはもうちょと奥で見た事あるような・・・?」
そう呟きつつ俺は地下の奥へと進む。桔梗さんもその後を着いて来てる・・・?多分。足音がしないので不安になるけどいままでの経験上後ろに着いて来てくれてるはず。
最初、何気なく振り向いた背後にに桔梗さんが立っていた時は本当にびっくりした。気配無いし流石忍者!なんだけど心臓に悪いって・・・・。
・・・ん?なんでちょっとみただけで桔梗さんの探してる本の在処がわかるんだって?
ん、まぁ・・・一応、俺も元の世界に帰る方法を探しているもんで。ここにはそれなりに来てたりする。収穫は全然ないけど。
ここの資料は量は凄いけどあんまり重要なものは置いてないらしい。まぁ一般人も見れる場所だししょうがないんだろうな・・・。
最近の一日の予定は、まず昼までに家事を終わらせ、昼食の後買い物(ここの市場は昼でも開いてる!)その後マグ兄弟とのお茶タイム、んで図書館での調べもの・・・ってな感じになっている。
桔梗さんは今日の買い物も手伝ってくれたんだよな・・・。いい人だ。マグ兄弟に会っても特に文句も言わずに無言で隣に座り続けてくれたんだよな・・・。いい人だ。アイゼルさんの話も嫌な顔せずちゃんと聞いてるし・・・。いい人だ。和名で名前も覚えやすい+言いやすいし・・・・・・・・。うん、もの凄くいい人だ、桔梗さん。
「えー・・・、あそこらへんに確か・・・。」
無い脳味噌を絞って記憶を探る。
確かあの辺にこのタイトルの本があったと思うんだけどなー・・・。
・・・・って、アレ?
自分で指した先、本棚すぐ側に人影がある。
誰か居る・・・。
俺が指し示した先に女の人が居た。
年はおそらくメリカナさんとあまり変わらないだろう。しかし少々露出の多い服からのぞく豊満な胸はメリカナさんと比べ物に・・・げふんげふん。殺される。止めとこう。
長く黒い前髪が目元を隠しているためその表情を窺い知る事は出来ない。出来ない、が・・・?
気のせいか、こっちを見てる?
桔梗さんか?桔梗さんの方を見る。・・・うん。こっちも表情が見えない。理論的に。
長い黒髪の女性は俺を確認するとこちらに歩いて来た。
心当たりはまったくないがどうやら俺にようがあるらしい。なんでだ。覚えがないぞ、なんかしたのか俺。
長い黒髪の女性は俺のすぐ目の前まで来ると、俺に向かって口を開いた。
「・・・はじめまして。」
「あ、え、あ。・・・はじめまして。」
初対面だったらしい。じゃ、なんで俺の所に来たんだ。
混乱中の俺をほって桔梗さんは先に進んで行ってしまった。どうやらこの事より遺跡の資料の方がに興味があるらしい。
いや、そうだろうけどさ!置いてかんといてぇ!こんな良くわからん状況で!なんか負のオーラを感じるんだよ!この人から!!!
「あの・・・。」
「はいぃぃ!」
変な声が出た。だって!緊張するんだもんこの人!
そこまで来てふと、俺は目の前の長い黒髪の女性が本を持っている事に気付いた。ここは図書館。本を持ち歩いても不思議ではない。ただその表紙に書かれた言葉に、俺は一瞬ちょっとした期待が生まれた。
その本の、名は—————
「あなた・・・アイゼルさんの弟さんよね?」
−————【絶対成就!恋する少女のマル秘マニュアル!男のは見ちゃダ・メ・だ・ぞ☆】
「・・・・無理っすよ。ぜぇぇええっとぅぁあい、無理っすよ。」
「でもやってみないとわからないし。」
「・・・むぅ。」
所変わってここは某所アパートのアイゼル宅前。
先程、黒髪の女性————アリアからの衝撃告白の際大声を出してしまったケイスケは、まぁそのまま図書館に居れるわけがなくそうそうにその場を逃げ出したのだった。
アリアがケイスケに話しかけたのは他でもない。アイゼルの弟にアイゼルについて相談する為だそうだ。
彼女の情報網でもアイゼルのタイプの女性に関する情報は得られなかったそうな。そりゃそうだ。まず友人が少ない、ケイスケが知る以外に居るかどうかさえ怪しい。しかし何故またアイゼルに惚れてしまったのだろうか。
聞く所によるとアリアはなんでも以前アイゼルに声をかけられたのがそうとうに嬉しかったらしくなんと一目惚れしてしまったそうな。
なんて人間を好きになるんだ乙女って奴は。
彼女の本気の瞳を見て、言葉を聞いて諦めろとは言えなくなってしまったケイスケは彼女に告白の機会を与える為、今現在アイゼル宅前で部屋の主の帰省を待っているのだった。
・・・諦めろとは言えなくても絶対無理と言ってしまう所がケイスケの動揺っぷりを表しているようだ。
「こんなに暗い、ネクラ、真っ黒なあたしの負のオーラに臆する事なく始めて普通に話してくれたから・・・。」
「・・・臆するキャラじゃ、ないからな。あの人・・・。」
「むぅ。」
臆するわけねぇよ。だってアイゼルだぜ?人の話聞かないんだぜ?桔梗さんが即答する程の俺様なんだぜ?
