押し殺された気持ち
三人を見送ったクララは、少し長めに息を吐く。いきなりの事で結構緊張していたからだ。唯一の救いは、マーガレットとユーリーがクララに友好的だった事だろう。
「結構びっくりしました」
「そうですね。私も驚きました。マーガレット様もユーリー様もかなり気さくな方なので、いずれはカタリナ様と同じように接する事が出来ると思います」
「そうだと良いんですが……何だか、マーガレットさんは、私の身体に興味があるみたいですが」
「そうですね。クララさんの身体というよりも人族に興味を持たれていたのだと思います。そこまで警戒なさらなくとも大丈夫です」
リリンはそう言いながら、クララの頬を優しく撫でる。クララは少しくすぐったそうにしているが、全く嫌がる事はなかった。
「でも、一番の問題は、アリエスじゃないですか?」
「……そうですね。ですが、ここは荒療治といきましょう。マーガレット様やユーリー様に慣れれば、カタリナ様にも慣れるでしょうから」
「そうですね。ちょっと可哀想ですけど、ここで働くには、必要になりますから、アリエスには頑張って貰います」
アリエスが涙目になる様子を簡単に想像出来たクララだが、その状況をどうにかするよりもアリエスに慣れてもらう方が早いと考えた。そんな話をしていると、クララの部屋の扉がゆっくりと開いた。その時点で、クララもリリンもカタリナ達ではないと分かった。
「あ、クララちゃん!」
扉を開けて入ってきたのは、知らせを受けて一目散に戻ってきたサーファだった。サーファは、無事に起き上がっているクララを見て、これまた一目散に駆け寄って抱きついた。その勢いで、クララはベッドに押し倒される。
「サーファさん。すみません。ご心配お掛けしました」
「ううん。クララちゃんが無事だったら、それで良いよ」
そう言って、クララの首に顔を埋めるサーファだったが、そこである事に気が付いた。それは、クララから発せられる匂いだ。カタリナ達と違い、今回の事件を知っているサーファはその原因に気付き、顔を真っ赤にしていた。
それを気付かれないようにサーファは、クララを力強く抱きしめていた。その状態のままリリンの方を向く。
「薬室は、予定通り明日からですか?」
「はい。アリエスは、明日から働いて貰います。ですが、クララさんは、身体の状態も考えて明日まで休みにします」
「分かりました。じゃあ、アリエスちゃんに知らせてきますね」
「よろしくお願いします。手紙でも知らせましたが、今日から部屋に戻って構いません」
「はい!」
サーファは、最後にクララの首元に顔を埋めてから、アリエスに知らせるためクララの部屋を出て行った。
(こういう時、行動が早いサーファは有り難いですね)
心の中で感謝しつつ、帰ってきたら改めて感謝しようとリリンは心に決めた。そんな考え事をしているリリンに、クララは手を上げてアピールする。
「どうされましたか?」
「あの……時間があったら、講義をして欲しいです……暇ですし」
「そうですね。せっかくですから、少し講義をしましょう。準備をしてきますので、良い子でお待ちください」
リリンはそう言って、クララにキスをし、自分の部屋に入っていった。いきなりキスをされたクララは、思わず自分の口に手を当てる。
(なんだろう……いつもよりも嬉しい感じがする。ずっと求めていたような……やっぱり、好きだなぁ)
クララはニヤつく顔をどうにかするために、両手で顔を覆っていた。
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リリンは、自分の部屋に入ってすぐに、近くの壁に背を預けて、クララと同じように両手で顔を覆っていた。隙間から見える顔は、少し赤くなっていた。
「はぁ……私もしっかりしないといけないですね。あのような事が出来たからと言って、クララさんが恋人になったわけではないというのに……」
クララにキスをした時は、リリンも無意識だった。そのため、自分の行動を反省しているところだった。深呼吸をして、気分を落ち着けてから講義に必要な資料を手に取ってクララの部屋に戻っていった。
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二人が、魔族領の地理に関して、講義をしていると、アリエスへの連絡を済ませたサーファが戻ってくる。
「アリエスちゃんへの連絡を済ませ……ました……よ……」
サーファの言葉は段々と尻すぼみになっていった。その理由は明白。目の前で二人が講義をしているからだ。
「私は、ここで失礼……」
「させるわけがないでしょう。アリエスさんへの連絡はありがとうございます。ですが、それとこれとでは、話は別です。クララさんの隣に座りなさい。あなたの地理の知識は、少し不安がありますから」
「うぅ……はい……」
サーファは観念して、クララと一緒にリリンの講義を受けていった。講義は一時間で終わった。
「今回で魔族領全体の大まかな地理は終わりです。次からは、細かい地理を学んで貰います。それに付随して、その地域の特産などもお教えしますので、そのつもりでいてください」
「はい」
「では、昼食にしましょう。サーファ、ここの片付けはお願い出来ますか?」
「はい」
座学を苦手としているサーファは、難しい表情をしていたが、リリンのこの頼みには、すぐに返事をした。
そうして昼食を済ませた後、クララは、サーファに頼まれて、サーファの膝に頭を乗せていた。膝枕をされた上で、頭も撫でられている。そのうち、気持ちよくなってきたクララは静かに眠ってしまった。
クララがお昼寝をしている間に、リリンはサーファに情報を共有する。
「マーガレット様とユーリー様が、ご帰城されているんですか!?」
「声が大きいです。クララさんが起きてしまいます」
「あ、ごめんなさい」
二人は、サーファの膝で眠るクララを確認する。クララは、サーファの膝の上で身動ぐとまた寝息を立て始めた。
「この部屋にいらっしゃったので、クララさんとも面識があります。カタリナ様のように所構わず、いらっしゃると思いますので、そのつもりでいてください」
「一介の軍人だった頃では考えられないです」
「軍人でも昇進すれば、あり得る事ですよ。お二人は、不敬などをあまり気になさらないので、カタリナ様と同じように接してください」
「分かりました。頑張ります」
「よろしくお願いします。しばらくクララさんをお願いします。私も食事を摂ってきますので」
「あ、はい。ごゆっくり」
クララと二人っきりになったサーファは、膝で眠るクララの頭をまたゆっくりと撫でる。
(叶わない恋だって知っていても、それを簡単には捨てられない……だから、せめて、あなたの盾として、傍にいさせて)
サーファの頬に涙が伝う。それが落ちる前に、サーファは涙を拭った。この気持ちは引き摺るが、それでクララには迷惑を掛けない。そういう誓いと共に。




