リン! リン! リン!
ring! ring! ring!
Dreams Come True
日曜の午後、どこにも出かける予定のなかったあたしは、気持ちよく昼寝をしていた。それを、ヤツからのベルが中断したのだ。
ついこの間、新しい端末に替えて、和音で着信音が鳴るようにしておいたから良いようなものの……。
「もしもしぃ」
あからさまにいやそうに一言目を発すると、受話器の向こうからヤツの声が遠慮がちに聞こえてきた。
「ご、ごめん。もしかして、寝てた?」
慌ててあたしは声を半オクターブ上げ、ことさらに寝起きではないことを強調した。
「う、ううん、そんなことないよ、起きてたよ? 何、どうかした?」
ヤツの声はいつものように優しかった。
「うん、ちょっと、今近くまで来てるから、時間あいてたら会えないかなって思って」
(えっ?!)
ヤツの言葉の意味が一瞬分からなかったあたしは、黙ってしまった。それを、ヤツは拒絶と勘違いしたのだろう、続けてこう言った。
「良いよ、忙しいよね、ごめん。じゃぁ……」
あたしは慌ててこう叫んだ。
「いぃ、忙しくなんかないわ……ちょっとくらいなら、時間とってあげても良いわよ、べつに……」
(あっ……)
「そう、じゃぁ、待ってるよ、俺」
「でも……」
「でも?」
「今から支度するんだし、1時間くらいはかかるかも知れないわよ?」
ヤツが優しく言ってくれているのは分かっている。こんな口の利き方が可愛くないことも。でも、どうしてもこうなってしまうのだ。
あたしが、ヤツのことを好きになりかけていることを悟られるのがいやだから……
「全然オッケーだよ、俺は時間に余裕があるから」
「じゃぁ、待っててね。早くいけたら早く行くわ」
「わかった」
ヤツのその一言を聞き終えるなり、あたしは電話を切って、ダッシュで身支度を始めた。毎朝、コレくらいのスピードで支度ができたら、もっと早くに家を出ることができ、駅から会社までランニングすることもないのに、となぜか思いながら。
あっという間に服を選んで、着替え、メイクをし、そして髪型を整える。
「出かけてくるからねぇっ!」
自分の声を後ろに残すように、玄関のドアを開けると、あたしはパールピンクの自転車の飛び乗った。
自転車に乗ったあたしは、必死でペダルをこいだ。
(あたし、ヤツからの電話で浮かれてる? まさか……ヤツがどんな男か見てみたいだけ。ただの好奇心よ、好奇心……)
(でも、それならどうしてこんなに必死で走ってるの? ヤツに会いたいからじゃなくって? あいつのことが……)
ちょうど向かい風でスカートの裾がめくれあがってしまっていたが、そんなことは気にしていられない。そのままにして走っていたら、向こうから来たおじさん達の目がまん丸になっていた。たまには目の保養もしなきゃぁね、なんて、いらぬサービスかも。
さっきから同じことが 頭の中をぐるぐる回っている。おかげで危ない目に何度遭ったことか……
一方通行の路地から出てきた車にぶつかりそうになり、ドライバーがなにやら大声で怒っていたようだったが、とにかく頭だけ下げて急いでその場をあとにした。
考えごとをしてたら、今度は信号が赤だった。慌ててブレーキをかけたけれども、もう少しで二度とヤツの声が聞けなくなるところだった。
いつもはする事なんてない、立ち漕ぎまでして、あたしは待ち合わせ場所へ急いだ。
やっとの事で、待ち合わせ場所の近くまで来た。あそこに見える角を曲がればヤツとの待ち合わせ場所だ。
あたしは自転車を止めて、大きく3回、深呼吸をした。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。吸って、吐いて。
息を整えると、あたしは小声でこう言ってみた。
「早かったでしょ?」
良し、大丈夫。息も整ったし、声も震えていない。チェックを終えたあたしは、意気揚々とヤツの待つ場所へ歩いていった。
「意外と早かったでしょ?」
ヤツはあたしを見つけて大きく右手を振ってくれた。あたしの問いに、ヤツは微笑って頷いた。
「待たせちゃ悪いと思って、早く来てあげたよ」
(あ……)
また、この口調になってしまった……だがヤツは、微笑みを絶やさずにこう答えてくれたのだ。
「ありがとう、来てくれて」
「う、うん……」
それからあたしはヤツと二人でその辺の店を何軒か回った。
そのあと、コーヒーを飲もうということになって、喫茶店に入った。
ずっとヤツの顔から笑みが絶えなかったので、あたしは思いきって理由を尋ねてみた。
「今日はずいぶん優しい目だよね。いつもより一杯笑ってるよ?」
ヤツは静かにこう言った。
「そのことカァ。気になるんだったら、鏡を見ておいでよ」
(なにそれ?!)
あたしは慌ててポーチをひっつかむと、洗面所に駆け込んだ。洗面所の大きな鏡に映ったあたしは、髪がぼさぼさで、おでこが丸出しになっていて、どう見ても全力疾走して来たのがばればれの顔だった。
せっかくだから、メイクをやり直して席に戻ってあたしはこう言った。
「もう……しってたんだったらおしえてくれたらいいのにぃ」
ヤツの目からはそれでも微笑みが消えない。
「だって……嬉しかったんだもん……」
その店を出てからは、急に肩の力が抜けたように、あたしはおしゃべりになった。
「ねぇ、あたしの乗ってきた自転車見せたげる、おいで」
ヤツはあたしを後ろに乗せ、ぐんぐんとペダルを漕いで、走り出した。
坂道もものともせず、あたしを連れて見晴らしのいい公園に連れて行ってくれた。
そこで初めて、ヤツが小さい頃にこの辺に住んでいたことを知った。
ヤツがあたしの顔を見てこう言った。
「ガキの頃から、俺、好きな人を連れてココに来る、って決めてたんだ」
「えっ……好きな、人、と……?」
あたしがその言葉を聞いて、戸惑った次の瞬間に、ヤツの唇があたしの唇に重なった。
(そっか……そうだったんだ……)
あたしの中に、ヤツの優しさがいっぱい送り込まれてくるような、そんな不思議な、初めてのキスだった。
……Fin……
あなたが小説にして欲しいと思う歌はなんでしょう?