第壱肆話 神々と共に
「沙友里、ごめん。本当にすまなかった」
涙を流しながら沙友里さんに謝る博さん。
「いいの。いいのよ」
博さんを抱きしめながら許す沙友里さん。
『これが母性なんだろうな……でも言わなければ!』
「博さん、落ち着きましたか?」
静香が優しく言葉をかけると、夫婦ともにこちらを向いて頭を下げた。
「みなさん、また迷惑を掛けてしまって申し訳ない」
博さんも、落ち着いたようだ。
やはり、こういうときには女性が優しく話しかけた方が良い。
「いえ、それよりも沙友里さんの頬を冷やさないと」
椿さん……いや未来さんがタオルを濡らし沙友里さんの頬に当てた。
片や希望くんは怒った表情をしているが、我慢しているのか何も言わない。
「博さん、落ち着いたようですね」
「熱田くん、また世話をかけたようだ……断酒を言い渡されていたのに、負けてしまったよ。すまない」
謝っている博さんを見ると、軽い。軽いのだ。
今まで、これを幾度もなく繰り返してきたため心が入っていない。
でも涙は流せるのだ。
俺は心を鬼にしなくてはならない。
「博さん、大変失礼ですが本当に根性なしですね」
「え?」
静香以外のみんなが、意外だという反応を見せる。
「正義くん、それは流石に言い過ぎだよ」
未来さんが、もっともなことを言ってくる。
これが普通なんだ。それは分かっている。
「言い過ぎじゃない。今までこれを何度、繰り返してきたんですか?」
『!!』
博さんの体が、ビクッとする。
「すまない。すまないと謝りつつも、奥さんに何度暴力を使ったか理解していますか?」
未来さんが俺を止めようと動くが、静香がそれを制止する。
「静香ちゃん!」
「今は、正義くんに任せましょう」
「え? う……うん」
どうやら、とどまってくれたらしい。
目で静香にお礼を伝え、立脇夫妻に向き直る。
「いいですか? これはDVなんですよ!」
「分かっている…分かってはいるんだ」
「いえ、分かっていません。博さんは自分に甘すぎる! 失業を言い訳にし自分を正当化し、奥さんに当たり散らす。これが阿修羅地獄霊と繋がった訳です。しかも、今回は餓鬼地獄霊まで出てきました」
「え? 餓鬼?」
「そうです、餓鬼地獄とは食糧について足りぬ心を持つこと。他人なんてどうでもいい、自分だけ満たせればと。今回、博さんにとってはお酒だったんです。だから餓鬼地獄霊まで出てきた」
「そ……それは……」
「指摘されると心当たりがあるようですね。自分自身は偽れません」
「返す言葉がない……」
「先週もですが、今回も泣いて謝っている博さんを見ていると、正直言いまして凄く軽い。軽いんです」
「いや、俺は真剣に」
「本当に言い切れますか? これでまた凌げると心のどこかで思いませんでしたか? 沙友里さんなら絶対に許してくれると確信していたでしょ?」
「う……」
博さんは、俯いてしまった。
沙友里さんも、口をあわあわとさせてはいるが何も言えないようだ。
「沙友里さんは、とてもお優しい。母性豊な女性なんですね。でも時にそれは博さんを堕落させます」
「ごめんなさい。分かっているの。分かっているけど、仕事で傷ついて帰ってくる博さんを見ていたから、許してあげなきゃって……」
「それは、とても素晴らしいことです。でも今回については、その対応が誤っていただけです。その優しさは、ずっと持ち続けてください」
「ありがとう……」
「希望くん、そこにある紙とペンを持ってきてくれる?」
「はい。正義さん」
直ぐに、俺に手渡してくれた。
「博さん。ここにいるみんなの前で二度と自分を偽るためにお酒は呑まないと誓ってください。そして、その紙に誓いを書いてください」
博さんは動かない。心の中で葛藤しているのだろう。
俺はずっと待つことにした。
待つこと五分以上、やっと博さんが立ち上がった。
頭を深く下げ、
「沙友里、そして皆さん、俺は今後、絶対に逃げるためのお酒を呑まないことを誓う」
そう言い切った。
頭を上げた博さんの顔には、決意が垣間見られた。
