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月夜の晩に貴方はやって来る

作者: HARUNE

月夜の晩に貴方はやって来る。

そして私は貴方に会いたくて月夜の晩にここへ来る。

月夜の晩にここで会おうね。

それが私達を繋ぐ唯一の約束。

 月夜の晩に貴方はやって来る。

 そして私は貴方に会いたくて月夜の晩はここへ来る。

 月夜の晩にここで会おうね。

 それが私達を繋ぐ唯一の約束。



 私は課題のレポートを書く手を休めて窓の外へと目をやった。

 月が空高く登っていた。

 今夜は満月。

 少し前までは雲に隠れていたが、いつの間にか風が雲を吹き飛ばして行ったようだ。

 彼は来ているだろうか。

 彼とのたった一つの約束だけを頼りに私は今日も出かける準備をする。

 彼との約束の場所は家と駅の間にある公園だ。



 出会いは偶然だった。

 その日私は彼氏と別れたばかりで、むしゃくしゃしていた。ずっとすれ違いで会えなかった彼に久しぶりに会えると思って、買ったばかりのワンピースを着て、いつも以上に念入りにお洒落をして、後は彼に会うだけだったのだ。

 なのに彼からの着信で、今日行けなくなった。君からの気持ちが感じられない。別れようって何よ。

 せめて会って話そうと言う私の意見も却下され、一方的に別れを告げられて、終わった。もう本当に終わってしまった。

 自分の全てを否定されたようで悔しかった。今にも泣き出しそうな心を無理矢理怒りに変えて、私は公園へと向かった。

 肩を怒らせて足早に階段を登る。

 そこは山の傾斜を利用した形の公園で、階段を登った所に見晴らしのいい開けた場所がある。ベンチが点在していて、私はとにかく泣き場所を求めてベンチの一つに腰掛けた。

 人気がないのが救いだった。

 空を見上げて呼吸を整える。

 空高く月が登っていた。

 皮肉なことに今夜は綺麗な蜂蜜色の満月。

 月を見ていたら、凄く切なくなって涙が込み上げてきたと思ったら、もう止まらなくなってしまい、私は声を上げて泣いた。どうせ誰もいやしない。

 せっかくお洒落もしたのに。

 付き合った期間だってたったの三か月。絶対にこれからだったのに。

 悔しい。悲しい。

 最初の出会いは運命的だった。少なくとも私はそう思っていた。

 だけどその後はすれ違いばかり。

 私達の時間はいつも噛み合っていなかった。



「やっぱり無理だったのかなあ。」

 ひとしきり泣いて少し落ち着いた所で、つぶやいた私の耳にカサッと言う音が聞こえた。

 恐る恐る音のした方を見ると、少し離れたベンチに若い男の人が座っていた。

 彼はこちらを見ていたようで、バチッと目が合った。多分。暗くてよく見えないけど、絶対こっちを見ていた。

 泣いている所を見られた?

