ユーリーの裁縫講座(3)
そうして、手芸店が開く時間になると、クララ達はユーリーの案内で、その手芸店に向かった。
「似合う服といっても、服自体の数が多いから、かなり悩む事になる。クララが勝手に作るなら、クララ自身が決める必要があるけど、プレゼントする相手にどんな服が欲しいか訊くのが一番楽」
「なるほど。リリンさんは、どんな服が欲しいですか?」
「そうですね。最近は暑くなってきたので、涼しげな服が良いです」
「涼しげな服……分かりました」
リリンの要望を聞いて、クララはすぐに頷いた。何かを思いついたようだ。
そして、手芸店に入ると、ユーリーがまっすぐミシンの場所まで案内する。
「これかこれ」
数あるミシンの中からユーリーは、すぐに二つまで絞った。ここに来る前から決めていたのだ。
「何が違うんですか?」
「持ち運びが出来るタイプか置きっぱなしにするタイプか。部屋以外で使わないって事なら、置きっぱなしにするタイプがおすすめ。多少大きくなるけど、使い勝手が良い。机の代わりにもなる。持ち運びタイプは、どこでも出来るけど、大きなものを縫うときに少し使いにくい」
この説明を受けて、クララはリリンの方を見る。クララからは、どっちが良いのか判別が付かなかったからだ。
「そうですね。基本的に部屋で行動する事の方が多いですし、スペースも余っていますから、おすすめされた方で良いかと」
「じゃあ、置きっぱなしのやつにします」
「うん。多少大きいって言ったけど、実はこれでも小型化されている方」
「そうなんですか?」
「前は倍ぐらいの大きさがあった」
「そうなると、本当に小型化はしているんですね」
購入を決めたミシンは、すぐに魔王城へと送られ、クララの部屋に設置される。ユーリーが一緒にいたのもあって、ここら辺の話はスムーズだった。そして、その後はユーリーから布と糸の説明を受ける。説明された事を全部メモしていき、必要となる布と糸を購入する。
「今日はこれで大丈夫。部屋に戻ってハンカチを作る。その前に、昼食」
色々としている内に昼近くになっていた。魔王城に戻って昼食にするのではなく、城下の飲食店に入っていく。普段、リリン達と一緒に入るような場所ではなく、ユーリーが通っている店だった。格式が高いというわけではなさそうだが、雰囲気は高そういう感じの店だった。
「ここ、高級店なんじゃ……」
「そこまで高くない。今日は奢り。どうせ遠慮するだろうから、勝手に頼む」
ユーリーはそう言って店員にを呼び、どんどんと注文した。それは、とても四人では食べきれない量だ。
「よろしいのですか?」
店員がユーリーに確認する。
「大丈夫。全部食べるから」
ユーリーがそう言うと、店員は大人しく下がった。
「ユーリー様も、クララちゃんの大食いは知っていらっしゃったんですね?」
「お母さんから聞いた。よく食べる子って。これくらいなら食べられるでしょ?」
「は、はい。食べられると思いますけど……」
「ここは美味しいものが多い。気に入ると思う」
そんなユーリーの言葉通り、ここで出た料理はどれも美味しく、食事中のクララは終始笑顔だった。
昼食を食べ終えたクララ達は、クララの部屋に移動する。クララの部屋には既にミシンが設置されていた。かなり端の方に置かれているので、邪魔にはならない。
「朝にも言った通り、今日はハンカチを縫う。そのための布は、今日買った布。これを同じ大きさに切ってもらう。その時に使うのがこれ」
そう言ってユーリーが取りだしたのは、四角い型紙だった。
「紙ですか?」
「そう。これで、大きさを統一出来る。服を作る時も、こういう型紙は使う。そうじゃ無いとしっかりとした大きさにならない」
「なるほど……」
クララがメモを終えるのと同時に、ユーリーが型紙を渡す。
「これで布に印を付ける。布に書いても、黒炭よりも落としやすい」
「へぇ~」
「やってみて」
「はい」
クララが、型紙を使って布に印を付けていく。
「それが出来たら、これで切って。切れ味が良いから気を付けて」
「はい」
クララは、丁寧に丁寧に布を切っていく。
「綺麗に切れてる」
ユーリーは、そう言ってクララの頭を撫でる。褒められたクララは嬉しそうに目を細めていた。
「それじゃあ、早速縫う。最初は縫う場所に印を付ける。さっきの一回り小さい型紙を用意したから、これを使って」
「はい」
最初という事もあって、至れり尽くせりだった。そうして、一つ一つ丁寧に進めていき、ようやくミシンの出番がやってくる。
「ミシンには、この専用の糸を二種類使う。これの付け方を教えるから、しっかり覚えて」
「はい!」
最初は、ユーリーがセットする。そして、その後に糸を外して、クララにやらせた。見た直後だったので、問題無くセットする事が出来た。
「それじゃあ、椅子に座って」
ミシンの前に置いた椅子にクララが座る。その後ろから覆い被さって、二人羽織のようにユーリーがクララの手を誘導する。
「布をきちんと張って。針と押さえを降ろす。これで準備完了。最後に足に板があるのが分かる?」
「はい」
