失踪するには良い日取り
2020年2月1日。その日、後に『東雲集団転移事件』と呼ばれる学生集団失踪事件が都会の閑静な住宅街で発生した。
私立の高校に通う生徒、26人がその日を境に忽然と姿を消したのだ。
教師が教室を離れていた僅かな時間に事件は起きた。
教師が教室に入り、まず目にしたのはまだ授業中なのにもかかわらず無人の教室だった。驚いた教師が目を向ければ、机には開かれたままの教科書、地面には散乱したスマホやシャーペンがあった。それだけなら、授業中に生徒だけが一時的に教室から離れたように見えた。
しかし、教室の床一面に広がった魔方陣の存在がこの教室において強烈な非日常を演出していた。
最初、その現場を目にした教師は生徒のいたずらの一つだと考えた。彼は赴任してきたばかりの新米教師で比較的生徒とも近い年齢だったことから、よく生徒に揶揄われていたからだ。
「またあいつら俺を揶揄って…いくら俺が新米教師だからって、ホームルームを生徒全員がボイコットするなんてどうなってるんだ。委員長は?誰も止めなかったのか?確かにふざける生徒も多かったけど、その分真面目な生徒もいたんだけどなぁ…もっと普段から生徒に対して、厳しく当たるべきだったか…?」
「…まぁ考え続けていてもしょうがない。あいつらもしばらくすれば教室に戻って来るだろう」
しかし、5分経っても、10分経っても、その次の授業が終了するチャイムが鳴っても、その日、生徒が教室に再び顔を見せることはなかった。
彼らがいなくなった初日はこのことが大きな問題として取り上げられることはなかった。なぜなら、学校は彼らの失踪をこの信任教師と同じように単なる『子どもいたずら』として片づけたからだ。
片づけたという言い方も相応しくないのかもしれない。ただそういう出来事があったという風に受け止めただけだっただろう。
なぜなら、このクラスは特進クラスであり、良い成績さえ納めさえすれば、多少の素行不良が見逃されていたからだ。流石に学校に来た生徒全員が授業をボイコットするようなことはこのクラスでは起きていなかったが、決して普段の彼ら彼女らの授業態度は良いと呼べるものではなかった。
また前々年度から猛威を振るっているとあるウイルスの影響で、昨年まではオンラインで全ての授業が行われていたこと。
今年度に入っても授業や日によってはオンライン授業で生徒は登校しなくても良かったこと。などなど、様々な要因が相まり、夜になっても帰宅しない子どもを不審に思い、警察に連絡した親から警察へ、学校へと連絡を取るまで、この事が問題視されることはなかった。