第玖話 卑弥呼
私が高天ヶ原の社前に瞬間移動したのち謎の女性から、
「~~~ここは高天ヶ原です」
と告げられた。
四年ほど前のことでした。
『静、遠慮は無用だから社の中においでなさい』
凛としつつも優しい声が思考の中に響く。
「はい」
私は声に出し返事をすると、観音開きの扉を開き中に入った。
左右には巫女装束を着た女性たちが立ち軽く頭を下げている。
まるで、私を奥へ導くように並んでいた。
自然に中央を通り、奥の間に向かっていき幾重にも繰り返すと、ようやく最奥にたどり着いた。
広いその間の正面には一段高くなった場所に、神々しいとしか表現しようのない女性が女性座りで座っていた。
その左右にも一人づつ女性が立っていた。
みな、巫女装束に似ているけれど上着の白衣の襟からと袖口には濃紫の線があり、その中に金の刺繍が輝いていた。
緋袴も濃紫で刺繍が施されている。
中央の方が一番大きな刺繍、右の方がその次に大きく、左の方が一番小さいため、身分の違いなのだと直感した。
私は、自然に畏まって正座をした。
左手の方から声がする。
「静、面を上げなさい」
『あ! この声、先ほどから私に語りかけてくれていた方だ』
思わず顔を見ると、優しく微笑んでいた。
「突然のことでさぞかし驚いたことでしょう。まだ地上でいう中学生になったばかりの12歳ですものね」
次に右の方がこう話す。
「それでも驚くほど大人びた女性に成長していますね」
「え、えっと。突然のことで大変驚いています。でも不思議なことに事実なのだとわかります」
中央の神々しい方が声を発する。
「その通りです、現実ですよ。あなたを、ここに呼んだのは私です」
「そうですか、とても光栄なことだと思います。何故かですが……」
「私たちは強い絆に結ばれています。だから感じるのですよ」
今度は、右の方からの声だった。
次に左の方が語りだす。
「まず自己紹介をしますね。私は壱与、あなたから見て右手の方は日向様です」
「失礼ながら初めてお聞きする名です。高天ヶ原の高貴な方々だとは分かるのですが非礼をお許しください」
「そんなことは気にしていませんよ。大丈夫です。そして、あなたの目の前におられるのが天照様です」
「え? 今、どなたと?」
流石の私でも、そのお名前は存じていた。
「そうです。天照大神そのお方です」
思わず、土下座して礼をした。
「も、申し訳ございません! ご無礼をお許しください」
「静、面をあげて。先ほど、高天ヶ原に呼んだのは私と言ったでしょ?」
そうはお聞きしたけど混乱し、どうしてよいのか分からなく、
「ですが!」
としか声がでなかった。
「やっと顔を向けてくれましたね。静、久しぶりね」
「わたしが……ですか?」
「そうですよ。記憶は封じられていますから無理もありませんが、私があなたに使命を授け地上に降ろしました」
「使命ですか?」
「そうです。地獄の地上への影響が益々増大しているため、あなたを地上に派遣しました」
「私はそのような立派な人間ではありません。やっと中学に入学した子供です」
「地上ではね。でも、立派な女性に成長していますよ」
その声からは、とても嬉しそうな感情がこもっていた。
「あ、ありがとうございます!」
言葉がこれしか出てこない。
「使命については今後、少しずつ説明していきますから安心してね。今日は顔合わせと挨拶だと思ってください」
「は、はい!」
こういうときに、こんな言葉しかでないのはとても歯がゆい。
「使命といっても今は、あなたを鍛える準備に入っただけ。これから一年ほどで天界に慣れてもらい、その後に修行を開始して、使命が本格的になるのは四年ほどあとになりますから心を楽にしていいわ。それでー、私の自己紹介はいらないわよね?」
「はい! 全然、大丈夫です」
『あぁ、なんて情けない返事しかできないの私』
右の日向様から、
「大丈夫ですよ。そのように気にしなくても良いわ」
そう気遣いを感じた。