こりゃ駄目だ。うん駄目だったら駄目だ。
恋する乙女は盲目って言うけどその通りなんだなぁ。完全にどっか行っちゃってるよ。
桔梗さんは後は野となれ山となれみたいな顔してるし。アリアさんは当たって砕けろ!みたいな顔してるし・・・。粉々だよ!!むしろ粉状に粉砕されるよ!!!
この俺の意見に桔梗さんも同意のようだ。俺と一緒でどう転んで考えてもアイゼルが縦に頷く光景が思い浮かばないらしい。
って、あぁ・・・!そうこうしてる間にもうそろそろ帰ってくる時間だ。
振られるとわかってる人の告白を見るのがこんなにもドキドキするもんだとは思わなかった。何時もは告白される同級生を見るたび「死ねぇ!」って念送ってたからなぁ・・・。え、俺?いや・・・俺は・・・あはははは・・・。
くいくい
桔梗さんが俺の裾を引っ張る。どうやらアイゼルが帰って来たようだ。なんで今日は帰ってくるんだ、途中で事故れよ。
・・・いやいやいや、なんか論点がおかしかったな今の。そういっても始まらないんだよ。今はとりあえずアリアさんが受けるショックをなるべく少なくするフォローを考えないと・・・。
とりあえず、帰って来たっぽいことをアリアさんに報告だ。
「えーっと。どうやら帰って来た・・・みたいなんすけど・・・。」
そういうとアリアさんは静かに頷いた。無表情ながら緊張しているようだ。無理も無い、あんなのに告白するんだもんな・・・。
手をよく見ると震えている。俺は告白をした事が無いが告白する人ってのは皆こんな風になるもんなんだろうか。
桔梗さんはじっと階段の方を見つめている。桔梗さんもこの後どうなるのか、少なくとも興味と心配はあるようだ。忍者といえどもやっぱり人間なんだな、と俺は思った。
カツ、カツ、カツ・・・。
階段を上がる音がする・・・。多分アイゼルだろうな。なんなんだ、なんかこっちまで緊張して来た。
カツ、カツ。
「・・・・ん?扉の前で何をしている、部屋の主の出迎えか?」
来ぃたぁぁぁああああ!!!!!!諸悪の根源!!!!帰れ!!!!待ってたけど帰って頼む切実に!!!!!