「そこが魔力の供給場所。足で触れて魔力を流す。すると、針が勝手に動く。クララは支えているだけでいい。その時に注意しないといけない事は、針のある場所に手を持っていかない事。手は左右に置く。分かった?」
「はい」
「流す魔力は最小で良い。調節は出来る?」
ここで少し不安に思ったクララは、リリンやサーファの方を見る。
「ベルフェゴール殿の講義である程度調節出来るようにはなっていると思います」
「うん。身体強化も、出力調整が出来てきてたから、大丈夫だと思うよ」
二人のお墨付きが出たので、自信満々とはいかないが、クララも頷いた。
「よし。じゃあ、少しずつ動かしていって。もし危なそうだったら、私が止めるから」
「はい」
クララは少しずつミシンを動かしていき、ハンカチを縫っていく。
「その調子。印の最後で止めて」
クララは言われた通りにミシンを止める。
「この印の最後のところに針を刺して布を回転させる。最初に針を刺す時も使った丸い取っ手を使って最後の調整をする」
ユーリーは、クララの手を使って、ミシンを操作していく。クララも真剣に話を聞きいているので、返事すらも忘れてしまっていた。
「ミシンを使う時は基本的に、布を奥に送っていく。それだけは忘れないで。ただ、ほつれを防いで丈夫にするために、こっちのボタンで手前に縫う事もある。三重に縫うって形だけど、それをするのとしないのでは大きく違う。今回はやらないで縫うから、このまま進んで」
クララは言われた通りに縫っていく。その途中で、クララは気になる事があった。
「これって、最後まで縫わないんですか?」
四辺を縫っていたクララだったが、最後の部分だけ少し開いている。
「うん。これをひっくり返すから」
ユーリーはそう言って、ハンカチをミシンから外すと、ひっくり返した。
「こっちが表。ここからまた縫うけど、このひっくり返すのに使ったところも縫わないといけない。だから、こっちのアイロンを使う。魔力を流すと、熱を持ち始める。そうなったら、絶対に先端には触っちゃ駄目。火傷する。その先端で布を押えると、折り目が付いて縫いやすくなる。意外とよく使うから覚えておいて」
「はい」
「それじゃあ、次は、印無しで、この内側を縫って」
「はい」
そうして、また一周縫い終われば、簡単なハンカチの完成だ。
「出来ました!」
「うん。上出来」
ユーリーは、小さく笑いながらクララを撫でる。クララは褒められたのが嬉しくて、リリンやサーファに見せていく。
「上手に縫えましたね」
「初めてなのに凄いよ!」
二人から褒められたクララは、本当に嬉しそうにしていた。
「それじゃあ、今度はクララ一人で二枚縫って」
「に、二枚ですか?」
「そう。きちんと覚えているかどうかを確かめる」
「わ、分かりました」
クララは少し緊張しつつ、布の裁断から始めて縫っていく。ユーリーは、その一つ一つをジッと見ていた。監視しているような目だが、実際はクララが怪我をしないかハラハラとしていた。
少し詰まる場所もあったが、何とか二枚縫い終わる事が出来た。その二枚をユーリーが確認していく。
「うん。上出来。やっぱりクララは器用」
ユーリーは、クララの頭を撫でて褒める。
「それじゃあ、それはリリン。こっちはサーファ。これは私が貰う」
「えぇ~!?」
自分が縫ったハンカチを三人で分けられたので、クララは驚いて手を伸ばす。ハンカチを回収しようとしたのだ。だが、三人とも一斉にクララから離したので、回収し損ねてしまった。
「さ、さすがに、恥ずかしいんですが……」
「大事に使わせて頂きます」
「使うのも勿体ないって感じちゃうけど、せっかくだから使わせて貰うね」
「クララの最初の作品。飾る」
リリンとサーファは実用品として使うつもりだったが、ユーリーは記念に飾るつもりだった。クララは、恥ずかしさで顔を赤くさせていた。綺麗に縫えてはいるが、初めての作品だから拙い部分もある。それを人に渡すのは申し訳ないとも考えていた。
「これを持っていたら、カタリナ様やマーガレット様に嫉妬されちゃうかもしれないですね」
「そうですね。特にカタリナ様は、自分も作って欲しいと主張するでしょう」
「お母さんならあり得る」
「えっ、じゃあ、もう二枚作った方が良いって事ですか?」
クララがそう訊くと、ユーリーは少し考えてから頷いた。
「今日は裁縫とミシンに慣れてもらう予定だったから、ちょうどいい。もう二枚縫おう。今度は、先に分かっていると思うけど、二人に渡す物だから、ちょっと意識して作ってみて」
「はい!」
クララは、もう二枚ハンカチを縫った。計五回の裁縫で、クララはミシンに大分慣れた。まだ完全に使いこなせる訳じゃないが、ただ縫うだけなら、ユーリーがいなくても使えるだろう。
「うん。今日はここまで。どうだった?」
「ちょっと難しいと思いましたけど、凄く楽しかったです。もっと色々とやってみたいと思いました!」
「良かった。それじゃあ、また」
ユーリーは、ミシンの片付けを手伝うと、クララから貰ったハンカチを大事そうにポケットにしまってから、二人分のハンカチを持って部屋を出て行った。クララ達からは見えていないが、その足取りは軽かった。




