創作意欲
翌日。ようやく薬作りが解禁されたクララは、薬室にいた。
「おぉ……アリエスの手際が、どんどん良くなってるね」
「そ、そうかな……?」
「うん。同じ作業の繰り返しだったからかな。動きが洗練されているって感じ」
「それはそうかも。ところで、今日からの仕事はどうする? 火傷薬用のバーン草と喉薬と保湿薬用のモイスの実の追加が来ているから、ある程度の量産は出来るよ? フェイシ草とアフディ草の方は、まだ心元ないかも」
昨日のうちに在庫確認をしてくれていたアリエスが報告してくれた。それを聞いたクララが真っ先に思った事は、頼もしくなったという事だった。この環境にも少し慣れてきたという証拠でもある。
「うん。分かった。でも、媚薬に関しては、しばらく製造はしない。またミスをしちゃうかもだから」
「分かった。じゃあ、葉っぱの乾燥と根っこの保存だけはしておくね」
「うん。お願い。それと、火傷薬の方はアリエスの方でも作ってくれる? 時間が余ったら、喉薬とかも任せたいけど、さすがに作業量が多すぎると思うから、あまり無理はしないようにね」
「うん。分かった。最優先がいつものに加えて火傷薬って事ね」
「そんな感じで」
アリエスにいつもの作業を任せている間、クララの方はモイスの実の加工をしていく。量が多いので、まずは皮を剥いて、実と種を分ける作業だけに専念する。そんな作業をしていると、薬室の扉が開いた。
クララは、サラかカタリナが来たのかと思い振り返った。すると、そこにいたのは、その二人どちらかではなく、マーガレットだった。
「マーガレットさん?」
「やっほ~」
マーガレットは、軽く手を振りながら、軽い挨拶をする。クララは、すぐにマーガレットの方に近寄っていく。
「アリエスは、落ち着いて、作業を続けてね」
「あ……は、は、はい……」
唐突にマーガレットが来たので、アリエスはかなり慌てていた。クララへの返事が、いつもと違うところからもそれが分かる。そんなアリエスをサーファがサポートする。
「すみません。今、仕事中で」
「全然気にしないで。私が勝手に来ただけだから。でも、せっかくだから見学してもいい?」
「あ、はい。良いですよ」
「こちらの椅子におかけになって下さい」
リリンはそう言って、自分の隣にある椅子をマーガレットに勧める。マーガレットは、すぐにその椅子に座った。それを見てから、リリンも自分の席に座る。
「クララさんは、いつも通りに作業を続けて下さい。特にこちらを気になさらなくても大丈夫です」
「分かりました」
クララは、マーガレットに頭を下げてから、モイスの実の加工作業に戻る。マーガレットは、そんなクララの作業をジッと見ていた。
「本当に薬を作ってんのね」
「クララさん自身が望んだ事です」
「それが驚きなんだよね。結局お母さんが一から十まで面倒を見てくれるってなっていた訳でしょ?」
「はい。ですが、カタリナ様がやりたいこと訊いて、こういう事になりました。元々母君が薬師だったそうです」
「ふぅん。なるほどね。様になっているのは、そういう事か」
この会話の間に、モイスの実の仕分けを済ませたクララは、種を別の容器に入れて、果肉を崩していく。そして、濾し布で水分を絞っていった。
「薬作りというより、料理みたい」
「使っている物が果実ですから。アリエスの方を見て頂くと、薬作りという感じがすると思います」
「アリエスっていうと、あの羊族の女の子?」
「はい」
「じゃあ、あっちの犬族の子は?」
「サーファです。クララさんの護衛をしています」
「そう。ユーリーが羨みそうな身体ね」
「実際そうなっていました」
リリンの言葉に、マーガレットは苦笑いをした。自分の妹ながら可哀想だと思ったのだ。マーガレットは、ユーリーと違いカタリナと同じくらいの大きさをしている。なので、余計に可哀想という気持ちが大きかった。ユーリーからすれば余計なお世話だが。
「そういえば、写影機って道具があるんだっけ?」
「はい。絵のように空間を切り取る事が出来ます。クララさんの写真は、沢山撮っていますので、後でご覧になりますか?」
「どんな感じは確認したいかな。あの子を描くときの参考にしたいから。というか、そんな物があって、絵を貰っても喜んで貰えると思う?」
「自分のために作って貰えたものであれば、クララさんは喜んで頂けると思います」
「なら良いけど。でも、彫刻でも良いかもね。あの子の柔らかさを表現するのは難しそうだけど」
「彫刻は置き場所に困るかもしれないので、プレゼントされるにしても、数は少なめでお願いします」
「あの部屋に飾るんじゃ、大きさも気にした方が良いって事ね。了解了解」
その間にもクララの手は止まらない。喉薬を作り終えた後は、アリエスの代わりに、アフディ草の乾燥に移る。基本的に真剣な顔でやっているので、表情は変わらない。その横顔をジッと見ていたマーガレットは、不意に立ち上がる。
「後で、例の写真ってやつを部屋に届けさせて」
「かしこまりました」
マーガレットは、クララの邪魔にならないように声は掛けず薬室を出て行った。薬作りに集中していたクララはその事に気付かなかった。
昼食休憩の際に、ようやくマーガレットがいなくなっている事に気が付く。
「マーガレットさんは、もうお帰りになったんですか?」
「はい。退屈だったというよりも、創作意欲が湧いたのだと思います」
クララが内心で心配している事を察したリリンは、そう言ってクララを安心させる。
「でも、薬室を見て、何か分かった事があったんでしょうか?」
「薬室というよりも、クララさんを見ていましたので、クララさんから何かを得たのでしょう」
そう言われても、クララは首を傾げる。ユーリーの時もそうだったが、自分が何かのヒントになれたとは思えないからだ。
「それはそうと、アリエスは大丈夫ですか?」
一緒に昼食を食べていたアリエスに、リリンが問いかける。マーガレットが来た時から、明らかに口数などが減っていたからだ。
「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど、自分はあまり見られていないって分かったら、落ち着きました」
「そうですね。注目していたのは、クララさんだけでしたので、アリエスは何も心配する事はないと思います。ですが、お相手がマーガレット様だったからで、カタリナ様でしたら、アリエスにも声を掛けると思いますので、お気を付けください」
「は、はい!」
カタリナのコミュニケーション能力は、マーガレット達よりも遙かに上だ。相手がよく知らない相手だとしても、平然と話しかけられるだろう。相手が、クララの部下的な存在なら、尚更だ。つまり、マーガレットは、まだ序章に過ぎないという事だ。
アリエスは、その事で萎縮せずに、寧ろやる気を出していた。今回を乗り切ったという経験が、アリエスの背中を後押ししたのだ。
その後、午後の仕事中にカタリナが来た結果、アリエスは、ガッチガチに緊張してしまった。その理由は、カタリナからの視線を受ける事が多かったからだ。
カタリナとしては、アリエスの働きっぷりを確認しようという前向きな考えしかなかったのだが、アリエスからしたら龍に睨まれた羊も同然だった。