そう思った所でアイゼルが帰るわけが無い。扉の前を陣取っている俺達を不信に思いつつもこっちへ向かって歩いて来る。
ふと、アイゼルの足と目線が止まる。
「?ケイスケ、貴殿の隣の女性は何者だ?」
下を向き、何も言葉を発しないアリアさん。
俺は勿論答えない。アリアさんは———答えない。
・・・やはり突然本人の前で、しかも告白というのは無理があったようだ。
弟と名乗る俺に話かけて来た時点で度胸はあるだろうアリアさんだが流石に本人の目の前というのはキツいらしい。しかも彼女は自分が駄目駄目人間だと思っている。言ってあげたい、本当に駄目駄目なのは今目の前にいるコイツみたいな奴を言うのだと。
しかし下を向いたまま動かないアリアさんに、俺は何もしてやれない。桔梗さんだってそうだ。この問題はアリアさんとアイゼルの問題で俺達が首をつっこんでいいものじゃない。俺達の出番はアフターケアぐらいにしか無いのだ。
「・・・・。」
そう、無い———のだけれど——————
くいくい。
桔梗さんが俺の服の裾を引っ張る。
・・・そうっすよね。この問題は俺達が口をつっこむような事じゃないけど。
ちらり、アリアさんを見る。
・・・こんなに顔を赤くして、恥ずかしそうに、ちょっと目尻には輝くものが溢れていて、でも頑張ろうとしてる、そんな彼女をほって置くのはなんだか俺のガラじゃない。
それに、今は100、いや120・・・180%、無理無理無理絶対無理!!!と自身を持って言えるけど。
————やってみないと、わからないし————
「アイゼルさん、彼女は俺が連れてきたんすよ。」
俺がこう発言するとその場の全員の視線が俺に集まる。
アリアさんは不思議そうな顔をしている。勢いよく顔を上げたため前髪が上がり俺の位置からはっきりと顔が見える。
・・・良く見たら美人さんじゃねぇか。クソ、やっぱやめときゃ良かったかな。
アイゼルへ向けた体はそのままに、アリアさんの方へ顔だけを向ける。
大丈夫。口に出さずにアリアさんに向かって微笑んでみた。
大丈夫。とりあえず悪いようにはならない、と、思う。多分。
「彼女はアリアさん。近くに住んでる文学少女で———」
そこまで言ってからアイゼルの方へ向き直し、胸を張って次の言葉を言い切った。
「今日から家事のお手伝いをしてくれる人です!」
この一連の出来事には俺なりの考えがあった。
説明しよう、俺の考えはこうだ。
このままアリアさんがアイゼルに告白しても玉砕が当たり前。もしかしたらつまらない、と話さえ聞いてくれない可能性もある。なぜなら彼がアイゼルだから・・・って、いうのもあるけど。
実際、俺が見ず知らずの可愛い女の子に告白されても嬉しいよりまず不安とか不信が勝つと思う。だって突然接点もない可愛い子からの告白とか、どう考えても何かの罠だと思うね!振り込め詐欺の新たな手口かと思う。別に俺が捻くれてるわけじゃなく。・・・告白されてもピンっと来ないと思う。現実味がないからだ。
その相手が俺様アイゼルならなおさらだ。
見ず知らずの女じゃ確率は0%以下。それなら【見ず知らず】じゃなくすれば良いわけで。
無い頭で考えた結果、俺は彼女を【見ず知らずの女】では無く【家事のお手伝いさん】とアイゼルに紹介したわけだ。
【家事のお手伝いさん】もこの世界の普通の家庭では突然やって来ても受け入れてくれないだろうがそこはこのアイゼル。こういう変なイベントには結構弱い。先の桔梗さんを拾った出来事が良い例だ。
俺が謎の忍者桔梗さんを拾った時も言葉を遮った事に対して愚痴愚痴言われたが桔梗さんを拾った事に対しては何も言わなかった。他人のやる事、思う事に関して特に何も咎めないのがアイゼルの唯一の良い所なんじゃないかと俺は思う。他人に無関心とも言うが。
案の定、アイゼルは特に理由を聞くわけでもなく「ふむ、面白いな。俺に仕える事を光栄に思え。」といつも通りの言葉を発して家の中へと入って行った。
「・・・・すいません。勝手に好き勝手言っちゃって。」
ほうけてるアリアさんに事後報告になってしまったが事の次第を報告をする。
「・・・いえ。その・・・。」
・・・・どうしたんだろうか。やっぱり勝手に色々言ったのは不味かったんだろうか。
そういえばこの人メリカナさんぐらいの年のようだしなにか仕事とかある————
「幸せすぎてこの幸福感で死ねそうなんだけど、こういう時ってどうすれば良いのかしら。」
——とりあえず、背中のオーラを消せば・・・・いいんじゃ・・・ないか、・・・な?
ど う し て こ う な っ た。 >俺が知りたい。しかもめっさ長い。
何故か気付いたら乙女チックな恋の話に。報われてないけど。
前回のような忍者っぽさを求めてた人ごめんなさい。次回からはいつも通りです。お茶目心だったんです。しかし毎度オチが急いでマキマキだもんで急展開だよ。
最初は桔梗丸を病院に連れてって、ケイスケの運命の出会い———的な話の予定だったのに何故こうなった。出番少なくてごめんよ桔梗丸。
アリアさんは報われるのでしょうか。 それは 誰にも わからない。