第伍話 虹
「静。違います。ここでは相手斬るように扇子を横に払うのです」
壱与様の指導は厳しい。
「はい。壱与様」
繰り返し繰り返し、修行に励む日々。
「静。しっかりと想いを込めて舞うのです。気が散っていますよ」
「申し訳ございません」
今後は気持ちを切り替え集中して踊る。
今、習得しようとしているのは斬撃の舞。
悪霊に対し、攻撃する数少ない攻撃の技。
*
「これで今日は区切りとしましょう」
壱与様が本日の修行の終わりを告げた。
「壱与様、本日もありがとうございました」
「厳しくはしているけど静は、筋がいいわ。ちゃんと上達しているわよ」
「お褒めくださり嬉しいです」
私がお礼を述べたあと考え事をしていると、
「どうしたのですか? 神楽で攻撃とは意外でしたか?」
「想ったことが筒抜けですと恥ずかしいですね。でも、はい。そう思いました」
壱与様の目を真っ直ぐ見て返事をする。
「壱与様。神楽とは本来、神に捧げる舞だと認識していました」
「確かに、そうです。ですが、こういた舞もあったのですよ。現に地上にいた頃は、私はこうして戦っていました」
凛として立っている姿が、神々しい。
この方が私の師匠。光栄なことだわ。
「直伝で光栄です。今後とも、よろしくお願いいたします」
「うんうん」
壱与様が優しくほほ笑み、そして柏を打った。
こうして、私はまたいつもの朝を迎えた。
***
「正義」
名前を呼ばれて、はっとした。
その声の主に目を向けると、昨夜お会いした日本武尊が立っていた。
周りを見渡すと、昨日と風景が違う。
雲海の上に浮いている!
「やまと様。昨夜はやはり実際に起こったことだったのですね」
「そうだ。しかし今宵は正義が興奮して、なかなか寝付けなかったようだ。お思いの外、遅くなったな」
「そりゃーそうですよ! あ……申し訳ございません。はい。興奮して寝付けませんでした」
やまと様は、俺をジーーーと見つめる。
『や、やめてください。視線が痛いです。本当に無礼だったと反省しています。ごめんなさい』
視線とはよく言ったものだ。
「うむ。ちょっと意地悪だったかな。初めてのことだったのだから仕方あるまい」
許してくださったようだ。
「今日は、別の場所にと昨夜お聞きしていましたが、まさか雲海の上とは思いもしませんでした」
「予想できたのなら、かえって驚いたな」
『意外とお優しい!』
「意外とはなんだ? 折り目切り目がちゃんとしているというべきだな。日本の神々は節度、礼節を重んじるのだぞ」
「心を読むのはやめてください。心臓に悪いです」
「諦めるのだな。天界は、こういう世界なのだ」
「そうでございますか……しかし何故、俺……じゃなくて私なのでしょうか?」
「そのうち分かるときが来る」
それだけしかお答えくださらなかった。
「本日は、雲海で何をするのでしょうか?」
「ここではない。正義に武器を渡すのが本日の目的なのだ」
「武器でございますか?」
そう言って愚かな質問だったと後悔した。
『これから悪霊と戦うのだから武器が必要なのは当然だ』
やまと様には、この思考も筒抜けだ。
「そうだ」
とだけ端的にお答えになられた。
やまと様の視線の先には、山の頂上が見える。
どうやら目的地は、そこのようだ。
「正義、行くぞ」との声に、「はい!」と元気よく答えたものの、
『どうやって移動するんだ?』との考えに至った。
「想いの力だ。私について行こうと想えばよいだけだ」
「は、はい! やってみます」
やまと様は立ったままで、すーっと雲海の上をあの山の頂に向け移動を開始する。
俺は教えられたように、やまと様について行こうと強く想った。
すると不思議と俺も移動し始めた。
やまと様は顔を俺に向け笑顔になって呟く。
「ちゃんとできるではないか。優秀だな」
『え? できると思わなかったのですか?』
と思った瞬間、しまった! と思ったが遅かった。
「意外と明確にイメージすることは難しいものだ。だから最初はついて来れないかも知れないと思ったのは事実だ」
『お! お優しい!!』
「ありがとうございます。大丈夫そうですので、移動してください」
発言して気づいた。
やまと様と俺は、ずっと移動し続けていたのだ。
『摩訶不思議とは、こういうことのためにある表現なんだ』
しみじみと感じた。
移動速度は、とても早くあっという間に頂に到着した。
頂には、大きな穴が開いていた。そして、穴からは虹色の光が漏れている。
ここから入るのだろう。
その通り、やまと様が入っているのでついて行った。
今度は歩きだ。
『そういえば、さっきは俺、空を飛んでいたんだな。すっげぇぇぇ俺!』
前方のやまと様から、笑い声が聞こえてきた。
『あ……思考が筒抜けなんだ。でも笑ってもらえるのなら良かったのかな』
穴、というより大きな洞窟はゲームのようにジメジメしていなく石壁からは綺麗な虹色に変わる光が発せられていて明るかった。
『そうだよな。天界にジメジメって変だし、そういたことは地獄的なものだ』