「私の名前は、日向です。あなたは私の名前を知らないと言っていたけれど本当は知っているのよ」
「そうなのですか!?」
驚いて日向様に目を向ける。
「歴史の授業で習ったと思いますが、現在の地上では邪馬台国の卑弥呼と呼ばれています」
「え? 卑弥呼様なのですか? えっと本名が日向様で地上におられたときのお名前が卑弥呼様と理解してよろしいでしょうか?」
驚きの連続だったけど、やっとちゃんと言葉が出るようになった。
日向様はちょっと怒った顔になったので、これはまずいことをお聞きしたと反省したのだけどもう遅かった。
『叱られる!』
覚悟を決めた瞬間、私自身対してお怒りになられた訳ではないと何故か感じることができた。
「静に怒ったのではありませんから安心して頂戴。実はね、地上に降りたときの名前も日向なのよ」
「そうだったのですか!」
「今でいう中国の大陸に、私の國と、私自身の名声が届いたときにね。僻まれたの。とても私に敵わないから嫉妬されたのよ」
「は、はい」
「で文献に記するときに、大和の國を”邪馬台国”とし、私の名前を”卑弥呼”としたの」
『?』
「邪な国、卑しい人ってね。まったく民度の低いこと。その文献が日本に伝わって、今に至るって訳!」
「な、なるほど。理解いたしました。ご説明、ありがとうございました」
礼を取った。
「あなただけでも理解しておいてね」
「もちろんです。いえ、ございます」
このお話をお聞きして以来、歴史のテストでは邪馬台国と卑弥呼とは回答せず、大和の國と日向と書いて点を逃すようになりました!
今度は左の方が、語り掛けてきた。
「先ほども名乗ったけど私の名は、壱与。大和の國を日向様から受け継いだ者です」
「お、畏れおおいです」
ずっと正座をしているのに足が痺れてこないのは不思議だったけど、お辞儀をするときにスムーズにできるから助かった。
「いいのよ、それでね。静、あなたを今後、鍛えるのは私が務めます」
なにを鍛えるのかサッパリ分からなかったけど、
「よ、よろしくお願いいたします」
と、また頭を畳につけた。
「何をするのかですが」
『あれ? やっぱり私の考えが伝わっているとしか思えないわ』
「静の思った通り、筒抜けです」
「え?」
思わず壱与様の顔を見上げると、そのお顔はニッコリ微笑んでいた。
「そういう世界です。天界はね。で、話を戻すと修行をするのは神楽です」
「か、神楽ですか? あのお祭りで神様へ捧げる舞の神楽ですか?」
「その神楽です」
「使命を果たすのに神楽なのですね。不思議です。地獄の影響に神楽……?」
「具体的な話は天照様がおっしゃったように、おいおいと説明していきますから安心して。大丈夫、静なら出来ます」
その声には確信がこもっていた。
「さて、今日は初日で驚いたことでしょうし、顔合わせできましたから今宵はここまでにしましょう。静、また会いましょう」
天照様からその発せられてたあと、天照様自ら柏を打たれると私は目覚めた。
*
いつも通りの朝、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
『あ、あれ? 今、あ……朝よね? あれ?』
混乱が収まらない。
『天照大神、卑弥呼様に、壱与様……。日本の偉大な女神三名、いえ三神と私が?』
心を必死に落ち着かせようと努力すること十分後、
『やっと冷静に考えれるようになってきた。天界でのあの風景、社、巫女装束の女性方、そして三人の女神。今でもしっかり記憶しているし畳に正座していた感覚が……まだ残ってる。いつもの夢なら起きたあとは記憶が曖昧なのに……。そういえば、”今後”とおっしゃっていたわ。今夜も続きを見られるのかしら?』
などなど考えに耽っていた。
一階から母の声がする。
「静香~~~、そろそろ起きないと遅刻するわよ」
「はーい、今、起きました。お母さん、ありがとう」
この日を境に、私の人生が変わった。