 途端に羞恥心が私を襲う。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら入りたいとは正にこのこと。


 どちらからともなく会釈をした。

「大丈夫ですか?」

 目があって気まずいだろうに、彼はそう言った。

 その声が存外優しかったから、私はほっとして

 「はい。大丈夫です。」

 と慌てて涙を拭きながら答えた。

「良かったらどうぞ。」

 彼は席を立ってこちらへ歩いて来ると、手にしていた肉まんを半分に割って、片方を目の前に差し出した。

「ありがとうございます。」

 私は素直に受け取り、手の中の肉まんを見つめた。

 肉まんからはまだ温かい湯気が立ち上がっていた。

 思えば昼から何も食べていない。

 私は有り難くかぶりついた。

 肉まんは温かくて、冷えた身体と心に染み渡った。

 彼は元の席に戻ると自分の肉まんにかぶりついた。そして食べ終わると席を立ち

「元気出してね。じゃあ。」

 そう言って手を振ると立ち去って行った。


 それが、彼と私の出会いだった。



 それから私は何度か公園で彼と会った。

 何度か会う内に私達は色々話す間柄になっていた。

 不思議と彼に会えるのは決まって月夜だった。

 月の見えない曇りの日には会えなかった。

 会えなかった日は残念に思う自分に戸惑いながら、いつしか月夜の晩に公園へと通うのが私の日常になって行った。

「また会おうね。」

 何度目かの偶然の後、彼はそう言って去って行った。

 私も心の中でつぶやいた。

「月夜の晩にまたここで会おうね。」



 今夜は少し青白いけど、綺麗な満月だ。北風が雲を吹き飛ばしてくれた。私はコートを羽織り、公園へと向かう。

 空気が肌を刺し、吐息が白い。

 彼と初めて会ったあの日も綺麗な満月だった。

 彼はいるだろうか。

 はやる気持ちを抑えきれず、階段を駆け上がる。

 開けた高台に着くと私は辺りを見回した。

 彼はまだいない。

 私はベンチに腰掛けて空を見上げた。

 手には温かいミルクティーと彼の好きなコーヒー。それを手にした私の心も温かい。

 時折冷たく強い風が吹いて来て私は身を縮める。だけど寒さは感じなかったのだ。途中までは。



 彼を待った。だって今夜は月夜だから。

 だけどどれだけ待っても彼は来なくて、北風が殊更に寒くて、見上げると月は雲に隠れてしまっていた。

 私はミルクティーの蓋を開けて一口飲んだ。

「冷たっ。」

 ミルクティーも彼の好きなコーヒーもすっかり冷たくなっていた。


 その日彼が訪れることはなかった。



「月夜の晩にここで会おうね。」

 その約束は私が勝手に思っていただけなのかも知れない。会えないまま時は過ぎて、いつしかあれは本当は夢だったんじゃないかとすら思うようになって行った。



 そしてその年の春、私は学校を卒業して晴れて社会人となった。

 アフターファイブに気の合う同期の子達と数人で、お花見をしようと家の近くのあの公園に来ていた。

 公園には桜の木が沢山あって、お花見シーズンには結構な人でごった返すのだ。

 出店で買った味噌田楽と焼き鳥を手に、お花見に丁度良い場所を探す。何処も混み合っていたけれど

「あっ。あそこ。あそこが丁度空いてるよ。」

 同期の中でもムードメーカーの吉岡さんが桜の木の下の一画を指差した。

「早く行こう。取られちゃうよ。」

 そう言って走り出したのは佐々木さん。

 私達は後へ続いた。



「すみません。隣いいですか?」

 吉岡さんは僅かに空いている場所の隣りで宴会をしているグループに声をかけた。

「どうぞ。どうぞ。」

 少しお酒の入った若いサラリーマン達がこちらを見て言った。その中に見知った顔があった。

 間違いなく、彼だ。

「あれっ。久しぶり。」

 彼が私を見て人懐っこい笑顔を見せる。

「なに。なに。どう言う関係?」

 酔っ払いに絡まれながら彼は立ち上がってこちらへ歩いて来た。

「久しぶり。元気だった?」

「うん。」

 私は頷いて、平気な風を装いつつも内心ドキドキしていた。

 だってまた会えた。

 見上げた彼の向こうに桜の花の間から蜂蜜色の綺麗な満月が覗いていた。

 これは偶然だろうか。

 唐突にこの人と桜の季節も青葉の季節も、色づく紅葉も雪景色も一緒に過ごしたいと思った。

 私の中の恋心はまだ無くなってはいなかったようだ。

 偶然もそうそう何度も訪れてくれるわけじゃない。だから勇気を出して

「連絡先教えて。」

 少し前のめりになって言った。

「いいよ。僕も聞こうと思ってたんだ。」

 彼はそう言って笑った。

 初めて会った時と同じ優しい声で。


 私達の物語はまだ始まってはいないけれど、この先を紡いで行きたいな。



 やっぱり月夜の晩に貴方はやって来る。

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