感慨深くついて行くと、目の前の大きな広場が見えてきた。
「この先が目的地なのですね。ひょっとして、ここで戦って勝ったら武器を授けるってことになるのでしょうか?」
「そうして欲しいのなら、そうするぞ」
とちょっと意地悪な視線で楽しそうに、やまと様がお答えくださった。
「いえ。武器ないですし無理です!」
「わっはっは!」
思いっきり笑い出すやまと様。
頼もしく、そして優しい。これが本当の強さなのだろう。
こうして広場に到着したが、真っ先に目に飛び込んできたのは金色に光る竜だ。
西洋風のドラゴンではなく、東洋風の失礼だが蛇型の竜だ。
『ドラゴンボ□ルの神龍……』
「失礼な奴だな。蛇とはなんだヘ・ビとは! あとな。聖なる龍は正しいがシェンロンは中国的な名だ。俺は日本の竜だから覚えておけ」
その竜からの最初の言葉が、クレームだった。
「ごめんなさい!」
反射神経のように早く詫びた。
「うむ。なら許す」
あっさりと許してくれた。
『なんだか、この竜は他人の気がしないな』
「日本武尊、自らの御出で恐縮でございます」
竜は礼儀正しかった。
「虹、待たせたな」
どうやら、この竜の名前らしい。
『ごうって、単なる虹の音読みじゃん……』
目の前にいるのは金色の竜なのに、何故かそう思えた。
「やまと様、こやつを食ってしまってよいでしょうか?」
と虹がいうものだから俺は慌てた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
これしか言葉を思いつかなかった。
『情けねぇな俺。とほほ~』
「冗談だ。食べる訳がなかろう」
「へ?」
お茶目な竜だった。
やまと様が一歩前に出て声を掛ける。
「虹、早速で悪いが、あれを出してくれぬか?」
「は! 早速、出しまする」
そういうや否、虹という竜は動き出し広間の天上辺りまで浮き舞を踊るように動きだした。
すると金色だったはずの竜は、虹色に輝きだした。
『なるほど、それで虹というんだ。そういえば洞窟の石壁の光も虹色に光っていたな』
関心しながら、しばらくその光景を眺めていた。
すると空中の一点が光だし、虹色のその光が徐々に小さくなっていき、やがて一本の鞘に収まった長刀に姿を変えた。
その長刀を、やまと様が掴むと虹も舞をやめ元の位置に戻り、また金色になった。
『荘厳だ』
素直に思えた。
やまと様が俺に、その長刀を渡してくださった。
「このような貴重な刀を私に!?」
「そうだ。これから正義が戦うのは肉体を持った物理的な相手ではない。だから、こうした霊刀が必要なのだ」
その目は、きっと鋭かった。
これからの戦いは厳しいぞと言わんばかりだ。
「ありがたく頂戴いたします」
こうして膝を折り両手で仰ぐように霊刀を、受け取った。
「抜いてみるが良い」
と促されたので、遠慮なく鞘から刀を抜いた。
刀身は、虹から生まれたものだから虹色に光っている。
『綺麗だ。そして、俺の手にしっくりくる』
「おぬしのために生成した刀だからな、しっくりくるに決まっている」
「虹、ありがとう!」
なんだか馴れ馴れしいが、自然にそうした言葉が口から出た。
虹も気にすることなく嬉しそうにしているのを感じた。
「ちなみに、おぬしは坂本龍馬を尊敬しているようだから、陸奥守吉行に大きさを合わせておいたぞ」
『なんて気の利く竜なんだろう!』と感動した!!
「刀の名は、そうだな。大和守天翔としよう」
やまと様が命名してくださった。カンドーだ。
「大和守天翔。天翔。むちゃくちゃカッコイイ!」
目をキラキラして感動していると虹が釘を刺してきた。
「それに見合う働きが必要だってことだ。油断するな。地上では一寸先は闇だ。おぬしが逆に地獄に堕ちることになる可能性だってある。感動してくれたのは嬉しいが心を引き締めて使命を果たせ」
「やれやれ。私が正義に言おうとしたことを先に言われてしまったな」
やまと様が気を遣ってくださったのか、それで緊張を少し緩めることができた。
「日本武尊。それは大変失礼しました」
虹が首を垂れ、やまと様に詫びる姿が面白かった。
虹から俺にキッと視線を送ってきたので、どきっとしたがそれ以上は追求してこなかった。
なんだか虹とは親和性が高いようで、やまと様たちのような上下関係ではなく友人になれそうな印象を抱いた。
「虹、手数を掛けたな、ありがとう。では今宵はここまでとしよう」
そうして、やまと様が柏を打った。
*
目を覚ますと朝になっていた。
手元をニヤニヤとして見ると、大和守天翔はなかった。
「あれ? 刀が無い!! そうか……霊刀だから物理的な刀でないのか!」
『残念だなぁ。小説やゲームのようにはいかないのか。待てよ。物理的に保持していたら銃刀法違反で逮捕されるか!?』
ちょっと浮かれている自分を引き締めるために両手で頬をいつもより強く叩いた。
”バチーーーーーン!!”と音が部屋中に響いた。
そして俺は叫んだ。
「いってぇぇぇぇぇ!」