第漆話 恋とは恐ろしい
「辰時は、まだ静のことを知りません」
壱与様に弓道の授業での話をしたあとのお言葉だった。
「そうなのですね。かしこまりました」
「こちらからも見ていましたが、なかなかどうして。凄いですね。男性神の修行が始まってから、たった数日でとは流石、天照様からの使命を授かっただけあります」
「とても驚きました。私は神楽以外で支援できないかと思い弓道部に入部しましたが、まったく身についていませんので難しさを実感しています」
「彼と静では過去での経験差がありますから仕方がありません。でも静も弓は嗜んでいましたから、直ぐに腕は上達してきますよ」
「そうなのですか! 嬉しいです」
「静の魂だって神楽だけ舞っていたのはないのですからね。大丈夫ですよ。こちらでも弓を習いたいですか?」
「よろしいのですか?」
「神楽については大方身についていますから良いですよ。ただ静はあくまでも神楽に重点を置いてですからね」
「ありがとうございます! どのような方が先生をして頂けるのでしょうか?」
はやる気持ちが抑えられなくなっていた。
「私よ。わ・た・し」
二コリとお笑いになられた。
「壱与様が? 壱与様のお時間を私ごときに、これ以上割かれるのは勿体のうございます」
「大丈夫よ。静を指導するのは貴方が寝ているときだけですし、私の魂は大きいので貴方の前に立っているだけの存在はありませんからね」
「そうでした。そうお聞きしていましたのに失礼いたしました」
「いえいえ。気遣いは届いたわ。本当に可愛い弟子ですこと」
そのまなざしは遠い過去まで、すべて見通してのお言葉であると理解できた。
「壱与様、これからもよろしくお願いいたします」
元々、正座をして会話をしていたから、そのまま畳まで頭を下げた。
「頑張りましょうね!」
「はい!」
壱与様の柏手で、今宵の高天ヶ原での時間を終えた。
***
今日も就寝後に、天界で修行が開始される。
が、その前に、
「千葉先生、わたくしは弓道を習ったことはありません。ですが今日の授業でいきなりど真ん中に命中させてしまいました。弓道部に所属しているクラスメイトから”弓道に、まぐれはない”と聞かされました。そしてあの時、とても不思議な感覚になったのを覚えています。先生は何かご存じですか?」
先生の目を真っ直ぐ見つめながらお聞きした。
「なかなか面白いものを見させてもらったよ」
腕組みしながらも、その目は楽しそうに笑っていた。
「見ておいででしたか」
「弟子の様子は無論見ている。あの時はお主の、正義の過去の意識部分が表層まで浮いてきたのだ。その意識は戦国時代でのものだ」
「戦国時代! 過去の意識……ですか?」
「そうだ。正義は戦国時代、刀も達者であったが弓も名手だったのからな」
「そうだったのですか……先生がおっしゃるのですから、そうなのですね。過去、過去かぁ」
「意外に驚かなかったな」
「先生のお答え、凄いしっくりときたんです」
「そうか」
「でも、それなら剣道だってもっと上手でも良かったのでは?」
「今日のはこちらから仕掛けたのだよ。あのような体験も良いだろうとな。そして正義が有頂天になってのぼせないか試した。結果は満足しておるよ。質問の回答だが、確かに過去の修練は魂に蓄積される。だが新しい人生で、そのままの技量で生まれては新たな気づきがない。そして、なんと言っても修行にならん!」
「修行ですか?」
「そうだ。人は幾度も地上に降り、魂を磨く輝く宝石のような存在なのだよ」
「お答え、ありがとうございます。ということは次の弓道では、素人に戻るんですね」
『ちょっとガッカリだなぁ』とも思ったが仕方ない。
「いや、ある程度はできる。流石に正鵠には命中させれないがな」
『おぉ!』
「そうなんですか! やったぁぁぁ」
思わずガッツポーズをして叫んだ。
「喝ーーーーーっ!」
先生の叱咤に、むちゃくちゃビックリした。
全身がビリビリし空気は張り詰める。
「まったく! 有頂天にならなかったの褒めたばかりでないか」
土下座し、
「申し訳ございません」
素直に謝った。
「反省したのなら良しとしよう。一度、辰時の意識を浮上させたのだ。また沈みはするが元のところまでは戻らん」
『辰時!?』
瞬時に、”辰時様、ありがとう”との言葉が蘇る。
「その名前が私の戦国時代での名前ですか?」
「そうだ」
『びっくり仰天とはこのことだ。驚いた……しかも聞き覚えのある名前だ』
思わず立ち上がった。
「前に地上で、その名前を聞いた気がします。何故でしょうか?」
先生は、思いっきり悪戯ごころ満載の笑顔になり答えてくれた。
「秘密だ!」
端的過ぎる!
「えぇ! 先生、勿体ぶらずに教えてください」
「人生、そういった楽しみも残してやらんと面白くないからな!」
エッヘン! としている。
こんな茶目っ気のある先生を初めて見た。
「わかりました」
そう答え、両頬に両手で軽くビンタをして気を引き締めた。
「正義、良い顔になったな。では本日の修行といこうか」
「よろしくお願いします!」
剣道の試合前のようにお辞儀した。
***
ちゅんちゅんとスズメが鳴いている。
『平和だ』
寝ていたため身体的には、ちゃん疲れは取れている。
精神的には、寝ていないが充実している。
気が満ちているのを感じる。
『修行は厳しいけど、効果がでていると感じられるのは嬉しいな!』
洗顔、朝食を済ませ、朝の部活(とはいっても自主練だが)に出掛けた。
*
「おっはよー」
朝練を終え教室に入ると、クラスのみんなから注目される。
『やっぱ、昨日のだよな。有頂天になると千葉先生にまた叱咤されるから、気を引き締めよう』
椿さんが駆け寄ってくるのが見える。
『あぁ、椿さんやめて! 徹の目が怖いぃ!!』
俺の心の中での抵抗は虚しく、目をキラキラさせた椿さんが目の前に来た。
「熱田くん。弓道部においで!! 鈴木先生からも”スカウトしてきなさい”と言われたよ」
『あぁ、やっぱりコレか』
徹の周りには殺気がのぼっている。
「昨日、返事したように俺は剣道がいい。だからごめん。弓道は授業で楽しませてもらうよ」
「勿体ないよ~~~、ねぇ? おいでよ」
『素直に引き下がってくれないなー。お願い、徹に殺される』
徹だけでなく他の奴からも殺気を感じる。
『椿さんや、あなたね、おモテになる自覚ないんですか? 自覚してくださーい』
「男に二言はありません! ごめんな」
そうキッパリといって席に向かった。
席に着くまで何度か足を引っかけてこられたのには困った。
後ろからは、「うーーーん」とうなり声が聞こえてきた。
*
今日は、部活開始まで徹から話かけられることはなかった。
俺から話しかけようともしたが、『俺に話しかけるな!』オーラ全開だったから近寄れなかった。
代わりに昼休憩に、椿さんが俺のところに来たが……
部活になると徹から模擬試合を要求され、承諾した。
かと言って俺も手は抜かない。
それは徹に失礼だ。
『徹のことだから、これで機嫌を直してくれるだろう』
が! その予想は外れた。
「正義、帰りにアイスおごれ!」
こわーーーい目をして、そういってきたのだ。
『やれやれ。恋とは恐ろしい……』
その後、俺のサイフが軽くなった。