幸か不幸か
翌日の夜。クララは、静かな寝息を立てて眠っていた。原液を被ったのが不味かったらしく、クララが元に戻るには二晩も掛かる事になった。
リリンは、クララの髪を触りながら微笑む。
(クララさんの媚薬は、効果が強かったようですね。採れたての新鮮な素材だったのが大きいのでしょうか? そんな物の原液を被ったのですから、こうなっても仕方ないでしょう)
リリンの知っている媚薬よりも強力なものだったため、リリンはそう考えていた。
(何はともあれ、シーツなどを洗わないといけませんね。クララさんには、私の部屋で寝て貰いましょう)
リリンはクララを抱えて自分部屋に戻り、クララを自分のベッドに寝かせてから、少し考えて、クララの唇にキスする。
「可愛かったですよ」
耳元でそう囁いてから、クララの部屋に戻りシーツや布団などを取り込んで洗濯しに向かった。
次の日の朝。クララは、若干の怠さを感じながら、目を覚ます。そこは、あまり見覚えのない部屋だった。
「えっと……」
周囲を見回してみると、歓迎パーティーの前に撮った自分のドレス姿の写真が飾られていた。
「あ、リリンさんの部屋……何で?」
クララは、自分が寝る前の記憶が朧気だという事に気が付く。思い出そうとしても、全く思い出せない。クララの最後の記憶は、媚薬を取り落としてしまったところだ。そこから先の記憶が、靄が掛かったように思い出せなかった。
「……?」
クララは取りあえず、リリンを探そうと身体を起こす。そうして、掛け布団から身体が露わになったところで、ある事に気付いた。自分が服を着ていないという事に。
「!?!?」
リリンの部屋のベッドの上で、全裸で寝ていた。そんな訳の分からない状況に、クララは混乱してしまう。そのタイミングで、クララの部屋からリリンが戻ってきた。
「おはようございます、クララさん。気分が悪いなどといった体調の変化はありますか?」
「ちょっと怠いくらいです」
「そうですか。異常はないようですね。良かったです」
「あの……媚薬の瓶が割れた後って何があったんですか?」
クララがそう訊くと、リリンは目を丸くしていた。
「覚えていらっしゃらないのですか?」
「はい。靄が掛かった感じで、全然覚えてないんです」
「そうですか。簡単に言いますと、媚薬の効果で発情してしまったので、それを私が収めたという事です。恐らく、媚薬の効果が強く出た副作用というところでしょう」
「うっ……じゃあ、媚薬作りは失敗だったみたいですね……」
クララは、媚薬作りに失敗した事にショックを受けていた。そのせいか、リリンが自分の身体を弄ったという事に気付いていない。その事に気が付いたリリンだったが、そこの指摘はしなかった。クララが覚えていないというのであれば、それでいいと考えたからだ。無駄に、クララを辱めたいという考えは、リリンは持ち合わせていない。
「取りあえず、ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」
リリンの部屋で寝ている時点で、リリンにかなり迷惑を掛けたと察したクララは頭を下げて謝った。そんなクララに近づいていったリリンは、クララの頭に軽く拳骨を降ろす。
「薬を取り扱う時は、細心の注意を払ってください。薬を扱う仕事をしているのであれば、尚更です。良いですね?」
「はい……」
リリンから叱られたクララは、少ししょんぼりとしつつ頷いた。リリンの言っている事は一から十までその通りなので、反論などは出来ないのだ。
きちんと反省しているのを確認したリリンは、クララを優しく抱きしめる。
「これからは気を付けてください。それと、昨日の記憶がないとの事でしたので、改めて言いますが、媚薬の製造は禁止です。良いですね?」
「はい」
クララは一昨日と同じく頷いた。もっとクララが薬を丁寧に扱える様になるまでは、媚薬の製造は禁止した方が良いに決まっているとクララ自身も気付いていたからだ。
「では、クララさんの部屋に戻って服を着ましょう」
「はい」
リリンはクララを抱えて、クララの部屋に戻っていく。クララを抱えている理由は、クララが倦怠感があると言ったからだ。クララをベッドに座らせて、服を一つ一つ着せていく。
「そういえば、サーファさん達は大丈夫だったんですか?」
「はい。私も心配でしたが、ギリギリ間に合ったようで、被害は及んでいません。今は、もしもの事を考えて城下にいてもらっています。明日には戻ってきますので、ご安心ください」
「そうですか。良かったです」
クララは安堵したと同時に、二人にもしっかりと謝罪をする事を決める。
「薬室の再開は明日からを予定していますが、クララさんが薬室で作業をするのは明後日からとします。今日、明日は部屋で休んでください。良いですね?」
「あ、はい」
「では、朝ご飯にしましょうか」
「はい!」
ご飯と聞いて、しょんぼりとしていたクララが一気に笑顔になった。その変わりっぷりに、リリンは思わず笑ってしまう。
「良い子で待っていてください」
リリンはクララの額にキスをすると、部屋を出て食事を取りに向かった。
一人になった自分の部屋で、クララはベッドに横たわる。
「はぁ……失敗か……何が悪かったんだろう? 配分は間違っていないはずだから、温度か時間か……濃縮の段階かな……あそこで濃くし過ぎたとか……うん。それが一番に考えられる事かも……」
リリンが、朝ご飯を持ってくる間に、クララは何故失敗したのかを考えていた。作るのを禁止されたが、今後クララが成長していけば、また作っても良い事になるかもしれない。その事を考えて、次は失敗しないようにするためだった。
クララが反省をしていると、リリンが朝食を載せたカートを持ってきた。その量はいつもよりも少し多かった。
クララは席に着く。
「いただきます」
クララはそう言ってから、朝ご飯を口にしていく。
「クララさん。申し訳ないのですが、サーファに手紙を出すので、少しの間お一人で食事をして待って頂いても良いでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「では、少々失礼します」
リリンはそう言って、一度自室に戻っていく。サーファに、クララが無事元に戻ったという事を伝えるための手紙だ。簡単に書いて送るだけなので、十分程で戻ってくる。その間に、クララは朝食を食べ終えていた。
「やはり空腹だったみたいですね。一日水しか口にしていなければ、クララさんならそうなると思っていました」
「うぇ!? 一日ですか!?」
クララは、あれから一日挟んでいるとは思っておらず、素っ頓狂な声を出した。
「はい。水分補給だけはしていましたので、ご安心ください」
リリンはそう言いながら、クララの口に付いているソースを布巾で拭う。そして、食器を食堂まで届けて、クララの部屋に戻ってきた。そして、ベッドに座っているクララの隣に自分も腰掛ける。
「クララさん。改めて訊きますが、身体に変調はありませんか?」
「え、あ、はい。大丈夫です。怠い以外は何もありません」
「少々くどくなってしまいますが、今日は何度か確認させて頂きます。しっかりと経過は確認しておきたいので」
「分かりました」
クララはそう言って、リリンの肩に寄りかかる。リリンは少し驚いていたが、クララは完全に無意識での行動だった。
しばらくそのまま過ごしていると、部屋の扉がいきなり開いた。いつも通りカタリナかと思ったクララの視界に映ったのは、一人ではなく二人の人影だった。




