第肆話 覚醒夢
私(伊勢静香)は、戸惑っていた。
たしか眠ったはずなのに何故か古風な日本の風景が目の前に広がっている。
そして、中学生になったばかりのときに両親と参拝した伊勢神宮内宮の本殿に似た建物が目の前の長い長い階段の上に見えた。
階段はあるけれど、浮いていている。
社も同様に空中に浮いている。
『ここは何処かしら? とても気高い雰囲気がするわ』
周りを見回すと後方に幾重にも鳥居が見える。
よく見るとあちこちが痛んでいたり、崩れたりしているのが分かった。
『不思議だわ。今、私はここで起きているときと同じように考え行動ができる。こんなことがあるのね』
感慨深く思っていると、あの本殿に似た建物から声が響いてきた。
「静。こちらにおいでなさい」
綺麗だけど凛として気高い女性の声……
『静って私のことよね? 静香だから静って略しているのかしら? 何故、私の名前を知っているのかしら?』
次々と疑問が浮かぶ。
「そうよ、あなたのことよ。早くいらっしゃい」
優しい口調で答えが返ってきた。
この場所は怪しい感じはしない、それどころか聖域とわかる。
『私の考えが伝わったのかしら? ちょっと段数が多いけれど社に向かおう』
そう思った瞬間に私は、社の前にいた。
『え? まだ一歩も歩いていないのに移動した?』
後ろを振り返ると、あの長い長い階段が眼下に見える。
そして、この辺り一帯が見えた。
古代の日本の風景。そうとしか表現できなかった。
「驚かせちゃったわね。ここは想いの世界、だから静が社に向かおうと頭の中で社の前に立っているイメージを明確にしたから瞬間移動したのよ。ここは高天ヶ原です」
『高天ヶ原……確かに日本の神々のおわす世界のことをそう呼称していたわよね』
そう思ったら、
「そうです。静の思った通りですよ」
これが私に突如訪れた四年前のこと。今となっては懐かしいわ。
***
「な! なんだココはぁぁぁ!」
俺(熱田正義)は、混乱していた。
『確か俺は寝たはずだよな? どうして俺は、ここに立っているんだ?』
周りを見渡すと、古風な日本の風景が展開されていた。
後方には鳥居が幾重にも見える。
『俺、タイムスリップしちゃった? SFじゃあるまいし、こんなことが実際に起こるなんて……』
徐々に混乱は落ち着いてきたが、それでも呆然としていた。
『夢? いやちゃんと考えることができるし、周りの風景を見ようと俺の意思で行動している。やっぱりタイムスリップなのか?』
などと考えていると、目の前にそびえ立つ大きな社から声が響く。
「正義。驚くのも無理はないが、中に入ってくるのだ」
荘厳な響きの声だな。
俺は不思議と何の疑問もなく、その言葉に従った。
『なんだか神社の中の大広間みたいだ』
一見、質素に見えてとても豪華だ。
確か名古屋城や岐阜城の中の金箔の使われたふすま、金閣寺でもこんな感じの部屋があったなと記憶を思い起こしていた。
「遠慮せず奥に来なさい」
呼びかけ主の声が響いた。
荘厳だが自愛に満ちた感じまでする。
『声を聞いただけで印象まで感じるなんて本当に不思議なところだ』
そうして奥へ奥へと向かっていき最奥まで結構、歩いた。
部屋の奥には一段高くなったところには濃紫に金の豪華な刺繍のある和服に身を包んだ男性が胡坐をかいて座っていた。
そして、部屋の左右にも何人かの男性が座っている。
それぞれ金の刺繍が違う。身分の高さの違いだと自身で答えに至った。
一人だけ洋服の男性がいたが……
「俺……失礼しました。私はどうしてしまったのでしょうか? 本当にタイムスリップして、ここに来てしまったのでしょうか?』
失礼ながら問いかけた。
「わっはっは! 愉快愉快。当然そう思うであろうな」
目の前の神々しい男性が大笑いをしたあと、そう述べた。
「えっと。いえ、なんというのか。私には古代の日本にタイムスリップしたとしか思えないのです」
正直に想ったことを口にした。
「そなたは、時間逆行などしておらんぞ。そなたは今、高天ヶ原に来ているのだ」
「た、高天ヶ原!」
思わず叫んでいた。
『これは、"わたし"でなく"わたくし"と言わないと無礼だな』
すると左側の最奥に座していた男性が俺に声を掛けてきた。
「驚くのも無理はないが、まず座れ」
別に怒っている訳ではないようだ。
『ん? 先ほどから聞こえてきた声がこの方だったんだ』
声の主が分かったと思いながら、すぐにその場で正座した。
何故だか正座が正しい気がしたし、剣道では正座は当たり前だ。
その男性は名乗った。
「我の名は、日本武尊。そちらにおわすは天之御中主神なのだぞ」
『なんてこった! 日本武尊に天之御中主神!? 日本の神様じゃないか。なんでこんなお偉い方々が俺の前にいるのだ??』
また頭が混乱した。
天之御中主神が声を発した。
