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天の衣に竜の煌めき  作者: 陽向未来
第弐章 おぞましき者たち
26/31

第拾話 呑んだくれオヤジ

 目の前のコーポの二階。

 ある部屋から怒鳴り声が聞こえてくる。

 その後、何か物が壁に当たった音も……

 夜の二十二時を過ぎた頃の出来事だ。


***


「椿さん、どうしたの? 寝不足? それともテスト勉強のし過ぎ?」

 二年(ひのき)組の放課後、伊勢さんから教室に残って欲しいとメッセージアプリで連絡があったため居残っていた。

 テスト週間に入り、部活動もない。

 みな早めに下校している時期だった。


 椿さんの目のクマが二日間続いたため、伊勢さんが椿さんに「どうしたの? 何かあった?」と聞いたら何かや悩み事があると分かり、何故だか俺にも声が掛かった。

 で、俺から椿さんに今、質問したところだ。


「う~んとね……」

 何やら話づらい様子。

 伊勢さんが何か感じたらしく、こう言ったのだ。

「未来さん、私がいない方が相談しやすい?」


「いえ……そういうことではないんだけどね。こういう相談を学友にするのはどうなのかなって思ったの」

 俺と伊勢さんは、しばらく椿さんから話しだすのを待った。


 ……なかなか、言いづらそうだ。

「椿さん、どんな内容でも驚かないし、馬鹿にもしないと誓う。だから、とにかく話してくれないかな?」

 そう声を掛けると、やっと重い腰を上げて話だした。


「実はね。うちの向かいのコーポの方から……前から少しはあったんだけど……最近、急に酷くなったの」

 まだ言いづらそうだけど、とりあえず話し出してくれた。

 伊勢さんが、優しくささやく。

「未来さん、大丈夫よ。私たちは未来さんの味方だから安心して話してみて」

 これが呼び水となり、やっとちゃんと話し出した。


「そこのご夫婦、前々からよく見かけていてね。とっても仲良しで、いつも”いいなー。私も将来、あんな風な感じの夫婦になりたいな”って思ってた」

「うん」

 伊勢さんに任せ、俺は黙って聞くことに徹っすることにした。


「でもね。その旦那さんがね……失業したみたいでね。夜になると怒鳴り声が聞こえるようになったの。仕事に就いているときも、たまにはあったんだけど。この数日は毎日で酷いの」

「うん」

 伊勢さんが相づちを打つ。


「昨日の朝、登校しようと家を出ると奥さんに会ったの。叩かれて左手に大にな青い(あざ)がね……あった。心配になって聞いてみたら」

 椿さんの目に涙が浮かんでいた。

「うん」

 伊勢さんの相づちは優しく、自然に次の言葉が出てくる。


「いつも優しい主人が、お酒を吞むと別人のように性格が変わって。怒鳴りだし、物を投げたり、奥さんを殴るんだって」

「そうなんだ。そう聞くと辛いね」


「うん。憧れてた夫婦が、そうなってしまってガッカリしたのもあるけど、何とかしてあげたい。でも私には何もできないのも分かってて無力感もあってね……夜の物音にも敏感になっちゃって……昨夜もやっぱり旦那さんの怒鳴り声が聞こえてきて……」

「未来さんは優しいのね」


「そんなことはないわ……。でも、前にね。熱田くんが私に御まじないしてくれたでしょ? だから、熱田くんに相談してみたくなったの」

 俺の名前が出たので、もう会話に参加してもいいだろうと判断した。

「なるほど、うん。相談してくれて良かったよ。多分、力になれると思う」


 パッと椿さんが笑顔になる。

「ほんと!」


「うん。テスト前に、その環境だと勉強もできないよね」

「そうだけど、奥さんが可哀そうで気が気でないの」


「では早めに手を打とう! 早速、今夜!」

 こんな会話が今日行われた。


***


 伊勢さんも「同行します!」と言い張ったため、事が起こる時間を考慮し、伊勢さんは今夜、椿さんの家に泊まることになった。

 俺は、終電までには帰れると判断した。

 流石に俺まで、お邪魔できないし……


 椿さん宅のリビングで、三人でテスト勉強をしていると二十二時過ぎに向かいのコーポの二階から男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 三人で頷き合い椿さんの家をでると、今度は物が壁に当たった音がした。