そして座り直して、紙に今の言葉を力強く書きテレビの上側の壁に画びょうで止めた。
『流石に、少しは言葉が染みたようだ。油断できないが』
「その誓い、しかとお聞きしました。博さんと俺たちの誓いです」
念を押しておいた。
「あぁ、分かっているよ」
「それでは、今後は反省を習慣づけてください。反省の仕方については静香から説明します」
静香に向いて、
「年下の男の俺より、女性の静香の方が受け入れやすいと思うんだ。頼むね」
「はい、任せてください」
静香は、反省の心構え、作法、仕方、第三者の視点になって冷静に判断することなどを博さんに時間を掛けて説明し出す。
俺は、静香に任せ202号室から出た。
『男ってのは誰でもプライドがある。こんな年下の高校生にコケにされたんだ。今はこの場には居ない方がいい』
そう判断したのだ。部屋を出る前に、希望くんには部屋に留まるようにお願いしてきた。
『少し、外を散歩するか』
公園があったのでベンチに座る。
『高天ヶ原の神々よ。天之御中主神よ。日本武尊よ。お助けくださり、お導きくださり、ありがとうございました』
空を見上げながら、心からお礼を述べた。
*
三十分ほどすると携帯が鳴った。
「正義くん、もう大丈夫ですので戻ってきてください」
静香だった。
「分かった。少し離れた公園だから、ちょっとだけ時間がかかる」
「分かりました。お待ちしています」
*
再び202号室。立脇家。
「お邪魔します」
リビングダイニングに入ると、立脇夫妻はすまなそうにしていた。
博さんを見ると雰囲気が変わっていた。
『うん。前回と全然違う。今後の博さんの自分との戦い次第だが、頑張って欲しいな』
「熱田くん、色々とありがとう。みんなも、ありがとう」
博さんがお礼を言ってくれた。
「赤の他人の私たちのために、色々とありがとう。今週、期末テストだったんですってね。先週、テスト直前だったのに、ごめんなさい」
沙友里さんが、頭を下げる。
「はい。これで博さんが立ち直ってくれて、沙友里さんと幸せに暮らしてくれれば俺は本望です」
「博さん、ご説明した反省。しっかりと行ってくださいね。でも反省とは、自分イジメではありませんから、そこは注意してください」
「うん。分かったよ。ありがとう」
博さんの言葉には、ちゃんと心が乗っていた。
その後、自ら俺たちの前で残ったビールを空け流しに捨ててくれた。
決意の表明なのだろう。
「それでは、俺たちは帰ります。もう来る用事がないことを祈ってます」
「楽しいことでは呼んでもいいかい?」
博さんの言葉は、ニュアンスが変わっていて立ち直りの入り口に立っているのを感じ取れた。
「それは大歓迎です。でもテスト前はやめてくださいね」
「うっ! ……そうするよ」
「冗談ですよ、冗談。楽しみにしていますね。それでは」
玄関先まで見送りに来てくれたが、ここでといって静止した。
外に出ると、まだいい天気だ。
青空が気持ちいい。
「静香ちゃん、正義くん、家に寄っていく?」
未来さんが、声を掛けてくれた。
「未来さんたち、迷惑じゃない? 疲れたでしょ?」
そう返事をすると、ムッとした顔になった。
「みらいさん? さん? ちゃんだよね!」
「えぇぇ? ちゃん付け?」
「私が”くん”付けなんだから、当たり前でしょ!」
静香に視線を移すと、頷いていた。
「えっと、未来ちゃんの言葉に甘えるかな」
「もちろん!」
いい笑顔の未来ちゃんだった。
希望くんも嬉しそうだ。
*
「ふぅ~~~、ご馳走様」
出してくれたドリンクを飲むと生き返った気になった。
椿夫妻も一緒だったが……
今回のことを夫妻には俺から説明した。
前回は夜も遅かったのもあり静香に任せたのだ。今回は自分が説明すべきだと思った。
夫妻は、ちゃんと落ち着いて聞いてくれた。
「あーぁ。正義さんが姉ちゃんの彼氏だったら良かったのにな」
希望くんが爆弾を投下する。
「静香ちゃんがいなければ、そうなってたかもね」
未来ちゃんまで、そんなことを言い出す。
「俺たちも歓迎するよ」
夫妻まで……
静香が、俺に寄ってきた。