「我がそなたを呼んだのだ。だから気を楽にすると良い」
「はい!」
反射的に返事をしたが、リラックスできる訳がない。
「今日呼んだのは、そなた、うむ。これからは正義と呼ぶとしようか。正義に今後の大切な話をせねばならぬためなのだ」
「一般庶民の私めに、日本の最高神の一柱の御中主様がどのようなことを?」
驚いた。寝ていたら高天ヶ原に来ていて、神々に相まみえるなんて奇跡が目の前に展開しているのだ。
「そうは言ってもいきなり本題ではない。今後、少しずつ理解していけば良いのだぞ」
優しい自愛に満ちつつ力強い響きだった。
「かしこまりました」
反射的に、深く礼をとる。
土下座ではないが、頭は畳の近くまで下げた。
「正義には、これから地上で使命を果たして欲しい。だから呼んだのだ」
頭を上げ、御中主神の鼻の辺りに視線を向けた。
良く目を見て話せと言われるが、ときには喧嘩を売っていると捉えられることがある。
だから鼻を見て話せば相手はちゃんと自分を見て会話しているとわかるし、変に勘違いされることはないと母から聞いていたからだ。
「使命でございますか?」
「正義は気を遣っておるな。だが目を見て話しをしても大丈夫だぞ」
『心が読まれた!』と直感で理解した。
「は! それでは失礼いたします」
「それで良い。高天ヶ原では、そのような気遣いは無用。正義が今、理解したように心で想ったことは筒抜けなのが、この世界なのだ」
そう諭してくださった。
「はい!」
「今、地上では地獄からの悪しき影響が強くなって来ている。であるから、正義にはそれに立ち向かって欲しいのだ」
「私めにできるのでしょうか? 剣道の腕には少しは自信がありますが、高校生の私ではそのような力はございません」
御中主神が日本武尊に視線を送る。
話の主が日本武尊に変わった。
「そうだ。今のおぬしは力が足りぬ。自覚しており安心したぞ。そうした謙虚さは大切だ。だがある程度の自信も持っておるな。それで良い」
「県大会までは経験していますので、少しはございます」
そうなのだ。俺は県大会出場経験がある。
「だが力量が足らぬもの事実。だからこそ、おぬしに修行を施す」
急展開なのだが頭は追いついているから礼を述べる。
「光栄でございます」
「千葉。よろしく頼むぞ」
そう日本武尊が声を発すると、部屋の右側の中ほどに居た男性が立ち上がり、
「熱田正義。我は千葉周作成政。正義を今後、鍛える任を授かった」
驚きの連続だ。
千葉周作といえば、北辰一刀流の流祖。
かの坂本龍馬が、千葉道場で修行しこの流派の免許皆伝になったのは有名だ。
「えぇぇぇぇぇ!」
またも叫んでしまった。
「愉快な反応だな。しかし修行は厳しくなるから覚悟しておいて欲しい」
「こ、光栄です!」
千葉周作は再び、その場に座した。
その後、部屋の左側に一番手前側の男性が愉快に笑い出した。
「これは次の人生で楽しい物語が書けそうだな。題材にするからしっかり使命を果たしてくれよ」
本当に愉快そうにしている。
『だれだろう? この方だけ洋服だし現代人っぽいな。何処かで見た気もするな……う~~~ん』
ここでは思考が筒抜けなのを忘れていた。
「私は司馬。司馬遼太郎だよ。私の書籍を読んでくれているようだね。嬉しいよ」
もう驚きの連続で声もでない。
「は、はい! 竜馬がゆくは愛読書です!! お会いできて光栄です!!」
「坂の上の雲なども買って読んでくれたまえ。いいか? ちゃんと買って子孫にお金が渡るようにな」
ニコッとほほ笑みながら、ユーモアいっぱいにしっかり宣伝してきたのでリラックスできた。
これも気遣いなんだとわかった。
『流石、巨匠。人格的にも素晴らしい方なんだ』
「はい! 今後も先生の書籍を購入し読ませていただきます!」
「うんうん。満点の返事だよ」
司馬先生は、ご機嫌そうだった。
「おっほん。では明日ではないな。明後日から修行に入るぞ」
千葉先生が、そう話すので疑問が湧いた。
『何故、明日からでなく明後日なんだろう?』
日本武尊が、その答えをしてくださった。
「今日は顔合わせと簡単な説明、明日は正義を別の場所に連れていく予定になっているからだ」
「は、はい! よろしくお願いいたします」
土下座に近い礼をとった。
「それでは本日はここまでとしよう」
御中主神が、この場の終わりを告げると日本武尊が、
「良いか? 明後日から夜は、高天ヶ原での修行。心して修練せよ!」
そう言ってから柏を打った。
*
『!!』
目が覚めた。
窓から差す、朝日が眩しい。
両手のひらを眺めながら考えた。
『なんだったんだ! 一体なにが起こった? って記憶もしっかりしている。夢ならぼんやりとしか覚えていないが一字一句覚えているし、あのときの高天ヶ原での感覚、正座の感覚は今でも明確に覚えている』
両手で頬を叩き、冷静になるように努めた。