「椿さん。部屋の場所も分かったから、伊勢さんと部屋に戻っていいよ」

 そう促したが、二人とも付いてくるといい引き返さなかった。


「困ったな。じゃ、一階で待機ね。それなら付いてきてもいいよ」

 妥協するしかなかった。


 二人を一階に残し、俺だけ202号室の扉前まで移動。

 ”立脇”と札が掛かっていた。

「あなた! やめてぇぇぇ! 優しい貴方に戻って!!」

 中から、奥さんの悲鳴に近い声が聞こえてきた。


『さて、始めるとするか!』

 精神統一し、心の中で『高天ヶ原の神々よ。ご加護を!』と念ずる。

 次に、気をのせて九字(くじ)を唱える。

(りん)(ぴょう)(とう)(じゃ)(かい)(じん)(れつ)(ぜん)(ぎょう)!」

 そして、両手で柏を打った。

 周りの空気の流れが止まり三次元と四次元の狭間に移行する。



 正面に旦那さんと思わしき男性が視える。

 その前には恐怖で腰が抜けているのだろうか……女性が身動きできず床にへたり込んでいる。

 男性、つまり旦那さんが今にも奥さんを叩こうと手を振り上げているタイミングだった。


 旦那さんの後頭部の後方から、顔を真っ赤にした男が現れた。

 その男の額には角が二本、歯には鋭い長い牙が生えており、目は黄色かった。

「なんだ。お前、妙なことをするな……」

 俺を見るけるなり、そう言ってきた。


「顔真っ赤だぜ。酒の呑み過ぎじゃないのか?」

「はんっ! 酒も吞んだことがないガキが、粋がってんじゃねぇ! 俺を舐めてんのか?」

 その言葉ともに、俺に向かってきた。


 手には、包丁が握られている。

「どうして、旦那さんに憑りついていたんだ?」

 質問したが、怒りに我を忘れている様子で包丁を振り回してきた。


 天翔を鞘から抜き、包丁の攻撃を受け流す。

「ちきしょー! 当たんねぇ!」


「無駄だ。諦めろ!」

「やめる訳ないだろう! ガキめが!!」

 包丁が長く変化していく……

 地獄霊も包丁に慣れてきたのか、攻撃が巧妙になっていく。


『俺だって千葉先生直々の修行を受けてきたんだ。これくらいなら、対応できる!』


”キンっ、キン、キンっ”

 長包丁の攻撃を天翔で捌く。


「くっそぉぉぉ!」

 悔しがる地獄霊。


「お前、阿修羅地獄の者だな? 何故、普段優しい旦那さんに憑りついているんだ?」

「はぁぁぁ? お前、正気か? こいつはな。心の中では暴力的なんだぜ。酒を吞むと本性が現れる。俺と一緒だ。俺にそっくりなんだよ!!」


「なるほど。酒が引き金になっているのか」

「酒はいいぞー。美味い! 嫌なことを忘れられる!!」


「俺は未成年だから酒の美味さは分からないが、楽しい酒だってあるんだろう? そんな現実逃避的な呑み方は間違っていないか?」

「甘ちゃんのいいそうなことだ。社会にでたら現実逃避したくなるのさ。普段、我慢に我慢を重ねるんだ。そんなときには酒で忘れてしまえばいいんだ!」

 阿修羅地獄霊が、包丁で俺を突き刺そうと突進してくる。


『そんな単調な攻撃があたるもんか!』

 突進を避け、両腕目掛け天翔を振り下ろした。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 阿修羅地獄霊の両腕と、握っていた包丁が地に落ちる。


「酒は呑んでも呑まれるなって聞くぜ。お前が生きていたときにした暴力などを今一度、冷静になって振り返ってみな」

「ガキが何をいってやがる。生意気な」

 腕を切り落とさていながらも、怒りを向けてくる。


「地獄は嫌なんだろ? だから旦那さんに憑りついたんだろ?」

「嫌だ……あんな苦しいところは懲り懲りだ。だが、こいつはいい! こいつといるとエネルギーも補充でき、酒も楽しめる。そして暴力もな!!」


「今から地獄に送り返す! 嫌なら生前の自分の行いを一つ一つ思い出し、反省することだ。心の底から反省すれば天界に戻れる」

「はん! そんないい加減な話はあるか! 地獄はな。堕ちたらもう二度と出れないんだよ!」


「だから一度、試してみな! では、天翔参る!!」

 阿修羅地獄霊の頭へ天翔を振り下ろした。


「あぁぁぁぁぁーーー」

 地獄霊は、黒い塵となり四散し消えていった。

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