嫉妬してくれたらしい。
「静香ちゃん、冗談よ。安心してね」
慌てて未来ちゃんが言い直す。
「あはは。見ていて微笑ましいわね」
椿さんのお母さん、余裕だ。
「いや、でも。不思議と信じられるんだよ。何故だろうね」
椿さんのお父さんが、心を乗せてそう言ってくれた。
「普通なら娘さんに、交流をやめろって言いそうですが、ありがたいことです」
「そうだ! その反省っていうのを教えてくれないか? とても良いことだね」
「それなら、私が」
静香が名乗りでて説明し出す。
俺は、たまに違う表現を付け足すくらいにして、ほとんど静香に任せた。
*
「第三者の視点で客観的に、自分イジメではなく冷静に、か……これは社会人としても通よする考えだよ。仕事を振り返るのにも良いな」
椿父は関心していた。
「俺たちもやっています。でないと地獄霊に俺たちが憑かれてしまいますから」
「未来、希望、お前たちもやってみると良い。社会人になっても、いや生きている間中、ずっと役に立つことだからね」
「はい」
「えー、面倒くさいな」
未来ちゃんは素直に、希望くんも、ある意味で素直な返事だった。
「それでは俺たちは、これで帰ります」
「あぁ、またおいで」
温かい言葉で見送ってくれた。
玄関を出ると、未来ちゃんと希望くんも出てきた。
「見送りはいいよって言ったのに」
「いえいえ、朝急に呼び出して来てもらったんだからお見送りくらいさせてよ」
「未来ちゃん、本当にいい子だよね」
「え? ありがとう。照れちゃうな……」
手の甲をつねられた。
「いてっ!」
静香が、フンとしていた。
「まぁまぁ、仲良くしてね。静香ちゃん!」
「あ、はい……」
静香が、ハッと気づいたようで恥ずかしそうにしていた。
「希望くんも、わざわざありがとう」
「いえ! 正義さん、凛としていてむちゃくちゃ格好良かった! 俺、正義さんみたいになりたいって思った」
「それは褒めすぎだよ。でも、サンキュ! じゃ、またね」
「さようなら。また会いましょう」
俺を静香は、そう言って家路についた。
電車では俺が先に降りることになるため、電車の窓から静香が見えなくなるまで見送った。
夜は、昨日のデートや今日の話で長電話になった。
***
就寝して今夜も高天ヶ原。横を見ると静香がいた。
目の前には、初めて静香と高天ヶ原であったときの大きな社がある。
中に入ると、あの時と同じように左側には和装の男性、右側には巫女装束の女性が並んで頭を軽く下げてくれた。
その真ん中の通路を奥へと進み、最奥のふすまを開けると、あの時の神々が揃って待っていてくれた。
部屋に入り、正座し頭を下げ挨拶をする。
「天之御中主神、天照大神、そして神々よ。お久しぶりでございます」
「お呼びいただき、光栄です」
「今回、良い経験をしたな」
「良い気づきを得ましたね」
日本神道の二柱神から、お褒めのお言葉を頂いた。
「お教え頂いていたことでしたが、全然理解できていなかったと実感しました。申し訳ございません」
「私も三年以上も修行いただいたのに、情けないことです」
「そういうものだ。聞いたすべてことを直ぐに理解し心の奥まで染みこませるのは無理な話だ」
「ましてや地上では、様々な誘惑や情報が満ち満ちているのです。学業もあるのですから徐々に悟っていけば良いのですよ」
二柱神の自愛を感じることができた。
「今後も精進して参ります」
「私も精進いたします」
「今後も、この調子で頑張って欲しい。常に我らと共にあることを忘れぬようにな」
「我々も高天ヶ原から支援していますから、信じて戦ってくださいね」
「はい!」
「ありがとうございます」
その後、祝宴を開いていただき、楽しいひと時を過ごした。
この話にて第弐章終焉です。
字数も11万文字と、書籍一冊分のボリュームとなりました。
ここまでお読みくださった読者の皆様には感謝感謝です。
流行ものでもない私の小説をお読みくださり、本当にありがとうございます。
次話から”第参章 魑魅魍魎”となります。
お楽しみに!




